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笑いの授業  作者: ひろみ透夏
高城の章

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16/18

【高城の章】大正解! 02

 

 夏休み明けの神楽坂(かぐらざか)先生は、少し雰囲気が変わっていた。


 服装も以前のようなやわらかくて明るい色の服ではなく、硬いイメージのダークグレーのスーツに身を包んでいた。

 結んで垂らしていた長い髪も、いまは頭のうしろでシニヨンにまとめている。


 そして一番の違いは、細い銀縁の眼鏡をかけていたことだろう。

 夏休みのあいだに、当然コンタクトレンズに戻していると思っていた生徒たちは、みな不思議そうに先生の眼鏡に注目していた。


(これはあのボケが使えるかもしれない)高城(たかぎ)はとっさにそう思った。


 それは、眼鏡をかけた中年男性のような顔立ちの女芸人に、同じく眼鏡をかけた、よく似た男優のドラマでのシチュエーションで問いかけるというボケだ。女芸人は、男優のモノマネをしたうえで人違いだとノリツッコミし、一連のギャグは完成する。


 女芸人と神楽坂(かぐらざか)先生は似ても似つかないが、このボケの注目すべき点は、先生がその女芸人と《同じ名前》というところだ。



『謎解きを含んだボケは、思っているよりひとに伝わらない』


 そう塚田(つかだ)に指摘されたし、神楽坂(かぐらざか)先生にボケの意味などわかるわけがないだろう。



 しかし、そんなことはどうでもいい。



 別に神楽坂(かぐらざか)先生に気付いてもらう必要なんてないと、高城(たかぎ)はほくそ笑んだ。


(むしろわからないほうが面白い。

 笑わせたいのは先生ではなく観客、つまりクラスメイトなのだから。

 俺はそのボケを思いつき、そのボケをふったことで賞賛され、訳のわからない天然の返しをした先生が、みんなに笑われる。

 笑わせたのは先生ではなく、先生を使ってみんなを笑わせた俺。

 このギャグの功績は、この俺なのだ)




「せんせぇ、今日は『高楽(こうらく)』お休みなんですかぁ?」



 高城(たかぎ)は目をぎらつかせながら、自信満々で先生にボケをふってみせた。

 高楽(こうらく)とは、男優がドラマのなかで経営している中華料理店だ。



「こうらく? 後楽園なら先生の行っていた大学の近くだけど、今日もやっているんじゃないかなあ? でもいまは東京ドームシティって言うのよ」



(そんな的外れな返答で、みんなに笑われるはずだ)


 高城(たかぎ)はそう確信して、先生の返答を固唾をのんで待った。



高城(たかぎ)くん、勝手におしゃべりしないでね」



 しかし先生は高城(たかぎ)の予想とは裏腹に、そう注意しただけで返答はしなかった。

 以前と同じ、やさしそうな笑みを浮かべているが、眼鏡の奥の瞳は笑っていない。

 高城(たかぎ)は一瞬ぎょっとしながらも、みんなが見ている手前、なんとか言葉を続けた。



「先生、そこは……」


丸野(まるの)卓造(たくぞう)じゃないわよ」


 正解。

 モノマネというノリツッコミこそしなかったが、大正解。



 お笑いには疎いはずの神楽坂(かぐらざか)先生が、見事、男優の名前で返したことに、高城(たかぎ)は驚きを隠せなかった。


 間髪入れずに一言で返され、『賞賛』どころか、みんなの『失笑』を買った高城(たかぎ)


 しんと静まり返った教室に、神楽坂(かぐらざか)先生の点呼が響く。



「なんか先生、雰囲気変わったよね」


「もしかして、別人だったりして」



 ひそひそとしゃべる女子生徒たちの陰口が、ぽっかりと穴があいた高城(たかぎ)の胸に、秋風のごとく冷たく吹き込んだ。



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