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1/4

1.

 どうしてこうなったんだ。


 冒険者のはしくれ、ティムの頭の中はそんな気持ちでいっぱいだった。それこそ叫び出したいほどに。

 だが叫べなかった。声を出すことさえできない状況下にいた。


「グゲゲ! こっちの方に逃げてきたはずだぞ!」

「まだ近くにいるに違いない! 見つけて八つ裂きだ!!」


 木々が生い茂る森の中。濁った笑い声を上げながら何匹ものゴブリンがうろついている。全員が目をギラつかせて。奴らの言葉どおり、見つかればその瞬間襲いかかってくるだろう。

 そんな人類の敵たるモンスターがまた一匹、ティムの目の前(・・・)を通り過ぎる。


 冒険者ならコソコソせずに戦えよ。ゴブリンなんて低級モンスターだぞ。ギルドの連中が聞いたら笑い飛ばしてくるだろうが、そうもいかない。なにせティムはほぼ初心者。低級モンスター(ゴブリン)をたおせる剣技や魔法さえ持ち合わせていなかったのだ。


 だが、問題はそこじゃなかった。もちろんこの状況だって問題なのだが、ティムが声を大にして言いたいのはそういうことじゃなかった。

 それはもっと近く――いや至近距離にあった。


「……っ」

「――……」


 目と鼻の先から届くのは、柔らかな息遣い。

 肌で感じるのは温かな感触と温度。


 端的に言えば、ティムは女の子と密着して抱き合っていた。


 小柄で細身だった。抱き合っているがゆえに、ティムにはそれがよくわかった。そんな彼女の身を包んでいるのは、淡い紫色のローブと三角帽子。大きめの丸メガネ。

 まるで魔法使いのような見た目。というか彼女は魔法使いそのものだった。いや、今は服装なんかよりも。


 やっべえ……すっげえドキドキする。


 森の中で女の子と密着。とてつもなくアダルティな展開。ロクに女性経験のないティムにとって、この状態は脳内回路がショートしてしまいそうだった。


「ギヒッ! 見つからねえ!」


 すぐそばから聞こえてくるゴブリンの声で、ティムは現実に引き戻される。モンスターに囲まれているというこの状況を。


「いねえな、どこ行きやがった」

「ゲヒ……たしかにこの辺りにいると思ったんだが」


 だが、奴らがふたりを見つけることはなかった。ゴブリンはふたりのすぐそばで、キョロキョロと見回すだけだった。

 それからティムたちの方をじっと見て、


「見つかったのはこの変な石像・・くらいだ」


 口々に言う。まるでそこには生きた人間はいないかのように。

 やがて残念そうに息を吐くと、


「しょうがねえ。引き上げるぞ」

「ギギッ、了解だ。撤収!」

「グギィー!」


 リーダー格らしきゴブリンの号令で散らばっていたゴブリンたちが集まり、そして去っていく。

 代わりに森の中には普段の静寂が戻ってくる。もうモンスターのたぐいはいない。


「「――っぷはあっっ!!」」


 安全を確かめた後、ふたりは勢いよく離れる。同時に水面に上がったみたいに息を吐いた。


「ふう……なんとかやり過ごしたな」


 安堵とともにその場に腰を下ろすティム。


 だが、隣の魔法使いはその場に立ったままだった。よく見れば、彼女の身体はわなわなと小さく震えている。

 そして同じようにぷるぷるしている唇を開くと、


「……も、」

「も?」

「もうヤダぁ――っ!!」


 堰を切ったように叫び出した。やり場のない怒りをぶつけるように地団駄を踏んで、ティムの方を指さしてくる。


「なんでこんなヤツとパーティ組まなきゃいけないのよぉーっ!」

「いや、そのセリフそっくりそのままお返しするっての! 俺だってお前みたいなポンコツ魔法使いと旅しなきゃいけないんだか!」

「ポンコツ!? 自分のことを棚に上げてよく言えるわね! このへっぽこウソつき冒険者!」

「はあ!?」


 返ってきた言葉にティムの怒りスイッチはぽちりと押された。

 百歩譲ってへっぽこなのは認めるとしよう。だけどウソつき呼ばわりは納得できない。俺だって好きでこうしているわけじゃない。俺だって仕方なく――


「グギ!? また人間の声がしたぞっ!」


 と、近くの茂みからゴブリンの声と姿。その瞬間、ふたりは阿吽の呼吸で抱き合った。つい先ほどまでと同じ密着ポーズで。


「「――……っ」」

「……ギィ? 聞き間違いか? さっきの石像だけだな」


 一匹のゴブリンはキョロキョロと首を動かした後、不思議そうにその場を走り去っていく。それを見届けてから再びふたりは身体を離し、脱力した。


「……ふう」

「あっ、ぶなかったあ」


 シンクロするかのように胸をなでおろす。


「あんた、私の魔法がなかったら今ごろゴブリンに三枚おろしにされてるわよ」

「余計なお世話だ。お前がちゃんとした魔法を使えればいいだけだろ。よくそれで魔法使いを名乗れるな」

「ぐ……」


 ティムが言い返すと押し黙る。

 だってそれは少女にとって痛いところだったから。


 彼女、魔法使いリーユが今しがた使ったのは『自分を石に見せる魔法』。リーユが使える唯一・・の魔法だった。


 低級モンスターのゴブリンすらたおせない冒険者と、ひとつの魔法しか使えない魔法使い。ふたりは嫌味を投げ合いながら歩く。


 彼らは旅をしていた。あまりにも荷が重すぎる目的を背負って。

 その思いは同じだったのか、ふたりはため息のような言葉が重なる。


「「はあ……こんなんじゃ一生かかっても魔王討伐なんてできっこないって」」

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