決闘編 一章
俺の人生は無価値だ。
軍学校の教室の隅で今日も今日とて曇空を眺めて呆けているこの俺、占七・デュネマドス・和々切は何事にもやる気が出ない。
隣の席で黙々と授業内容をノートに書いている黒夜・フキサメ・市絆にペン先で突かれるも無視をする。
「授業は聞いておきましょうよ」
「耳は塞いでないだろ」
「帰り道での話題が尽きかけてるんです。少しは協力してもらわないと」
「お前のポンポン話題が出て来る会話技術には興味があるが、あんな役に立ちそうにない話をしていると虚無感があってだな」
「友達増えませんよ~」
何故学校に通うのか。学が目的でなければせめて友人関係の構築でもしていなければ時間の無駄というものなのだろう。その友人でさえきっかけが無いというのならば、俺の意欲はまさに虚無である。
しかし、記憶して損はないのだ。近々この世の支配者達が後継者を求めて宇宙戦争を開催する。その備えとして新しく造設されたAランク相当の力を持つ惑星テーサに所属する俺としては、チーム戦を意識し仲間を集めてもいい。
人殺しの授業であっても、これから平和が無くなろうというのだ。俺の情が無くならないうちに、同級生のレベルに合わせてやるとするか。
「──して、一番の脅威はヘヴンスターでしょう。奴らが侵略した星の数は二兆、そのうちの一兆が資源へと変換され、もう一兆が増え過ぎた人口の移住先となっており、戦いにおいて兵士の質の高さも数も我ら惑星テーサを越えるものです」
「はいッ!」
一万を越える生徒の中、確率的におかしなことに、俺の前に座っている狩縷・ゼニミアン・文田が大きな声で挙手をした。
授業を行っているスリャ教官はマイクに魔法を掛け、マイクは空中を走って文田の手元に収まる。
「人口一一〇〇京人のヘヴンスターに数が劣ったとするのは正しいとも思います。でも、僕は個人の強さにおいて惑星テーサは惑星スペアに匹敵する質を持っていると確信しております!」
文田は勇みよく言い切ると、マイクをスリャ教官に豪速で投げ返した。
教官は難なくキャッチする。
「始まりの英雄文田、残念だが我々は成長途中にある。成熟していない我々では、惑星スペアはおろか、ヘヴンスターに対抗出来るかも怪しい所なのです」
「おいおい、俺を一緒にするなよな」
グループ四〇人単位で配られている一つのマイクを黒夜から手渡され、俺は思いのまま声を張る。
「別にお前ら雑魚どもと組まなくとも、俺一人で宇宙を滅ぼしても良いんだぜ。しかもそんな最強な俺が来るような星だ、未熟だか成熟だか知らねぇが、強さにおいて惑星テーサは一番であると補償してやる」
「……和々切」と、文田は心底感心したような目で俺をじっと見ている。気持ち悪い。
俺の啖呵に教官は鼻で笑った。
「ストロンゲスト……と言ったか。通り名にしては随分と身の丈に合わないようだ。手加減はしてやる、かかってこい」
「んだとこの野郎ぉ!」
殴り掛かろうとする俺を佳弥・ケデューン・昼火、流魅果・ハノグリプ・和々切、夜下・ウェムオーン・銀露、春呼・ゲゲナトシュ・千泊の女達が止める。
流石に美少女を払いのけることは紳士である俺では無理だった。湧き上がった憤怒を飲み込む他ない。
そんな俺を見て不憫に思ってくれただろうか、教官は呆れたように頭を掻いた後、意味のない腕時計を見る。
「時間です。今日の授業はここまでとします。では解散!」
その合図で約一万人が一斉に教室から退出する。
俺の友人、仲間はしばらくここに残りたいのか、席を立つ気配はなかった。
狩縷・ゼニミアン・文田
色図・デクロレーズ・維崎
手映咲・イエロー・楚園宮
黒夜・フキサメ・市絆
夜下・ウェムオーン・銀露
佳弥・ケデューン・昼火
春呼・ゲゲナトシュ・千泊
魄・ミーザ・音峰
皐・エツェル・神灘
葉華・エイヌ・日田
多美利・ペラノメア・神楽流志
鎖引・ノクサ・氷菓
凪姫・ヨーグルテーラ・空水
エナ・ノ木口
涙・イナース・巡
流魅果・ハノグリプ・和々切
白波・ネトフェン・殿墓
則歌・ラティシエシア・七瀬
正・デネス・風見
赤芽・グリクリア・智真
初日・サペラテウズ・羽衣
五七・ユネニミア・和々切
このいつものメンバーに加え、神の星からの転校生セユとその配下のアタラ、文田にいつもついて来る緋苗乃・レッド・早覇と異瑪・グリーン・洲羽子とアミニ。計二七名が残った。
困ったことにその二七名の内、俺と文田とセユ以外が女性である。女性を戦場に連れて行くことは気が進まないが、力を持つものとして戦いから逃げ続けることは難しいだろう。
