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薄氷の恋 ――不倫した妻と僕を結ぶものは、罪悪感という名の感情、ただひとつ――  作者: 書峰颯


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第30話 ※巻島視点

「私が、ユリカさんの夫の不倫相手に、ですか?」


「ああ、そうだ。まずは悠全に罪悪感を植え付ける、話はそこからだ」


「罪悪感って……でも、いいんですか? ユリカさんの旦那さんなんですよね?」


 マヤの心配はごもっともだ。

 だが、ユリカにもそこは納得して貰っている。


「本当は嫌だけど、それぐらいしないと悠君にも申し訳ないと思うし、相手が知ってる人なら、まだ我慢出来るかなって」


 はにかんだ笑顔が暗い。


 自分が不倫しておいて……っていうのは、ユリカには無いな。


 ユリカは弱みに付け込まれただけの被害者だ、本来屋炭なんざ豚箱に突っ込んじまえば、それでいいはずだってのに。


「それで、その後はどうするんですか? 私が不倫相手になって、それから?」


「マヤにはそのまま悠全と良い仲になってもらう。その過程で、お前の家の問題を悠全に解決してもらえばいい」


「そんな無茶な」


「大丈夫、アイツは正義感の塊みたいな男だ。マヤは正直に自分のことを暴露すればいい。後は悠全が勝手に解決してくれるさ」


 無論、大前提に悠全がマヤに惚れるっていう条件付きの内容ではあるけども、そこはマヤの頑張り次第ってところだな。


「あの、私は……」


「ユリカには申し訳ないが、悠全に自らの不倫を暴露してもらう」


「え、そんな、それじゃあ」


「ああ、悠全は離婚を考えるだろうな。だが、最近のアイツを見るに、既にユリカの不倫はバレてると考えた方がいいぜ? それ以前に、もう二年もレスなんだ、鈍感なアイツでもさすがに気づく」


 ユリカとしては、悠全にバレないように自らの問題を精算したいと考えてるみたいだが、それはもう無理な話だ。


 もっと前に打ち明けていればそういう道もあったかもしれないが、既に二年が経過しちまっている。


 時間ってのは薬にもなるが、毒にもなるんだ。


 悠全の疑心暗鬼という名の毒は、既に全身に回っていると考えた方が良い。


「それと、屋炭にも甘い誘惑を仕掛けて欲しい」


「……それは、ちょっと」


「復讐したいし動画を削除したいんだろ? これは最低限必要なことだ。出来ないならここでこの話は終わりにする、後は自分たちで勝手にやってくれ。そもそも俺は善意の第三者だ、いつ降りても構わないんだぜ?」


 いつも通りにタバコを口に咥え、火を点ける。


 はっきり言って今回の件、俺には何のメリットも存在しない。いつ降りても構わないっていうのも、半分は本気だ。


 腐れ縁のひとつが切れる。

 それだけのこと。

 

「……分かった、言う通りにする」


 肘を抱え込みながら、悔しそうに頷く。

 言葉とは違い、表情は全然納得してねぇな。


「なんていうか、ユリカ、変わったな」


「……そう?」


「ああ、以前はもっと高飛車だった記憶があるぜ? 今はなんていうか、ちょっと弱くなった……いや、女になったって感じだな」


「女になった……そうね、でもそれは昔からよ? 悟が気付かなかっただけの話」


「そうなのか?」


「うん、ずっと昔から、私は弱かったよ」


 そりゃ、完全に俺の審美眼が狂ってたってことだな。


 なんて納得していると。

 マヤが含むように笑みを零した。


「ふふっ、巻島君、それは違うと思いますよ?」


「違う?」


「ユリカさん、昔は巻島君のこと好きだったんじゃないんですか? 好きだからこそ高飛車な態度になってしまった……あるあるじゃないですか」


 そうなのか?

 ユリカを見るも、何も言わず。


「だとしても、それは昔の話だな」


 今更、ユリカと恋の花を咲かせてもな。

 

 それに、ユリカにはもう悠全がいる。

 俺が出来ることは、二人の幸せを願うことだけだ。


「とりあえず作戦をまとめると、まずは悠全をマヤに惚れさせることが大前提だ。今のアイツは傷心状態だ、優しくすれば簡単に落ちる。出会いの場は俺がセッティングする、後はマヤの頑張り次第だな」


「出会いの場って、どうするの?」


「マッチングアプリを使う」


「マッチングアプリを使って、どうやって?」


「簡単な話さ、待ち合わせ場所にマヤが行けばいい。俺が悠全にマッチングアプリの存在を教え、待ち合わせ場所もさりげなく聞き、それをマヤに伝える」


「でも、その場所にはマッチングした人がいるんだよね?」


「ソイツには俺が会えば良い、適当にお話して、今回はこ゚縁がありませんでしたねって伝えれば、それで終わりだ。マヤは悠全と出会った後、マッチングアプリ以外の連絡方法を伝え、可能ならアプリも削除、退会してもらえれば完璧だな」


