【高城の章】メランコリックな夏休み 01
「ああ、もう夏休みも飽きたわ。いつまで休んどんねん学校は!」
「同好会も泡と消えたし、部活も入っていない俺らはヒマだよなぁ」
高城亮介と塚田徹は、夏休みのほとんどを、小学生の頃からたまり場にしている、近所の噴水公園で過ごしていた。
三〇分ごとに噴き出す水と戯れては、干された魚のように噴水池の縁に横たわり、真夏の午後の刺すような日差しを浴びる。
「だから学校なんてさっさとやめて、お笑い養成所に行こうって言ったんだよ」
首筋に玉のような汗をかきながら、うつぶせに寝ている高城がぼやいた。
となりで仰向けに寝ている塚田が、本日三本目のコーラを飲み干しながら、面倒くさそうにこたえる。
「夜にいきなり呼び出されて、ブランコに揺られながら『一緒に東京へ行ってお笑い芸人になろう』なんてしんみり言われてさ。がってんだ! ってなるか? 頭、大丈夫か、この子? ってなるわ」
「でもいるじゃん。中卒でお笑い芸人になったひと!」
口を尖らせて怒鳴る高城に、子どもの駄々をたしなめる親のような口調で、塚田がこたえた。
「シニアさんやオオカドさんは天才なの。そんで中学を卒業して、はじめて中卒だからね。いま俺たちが学校やめたら、それは小卒だからね」
「そうなの?」
高城が体を起こして、驚いた顔で塚田を見つめた。
「そうだよ。きみ、アホすぎるだろ」
自分の無知さ加減に、高城の顔が真っ赤に染まる。高城はひとにツッコむのは好きだが、ひとからツッコまれるのは苦手な性格だった。
「だったらもう、はやく学校行って笑いたいじゃん。神楽坂先生でええっ!」
噴水池の縁に座り直し、両足をばたつかせて水を蹴る高城に、塚田がしんみりと言った。
「おまえ、神楽坂先生ばっかだな。小学生のときは、よく俺のボケにつっこんでくれてたのによ」
「あ~、悪い悪い」
ばたつかせた足を止めて、高城が素直に謝る。
自分でも、最近塚田の笑いにつき合っていなくて申し訳ないと思っていたのだ。
「おまえって、面白いことぼそって言うタイプじゃん。埋もれちゃうんだよな。天然のまえだとさ」
「確かに先生は天才だよ。天然の天才。そんで、俺みたいなタイプの天敵」
「てんてんてんってきみ、目薬会社かい!」
だははははっ!
と、ふたりで同時に笑ったあと、塚田がぼそりと言った。
「天が三つで『参天』ね。そのワードも入れといたほうがいいな。謎解きっぽくしたいのはわかるけど、自分が思っている以上に、ひとには伝わらないものだよ」
「あい、了解」
高城は塚田の指摘には素直だった。数少ない才能を認めている仲間だからだ。
「神楽坂先生の、なにがいいってさ」
高城が話を戻す。
「あんなに面白いのに、自分じゃ全然笑わせてるって自覚がないんだよな。なんでみんな笑っているの? って顔してさ。うらやましいよ、マジで」
困惑している神楽坂先生の顔マネをする高城。
「ああ、まあな。でも……」
にやりと笑みを浮かべながら聞いていた塚田だったが、とつぜんその表情をくもらせた。
「俺のかあちゃん、警備の西尾さんといとこだろ? で、その西尾さんからの情報なんだが……。
教師って夏休みにもいろいろ学校で仕事をしてるんだ。会議とか後期の準備とか。……でも神楽坂先生、まるで学校に来てないらしいぜ。連絡も取れないらしい」
「登校拒否って、子どもかい! 先生、じつはあれでも一応、大人やで?」
高城のツッコミにも、塚田は全く笑みを見せず、真面目な顔で続けた。
「おまえ、やりすぎたんじゃないか? ほら、夏休み前のプール掃除のときとか……」
「ば~か。あれがわざとじゃないことぐらい、おまえだってわかってるだろ。それにあのときは俺が助けてやったんだぜ。悲惨な状況を笑いに変えてさ」
間髪入れず、塚田が反論する。
「だからそこだよ。俺もおまえも、たぶん大多数のやつはわかってる。問題はあのド天然の神楽坂先生が理解してくれたかってこと。
もしかしたら何もかも嫌になって、すでにこの世から、いなくなっているかも……」
そのとき、噴水からいきおいよく水が噴き上がった。
空高く噴き上げられた水が、ばちばちと大きな音を立てて池に落ち、舞い上がった霧が風に乗って、神妙な高城の顔を濡らす。
「冗談だよ! マジでびびったろ?」
塚田は、丸くちぢこまった高城の背中をばしんと叩いてそう笑うと、Tシャツを脱ぎ捨て、雄叫びを上げながら噴水に向かって走っていった。
あのプール事件のあと――。
ずぶ濡れの神楽坂先生はだまって立ち上がり、校舎の中へ姿を消した。
どうやって汚れを落とし、どこで着替えたのかもわらからないが、みんなで教室に戻ったときには、先生はジャージ姿で生徒の席に座っていた。
無くなっていたジャージは、なぜか教卓の上に置かれていたらしい。
転んだ弾みでコンタクトレンズを失くしたのか、学生時代からかけているという黒縁眼鏡をかけた先生はどこか陰鬱で、ジャージ姿と、半乾きの乱れた髪のせいもあり、まるで引きこもりの学生のようだと、みんなはささやきあっていた。
それでも午後の授業は淡々とこなしていたし、話しかければふつうに応えてくれたので、高城はそれほど心配していなかった。
それからほどなくして夏休みに入ったので、その後の先生の状況は、誰にもわからなかった。




