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薄氷の恋 ――不倫した妻と僕を結ぶものは、罪悪感という名の感情、ただひとつ――  作者: 書峰颯


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第17話

「この人は私の妹、物井(ものい)カナミの旦那さんです」


 写真を見ながら、マヤは言った。


 マヤの妹、カナミさんって言うのか。

 何気に名前は初めて聞いたかも。


「確かカナミさんって、マヤの旦那さんを寝取った人だよね?」


「……お恥ずかしながら。そして写真の人が、カナミの旦那、物井(ものい)春雪(はるゆき)さんです」


 春雪さん。


 恰幅の良い男性だけど、僕よりも年上かな? 三十代後半から四十代前半って感じがする。天然パーマの黒縁メガネ、丸顔で優しそうな雰囲気の男性だ。

 

「そういえばなんだけどさ」


「はい」


「どうして春雪さんはマヤと同居するようになったの? 以前聞いた時はマヤの妹、カナミさんの提案で夫婦スワッピングをしよう……みたいなのは聞いたけど、まさかそれをそのまま受け取った感じ?」


 もしそうなら、一秒でも早くマヤを一人暮らしさせた方がいい。今のマヤには僕がいるんだ。こんな男の側から離れさせないと。


 頭の中でマヤが住まう家賃や生活費を計上していると、彼女はフルフルと、可愛い顔を横に振った。


 「いいえ、さすがにそれはありません。春雪さんも最初からカナミの浮気を把握していた訳ではなく、私が二人の関係を明かした時に、彼も現状を把握したみたいでした」


「となると、彼も被害者ってことか」


「ですので、最初の頃は一人別居していたのですが、ずっと外泊する訳にもいかず、かといって春雪さんとしてはカナミを諦めきれないみたいでして」


「それで、マヤを頼ったと」


 互いに被害者なんだ。

 被害者同士、協力する可能性は充分にある。


「……断れないですよね、妹がしでかしたことですし。あ、でも、ちゃんと言い訳だけはさせて下さい。春雪さんと同居してはおりますが、完全に別室ですし、肉体関係はこれっぽっちもありません」


「もちろん、そこは信じてるよ」


 慌てて両手を前に出してパタパタとするものだから、こっちも笑みを零してしまった。


 写真を見るに一定の距離感はあるみたいだし、マヤがそんな女じゃないってことを、僕は知っている。それこそ、身体の隅々まで知っているさ。


「それにしてもこの写真……私の家のすぐ近くですね。ユリカさんの手がこんなにも近くまで来てたなんて、全然気付きませんでした」


「探偵に依頼したんだと思うけどね」


「……そこまでお金を掛けてゼン君を奪われたくないのなら、もっと積極的になれば良いだけだと思うのに……」


 写真を見ながらひとりごちた言葉。


 きっと、今の言葉は、僕へと向けた言葉ではないのであろう。


 頭の中で、たらればの可能性を思う。


 ユリカが全てを暴露し必死になって謝罪していたら、マヤと出会う前の僕は、きっとユリカを許してしまっていたのだろうな。


 彼女の言葉に返事をせず。

 僕は一人、コーヒーを口へと運んだ。


「あ、ゼン君が元ザヤになれば良いという意味ではありませんからね? もうゼン君は、私の中で戻れない程の位置づけになっておりますから」


 ひとりごちた後、あわあわとくっついてきた。

 口端を持ちあげ、今日何度目かのキスをする。


「大丈夫、僕の方も戻れない程の位置づけになっているよ。むしろ、戻ったら困る。これからどうやって生きていけばいいのさ?」


「そうですよね……ふふっ、安心しました」


 ああ、ダメだ。

 気を抜くとすぐに彼女を求めたくなる。


「ねぇゼン君、そろそろ出発しませんか?」


 でも、それは彼女も同じらしい。

 輝く瞳が求めるものは、恋人なら当然のもの。

 

 車を走らせ向かった先のホテルで、僕たちは獣のように愛し合った。お互いの汗を流す前に愛し合い、汗を流しながらも身体を重ねる。


 裸のままベッドで横になり、少しするとまたマヤを求め、彼女はその全てを受け入れてくれる。


 恋人なら普通のこと。

 それがとても、嬉しかった。


「ゼン君……なんか、凄い元気ですよね」


「マヤが綺麗だからね」


 さらけ出ている首元へと甘噛みをすると、それですらも愛撫となり喜びへと変わる。


 止まらない性欲が、自分でも信じられない。


 レスだった期間の全てを向けているような行為だったけれど、それを理由にはしたくなかった。


 これは相手がマヤだからであり、ここにユリカが入る隙間は一ミリも存在しない。


 僕は身体も心も、マヤを愛している。

 彼女も同じ、僕を愛してくれているんだ。


「ゼン君」


「マヤ」


 名前を呼び、キスをする。

 愛の結晶が、彼女の身に宿ることを願って。



「そうだゼン君、今日この後、時間ってありますか?」


 数十分前まで乱れていたとは思えない程に身なりを整えたマヤが、僕へと尋ねる。時間ならある、それこそ朝までだって大丈夫だ。


「ゼン君が良ければなのですけど……これから、物井さんと会っていただくことは可能でしょうか?」


 物井さん……マヤと同居している、カナミさんの旦那さんか。


「ゼン君が私を信用してくれているのは分かるのですが、またユリカさんが何を言ってくるかも分かりませんし。ゼン君には、私の全てを知っておいて欲しいなって、思うのですが」


