【高城の章】笑いの授業 02
文化祭前日、どのクラスも遅くまで学校に残って準備をしていたが、なかでも一年二組の出し物の進捗具合は最悪だった。その理由は、生徒がサボっているわけでも、やる気がないわけでもない。
神楽坂先生のこだわりが凄かったからだ。
そのやりすぎともとれるお化け屋敷への情熱にうんざりする生徒も何人かはいたが、次第に形を成していく不気味な雰囲気に圧倒されて、誰もが完成に向けて全力を尽くした。
しかし、文化祭実行委員会が指定した最終下校時間の夜七時をまわっても、まだ八割ほどしか完成していない。神楽坂先生が生徒たちの保護者に連絡を入れて、九時までに帰宅させるとの約束で許可を取り、なんとか最後の仕上げにとりかかることができた。
作業の途中、高城は夏休みに佐倉から聞いた怪談を何度か耳にした。
『誰にも言っちゃダメだよ』という合い言葉のもと、クラス全体に広まったのだろう。
学校にいるには遅い時間と、お化け屋敷のおどろおどろしい雰囲気に触発されたのだろうが、耳をそばだてれば、いつのまにか『夏休みに夜の学校のプールで、大きな水しぶきの音を聞いた』などという、尾ひれまで付けて自慢げに話す生徒までいる。
(うわさ話なんて、そんなものだ。そこかしこで、こそこそと内緒話をしているのは、どうせすべてが怪談話なんだ)
高城はそう決めつけて、みんなの話に耳を貸さなかった。
ただでさえ怖がりなのに、これから暗い夜道を歩いて帰らなくてはならないからだ。
みんなで一丸となって頑張ったせいもあり、夜の八時をまわったころには、出し物の準備はほとんど整った。
壁や窓ガラス、天井に至るまですべて黒い模造紙で覆われ、いたるところに墓石が並んでいる。地中から飛び出した棺からは、ミイラ男が手を伸ばしていた。
天井からは人魂が釣り糸で垂れ下がり、埋め込まれたブラックライトを点灯すれば、模造紙に描かれた巨大なガイコツが紫色に光って、暗闇に浮かび上がる仕掛けだ。
あとは当日、ルートに沿って黒いカーテンで道を仕切れば完成。
制作した本人たちでさえ身震いするような、神楽坂先生こだわりの作品だ。
逆を言えば、神楽坂先生の心の闇を垣間見てしまったようで、生徒たちはほんの少し、先生を見る目が変わっていた。
「ちょっとみんな、聞いてくれるかな?」
神楽坂先生は生徒たちにペットボトルのジュースをふるまうと、達成感の美酒ならぬジュースに酔いしれている生徒たちを集めて、挨拶を始めた。
「みんなで力を合わせて、こうやって一つのものを作り上げることができて、先生とっても嬉しいです。このクラスは本当に仲がいい。よくまとまっていると思います。誰かを犠牲にすることでね」
一瞬、生徒たちは耳を疑ったが、神楽坂先生が満面の笑みで挨拶を続けるので、誰も先生の言葉に疑問を持たなかった。
「今日でみんなと一緒のクラスになってから、ぴったり、ちょうど半年です。まだまだ半人前の先生に半年もついて来てくれて、みんな本当にありがとう。思い返せば恥ずかしいことばかりで、いまからでも半年前に戻って、一からやり直したいくらいです」
生徒たちが一斉に笑った。
思い返せば、確かに先生は笑えることばかりしていたからだ。
「みんなも学校生活に慣れて、もうすっかり気が緩んでいることでしょう? というわけで、いまからみんなも、緊張感のあった、あの入学当時を思い出してください」
何を言っているのだろう?
「さあ、みんな。いまみんなは半年前にいます」
みな笑みを浮かべながらも、まわりの生徒と顔を見合わせていた。
神楽坂先生は、いったい何を言っているのだろう?
「わたしも半年前の初心に立ち返り、一から、みなさんを教育し直したいと思います」
ざわつく生徒たち。
その時、とつぜん教室の明かりが消えた。
「それではこれから、『笑いの授業』を始めます」