全員が一斉に話し出せば話がまとまらない。俺と文田と色図、そしてセユが主となって議論は始まるようになっている。
「ところで……この宇宙戦争は支配者の後継者を決めるものと聞く。あなた達は支配者の名を持っているが……何か詳しいことを知っているのではないかな?」
セユが喋った。よく分からない奴ではあるが、どうやら俺達のことを知りたくて近付いてきたと聞いている。
生憎、俺は記憶の大半が抜け落ちているのか、自分の父や母すら分からない浮浪者であった。そもそも記憶というものが無かったかのような感覚だ。何故、俺が生きているのかすら定められずにいる。
こんな時はなんでも知っている夜下に振ろう。
「夜下、説明してやれよ」
輝くように白い星色の髪、青を極限まで薄めたような銀の目をしている夜下という少女は、これから発言するのだと分かりやすいように立ち上がる。
「この場における支配者とは……極めてその言葉の意味のままの存在です。例えば……私、夜下はウェムオーン様の力を使う権利を貰っています。ウェムオーン様は知の支配者、知恵そのもの。この世に存在する知ること、考えること、覚えること、全ては知の支配者がそれが出来るように知恵を配っているからこそ出来るのです」
「待ってくれないか。それでは俺とあなたの違いはなんだというのだろうか。俺には知恵がある、しかし、支配者に近しいあなたの知恵と何が違うのだろうか」
夜下は表情一つ変えず、極めて冷静に答えていく。
「私は知の支配者ウェムオーン様から、知恵を扱う権力およそ九九%を授けられています。残り一%が私以外の全てに配られているのです。私が一つ支配者の力を使ってみせるとすれば、そこの楚園宮さんが仕えるべき消滅の支配者よりも終の支配者の系列である占くんのことを愛していると断言出来るという点でしょう」
なんと……無茶苦茶な。
あってはならない事態に、文田の隣に居た手映咲の顔面は蒼白となる。元が白い肌ではあるが、血の気というものが一切感じられない。
「始の支配者に属する者は誰であっても敵……ですか。流石は終の支配者を信仰する者、容赦がありませんね」
手映咲は震える手に拳が出る程に力を込めながら、勝てるはずのない言葉で戦いを挑む。
これは……あってはならない一手だ。
ただの説明のはずだ。しかも惑星テーサ、勿論ながら手映咲が作った星。戦う力を集めたのも手映咲。ここまでするのもしなければならない理由があった。
だが……夜下にとって手映咲は必要がない。夜下の力があれば手映咲が居なくとも宇宙戦争の問題は解決してしまう。だからこそ同盟関係にあった手映咲を滅ぼすことに場所と時間を選ばなかったのだろう。
それでも別の問題が発生する。それは俺が夜下を嫌いになりそうになることだ。
「確か、大昔に夜下に身寄りがない時に快く手助けしてくれたのは手映咲だったじゃないか」
「九年間、そんなことはありませんでしたよ」
「もっと昔の話だ。俺は夜下には遠慮しないことにしている」
……許されたのだろう。手映咲の身に変化は起きていない。消滅の支配者は寛大だな。
何がどうなっているのか、まるで分かっていないセユは真剣に状況を飲み込もうとし、分かるはずもないことを考えながら話を続ける。
「話を戻すが、つまりこれから始まるであろう支配者の後継者争いというのは、銀露さんの言う九九%の力というのはあくまで支配者に与えられているものであり、支配者自身ではない。しかし今回の出来事はその力の配分者そのものになるということ。そうなれば、変な勢力に支配者の力を獲得されてしまった場合、まず間違いなくこの宇宙全てのバランスが崩壊してしまうかもしれない……と」
「そうだったかしら」
「僕は分からないよ」
セユが的を得た発言をしてくれている中で、その代表者たる色図と文田にはハテナが浮かんでいるようだ。
俺もよく分かっていないが、支配者とは熱や引力や時などの世界にある全ての要素そのものなのだ。魔法が使える世界と使えない世界、それは魔法の支配者とも言うべき存在がそれの有無を決めているように、俺達が当たり前のように過ごしている全てが支配者の許可の上で成り立っている。
全て、だ。
「そうだとすれば、あなた達は何故戦おうとする? 平和のため、世界のため、自分のため、でなければなんだ?」
セユは当然の疑問を出してくれている。終の系列である俺達二〇名、答えは持っているだろうが誰も喋らない。
始の系列の文田代表が最初に答えた。
