【神楽坂の章】短所が長所に 01
霞がかった春らしい淡い水色をした朝の空に、軽やかなメロディが流れている。
神楽坂先生はハミングを奏でながら、学校へとつづく坂道を歩いていた。
小高い丘の上にある山の瀬中学校は、バス通りから五分ほど坂道を上ったところにある。
道のわきに植えられた桜並木のあいだからは、二両編成の電車が一時間に一回だけ停まる駅と、ちょっとした店が軒を連ねているだけの商店街。それらを囲むようにして雑然と建ち並ぶ古びた家々がのぞめるが、そのまわりには田畑がひろがっていた。
とても栄えているとは言えない寂れた街だが、神楽坂先生はこののどかな街の雰囲気がとても気に入っていた。
桜の花びらが目のまえを舞う。
頬をなでる、まだ冬の気配が漂う朝の冷たい空気が心地がいい。
神楽坂先生の気分が、こんなにも上々なのは他にも理由がある。
不安でいっぱいだった担任教師としての日々が、思いのほか順調だからだ。
しかしそれは、頭のなかで何度もシミュレートしてきた通りにことが運んできたわけではなく、どちらかと言えば、高城亮介がムードメーカーになってクラスをひとつにまとめてくれているおかげもあるのだけれど、とにかく初めて受け持つクラスの雰囲気がとても明るく、みんなと仲良くやっていけそうなことは、なにより嬉しかった。
(だけど……)
山の瀬中学校の校門にそびえる、ひときわ大きな桜の樹を見上げながら、神楽坂先生の表情がふとくもる。
仲が良いということは、それだけ気を許しているということ。
それは良いことである反面、新米教師である神楽坂先生にはやっかない問題でもあった。
神楽坂先生のクラスは、とにかく生徒たちのおしゃべりが酷いのだ。
「ほら、みんな静かにして! となりのクラスにまで迷惑がかかっちゃうよ!」
これでは駄目だと先生は厳しく怒るのだが、その姿は全く迫力がなくて、恐いというよりもかわいらしく、それがかえって生徒たちの笑いを誘った。
(明るいのはいいことだけど、なんでいつも笑ってばかりなのかしら……)
次々と登校していく生徒たちと挨拶を交わしながら、神楽坂先生はひとり校門に立ち尽くして頭をひねるが、そのきっかけは、先生が与えている場合も多かった。
例えば先生は、黒板に字を書こうと何度もチーズ入りかまぼこを黒板にこすりつけた。
スティック状のかまぼこは、長さも太さもチョークによく似ていたし、チョーク入れにかまぼこを入れた生徒に問題があるのは当然だが、そうとは気付かずそれを手に取り、何度もかまぼこを黒板にこすりつける姿は、なんとも滑稽だった。
「なんかこれ、やわらかくて全然字が書けないなぁ」
先生は結局、それがかまぼこだと最後まで気付かず、ほかのチョークを手に取り授業を始めたのである。
もちろん、なぜ教室が爆笑に包まれているのか、神楽坂先生本人は全く理解していない。
(箸が転んでも可笑しい年頃ってことかしら? わたしには、なかったけれど……)
朝の予鈴が校庭に響きわたる。
我に返った先生は、あわてて校舎の中へと駆け込んだ。
このように、本人が意識せずに、まわりの笑いをさそう行動をする人を、お笑い業界では『天然』と呼ぶことがある。
神楽坂先生はまさに、たぐいまれなる天然キャラだった。
*
そんな神楽坂先生のキャラクターに、いち早く目を付けたのが高城だった。
先生は知らず知らずのうちに、高城プロデューサーの手によって、全校生徒に売り込まれていった。
「あれ、町田敦子やん」
例えば授業中、生徒たちのおしゃべりが収拾がつかなくなるほどうるさくなると、決まって高城は、神楽坂先生に例のネタをふってきた。
「……かと思ったら、モモタローだった」
先生は躊躇しながらも、以前教わった通りのノリツッコミをいれる。
「フ、フライング、キャット……。って、だれがモモタローよっ!」
なぜなら、騒々しかったクラスが同じ笑いでひとつにまとまり、気が付くと、また授業に集中してくれているからだ。
(もしかして高城くん、わたしのことを助けてくれているのかな?)
なんて思ったこともあったが、神楽坂先生の頭から、すぐにそんな思いは消え失せた。
となりの三組で授業をしときにも、同じネタをふられたのだ。
「誰に聞いたか知りませんけど、先生はそんな『ネタふり』には乗りませんよ」
さすがの先生も腹を立てて、その挑発にはすぐには応じなかった。
しかし、言うまでもなく先生の怒る姿に迫力はなく、生徒にせがまれると断れないのが、神楽坂先生だった。
生徒たちの爆笑が、教室を飛び出して校舎中に響き渡る。
となりの教室で授業を受けていた高城は、廊下を伝って聞こえてくるその笑い声に、ひとりほくそ笑んでいた。
こうして神楽坂先生は、まんまと高城の思惑通り、天然のお笑いキャラとして全校生徒に知れ渡っていった。




