第31話 ※巻島視点
「悟、ちょっといいかな?」
名古屋へと出張して二日目。
俺へとユリカから着信が入る。
「何よ? 悠全なら多分、マヤと一緒だぜ?」
「それは知ってる、あのね、なんか家に、監視カメラが仕掛けられてるみたいなんだよね……」
「監視カメラ?」
「うん、棚の上」
ユリカが目ざといと言うよりも、悠全が間抜けなんだろうな。
棚の上の変化なんて、主婦なら普通気づくだろうに。
まぁ、悠全らしいっちゃらしいけどよ。
「どうしよう、木曜日に屋炭来るんだけど……」
「どうするも何も、そのままにしておけばいいんじゃねぇか? どっちにしろ悠全にはもう不倫がバレてるんだ。潔く全部を見せるしかねぇよ」
「全部見せるって、やだよ、悠君には見られたくない。今だって泣きそうな毎日を過ごしてるのに、これ以上なんて耐えられないよ」
声で分かる。
これは本気で嫌がってるな。
だが、ここでユリカが折れちまった場合、計画の何もかもが破綻しちまう。
「ユリカ、悠全がどういう男か、ユリカが一番理解してるだろ?」
「……うん」
「アイツは一本気な男だ、嘘が大嫌いなんだ。なのにユリカは二年間、悠全へと屋炭のことを隠していた。理由はどうあれ、これは悠全からしたら立派な裏切り行為だ。贖罪してもらうには何もかも包み隠さず伝えるしかねぇ。動画データも削除出来てねぇんだろ? まだ踏ん張らないといけないところなんだよ……辛いかもしれねぇが、ここは我慢だ」
受話器の向こうで、ユリカは泣いていた。
はっきり言って今回の件、ユリカは何も悪くない。
正直なところ、屋炭をこの手でぶん殴りたかった。
だが、それじゃ何も解決しない。
マヤの問題も、ユリカの問題も。
「……なんだか、辛いな」
通話が終わった後、ひとりごちる。
思い浮かぶのは、昔の姿のユリカだ。
毎日俺のとこに来て、泣いていた日々。
アイツは今も昔も、ずっと泣いていた。
もう、泣かせたくない。
毎回、そう思っているんだけどな。
☆
「悟、データの削除成功した!」
数日後、跳ねるような声でユリカから電話が掛かってきた。
「おお! そうか! ちゃんと目の前で確認したか?」
「うん! 警察は入らなかったみたいだけど、懲戒免職されたみたいで、なんか弱気になってたからそこを一気に突っ込んでみたの! そしたら〝将来の奥さんの頼みだからね〟とか言ってきてさ! もうウキウキが止まらなかったよ!」
泣いてたのが嘘みたいに喜んでくれて、まぁ凄いこと凄いこと。
今の世の中、一度でもネットに動画が出回ったが最後、生涯消えることは無いだろうからな。
この成功は、間違いなく大きい。
「それで、屋炭はどうしたんだ?」
「もう別れちゃった!」
「は? もう別れた?」
「うん、だって悠君も嫌がってたし、もう目的は果たしたし」
「ああ、いや、それは構わないんだが、屋炭はそれで納得したのか?」
「私の意見で納得するような男なら、悟に相談してないと思わない? とにかく、もうアイツとは完全に終わったの、だから悠君との復縁に動くようにするから、マヤちゃんにも宜しく言っておいてね!」
おいおい、勢いがすげぇな。
まぁ、屋炭には懲戒免職という形で復讐は済んでいるとも言えるし、データ削除に成功したのなら用済みと言えなくはないか。
しかし、マヤの方がまだ何も進展していないんだよな。
最近の悠全を見るに、惚れているのは間違いないとは思うんだが。
少し、突いてみるかね。
などと考えていたところで。
「君に、聞きたいことがあるんだ」
俺のところに、悠全から連絡が来ちまった。
どう答えるのが正解か、いろいろと考えはしたものの、悠全は嘘が嫌いってのは、ほんの少し前に俺がユリカへと伝えた言葉だ。
悠全は俺を完全に信用している。
ここでアイツの信用を失う訳にはいかない。
「俺が、ユリカさんからお願いされて、お前に不倫を勧めたんだ」
だから、ここで少しだけ、種明かしをすることにした。
ユリカの目的は悠全とのやり直しだ。
データを削除したのだから、こちらの話を進めても問題はない。
受話器越しに怒鳴られはしたものの、殴られる覚悟で足を運んだ先で、アイツは笑って俺を許してくれた。
悠全の中で俺がどんな存在なのか、それが分かっただけでも嬉しく思える。
嘘と本当を入り混ぜながら会話をし続け、このままこの会話は終わりを迎える。
そんな、甘い考えを抱いていたのだが。
「巻島」
「ん?」
「マヤと巻島は、どんな関係なの?」
驚愕した。
なぜ、そこにたどり着く事が出来る。
マヤが俺達を裏切った?