 僕たちは結婚して夫婦になるんだ。 

 全てを今の内に把握するのは、間違いじゃない。


 それに物井さんは、マヤの味方のはず。


 マヤの味方ということは僕の味方でもあるのだから、会わない理由はない。


「いいよ、今から行く?」


 僕の返事に、彼女は今日何度目かの最高の笑顔を、僕へと見せてくれた。


 腕を組みながらホテルを後にし、マヤが設定してくれた住所へと車を走らせる。


 助手席に座るマヤは物井さんへとメッセージを送った後、先と同じように僕の手を握りしめる。


 マヤの手の感触が、僕は好きだ。


 僕よりも一回り小さい手、指の一本一本が細くて、恋人繋ぎをしても窮屈になることもない。


 薄い手のひらを重ね合わせると、そこにはもう幸せしか存在しない。


 やっぱり、自然と笑顔になってしまうな。


 こんなにも良い人が世の中にいるってことを、もっと前に知りたかったと後悔してしまうくらいだ。


「ゼン君」


 名を呼ばれ、彼女へと視線を向ける。

 

「ふふっ、呼んだだけです」


 愛が、溢れてるんだろうね。

 もう、このまま結婚してしまいたい。



 カーナビに設定した段階で分かってはいたけど、車が到着したのは僕の地元から二時間は離れた場所にある、グループ系列のイタリアンレストランだった。


「この近くに、マヤの家があるの?」


「はい、ただ、家だと万が一カナミに見られると、ちょっと面倒ですので……」


 彼女の顔が曇る。

 

「そういえば、マヤはまだ」


「互いに離婚はする、そういう話になってはいるのですけれども……残念ながら、未だ離婚が成立しておりません」


 既に指輪は無いものの、書面上、未だ婚約が成立してしまっている。


 それはつまり、カナミさんだけではなく、現在の旦那に見られたら不味いということ。それならば確かに、僕がマヤの家へと向かうのはアウトだろう。


 協議離婚で終わらせる為にも、僕という存在が明らかにならない方が良い。本当なら、今日だって会わない方が良かったのだろうけど。


「あ、物井さん、もう到着しておりますね」


 既に僕も現地に到着してしまっているし、これはユリカが仕掛けた疑惑を晴らす為に必要なこと。


 割り切ろう、そう思い、僕も彼女の後に続いた。


「物井さん、急にお呼びして申し訳ありません」


 四人がけの席に座っている男性は、写真と同じ風体をしていた。


 物井春雪さん。

 大柄で、どこか優しそうな感じの人。


 彼は立ち上がると、僕へと向けて手を差し出してきた。


「どうも、物井春雪と申します」


 差し出された手を、握り返す。


「有堂悠全と申します。本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます」


 思っていた以上に、大きい手だ。

 肉厚で、手のひらが硬い。


 随分と堅苦しい挨拶に見えるのは、やはり、マヤが想定する万が一を考えてのこと。


 ここでフレンドリーにしないことで、僕は傍から見たら、彼女の雇った何かにしか見えないはず。


 僕の思惑を見抜いたのか、彼は握っていた手を離すと、自らの両手のひらを僕に見せ、にこやかに言った。


「ご丁寧にどうもありがとう、大丈夫、ここの席は外からの目にも付かないし、周囲の席には誰もいない。私としても秘密は守る、どうか安心して欲しい」


 確かに、この席の周辺には人がいない。

 夕飯前だからか、店内もまばらだ。

 この場所なら、密談するに最適と言えよう。


「ゼン君」


 マヤに手を引かれ、彼女の隣に座る。

 それを見ただけで、物井さんは溜息を吐いた。


「どうやら、マヤさんは本気のようですね」


「……はい、当然とも言えます」


「ですが、相手も本気みたいです」


 相手も本気?

 どういうことかと黙っていると。


「実は今日、私の方からもマヤさん、そして有堂さんににお会いしたかったのです」


「僕とですか?」


「はい……今朝、妻のカナミからこんなものを手渡されまして」


 物井さんが差し出してきたもの。


 それは、僕とマヤが楽しそうにホテルへと出入りする、一枚の写真だった。

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