【高城の章】大正解! 02
夏休み明けの神楽坂先生は、少し雰囲気が変わっていた。
服装も以前のようなやわらかくて明るい色の服ではなく、硬いイメージのダークグレーのスーツに身を包んでいた。
結んで垂らしていた長い髪も、いまは頭のうしろでシニヨンにまとめている。
そして一番の違いは、細い銀縁の眼鏡をかけていたことだろう。
夏休みのあいだに、当然コンタクトレンズに戻していると思っていた生徒たちは、みな不思議そうに先生の眼鏡に注目していた。
(これはあのボケが使えるかもしれない)高城はとっさにそう思った。
それは、眼鏡をかけた中年男性のような顔立ちの女芸人に、同じく眼鏡をかけた、よく似た男優のドラマでのシチュエーションで問いかけるというボケだ。女芸人は、男優のモノマネをしたうえで人違いだとノリツッコミし、一連のギャグは完成する。
女芸人と神楽坂先生は似ても似つかないが、このボケの注目すべき点は、先生がその女芸人と《同じ名前》というところだ。
『謎解きを含んだボケは、思っているよりひとに伝わらない』
そう塚田に指摘されたし、神楽坂先生にボケの意味などわかるわけがないだろう。
しかし、そんなことはどうでもいい。
別に神楽坂先生に気付いてもらう必要なんてないと、高城はほくそ笑んだ。
(むしろわからないほうが面白い。
笑わせたいのは先生ではなく観客、つまりクラスメイトなのだから。
俺はそのボケを思いつき、そのボケをふったことで賞賛され、訳のわからない天然の返しをした先生が、みんなに笑われる。
笑わせたのは先生ではなく、先生を使ってみんなを笑わせた俺。
このギャグの功績は、この俺なのだ)
「せんせぇ、今日は『高楽』お休みなんですかぁ?」
高城は目をぎらつかせながら、自信満々で先生にボケをふってみせた。
高楽とは、男優がドラマのなかで経営している中華料理店だ。
「こうらく? 後楽園なら先生の行っていた大学の近くだけど、今日もやっているんじゃないかなあ? でもいまは東京ドームシティって言うのよ」
(そんな的外れな返答で、みんなに笑われるはずだ)
高城はそう確信して、先生の返答を固唾をのんで待った。
「高城くん、勝手におしゃべりしないでね」
しかし先生は高城の予想とは裏腹に、そう注意しただけで返答はしなかった。
以前と同じ、やさしそうな笑みを浮かべているが、眼鏡の奥の瞳は笑っていない。
高城は一瞬ぎょっとしながらも、みんなが見ている手前、なんとか言葉を続けた。
「先生、そこは……」
「丸野卓造じゃないわよ」
正解。
モノマネというノリツッコミこそしなかったが、大正解。
お笑いには疎いはずの神楽坂先生が、見事、男優の名前で返したことに、高城は驚きを隠せなかった。
間髪入れずに一言で返され、『賞賛』どころか、みんなの『失笑』を買った高城。
しんと静まり返った教室に、神楽坂先生の点呼が響く。
「なんか先生、雰囲気変わったよね」
「もしかして、別人だったりして」
ひそひそとしゃべる女子生徒たちの陰口が、ぽっかりと穴があいた高城の胸に、秋風のごとく冷たく吹き込んだ。