「僕は世界のために戦うんだ。僕が支配者とやらの後継者となり、みんなが笑っていられる世界を守ってみせる!」
正義の味方にでも憧れているのだろう。それを色図は呆れたように息を吐く。
「私は自分のためなのかしら。後継者と言っても私みたいなのは山程いるようだし、私が後継者にならなければ私は終わりだもの。はい占七」
色図が沈黙を許さない。指さされた俺は空を見ながらボソボソと語る。
「俺は……平和のためなのかもしれない。このみんなが揃っている状況を続けていたい。そうでなければ……俺は人を殺したいだけなのかもしれない」
俺の想いに寸分違わぬ曖昧な答え。破壊の欲求は誰しも持ち合わせているのだろう。しかし、俺は一度もそれが解消されたことがない。
発した言葉に恥ずかしさも誇らしさもない。ただありのまま、それだけ。
「そうか、なるほど。その答えで自ずと支配者とはどんなものなのか見えてきた。ありがとう、用件は済んだ」
セユは出口へ向かった。黒髪の天使アタラもそれに続いていく。
さて、残された者達だが特に話したいことはない。別れの挨拶をすることなく俺も去ろうとする。
手映咲のことは心配ではあるが、全員が全員手映咲のことを嫌っている訳ではない。黒夜は残ってくれるだろう。
いや……怪しいな。思想は違えど能力は黒夜と互角の者達だ。数の差で手映咲の居場所がなくなる可能性がある。
何しろ夜下の場違いな発言のせいで、手映咲の味方であるはずの始の支配者の系列に位置する早覇や洲羽子の手映咲を見る目が変わっているのだ。
嫌っていると言えば、終の支配者の系列の俺を除く一九名の彼女達は互いに敵対意識を持っているような……。
とやかくを言うことはできない。今は休戦協定を結んでいるようなものなのだ。俺が手映咲を庇うことにより、文田達が力のバランスの崩壊を危惧して戦争が始まるかもしれない。
自分の意思とは無関係に……。
「兄さん、置いていっていいの」
俺の隣を義妹の五七が歩く。
色が抜け落ちたような星色の髪、満月のように輝いてすら見える金の瞳。心配になるくらいに小柄であり、表情はコーキングで固めているのではないかと疑うほどに無である。
「俺は良いんだよ。逆にお前は手映咲を助けてやらないのか?」
「わたしの発言力は一番下」
否定はできまい。なんなら唯一みんなから可愛がられている。ポジティブでもネガティブでも、あんな個人主義の塊のような連中を庇ったり否定したり、そんなことをすれば必ず誰かが暴走する。
本来は関わらない方がいい奴らなのだ。どんなに優しくともだ。
その点を考慮すれば五七が離れることは最善手と言えよう。あの場に残り続けて一番傷つくのは五七なのだから。
「宇宙戦争が始まり、その敵としてヘヴンスターが最大の脅威。敵に対してどのような対策を取るか……そういう話をしていたはずなのに、何故こうも話がずれていくの」
「どうでもいいからだろ。あいつらは舞台装置ってものが気に食わないんだ。それでいて妙に律儀なものだから問題はきちんと解く。平等というよりは、公平さを求めているんだろうよ」
「その公平さに手映咲・イエロー・楚園宮は含まれていないの」
「夜下は優しいからな。手映咲を認めてなければ噛みつかなかったさ」
「分からない」
「俺は分かる」
巨大な廊下を鋼鉄の壁に沿うように歩き、数千人規模は乗れる巨大エレベーターに二人きりで乗る。
行き先は……食堂にでもしようか。
「兄さんはこれから何をする」
「食べる。後は決めてない」
「もっと大きな視野の話。支配者の後継者の争いに参加し、その後継者となって支配者に変わり、その後に何がしたいの」
「……有象無象を蹴散らして、この世の覇者となった後、きっと俺は死ぬんだろうな」
「何故死ぬの」
「死か……。違うんだろうな。俺の場合、死ぬことに恐怖がない。きっと俺は死なない。死ではなく、逃げるんだ」
地下二〇階に着く。軍服を纏った外見だけは若い人達の賑やかな雰囲気の中を俺は進む。
「わたしは……自分のことを死んでもいい存在だと思ったことはない」
「分かってるよ」
「でも、大切なものを失い、必要とされなくなった瞬間、わたしは死ぬのではなく自分を殺す。それがわたし達の理だから」
「ああ、そうだな」
「これが愛情と呼べるものなのかは分からない。酷い脅迫なのかもしれない。生きるということ、死なないということ、変わらない信念を貫くために終わることのない人生をゆく今をどうやって始めればいいのかすら、わたしは分かっていない」
五七は無表情のまま胸の内を吐露する。
