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第九話 メイジのマリサ

 赤い髪を二つ結わえにしたマリサは、パッと見、実年齢より幼く見える。でも立派に十五才。魔法の素質もそこそこで、たゆまぬ鍛錬で実力をつけてきた、立派な魔法使いだった。

 オルクレイド王国に限らず、この世界では魔法を使える人間の方が、使えない人間よりもはるかに多い。しかし、多くの人間は、例えば火の魔法が使えると言っても、ごく短時間小さな火を起こすのが精々で、物を燃やすことさえできないのが普通である。実用に耐えるだけの魔法が使えるのは、限られた人間に留まっていた。

 マリサもごく普通の女の子として生まれた。カディスという人口一万人くらいの中規模の町出身で、実家は農家だった。祖父母と両親、両親の兄弟姉妹、兄が二人に姉が一人、そして何人ものいとこ達と、大家族の中で楽しく育っていた。

 幼い頃には、マリサは火、風、水の魔法の素質が芽生え、ごく小規模な魔法を使うことができた。いとこ達と遊んでいる時でも、マリサの魔法は役に立っていた。ケガをした時傷口を洗うとか、たき火をする時の種火を出すとか、暑い日に涼むために風を起こすとか、そんなことに魔法を使っていた。当然の事なのだが、魔法は使うほどに成長する。それなりに素質があったマリサは、学舎に上がる頃には、威力は小さいながら三属性の魔法を使えるようになっていた。

 同じ年の従妹にマーシャという名の少女がいた。母の妹の娘であった。同じ年だけに小さい頃から仲が良く、七才から学舎にも一緒に通って学び合っていた。そのマーシャは魔法が使えない。学問もあまり得意ではない。なので必然的にマリサに頼ることが多かった。マリサもかわいい従妹の頼みは極力聞くようにしていて、面倒見の良さを発揮していた。

 ある日、学舎友達と遊んでいたかくれんぼをしていた時の事である。マリサはマーシャと一緒に倉庫の裏に隠れていた。そこに上級生が五人現れ、難癖をつけてきた。

「お前達、何やってんだよ。ここはこれから俺達が使うんだ。邪魔だからあっちに行けよ」

 マリサもカチンときたが、さすがに上級生でしかも人数の多い相手にケンカをする気はなかった。マーシャを連れて大人しく立ち去ろうとした。

 しかし、運の悪いことに、性格に難のある相手だった。

「その赤い髪、マリサとかいう名前の生意気な奴だろ。魔法がちょっと使えるからって、いい気になってるらしいじゃないか。魔法なら俺だって使えるぜ。見てろよ」

 そう言って、指先に小さな炎を灯した。ほんの一瞬でそれは消えてしまったが、学舎に通っている十一才という年齢にしては、魔法が使える方なのは間違いない。

「どうだよ、お前にこんな事が出来るのかよ」

 その程度の魔法で自慢するなんてとマリサは思ったが、かと言ってまともに相手をしていても仕方ない。ここは謝って逃げ去ろうと思った。

「ごめんなさい。私には無理です。さすが上級生ですね。じゃあ、私達はこれで」

「ふざけんな。本当は使えるくせに。いいから見せて見ろよ」

 相手は執拗だった。そしてマーシャを捕まえると、また魔法の構えを見せてきた。

「お前がやらなかったら、この娘の顔を焼くぞ。それでもいいのか」

 そんな脅しをかけてきた。マリサは心底腹を立てた。

「卑怯よ。人を脅すなんて最低」

「うるせえな。じゃあ、これでも喰らいな」

 その少年は指先をマリサに向けてきた。そして魔法を発動させ、炎を生み出そうとした。その瞬間、マリサが水の魔法を発動させ、その火を消した。少年の指先に水が残り、その水が手を伝って地面に落ちた。

「な、何だ。お前、何しやがった」

 もう一度、少年が火の魔法を放とうとしたが、結果は同じだった。

「火の魔法っていうのは、こうやって使うのよ!」

 マリサが少年と同じように指先に魔法を発動させた。彼のものより大きく強い炎が、消えもせず、長い時間燃え盛っていた。少年達が驚いて、その炎を恐れ、後ずさった。

「そこまでだ。こんなところで何やってるんだ」

 マリサ達と遊んでいた友達が、教師を連れてきてくれていた。教師は五人の上級生とマリサとマーシャから、その場で話を聞き取り、真剣な表情で語りかけた。

「魔法が使えるのはいいことだ。だけど、それは人を傷つけるために使ってはいけないものなんだ。ナイフや包丁などの道具も、物を切ったり食事の仕度に使ったりするけど、人を傷つけるためには使わないだろう。それと同じことだ。同じ人間同士、お互いのことを大切にしないといけないよ」

