オトギ話
性悪説なら、この世はつじつまがあう。
それはとてもとても、哀しいお話でした。
青年はある日母親を殺されました。理由はわかりません。青年は母親の死体を父親の墓の隣にそっと埋めてあげました。それからあまり日をおかず、青年のもとへ馬に乗った国の警察隊がやってきて、有無を言わさず彼を王都へ連れて行きました。
「あなたがエミリア・ハルバリードの息子、スキアね?」
青年スキアの前にきらびやかなドレスを身に纏い、綺麗な王冠を被った女の人が現れた。
「はい、そうです」
スキアはこの女の人がこの国の王、ベルリア女王なのだと直ぐにわかった。しかし、なぜ自分が手を縛られ両脇を厳つい兵士に挟まれているのかまでは皆目見当がつかないでいた。
「あなたの母、エミリア・ハルバリードは私の実の姉。つまり、王族。解るかしら?」
「そ、うなんですか?そんな話、母からは一度も聞いた事ありません」
スキアは心臓が強く脈打つのを感じた。嫌な予感がする。空気が重い。女王の目はまるで汚らわしいものでも見るようなものだった。
「王族を殺したものが同じ人間であるとは考えられないわ。あなたもそう思わない?」
「そうですね。しかも女王様の姉君ともなれば……とても辛い事と思います」
スキアのその言葉を聞き、女王の顔が見る見るうちに青ざめていくのがわかった。
「よくもそんな事を……!この者に業火を!しっかりと焼き印しなさい!」
甲高い耳障りとも言える声で女王は叫び、その指先はスキアを捕らえていた。
「なっ!何を言っているんですか!?俺が一体何を?!」
スキアの叫びは直ぐに兵によってふさがれ、足をばたばたさせながら女王の前から引きずりだされた。
「大臣!」
「ここに」
女王に呼ばれ、中年の男がゆっくり前にでた。
「あの者が衰弱し、抵抗する力も気力もなくなったのなら私のところへ」
「は。しかし、なぜわざわざそのような」
「いいから連れてくるのよ!」
女王は大臣の声には耳を貸さずにそのままズカズカと部屋を出て行った。
残された大臣は片手を額にあて首を振った。
「……このままではこの国は……」
大臣が一人憂えていると、同じぐらいの年の男が近寄ってきた。
「イルマ、大丈夫か?」
大臣イルマを気遣ったのは王族秘書の一人、オルファだった。
「あぁ。しかし、あの女王には本当に頭を抱えさせられる」
「そうだな」
二人とも肩を落とした。
業火を印された後のスキアはそれはもう大変なものでした。
言葉で心を傷つけられ、ムチで体はボロボロにされました。それでもスキアは生きていました。
ベルリア女王の元に置かれた後は、死んだように生きました。それが暫く続くと、スキアは少しずつ女王に対して反抗するようになりました。しかしもちろん、そんな事は許されずスキアは日に日に弱っていきながら死に近づいていきました。
しかしある日、とても不思議な事が起こりました。スキアが目覚めると、そこは見慣れた血の匂いのする部屋ではなく、太陽の光が差し込むとても綺麗な森だったのです。水の音がするほうへ棒のような足でふら付きながら、時には地面を這いながら、スキアは懸命に進みました。
「……あぁ、きれいだ」
光に反射してキラキラと光る川。中をのぞけば魚が泳いでいました。
スキアは地獄から救い出されたのです。
一体何がどうなっているのかまったくわからないスキアですが、とにかく彼は感謝しました。
心の底から。涙が溢れるほどに。
感謝しました。
憎しみや 恨みなど、消えてなくなるほどに。
彼は両手を合わせて、涙で感謝しました。
性善説は、この世では影だ。