俺は自分が何故生きているのかを分かっている。彼女達が生きている理由も分かっている。それを知らないフリをしてイベントをこなし、最後の敵という奴にトドメを刺さずやめている。
俺の中で分からないもの、それを理解して俺の世界はようやく終わる。
だが、それを理解してしまった時、そこに俺という存在は居るのだろうか。俺はたったそれだけのことに恐怖し、今日も最善の着地点を探し出す。
「まだ問いは続いてるだろ」
「……そう」
「えらく長い問題文だが、まだ読み終わっちゃいない。別に早押しクイズでもないんだ、全てが出揃うまで待ってるさ」
五七からの返事は言葉によるものではなかった。どうとでも受け取れるような小さな頷きであり、否定の意思にも感じ取れた。
……話は終わった。
俺は食堂のカウンターのパネルから牛のステーキの定食を打ち込む。厨房の巨大な機械が高速で稼働し、数秒の後に盆に乗せられて料理が配られた。
五七は釜揚げうどんか。薬味も天かすも一切付いていないただのうどんとつゆだけのものを受け取り、出来るだけ人がおらず目立たない席へ移動する。
六人分の椅子が置かれた場所だ。俺が端に座ると五七は俺の隣に腰掛ける。
「なんで隣なんだよ」
「黒夜お姉ちゃんと夜下お姉さんが来る。だからここに詰めてる」
「まだ十分しか経ってねぇよ」
「それでもあの人達はこの時間を優先にする」
「あいつら隙あらばすぐに喧嘩しているが、それを放ってでもか?」
「どれだけ醜い本性を暴こうとも結局は最後の一声で決まる。その最後以外はどうだっていいと思っている。だから抜け出す」
突如、席の近くの空間に闇が発生した。光を遮る黒の世界がニ立方メートルの範囲で展開され、その中から黒夜と夜下が現れた。
二人の機嫌の悪そうな顔は俺を見るとすぐに微笑みに変わり、黒夜が俺の向かいの席に前のめりになりながら座る。
「大して動いてもいないのに肉ですか。それって美味しく食べられるものなんですかね占ちゃん」
「働かざるものって言いたい訳だな」
「よく考えると口だけは動かせるから問題無さそうですねぇ」
「それなら俺は無限にメシを食えるってことになりそうだが」
「共喰いという点では若干引いてます」
「家畜かよ」
嫌味な奴だ。俺の気分を害することに関しても才能がある。
「英気を養っていると言うべきでしょう? これから占くんにはたくさん働いてもらうのですから」
対し、夜下は柔和に俺のやる気を引き出そうとする。病める時も健やかなる時も、一番に思い出すのは彼女だ。
しかしながら……五七と顔がよく似ている。夜下と黒夜ならば瓜二つではないか。
今のところ顔だけだが。
「お前達も何か頼んだらどうだ? 調理が早いとはいえ、利用する人数は膨大だ。待ちぼうけになってはどうにもならないぞ」
「例え今でなくとも私にはこの手があります。あーあ、早とちりしなければ手料理を振る舞ってあげていたんですがねぇ」
と、黒夜は俺の横に移動し、残念がった様子でしゃがむとテーブルに腕と顎を乗せてこの場にとどまった。
一方夜下は俺の向かいの席に座る。肩に掛けていた鞄をテーブルに乗せ、その中から大きめの木箱を取り出した後、色々な野菜や魚を挟んだパンを手に持った。
形と色、そして匂い。俺はそれに見覚えがあるどころか、好ましく思っているようで、無意識に体がウキウキとする。精神的な重圧が体を鈍らせるとすれば、それは喜びであると導き出せた。
「それ、なんかいいな」
「サンドイッチです。こういうのも思い出してくれたのですね」
「俺達は前世なるもので出会った仲とはいえ、思い出すと言える記憶は無いだろう」
「一と一を足すと二であることに絶対の納得感があるように、占くんは物事の仕組みを理解できるお人でしょう? けれど嬉しいものですね、思い出足る程に好ましく思っていただけていたなんて」
夜下はパンを小さく齧った後、俺を上目でちらりと見る。
ふと、俺を好ましく想ってくれている人達に申し訳が無くなり、俺は視線を逸らした。
その逸らした先に居る五七は、黙々とうどん一本を小さく食べていた。
「今の占くんにはここの食堂の料理など味がしないでしょう。良ければ私のを食べてください」
良ければ、とは言うが、夜下は俺の盆を半ば強引に引き寄せた後、俺の前に木箱を差し出した。
……綺麗なものだ。このサンドイッチというパン、自作とはいえ自分で食べる分にはあまりに丁寧に作られている。
見るほどに食欲が蘇る。愛……と言っていいのだろうか、気持ちを揺さぶられている。
分かったよ、五七。お前はよく分かっている。