 平凡な話だったが、親身な言葉だった。

「先生達も、君達生徒がみんな大切だ。だから、暴力とか弱い者いじめとかの悪いことをしないで、いい人に育って欲しいと願ってる。どうだい、これからは気を付けてくれるって約束してくれるかい」

 教師の優しい人柄が上級生達にも染みたようだった。年上といってもまだ十一才の少年達である。心根はまだ素直だった。

「ごめんなさい。これからは下級生に意地悪しません」

 五人がみなそう言ってくれた。

 マリサも謝った。

「私も人を傷つける魔法の使い方は、もうしません。ごめんなさい」

 ちょっとした事件だったが、これをきっかけに、マリサも慎重に魔法を扱うようになった。何より、家族だけでなく、他人というものも大切にすべきなのだと、深く心に刻み込んだのだった。


 それからマリサとマーシャは、順調に学舎で学んでいった。マーシャがマリサを頼るのは相変わらずだったが、それでもなるべく自立しようと頑張る姿が多くみられるようになった。従妹の世話は嫌いではないが、そうやって頑張る姿を見て、マリサも彼女を応援していた。仲間の面倒を見たり励ましたりすることを大事にする、マリサの性質はここで磨かれたのだった。

 学舎を卒業する時期、マリサは担任の教師とかなり真剣に将来について話し合った。

「君の魔法の実力は十分に素晴らしい。どうだろう、王都オルクレイドの魔法学院に通ってみては。君ならきっと十分やっていけるはずだ」

 大家族の中で賑やかに育ってきたマリサである。一人きりで王都に行って学院に通うことには多少の不安もあった。

「なに、君なら学院ですぐに友達もできるだろうし、楽しい学院生活の中で学び、立派な魔法使いになれると思うよ」

 マリサの素質が惜しいと思っているようで、教師の説得もかなり強いものだった。マリサは考え込み、家族と相談してみると返答した。

 両親はことのほか、マリサが王都に上ることに賛成していた。

「せっかく魔法の素質があるんだ。それを伸ばして、一人前の魔法使いになれたら、とても素晴らしいことじゃないか」

「そうよ。あなたは私達の自慢の娘ですもの。きっと立派な魔法使いになれると思うわよ。ぜひ頑張っていらっしゃいな」

 他の家族達も、自分の家から魔法使いが誕生することを喜び、賛成していた。やはり、魔法を自在に使いこなす存在への憧れが、誰にでもあったのである。口々に、せっかくだから、魔法使いになった方がいいと言ってきた。

 みなにそう言われると、マリサも魔法使いになることが、自分の将来にとって一番いい気がしていた。

「分かったわ。家族のみんながそうまで言ってくれるなら、私頑張ってみる。魔法使いになって、その先は、そうね冒険者にでもなろうかな」

 あっさりと相談は終わったが、一生を左右する重大な決断である。覚悟を決めて学舎の教師に話して、王都の学院に入学することとなった。


 王都の魔法学院では攻撃魔法のクラスに所属した。同じ時期にセインも回復魔法のクラスに所属していたのだが、二人が学院の中で面識をあることはなかった。ここで出会っていれば、また違った未来があったことだろう。

 マリサは可もなく不可もなくといった成績だった。さすがに王国全土から素質のある学生が集まっているだけあって、優秀な魔法使いの卵が大勢いたのである。その中で、ごく平凡な成績がらも、順調に実力をつけていった。

 学生寮に入り、家族の仕送りで生活していた。時々、学院の紹介で仕事の手伝いに行き、小遣いを稼いでもいた。友人もそれなりにいて、まずは満足のいく生活を送っていた。

 一番の親友にエリサという少女がいた。名前の響きが似ていることで親近感を覚え、その後何かとグループで一緒になることが多く、自然と仲良くなった相手だった。得意の属性が土で、次いで水、風の順だった。火の魔法は苦手で、その辺もマリサとは苦手を補い合う意味で相性が良かった。

