スキア
この世界に国はたったの5つ。東西南北、そして真。真の国では北の国を“哀しみの国”と呼んでいた。しかし、その事を知るこちらの住人は誰一人いない。
北の国は今、不穏な流れの中にある。新しく即位した女王が能無しという事もあるが、この北の国の民が大きく三つに分かれているのにも一因があった。その三つというのは、
一つは王族に従属するもの。
一つはまったくの王族反対派。
そして最後の一つはどちらにもつかない、かといって中立というわけでもないもの。
話の始まりは、このどちら付かずの者達がいる、北の国のちょうど下の辺りのようだ。
「リラ!リラー!?」
男の、女の名を呼ぶ声が砦によく響く。ここは何とも微妙な位置に居るどちら付かずの者達の根城とも言うべき砦。砦とはいうものの、この建物の半分が後ろにそびえている山と結合している。山の中はありの巣のように道が入り組んでいて、ここに住んでいる者達でも時々迷ってしまうぐらいだ。
「おい、リラ見なかったか?」
男はわざわざ砦の入り口にまで行って女を捜していた。
「あ、ガンさん。お疲れ様っす!リラならまた一人で遊びに出掛けてましたよ」
門兵は砦とは逆の方向を指差して答えた。ガンと呼ばれた男はまたか、とため息をこぼし、門兵にドンマイっす!と励まされて砦の中へと戻っていった。
「うっわ。キモッ……」
ポニーテールのスラッとした女は手を口に当ててゆっくり歩いていた。彼女の視線の先には人間の死体が転がっていた。
「だ〜いぶ時間たってるねぇ。匂いがキツイ」
空いている手で女は自分の鼻をつまんだ。はたから見れば少し奇妙な格好だ。しかしこんな所に人がいるわけがないから女は気にせず歩を進める。あまり時間を置かずに着いた先はこの小さな町の、小さな広場だった。そこには綺麗に並んだ人がいた。皆壁に背を預けている。男も女も、年よりも子どもも。皆、地面に座り、壁に少し黒い赤を色づけて。
女は両の手を力なくおろした。目は、虚ろだった。
「あーあ。み〜んな動かないのかぁ。困ったね。さすがに一人でこれだけの死体埋めるのはキツイ……」
女は力なく笑った。そして一度町の入り口まで戻り、何やら懐から紙と書くものを取り出し一筆したためた。それを愛馬スクーリスにくくり付け、木に繋がれていた紐を解くとスクーリスはゆっくり加速しながらその場を後にした。
ザクッザクッ。シャベルで土をいじる音が夜の闇に同化する。女はあれから休むことなく土を掘り、死体を埋め、その上に土をかぶせていた。体は土やら血やら、とにかくいい具合に汚れ、匂いもついてしまっていた。しかし慣れとは恐ろしいもので、女はまったく表情を変えず同じ作業を延々と続けていた。
かれこれ八時間以上たっただろうか。女は一呼吸置こうと弔いの花を探しに一旦その場を離れて森へと入っていった。もし川でも見つけられれば軽くつかろうか、などといたって普通のようなそうでないような思考を頭の中で回転させている。
「あ、ラッキー。花はあるしいい感じの水場も発見!」
女は服を脱がずにそのまま静かに流れている川に身をつからせた。水は冷たかったが、女にはちょうどよかった。
川から上がると近くにあった花を摘み、またあの町へと戻った。すると、おかしなことに生きた人間がいないはずの場所に人間の形をしたものが立っているのを見つけた。どうやら男のようだ。女が作っている墓場で立ち尽くしている。
「こんばんわぁ」
女が声をかけると男はゆっくりと後ろを振り返った。
「……」
「……」
二人は無言のまま動かなかった。
女は思った。
―あぁ、なんて哀しい目をしているんだろう。
まるで光の無い、底のない目。よく見ると彼は全身傷だらけだった。それに少しやせているようにも見える。
「……私はリラ。ユガンの人間だけど、あなたは?」
ユガンというのが、北の国の下のほうに集っている中立ともいえない微妙な者達のことである。
「俺は、スキア。部類は……そうだなぁ」
スキアと名乗った男は口の端を少しあげて笑いながら片手で前髪をかき上げて
「悪魔、とか?」
そう答えた。額には彼が何者かをあらわす業火が刻まれていた。
“哀しみの国”にはいつだって悪魔がいる。悪魔が哀しみの根源であることを知らない“哀しみの国”は、やはりいつだって“哀しみの国”なのだ。