「……うめぇな」
一口食べて舌が味を確かめる暇もなく二口目を頬張っていた。使える食材などここの食堂と同じものであるはずなのに、彼女の手から作られた料理はまるで魔法が掛かっているかのようだ。
俺はこの現象に近しいものを知っている。これは生きる活力なのだ。
常に死にたがりな俺が今では生きようとしている。それほどまでに手作り料理とは素晴らしきことか。
ふと反応が気になった黒夜は微笑みを浮かべているのみだ。これは……誰でも良かったのかもしれない。
誰がやったのかは重要ではない。俺が喜びさえすればなんでもいい、そんな目をしている。
猛省せねばなるまい。俺は俺自身をもっと大切にするべきなのだ。
「んッ……」
指先に痛みが走った。既になくなっているサンドイッチを頬張ろうとし、指を噛んでしまっていた。
夜下は木箱を回収すると、ステーキ定食の八割を残して立ち上がる。
「私は遠征の準備をしてきます」
「遠征?」
「こんな星に居ても何も進歩しませんから。とりあえず星の一つや二つ侵略し、宇宙戦争もとい支配者戦争に慣れていきませんと」
「とは言っても、誰が行くんだ?」
「人選は決まっているでしょう。占くん、五七ちゃん、正さん、不安なので初日さん。ついでに文田さん達五人も付いていくようです」
「不安だから初日って、初日がなんだってんだ」
「彼女ほど心強い人が付いていれば、占くんのことは私も安心です」
手をひらひらと振る。
「では、また明日」
晩食を食べに来たのか、俺にこれからの予定を伝えに来たのか、それとも両方か。わざわざ会いに来たにしてはあっさりとこの場から去った。
「また明日」
引き留めることはなかった。自分の中で、その行為は強欲が過ぎると思ったのだろう。
「ま、五七ちゃんが付いているのなら私は必要ありませんけれど」
黒夜が拗ねた。
「なんだよ、随分と不服そうだな」
「計画の立案者なんて夜下に決まってんじゃないですか。私のおつむがもっと馬鹿ならいくらでも文句が言えたものを、あの人は何でもかんでも考えを貫いてしまうのが気に入りません」
「アンフェアな感じはないぞ?」
「言葉で表現しづらい細か~な所で、少しずつ自分が有利な状況に進めてんです。私達の中でそれに気付ける者は……半数程でしょうね」
感情と言えるものは至って落ち着いてはいる。だが、発する言葉には怒りが満ちている。
「お前と夜下って、前から知り合ってんのか?」
「見ていれば気付いているはずですよね。私と夜下って顔がそっくりでしょ」
「まあ……」
「実は頭の中の構造もそっくりなんですよ」
「人の脳は人だろ」
「これは質の問題です」
黒夜は立ち上がり、背後に立って俺の両肩に手を置いた。
「夜下に比べ、私は彼女の知能の八割くらいは持っています。どんなに高い知能も私くらいが一番無駄がないようにと調整しているんです。残りの二割を持つ彼女だからこそ、腐った心を持ってしまうものなんです」
「嫌いなのか? 俺には凄く良いやつに見えるが」
「見えるものが多いと、個々が小さく見えてしまうってことです」
……言葉は続かない。俺は黒夜の回答に納得はしなかった。
俺から見た夜下はそんな冷めた人間ではない。誰であっても対等な立ち位置から喧嘩を仕掛ける武道の心得を持った少女だ。
それを……何故、黒夜は嫌うのだろう。
「占ちゃんが考えていること、当ててあげましょうか」
「なんだよ」
「優しくて可愛くて綺麗な女の子いっぱいだなぁ。みんな俺のこと好きなんだろうなぁ。しかし、俺みたいな奴を好きになってもそれと同等の気持ちを返せるか不安だなぁ。しかも、みんな律儀だからみんながみんな一斉に俺の所に来ずに、一人一人が順番に来るってことは、みんなは心の中ではお互いに認め合っているんだろうなぁ」
「……やめろよ」
「そうだなぁ、黒夜はよく俺に尽くしてくれているから、それ相応に何かお返しがしたいがなぁ。その尽くすって権利は恐らく、みんなから奪ってやっていることだろうし、そんな泥棒猫を特別扱いすればみんな不満になるだろうからなぁ」
「……やめろ」
「死にたいなぁ、死にたいなぁ! 俺って一途な性格なのに彼女一人選べないなぁ! 黒夜は好きだがそれと同じくらいみんなが好きってどういうこと!? 俺って一体なに!? 俺という存在が一番信じられない! 俺は色恋に生きているのか!? そうでなければ何故ここにいる!? 死にたい! 死んで何もかもまっさらになって、今のような一歩も進めないどん詰まりの道から抜け出して、本当の自分を取り戻したいんだぁああああああああ!」