「マリサはやっぱり冒険者になるの?」

「うーん、そりゃ学院の研究生として上を目指したい気もするけど、私の成績じゃ無理だしね。とりあえず冒険者やってみて、向いてなかったら他を考えるつもり」

「そうよね。私もそうしようかな。魔法師団に入るのも、ちょっと自信ないし、とりあえず故郷に戻って、ギルドに入ろうかなって思ってる」

「私は王都で冒険者ギルドに登録するつもり。故郷に戻って、実家の農業の手伝いで身を立ててもいいけど、せっかく魔法使いになるなら、王都でなろうかなって思ってる」

 二人は、そんな風に互いの将来について話し合える仲だった。

 ある時、課外授業があった。二人は他の男子二名とグループになった。課題は所定のコースを歩いて行き、途中の障害を何とかしながらゴールまでたどり着くというものだった。

 最初の障害は川だった。幅も広く、深さもかなりありそうで、普通の方法では渡れない。マリサはしばらく考えて、グループのメンバーに相談を持ち掛けた。

「風魔法の応用で、足元に大きな壁を作るイメージで、空中を渡ってみるのがいいと思うんだけど、どうかな」

 エリサと一人の男子は了解したが、男子の一人が風魔法が苦手だという。

「分かったわ。あなたの分は私が魔法を使うから。それで一緒に渡りましょう。エリサたちもいい?」

 そして四人は、足元に空気の壁を作り、その上を歩くようにして川を渡り始めた。時々、風魔法が苦手な男子の動きが怪しくなったが、マリサがうまく手助けして、無事に渡りきることができた。

 それからしばらく行くと、大きな岩が目の前に立ち塞がった。道の両脇は切り立った崖で、完全に通れなくなっていた。ここでも四人が相談し、エリサの土魔法で通り道を作ることに決めた。

 エリサの土魔法が発動し、足元に階段を作っていく。それをマリサ達が水や風の魔法で形を整え、見事に岩を乗り越える階段ができた。それを一人ずつ慎重に登り、下りも同じように階段を作って通過し、無事に突破できた。

 最後の障害は蜘蛛の巣のような壁だった。相談の結果、これは単純に焼き払ってしまえばいいだろうということになった。マリサは火魔法だけは得意で、成績上位者にも威力ではひけをとらない。マリサの魔法を中心に、三人が火魔法を発動させて突破した。

 見事ゴールにたどり着くと、教師達が驚いていた。それほど優秀だとは思われていなかったマリサ達のグループが、上位に入る活躍で障害を突破してきたからだ。四人は教師達に絶賛された。

「四人共実に素晴らしい。魔法力は平凡でも、それを応用する工夫は見事なものだ。今後もその調子で励んでほしいと思う」

 マリサとエリサは笑顔を見せ、握手を交わして成果を喜んだ。


 三年の月日は、紆余曲折はありながらも順調で、マリサとエリサは、学問でも実技でも互いに助け合って、着実に実力を高めていった。他の友人達との関係も良好で、休日などは大勢で王都に遊びに出たりしていた。

 卒業試験でも、マリサはその実力を十分に発揮した。

 使用回数こそ少ないが、威力の高いファイアボールを使うことができたし、ウォーターボール、ウィンドカッターなど三属性とも十分な魔法を使いこなしていた。土魔法も、簡単な石つぶて程度までは使えるようになっていた。攻撃魔法ではないが、光属性のライトや闇属性のダークも短時間なら使えるほどに成長していた。

 学問、実技とも良好な成績で、マリサは卒業を迎えたのである。そして、それがエリサとの別れでもあった。

「今までありがとう、エリサ。あなたのおかげで、とても充実した学院生活を送ることができたし、実力を高めることもできた。本当にありがとう。またいつか、どこかで会いましょうね」

「こちらこそありがとう、マリサ。私もすごく楽しい学院生活だったわ。私は故郷で冒険者になるから、いつか時間があったら私のところに来てね」

 こうして魔法学院を無事に卒業できたマリサは、冒険者ギルドで運命の出会いをすることになるのである。それは彼女にとって、そして新たに彼女の仲間になる者達にとって、とても大切な出会いであった。

メイジのマリサ編です。大家族の出身で面倒見のいい性格です。今のところその長所が生きる場面がないですが、今後はメンバーの支えとして、活躍してくれるものと思います。

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