【神楽坂の章】それぞれの憂鬱 02(高城・佐倉)
「ちくしょう。ばかにしやがって!」
放課後、職員室から飛び出した高城亮介は、吐き捨てるように愚痴を言った。
お笑い同好会設立の申請書を提出してきたのだが、稲田先生に、書類不備、誤字脱字を散々指摘された上に門前払いされたのだ。
「顧問は神楽坂先生に頼むとして、部員は各学年から二名以上、賛同者の署名も各学年から十名以上必要って、つまりは新しい同好会なんて面倒くさいものは、作るなってことだよ」
塚田のそんな言葉を思い返して、地団駄を踏む。
何も準備できないまま、熱意だけで押し通そうと試みてみたが、やっぱりそんなに甘くはなかった。
「もうこうなったら、学校なんてさっさとやめて、東京のお笑い養成所に行くべきだな。そうと決まりゃあ、徹もさそって……」
失敗をすぐに忘れて走り出す。
後先考えずに行動に移すのが、高城の長所であり、短所でもあった。
*
「やっほー、亮ちゃん」
校門を走り抜けていく背中に、声をかける。
振り返った高城の視線が、きょろきょろと辺りをさまよい、夕日を浴びてオレンジ色に染まる校門の前にようやくとまった。
「なんだおまえか。そんなところで何してるの?」
「珠ちゃん待ってたんだけど、もう帰っちゃったのかなぁ。わたしも帰ろおっと」
歩き出した高城の背中を追いかけるように、佐倉咲美も歩き出した。
佐倉も塚田と同じく、高城とは幼稚園からの幼なじみで、小学校まではみんなで一緒にふざけあいながら通学路を歩いていた。
しかし中学に入ってからは、朝夕の通学路で顔を合わせても、高城は佐倉と一緒に歩くことはなかった。いつのまにか呼び方も、『咲美』から『佐倉』に変わっていた。
木々のあいだからこぼれ落ちる夕日に染められた下り坂を、今日も佐倉は高城の背中を見て歩く。
「亮ちゃんさあ」
「あん?」 振り返りもせず、間の抜けた声で高城が返事をした。
「最近、神楽坂先生のことおちょくってばっかだね」
「まあね。だって先生いじると面白いじゃん」
「そうだけどさ。まえは徹くんと組んで、みんなを笑わせていたのに」
「いまでも徹が俺の相方だよ。でもツッコミメインでやっている俺からすれば、笑わせようって気満々の徹のボケよりも、予想外のリアクションをしてくれる先生のほうが、ツッコミがいがあるんだよね。ハネるっていうかさ」
「ふうん」
「それに、やりやすいんだ。天然ボケのお笑いキャラとして、みんなに認められている神楽坂先生が相手なら、どんなに強烈なツッコミをしても笑いが取れるからさ。
もちろん、そうなるようにプロデュースしたのは、この俺なんだけど、俺の予想をはるかに上回る天然っぷりで……」
神楽坂先生のこととなると、とたんに高城は饒舌になって話が止まらなかった。
佐倉は心の奥から出たがっている質問を切り出せないまま、だまって高城の話を聞きながら、後ろを歩いた。
下り坂が終わりを見せた頃、ためらいながらも思い切って口を開く。
「もしかして亮ちゃん、神楽坂先生のこと好きなんじゃないの?」
できるだけ冗談っぽく、ツッコミに聞こえるように。
でも少し、声が震えていたかもしれない。
高城が空を仰いだ。
黄金色の空を眺めながら、ぽつりとこたえる。
「うん、まあ……。やっぱり興味はあるんだよね。いつも何を考えてるんだろうってさ。だって、スベり知らずだもんな」
あきれながらに否定する。
そう信じていた佐倉は、予想外の高城の反応に驚き足が止まった。
そうとは気付かず、そのまま歩いていく高城。
小さくなって離れていくその背中を、佐倉は無言で見送った。