「もういい」
俺は黒夜の頭を抱き締めた。
俺はどうでもいい。だが黒夜は傷付いてしまう。
慣れた苦しみとはいえ、それは俺にとってのものであり、慈悲深く人情深い彼女に踏み入り続けさせることは心苦しい。
彼女が頭をうずめた俺の胸に温かさが伝わる。
俺はここから先成長することは無いだろう。欲するまでもなく全てを手に入れている。
後は、この『俺』という存在を殺せるかどうかなのだ。残された問題はそれだけでしかない。
「占七くん……もっと頑張ってください。いいえ、尽力して欲しいのです。周りの大切な人、私のことも切り捨ててもいい。だから最初は自分のことだけを考えて生きてください……」
黒夜は両手で顔を覆い、ゆっくりと後ろに下がった。
音が──小さい。
視界の端から光が奪われていく。ガン見する余所者の生徒、今にも泣きそうな顔から目を大きく見開いた五七、食堂の壁、最後には黒夜しか見えなくなる。
「お前、何をしようとしてんだ……! 黒夜! おい!」
泣き顔すらも芸術的な美しさ。震える唇は小さく語る。
「夜下が気に入らないのはこれで分かりますよね……? 占七くんなら分かってくれる……?」
「何してんだって聞いてんだ!」
「こんな大舞台、役者はほぼ全員揃って居るのですもの……。その役者全員と引き剥がせば、占七くんも久しぶりに一人になれますよね……?」
「ひっつき虫みてぇに俺にいつも付いてくるお前はどうなんだ! お前って奴は、俺がついてねぇと根暗な薄幸の美少女になるだろ!」
「愛する男に出来る限りをしてあげたい、それは当たり前だと思っています。私には占七くんにしてあげられることはこれしかなかった……」
「そんなことはない! 一緒に居てくれるだけで俺は生きてこられたんだ!」
「ごきげんよう、占七くん。新しい出会いに祝福を……」
闇。
何もない。
見えず、聞こえず、感じない。
故に何もない。
故に闇。
光は突然現れた。
闇は跡を残さず消え、今時古い馬車が目の前を通り過ぎる。
地面はレンガ、背後には大図書館の門。
二酸化炭素に毒されていないのかと思ってしまうほどの青い空の下、拳一撃で死んでしまいそうな貧弱な人々が大量に行き交っている。
見覚えはあった。しかし記憶にはない。
形作る思い出はクロヤの顔。ここは俺とクロヤが一番まっさらな状態で初めて会った場所ではないだろうか。
何故ならば、満月の金の瞳であるはずの黒夜の目が、思い出すとみずみずしい葡萄色の目になっているのだ。
そうか、クロヤの本当の目の色は……葡萄色。
びっ……と、突如として水を切ったような音と共に血が飛んできた。
俺はそれを半歩下がることによって避ける。
俺から左、八文字に斬られて死んでいる男の前に少女が居た。
その少女はまさしく毒。濃緑のセミロングの髪に死人花のような赤い目。纏う服は……なんだ? 防御力の薄いただの布の服に大袈裟なでかいマントを羽織っている。
右手には錆びて刃こぼれした鋼の剣、左手には果物ナイフ。そんなものを使うくらいならば素手でいい。
少女は足に掛かった臓物を蹴り飛ばす。背中を見せれば斬られる、その気配が周囲の人々を硬直させる。
「く、くふ、ふはははははは!」
陽気な笑い声。何が楽しいのか、あるいは楽しくなかったのか、恐怖に引きつる老若男女を笑う。
「呑気なものですよ、殺戮の気配も感じずに戦うことすら忘れた人間というものは!」
少女はガラスの破片の上を歩くように、ゆっくりと、逃げられる猶予を与えるかのように若い女性へ近付いていく。
「どうしましたか、逃げないのですか? 今から殺されるというのに……」
誰かは知らない。恐らく少女もよく知らないだろう。若い女性は沼に浸かったように足を動かしながらも転び這うように離れようとする。
このままでは追いつかれるというのに、男すら少女を止めようとはしなかった。
剣の間合に入った。
「刺激を寄越せッ!」
振り下ろされるボロボロの剣は女性を唐竹割りにした。体格に見合わぬ剛力はレンガをも粉砕し、俺の視界の二割を鮮血に染める。
惑星侵略などする機会が無ければ俺は止めただろう。しかし、今の俺には他人の命の価値など特に重要視していない。
そもそも、俺より下の人間はもはや同種とすら思えなくなっていた。
「あっははははははは! 逃げろ逃げろ逃げろぉ! 私から逃げるんだよぉ!」
甲高い少女の声にようやく周りは足を動かした。だが、のろまな足ではどうやっても逃げられない。
加減していた少女の足は小走りになり、次々と人を殺していった。
