【高城の章】メランコリックな夏休み 02
公園の噴水はずいぶんまえに噴き出すのを止め、しんと静まり返った水面には、夕闇の迫った薄紫色の空が映っている。
「徹のやつ、いいかげんなこと言いやがって」
塚田が帰ったあともしばらく、高城はひとり公園にたたずみ、物思いにふけっていた。
公園を囲む木立が、夕風に吹かれてざわりとさわぐ。
干してあったTシャツを手に取り、ゆるゆると腰を上げて家路へと足を向ける。
(あの明るくて天然の神楽坂先生が、自殺なんてするものか)
神楽坂先生の学生時代を知らない高城は、そう確信しているのだが、なぜか胸のもやもやは一向に晴れない。
(でも、そんな話、どこかで聞いたことがあるんだよな……)
商店街にさしかかると、ちらほらと灯り始める店の明かりが見えてきた。振り仰げば、空はもう深い藍色に染められている。
「あ、高城だ。おーい、こっちこっち」
いきなり掛けられた声に振り向くと、さくら生花店のまえに珠木早苗がいた。よく見ると佐倉咲美もいる。さくら生花店は、佐倉の家なのだ。
「じゃあね、咲美」
珠木はそう言い残すと、自転車にまたがり、颯爽と商店街を走り去って行った。
「なんだよ、自分から呼んだくせに逃げるように帰りやがって……。あいつ、俺のことさけてるだろ?」
「そんなんじゃないよ」
佐倉がうつむきかげんに笑みを浮かべて、首を横に振った。
「なに話してたの?」
「うん、ちょっとね……」
高城の質問に、佐倉は言葉を濁してこたえなかった。
とたんに高城が、憮然とした表情でぼやく。
「もったいぶるなよ。最近、ノリ悪いよな女子。みんなで神楽坂先生を笑っているときも、妙に冷めてるっていうかさぁ……。ちょっとは空気とか読めよ」
「亮ちゃんって、怖い話平気だっけ?」
「えっ、怖い話だったの?」
「じつは……」
怖い話なら遠慮しようと思っていた高城だが、佐倉は勝手に話を始めた。
「珠ちゃん、美術部でしょ? 夏休み明けのコンクールに向けてなんとか締め切り直前に油絵を完成させたんだけど、どうしても提出前に直したいところがあってさ。きのうの夜、学校に行ったんだって」
「夜の学校になんか、入れるわけないだろ」
「入れたのよ。顧問の先生と、西尾さんに連絡入れたから」
「西尾さんて、ああ警備の……」
昼間、塚田の話にも出てきた警備の『西尾さん』とは、稲田先生と同じくらいの年齢の男性で、第一校舎の昇降口を上がってすぐの校務員室にいる。
日中に学校の管理をしているだけではなく、休日や夜も、泊り込みで学校を警備してくれているのだ。
(夜の学校に一人きりなんて、俺には絶対無理だな……)
闇に沈んだ校舎を想像して、高城がぶるっと身震いさせる。
「九時までに仕上げるって約束で、ちょうど九時に終わらせて校舎の中を歩いていたら、とつぜん廊下の明かりが消えて……」
「わかった!」
止まることなく続いていた佐倉の話を、高城はあわてて両手で制した。
「なんとなくわかったから、もういいよ、佐倉」
「……まっ暗な廊下のむこうから、びしょ濡れの女の人が歩いて来たんだって!」
「ばかばかばか! もういいって言ったのに、ばか!」
高城が耳をふさぎながら、大声で叫ぶ。
その姿を見て、佐倉はお腹を抱えて笑った。
「でね、その女の幽霊が神楽坂先生そっくりだったんだって。なわけないじゃんって……」
そこまで言って、佐倉はとっさに言葉を止めた。
高城の表情が、ひどく青ざめていたのだ。