「……分かった、頑張る」


「そして、悠全にはそれとなく、ユリカの不倫について俺からも話を伝える。出来る限り許すように伝えるが、そこもユリカの頑張り次第だな」


「悠君、許してくれるかな……」


「正直、そこは分からねぇ。アイツは想像以上に頑固な男だからな、絶対に許さないってなるかもしれないが、そこはアイツの良心の呵責を信じるしかねぇ」


「良心の呵責……自らも不倫をしたって部分よね」


「ああ、そうだな。ユリカも不倫をした、だが、自分もしている。クソ真面目な男だからな、心の底から悩み抜いて、いずれユリカのことを許す可能性がある。その後、屋炭の悪事を暴露すればいい」


「でも、そうすると私の動画が……」


 結局、屋炭との破談、別れを強引に付け込むと、ユリカの動画が暴露される可能性がある。それは絶対にあってはいけないこと。


「屋炭を追い込む別の方法があれば、それが最適なんだが」


「別の方法か……そういえば最近、なんか妙に羽振りが良くなった気がする。あの人って悠君と悟と同じ会社だから、私よりも給料安いのにどこからお金を調達してるのかなって、最近ちょっと気になってるんだけど……」


 俺の調べたところ、屋炭は俺達の一個上の役職だが、たかが一個でそんなに差が出るはずがねぇ。これは、裏で何かしてる可能性が高いな。


「え、巻島君、給料安いの?」


「どこを攻撃してんだよ、無駄に効くから止めてくれ。でもユリカの言う通りだな、はっきり言って俺達の給料は安い、それなのにユリカが羽振りが良いって言うぐらいなら、そこには何か裏事情があると見ていいだろう……よし、そこは俺が動いてみる」


 こうして、俺たち三人は行動を開始した。

 

 ユリカは自らの保身、屋炭への復讐の為に。

 マヤは自らの身辺整理、妹の為に。

 俺は二人の旧友、親友である悠全の為に。



 作戦開始した日から、悠全の雰囲気が変わった。


 ユリカは悠全へと更に冷たい態度を取るようになり、俺は悠全の変化を受け、さりげなく相談に乗り、マッチングアプリを紹介する。


「初めまして、私、花桐マヤと申します」

 

 遠巻きに、二人の出会いを確認する。

 悠全は俺達の思惑通りに動いてくれた。  

 

 マッチングアプリを紹介したその日に登録し、何日のどこで会うのかまで、俺にしっかと報告してくれたんだ。 


 目の前で操作させた甲斐があったというもの。

 それでも、悠全は微塵も微笑まなかったけどな。


 聖人君子の悠全にとって、自らの浮気ほど罪悪感に悩まされることはない。


 いや、そうでなくちゃ困る。


 これは劇薬だ、飲めば命を失う可能性がある程の劇薬なのだから、飲み込んだ悠全には葛藤に苛まれる日々を送ってもらわないと困る。

 

 訪れた最初の変化は、屋炭について。

 

 さりげなく関西の知人をあたってみると、奴は関西の若手ナンバーワンの営業マンとして持て囃されていたらしく、それを妬む奴らが多かった。


 そしてユリカと同様に、最近屋炭の羽振りが良いことを不審がっている人間が多数いることを知った俺は、知人へと屋炭の不倫について密告する。


 金の流れがある以上、どこかに何かある。


 火のないところに煙は立たないの言葉通り、屋炭は絶対に通らないはずだった契約の幾つかを、破格で受注に成功している実績が残っていた。

 

 ここで言う破格は、ありえない程高い金額での受注、という意味だ。


 そこを洗いざらい精査し、そしてヤツの談合の証拠を掴むに至る。掴んだのは関西の奴らだがな、俺はその報告を受けたに過ぎない。


 報告を受け、そのままユリカへと連絡を取る。


「ユリカ、屋炭の奴、恐らく逮捕されることになるぞ。奴が逮捕される以上、アイツのパソコンのデータを警察が洗いざらい調べる事になると思う。ユリカはその前に、動画のデータを削除するようお願いするんだ」


「わ、分かった。すぐに連絡を取ってみるね」


「ああ、いや、アイツの方からユリカに連絡が行くと思う。それを把握してから動いた方がいい」


「うん、分かった……ねぇ、悟」


「なんだ?」


「あの……ありがとうね」


 受話器の向こう。

 青い春、昔の思い出。

 

 一体、何を想像しているんだか。


「……まぁ、なんだ。俺からも悠全にはユリカと元鞘になるようには伝えておくが、お前もちゃんと反省して、悠全の今を許さないとダメだからな? 悠全とユリカ、二人が幸せになること、これが出来てから感謝を受け取ることにするわ」


「本当に、優しいよね」


「別に、これぐらい普通だろ。じゃあ、また何かあったら報告する。またな」


 順調だった。

 何もかも上手くいく、そう思えて仕方なかった。


 だが、事はそう簡単には運ばなかった。

 俺の見立てが甘かった、そう言わざるを得ない。

 

 だから俺は、やっちゃいけない事を、やらかしちまったんだ。

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