俺はそれを眺めるだけだ。
「……優しさか」
黙って殺して侵略すればいい。それをどうして逃げる機会を与えているのか。
力の差は歴然。空気に流れる魔素は濃く魔法が使える星ではある。それを加味しても少女は強い。
俺の見立てでは少女は剛力といえど、その真髄は力任せではなく数多の技と見た。恐らく小賢しい戦術を数多ほど習得しているだろう。
その少女があんな単調な戦いしかしないのだ。
「あ……」
あらかた殺し尽くしたであろう少女は硬直した。
視線が交わった瞬間、貼り付けた笑みは崩れる。
……悟ったのか。彼女は俺に斬りかかろうとはしない。恐らく同種だからだ。
握るというよりは軽く掴んでいた剣とナイフを慌てて手放し、美顔に付着していた血をマントで拭う。
「待ってください、戦うつもりはありません。戦うこともしません。どうか穏便に済ませましょう」
血生臭さからは早く離れたかったが、見知らぬ地でやることも思いつかない俺は、話し相手になりそうな彼女と会話をしてみたくなった。
とはいえ、俺から話すとしてもその会話の選択肢は少ない。
「殺してよかったのかよ。お前の居場所が無くなるぞ」
彼女は一歩だけ俺に近付く。俺はそれに無警戒を貫くと、素直に俺の目の前まで移動した。
「私は支配者となる為に修行をしている守瀬理【すせり】・ヤノテナ・湖聡【こさと】と申します。あなたは……?」
「占七・デュネマドス・和々切」
ヤノテナ……か。あまり思い出せない。恐らくどこかの支配者の名前だとは思うが、一体どこの系列なのだろうか。
俺の受け答えに守瀬理はパッと笑みを咲かせる。
「占七さんですか! あなたは一体何故このような星へ?」
「特に何が目当てとかはない。ただ、この辺に絶世の美少女エルフの奴隷がオークションに出品されると聞いてな……」
「嘘ですね。あなたは下卑た人間ではないでしょう」
「お前に俺の何が分かるってんだ」
ふっ、と笑われた。
守瀬理は放った剣など特に気に入っている訳ではないのだろう、わざわざそれを取りに戻るより、近くに落ちている果物が入ったバケットと鉄製の一本杖を拾った。
「……まさか、それを武器として扱おうなんて考えてないよな」
「戦いを成立させるものであれば全て武器です。それと、手加減をしないと強くなる道筋を見つける余裕がありませんから」
ブゥーンブゥーンと杖を回転させながら上に投げるを繰り返す。
「ここに残って自警団や王国兵でも待つのか。大図書館の警備兵はお前を恐れて出てこねぇし、このまま続ければ国は終わるぞ」
ブゥーン……チッ。ブゥーン……チッ。
「星の住人を壊すだけ壊しても、その星を管理する人がいる訳でもないのは分かっています」
「一人で生きてきたんだな」
「それでも人が居なくなってもいいと思います。人の世が終わっても動物の時代が来るだけなのですから」
「視野が広いんだな」
「人との交友に意味を見出せない人もどきなんです、私」
地に杖を突き、地を見つめて時を待つ。
この世界には思い入れがない。守瀬理がどれほど暴れようとも止める意欲もない。
目的も目標も欲もなく、このまま空を見続けて宇宙の終わりを迎えてしまっても良いくらいには自分のことがどうでもいい。
守瀬理を見る。まるで人形、自然の中で生まれたとは到底思えない至高の美しさ。人工的に造られた人間のように見える。
……俺は躊躇する。俺が今やろうとしていることは許される行為なのだろうかと。彼女を理解した後に何がどうなるというのだ。
だが、事前に話し合ってしまったことが不味かった。無視しようにも俺の中の意識は守瀬理という少女を理解しようとしている。
頭が動けば舌も回る。それに釣られて声も出た。
「人殺しは楽しかったか?」
守瀬理の顔が上がる。
「いまいち。何か面白いことが起きると期待していました」
「家畜の牛や豚でも殺せば良い刺激になるんじゃねぇか」
杖がへし折れた。
射殺すような視線が俺の体を貫く錯覚を起こす。華奢な体をワナワナと震わせ、呼吸も少し荒くなっているだろうか。
「どうした、守瀬理」
……はっ、と守瀬理は我に返った。折れた杖をぽかんと見つめた後、自分が捨てた果物ナイフを拾ってこちらに戻ってくる。
「わざと言いましたね、占七さん」
「冗談にしては言い過ぎだったか?」
「……始めは怒りました。それでも、今は少し嬉しいと感じているようです」
「……変な奴だ」
表情は未だ険しい。詮索はいくらでも受け入れるつもりではあるのだろうが、それを出来るだけの関係ではない。
