【高城の章】ヒントってなんの? 03
「おかしくなっちまったんだ。みんなから笑いものにされて」
塚田が音楽準備室の小窓から第二校舎をのぞき込みながら言った。
神楽坂先生の姿も、佐倉の姿も、いまのところ見当たらない。
「ネタフリされたら、ボケで返す。そんなの挨拶みたいなもんだろ。お笑いのお約束じゃないか」
高城が塚田のうしろで、腕をさすりながらぼやいた。
佐倉があぶないとわかったとたん、音楽準備室から飛び出そうとした高城の腕を、塚田が思いきりつかんだのだ。
後先考えずに行動する。そんな高城の暴走を抑えるのが、塚田のいつもの役目だった。
佐倉を助けにいくにしても、教室に携帯電話を取りにいくにしても、タイミングを間違えると、神楽坂先生に返り討ちにされてしまうからだ。
「そのお約束を押しつけていたんだよ、俺たちは。
先生も納得していると思い込んでいたんだ。本当は先生なりに、がんばって合わせてくれていただけなのに」
「言ってくれればいいじゃないか。笑われるのは嫌だって」
「必死だったんだろ。初めて受け持ったクラスだから……」
とたんに塚田が小窓から顔を退け、壁を背にして室内に体を向けた。
腕をさすっていた高城と目が合う。
「どうしたの?」
滅多に見ることのない塚田の緊張した表情に、高城の顔にも緊張が走る。
「二階の廊下の端に隠れて、神楽坂先生がこっちを見ていた」
「見つかったのか?」
「いや、見られてはいないよ。でも、これではっきりしたことがある。隠れてこっちを見ていたってことは、神楽坂先生は気付いたんだ。こっちから第二校舎を監視できるってことに。それはつまり……」
「つまり……?」 高城がごくりとつばを飲み込んだ。
塚田がそっと小窓から顔をのぞかせる。すでに二階の廊下の端にいた、神楽坂先生の姿はない。
「つまり、隠れるなら第一校舎が有利ってことがバレたのさ。残りの生徒は、きっと第一校舎にいると思い始めているんじゃないかな」
高城の額から一筋、汗が流れた。ふたたび神楽坂先生が第一校舎を捜し始めたら、この場所が見つかるのなんて時間の問題だ。
「それより亮介、俺、さっき先生が言ってた言葉が気になっているんだけど」
この一大事に、何を言っているんだと思いながら、高城が聞き返した。
「さっき言ってた言葉って?」
「あの半年前の初心に返るってやつ。半年前っていったら入学式だろ? ほかに何かあるか?」
高城が暗い天井を見上げながら、握りしめた拳でこんこんと額を叩く。
「先生の自己紹介が長かったってことぐらいしか……。それも、みんなを笑わすことで頭がいっぱいだったから、覚えてないよ」
「そこに、なにかヒントがあるような気がするんだけどな……」
(ヒント? ヒントってなんの? この状況から助かる鍵は、一年二組の教室にある携帯電話だけじゃないのか?)
塚田の落ち着いた態度が、高城の心にまた焦りの気持ちをふつふつと沸き立たせた。
時計を見上げると、八時五十五分。
(九時をまわれば、親たちが異常を感じて何らかの行動を起こすだろう。しかし、学校に助けがくるのは、いつになることやら……)
「徹、あれから神楽坂先生の姿は?」
貧乏ゆすりをしながら、高城が聞いた。
小窓から第二校舎をのぞいている塚田が、振り返らずにこたえる。
「あれっきり、ずっと先生の姿が見えない。すでにこっちの第一校舎へ、捜しに来ているのかもしれない……」
その言葉をきっかけに、ふたりを取り巻く空気が一瞬にしてぴんと張りつめた。
なんとなく背筋が凍えて、思わず高城は振り返る。
いつのまにか背後に、神楽坂先生が立っている気がしたのだ。
「徹、もう行こう。こっちの校舎に先生が来ているのなら、いまが教室に乗り込むチャンスじゃないか」
「そうだな。教室にケータイを取りに行くのは、いまかもしれない。だけど……」
「だけど?」 高城が聞き返した。
「いや、いましかないな。もう、ここにいるのも危険だ」
わざと姿を隠して、俺たちをおびき寄せているのかもしれない。
出かかったその言葉を、塚田は飲み込んだ。




