【序章】ふたりの天才 01
吸い込まれそうな夜の闇に体を溶かしながら、まるで走馬灯のように鮮明によみがえる入学当時の記憶のなかに、高城はようやく『答え』を見つけた。
神楽坂先生の温もりを背中に感じながら、懺悔する。
先生、ごめんなさい。
もしも、あのときに戻れるのなら、今度こそ本気で笑いの勉強をします。
大好きな先生を、笑顔にするために――。
【序章】 ふたりの天才
「……でありますから、それはほんとうに世界を平和に導くのです。あなたがたの笑顔が友人の笑顔を引き出し、さらにその笑顔がどこかの誰かの笑顔を引き出してというふうに、どこまでも無限に広がっていくのですから。
まずはみなさんが笑顔でいることが一番です。そしてあなたの隣人が笑顔であるよう心がけてください。そうすれば、いじめなどという悲しい問題とは縁のない、輝かしく充実した学校生活を誰もが送ることができるでしょう。それではみなさんの、今日からの活躍に期待します」
2013年 4月1日――。
県内の中学校のなかでも一番早くとり行われる山の瀬中学校の入学式は、天気に恵まれ、七分咲きの桜をすかしてみる空は、どこまでも青く澄み渡っていた。
鳴り響く拍手の音が、春の日差しが降り注ぐ校庭にまで届く。
桜の梢でさえずっていた小鳥たちが一斉に飛び立つと同時に、会場の体育館からも、体に合わない大きな制服に身を包んだ新入生たちが、次々と姿をあらわした。
まぶしい陽の光に目を細めながら、担任の教師に引率されて、校舎へと続く渡り廊下を元気よく歩く生徒たち。
新しい学校での生活に少なからず不安もあるのか、みな一様にはしゃいでいるように見えるその笑顔にも、どこか硬さが感じられる。
それは列の先頭を歩く、一年二組の担任教師、神楽坂春菜も同じだった。
背筋をぴんと伸ばし、胸を張って歩くその姿は、一見、自信に満ちた、落ち着きのある女性教師のたたずまいではあったが、その張り付いたような不自然な笑顔を見れば、誰の目にも緊張しているのは明らかだ。
渡り廊下から第一校舎へ入り、連絡通路を通ってとなりの第二校舎へ移動する。
階段を上がって最上階の三階まで行けば、神楽坂先生が担当する一年二組の教室がある。
なぜか左右の手足を同時に動かし、何度も蹴つまずきそうになりながら階段を上る先生の姿は、あとに続く生徒たちの笑いを誘った。
笑いで少しでも生徒たちの緊張をほぐせれば……。
などと、神楽坂先生が考えていたわけではない。
神楽坂先生は、何日も前から頭のなかでシミュレートしてきた通りの、理想の女性教師を演じるので、精一杯だったのだから。