いや、あり得ない。
それにマヤが俺達を裏切ったのなら、こんな疑問形で質問することはない。
「さすがに、何もないぜ?」
「……まぁ、そうだよね」
俺は一体、どんな顔で返事をしたのか。
とにかく、生きた心地がしなかった。
早めに動いた方がいい。
このままだと、いずれ悠全にバレる。
その後、俺は春雪と二人で映っている写真が何かないか、名古屋で悠全と映っている写真がないかを、マヤへと問い合わせた。
「……何に使うのですか?」
「そっちの問題解決の為に使いたい」
「……そうですか、わかりました」
どこかぎこちない返事だった。
思えば、ここで俺は気づくべきだったのだろう。
一番あっちゃならない、最悪の可能性を。
「この写真を使って、物井カナミって人と、花桐哲臣って人と会ってくればいいんだよね」
「ああ、二人ともマヤの不倫相手の妻って言えば、間違いなく会ってくれるはずだ。それとその写真を悠全にも見せれば、アイツは動く」
「悠君って曲がったこと大嫌いだから、間違いなく動いてくれるだろうね。ふふっ、私の旦那さんが動いたらどうなるのか、徹底的に知らしめて欲しいな」
結果として、悠全はその日の内に物井家へと乗り込み、カナミ、哲臣との対談に成功した。だが、マヤの話では完全解決には至っていない。
それでも、腰の重い春雪を動かすには、充分過ぎる刺激にはなっただろう。
最後のトドメは、俺で充分だ。
「久しぶりだな春雪」
「え、巻島君? どうしたの急に」
久しぶりに再会した旧友は、随分と老けている様に見えた。
「マヤからいろいろと話を聞いてな」
「マヤから?」
「お前、いつまで逃げてんだよ」
昔から春雪は引っ込み事案な男だ。
今回も流されるままに終わろうとしている。
「カナミちゃんを取られて悔しいんだろ? だったら力尽くで奪い返せばいいじゃねぇか」
「でも、カナミの気持ちも、僕は分かる」
「分かる必要なんざねぇだろ、お前がマヤと付き合ってた、だからなんだ? 人間生きてりゃ何回も恋愛なんざするし何回も別れるんだよ。お前の場合、それがたまたま姉妹だったってだけの話だ」
「でも、僕は」
「でもじゃねぇ、お前が一番愛しているのは誰だ? カナミちゃんなんじゃねぇのか?」
煮えきらない態度に、イライラする。
「いいのか? どこから出てきたか訳わからねぇ男なんかに取られて、それで本当にカナミちゃんが喜ぶとでも思ってんのか? おい、どうなんだよ春雪! 俺からマヤを奪ったお前は、本当にそんな男だったのかよ! 答えろよ、春雪!」
昔、俺はマヤのことが好きだった。
高校時代の青い思い出だ。
だが、俺は春雪とも親友だった。
譲ったつもりはねぇ。
完全に負けただけの話だ。
「怒鳴っちまって済まなかったな」
「いや、いいよ」
「だがな春雪、俺達も若くねぇ。これ以上は突っ込まねぇけど……今動かないと、本当に取り返しがつかない事になるぜ? 後悔先に立たずって奴だ。今なら悠全が開けた穴がある、動くなら今なんだよ」
叱咤激励ってのは、どうにも苦手だ。
だが、下手くそが下手くそなりに精一杯頑張った行動ってのは、結果が付いてくるもんなんだ。
「巻島君、春雪君が動いてくれました」
それからすぐだ、マヤから離婚成立の連絡が入ったのは。
哲臣のことを徹底的に叩きのめした春雪は、その場でカナミちゃんを奪い返し、マヤとの離婚届に捺印させ、家から哲臣のことを追い出したらしい。
まったく、それが出来るんならとっととやりゃあ良かったんだ。
どいつもコイツも無駄に俺を頼りやがって。
という感情を表に出すほど、俺は若くはない。
全てを飲み込み、平静を装う。
「そうか、良かったな」
「巻島君、春雪君に何かしました?」
「いや? 別に?」
俺の活躍にする必要はないだろう。
それよりも、俺達にはするべき事がある。
「これで、マヤが悠全と別れれば全て一件落着だな。あー長かった、これでようやく、肩の荷が下りるって奴だぜ」
「……あのね、巻島君」
意味深な感じで、俺の名を呼ぶ。
ぎこちない感じ、言えないことを伝える感じ。
とても、嫌な感じだ。
「なんだ?」
一番あっちゃいけない可能性。
今回のシナリオで一番のバッドエンド。
それを、マヤは選択しやがった。
「……ごめん、私、ゼン君のこと、本気で好きになっちゃった」




