ユガン
北の国は三つに分かれている。その内の一つ、ユガンは北の国の下の方に位置している。
いつの間にか太陽が昇り始めていた。
リラは周りをぐるりと見渡す。
「……こんなもんかな」
少し花が足りないがそれはスキアが取ってきているので問題ない。リラは近くにあった壁に寄りかかって一休みした。
もう体中筋肉が張っている感じでリラは地面に腰をつけてまったく動かなかった。ただ、目の前にある広い広い墓場をその目に映し、静かに泣いた。するとタイミング良くスキアが帰ってきて目が合ってしまった。リラは目をそらそうとしたが、そんな体力すら、彼女には残っていなかった。スキアはスキアで特に気にするでもなく、手に持っていた花をまだ添えられていない寂しい墓に一つ一つ置いていった。そして最後の一つ、リラのちょうど右斜め前の墓に花を置いて、スキアはそこに腰をおろした。彼の横顔からは、彼の感情は読み取れなかった。
「ねぇ、スキア」
「何?」
「今、何考えてるの?」
「……なんで?」
彼の表情は変わらない。リラも口以外は動かしていない。少し間があって、リラは言った。
「悪魔って、こんな時どんなこと考えてるのかなぁ、と思って」
「あぁ、なるほど」
スキアは少しだけ笑った。
「今考えてるのはこれから自分どうしよう、みたいな。で、今思ってるのは、ここにいる人たちはいいなぁ、っていう感じ?」
どういう意味があるのか、スキアは笑顔をリラに見せた。そしてリラも笑った。
「なんで笑ってるの?」
「だってスキアが意外だから」
「あぁ、ギャップっていいよね」
「今思ってることなんて聞いてないのに。意外とスキアはお喋りなんだね」
「久しぶりに人と喋ってるから興奮気味?」
二人は自然と笑いあっていた。朝日が綺麗に墓場と二人に降り注ぐ。リラはようやく重い体を持ち上げた。
「とりあえず川にでもいってすっきりしようか?」
リラの誘いにスキアは目を丸くした。どうしたの、と聞けばまた意外な事を彼は口にした。
「まだ一緒にいていいの?」
リラはまた笑った。そしてまだ座っている彼に手を差し出し、昨晩行ったあの川へと一緒に歩いていった。
リラが男を連れて帰ってきたことにユガンの根城であるガガトールはその話題で持ちきりだった。しかも噂によるとその男は悪魔だというのだから、話題は嵐のようにガガトールに広まっていた。
「あぁ、つまり。悪魔だけど同じ人間だしお墓作り協力してくれていい人っぽいから連れてきた、ってわけか?」
「ま、そんな感じかな?」
リラは後ろにスキア、前にユガンの頭であるガンと向き合って立っていた。ガンの隣には相談役とも言うべき初老のモーラントもいた。
「まったく。お前さんは本当にユガンを現したようなもんじゃのう。ところで少年、スキアとかいったかのう?お主の額をわしらにみせてもらえるか?」
スキアは何のためらいも無く自分の額を見せた。そこにははっきりと、逆さの炎が刻まれていた。
ガンは息を呑んだ。
「……なるほどな。つまりお前は王族殺しの人間ってわけだ。だがなんだってこんな所にいるんだ?普通王都が監禁してるもんじゃないのか?」
ガンは腕を組んでスキアとモーラントを見た。モーラントは相談役でもあってかなりの知識の持ち主だ。元々は王宮にいたらしいが、その頃の話を聞くといつもうまく流されてしまうので今ではもう誰もモーラントの過去に触れるものはいない。
「うむ。最近王宮も大分不穏な動きが出てきているらしいからのう。スキアよ、お主の口から聞いても構わぬか?」
スキアは少し考えてからゆっくり頷いた。
四人は丸いテーブルを囲んでイスに座った。テーブルに飲み物などが出されないのは、やはりまだ悪魔であるスキアに警戒心を抱いている証拠だった。
「えっと、俺が話す前に一つ聞きたいんだけど」
「なんじゃ?」
スキアにはどうしてもわからない事が一つだけあった。
「なんでここは悪魔を悪魔としないの?」
あの夜、リラに会った時泣き叫ぶかと思った。なんて言ったって天下の悪魔だ。この国の女王も恐れる悪魔である自分を、なぜここユガンという人間はこの国の民であるにもかかわらず自分を恐れないのか。
「スキア、ここはユガンだよ?」
リラがごく当たり前のように答えた。
「ユガンは基本、まぁいいかぁ、っていう感じの人たちの集まりなの」
「何それ?」
リラの答えはいまいち解りづらかった。スキアが首をかしげているとモーラントが代わりに答えてくれた。
「基本は無干渉。そして去るもの追わず来るもの拒まず。ただしもし自分達の生活、衣食住がおかされる場合はそれなりに対処する、といったところじゃの」
「はぁ」
スキアは若干消化不良ながらもモーラントの言葉に納得して見せた。
「では、今度はお主の話を聞かせてもらおうかのう」
モーラントにガン、そしてリラはスキアを見た。
スキアは一度息を吐いて目を軽く閉じ、三人に語り始めた。その声がなんとも温度のないものだと感じたのは、唯一モーラントだけであった。
ユガンの根は無干渉。