どこで言葉を覚え、いくつの星を渡り、どれだけを殺して来たのか。返ってくる言葉に確信に近い予想は多くある。
この考え方をしている時点で彼女から離れる気はなかった。
彼女は何かに苦しんでいるはずなのだ。殺された者の無念や屈辱と比較しても彼女の重さに憐んでしまう。
俺に出来ることは、彼女に拒絶されるまで話し相手になることくらいか。例えそれがマイナスでもいい、俺にはそれしかないのだから。
蹄か。地を蹴る多くの足音が近付いてくる。
俺達から距離を取る多くの観衆が中央から大きく割れ、全身を覆う板金鎧の集団が現れた。
「こ、これは……」
中央の中央、赤いマント付きの板金鎧から驚愕した男の声が漏れる。
「距離を取れッ! 迂闊に近付くなッ!」
しかし隙はほんのわずかだ。すぐに後ろの兵士に指示を出し、この惨状の首謀者を定め始める。
兜が見据える先は……俺だった。血濡れの守瀬理よりも無関係の俺である。
「貴様ぁ……! 何が目的だ! 何故こんなことを出来てしまうんだ!」
俺は首を振ることも否定の言葉を吐くこともしない。この責任を負いたがっている守瀬理の邪魔をしない為だ。
守瀬理がゆっくりと歩き出す。
「魔法寄りの世界でも、上澄みのSランクの惑星ではその星の人間であるというだけで、女、子供、老人に至るまで中々に手強いと聞きます」
「惑星……? 何を言っているんだ!」
「弱さに甘えた星など存在する意味なし。死んだところで何が駄目だと言うのです」
「まさか、お前がこんな惨いことをしたというのかッ!」
男の言葉に聞く耳持たず。守瀬理は右手のナイフの切先を男へ向けた。
「戦いましょう、戦士よ」
「戦うだと? 忠告しておく。武器を捨て降伏するというのであれば、今死ぬことはない。降伏せよ!」
「正々堂々と戦えという意味さえ……!」
助走はなかった……が、守瀬理はその場で跳躍し、男の乗る馬の上に飛び移ると、ナイフを男の兜の目の部分に突き刺した。
その刃は恐らく脳にまで達したであろう、男は痙攣しだし、馬上から落ちて血を撒き散らしながら暴れた。
指揮官だったはずだ。いきなりの襲撃に板金鎧の集団は互いにメリットのないバラバラな動きで剣を振う者、剣を構える者、逃げようとする者に別れた。
勝ちではなく、あくまでも戦いを重要視しているはずの守瀬理はその様子に苛立ちが勝り、苦い顔でナイフをくるくると回転させて次々と襲った。
いつの間にか果物ナイフの柄には長いより紐が取り付けられていた。ナイフを投げては紐を引き、何度も兜の目の部分に突き刺していく。
紐の長さが足りない相手にはバケットの果物を兜に当て、兵は鈍い音と共に馬から落ちる。
挙句には兵が盾で目を守り始めると、守瀬理はナイフに果物を深く差し込み、横薙ぎで兜の側頭部を攻撃し始めた。
痙攣している兵の誰もが覗き穴から血を噴き出すか、頭部の形にしては不自然なほどに凹んだ兜をしている。戦う為の装備が生活の為の道具に蹂躙される様は、結局、同レベルの人間だからこそ通用する代物であると雄弁に語っているようだ。
守瀬理は最初に殺した男の愛馬であるはずの馬を手懐け、すっかりと戦う意志を無くし遥か後方へと下がった兵達を見て深いため息を吐いた。
「圧倒的ハンデを与えているにも関わらず、勇敢さを示す者が一人もいない。あなた方は一体何の為に生まれ、何の為に馬に乗り、何の為に力をつけてきたのですか」
答える者は皆無。その返事に生じる一瞬の隙さえ与えられない程に死という恐怖が彼らを蝕んでいるように見えた。
これでは得るものがないだろう。
守瀬理はナイフとバケットを放り、人差し指を兵達に向けた。
「刺激が足りない……」
指先は白い光の球を発生させた。それを毒々しい赤紫の粒子が包み、何の掛け声もなく放たれる。
光の線が兵と観衆の数と同数貫いた。始めは何も起きない。
「あ……う……ぎぎ……」
呻いた。
「ァァアアアアアアアァァアアアアアアア!!!!!」
すぐに絶叫へと変わる。目に見えて分かるのは鎧を着けていない観衆の方、全身の皮膚がぶくぶくと蠢き、肉、血管、神経、骨の全てが歪み、霧と化すまでに盛大に弾けた。
想像が出来ないほどの激しい苦痛のはずだ。視界に映る全ての人間が霧となり、全てが赤く染まった。
これが守瀬理の魔法なのだ。
残されたのは馬だった。馬は主を失ったことに悲しんでいるのだろうか。守瀬理から逃げることはなく、この場に居たはずの主を待ち続けている。
多くの人を殺した彼女の目は、望んだ結果にしては哀しみを帯びている……。




