【高城の章】ピエロの笑顔 01
そっと教室の引き戸をあけて、顔を出す。
音もなく闇に沈んだ廊下に、青白い月明かりだけが差し込んでいるその景色は、一枚の絵画でも見ているようだと高城は思った。
「気を付けろ。先生、こっちの校舎に来ているはずだからな」
肩越しにささやかれた塚田の言葉にうなずきながら、高城は足を踏み出した。
「上靴を脱いで。音が響くよ」
続いて出て来た塚田にそう言うと、腰を落とし、まるで忍者のように廊下をひた走る。
「ここからは、どっちの校舎からも丸見えだ。窓より低い体勢で進もう」
連絡通路にさしかかったとき、振り返らずに高城が言った。
「オーライ」
塚田の返事が、すぐ背後から聞こえる。
ふたりの息はぴったりだ。
連絡通路の壁際を、四つん這いになって進む。
頭の上でガタガタと音を立てて窓が震えている。風が出てきたのか、雲が流れて廊下に映し出されている窓の形をした月明かりが、現れたり消えたりしていた。
連絡通路を渡り終えて階段を上がる。
無事第二校舎三階に移動したふたりは、一年二組の教室がある廊下を、そっとのぞき込んだ。
「なんだよ、これ……」
高城は、自分の目を疑った。
薄暗い廊下に、ごろごろと黒い塊が転がっている。
裸足の足が、黒い塊から滲み出した液体で濡れる。
流れる雲の隙間を縫って、青白い月明かりが再び廊下に降り注いだとたん、高城はめまいがして倒れそうになった。
黒い塊に見えていたものは、一年二組のクラスメイトたちだった。
「清水、ふじきん、長崎、ナオキ……」
横たわるクラスメイトのあいだを歩きながら、塚田が名前を呼び上げる。
「誰だか判別できないものもふくめて三十四人。俺たち以外、ほぼ全員だ」
高城が膝から崩れ落ちた。
「ちくしょう、やりすぎだよ。ふざけていただけじゃんか。遊んでただけだろ?
確かに俺たちは先生が苦しんでいるのに気付かなった。それは悪かったけれど、これはあんまりじゃないか!」
「気付かなかったか?」
とうとつに塚田が、ぼそりと言った。
「えっ?」
「おまえ、気付いてなかったか? 本当は心のどこかで気付いてたんじゃないか? 先生、嫌がっているんじゃないかって……。
でもお約束だの、その場の空気だの、笑いをとることばかりに夢中になって、気付かないふりをしてたんじゃないのか?」
「俺だけのせいだって言うのかよっ!」
襟をつかんで詰め寄ってくる高城を、塚田は微動だにせず切れ長の目で見据えながら、低い声で怒鳴った。
「そうじゃねえよ。ただ、ふざけてただけとか、遊びだったとか、そんなのクソだせぇ、いじめ野郎と同じ言い訳だろうが!」
「うう……」
そのとき、廊下で倒れている女子生徒の一人が、呻き声をあげながら、うつ伏せの体を起こした。
暗いうえに、顔が血にまみれていて、誰だかわらかない。
「おい、大丈夫か?」
高城が急いで女子生徒に駆けより、体を抱きかかえた。
制服から漂う、どこかで嗅いだことのある甘い香り。
「佐倉? おまえ佐倉なのか? 待ってろって言ったのに、なんでひとりで行ったんだ! 死ぬなよ、咲美! キスでもなんでもしてやるから、絶対に死ぬなっ!」
「亮ちゃん、気を付けて……」
その女子生徒は、高城の耳に顔を近づけて、震える声を絞り出すようにして言った。
「……先生、すぐそばにいるよ」




