第八話 戦士のジョルダン
ジョルダンは戦士として修行を積み、武術学院で武芸を修め、一人前の戦士となって、王都オルクレイドの冒険者ギルドにやってきた。そんな彼の成長の足跡をたどる。
ジョルダンはクレーヴェルという都市の出身である。人口は三万ほどもいる、比較的大きな都市だった。実家は裕福な商家で、祖父母も健在、両親に兄一人、姉一人、妹一人と賑やかな家庭で育った。
幼い頃から、商家のジョルダン坊ちゃんは、近所の子供達に人気があった。一緒に遊んだ後、おやつなどを振る舞う太っ腹ぶりが大きな原因である。それに大らかかつ朗らかで、誰かを弾くような真似もしなかった。だから、自然と近所のガキ大将的な存在になっていて、何人もの仲間を引き連れてはあちこちに行き、いろいろな遊びをして楽しんでいた。
ジョルダンも、都市クレーヴェルにある学舎に通い、読み書きを習っていた。学問の方は優等生というほどではないが、出来のいい方であった。魔法の才能はほぼないに等しく、若干の魔力があるのでいずれ魔法が使えるかもしれないといった程度だった。代わりに身体能力が高く、運動が得意で、器械運動で軽業をこなせるほど運動神経に優れていた。
そんな彼が八才の時、将来に関わる転機を迎える。
ある日、いつものように仲間と道を歩いていると、三人の男が行く手を塞いだ。どいて欲しいと頼んでも、男達はニヤニヤするばかりで嫌な感じだった。彼らは裕福な商家の息子であるジョルダンをさらい、身代金をせしめようとする悪者だったのである。
「さてジョルダン坊ちゃん、俺達と一緒に来てもらうぜ」
仲間達は脅しに屈し、身を縮めるばかりで動けない。そういう自分も、必死で抵抗しようとしたが、あっさりと動きを封じられ、両手を縛られてしまった。
ジョルダンが悔し涙を流したその時、一人の戦士が現れたのである。
「真昼間っから人さらいとは、穏やかじゃねえな。でもまあ、これも通りかかった何かの縁だ。痛い目見ないうちに、その子を置いてさっさと失せな」
その戦士は、そんなことを平然と口にすると、悪者達を睨み付けた。眼光は鋭く、そして逞しい全身には力がみなぎっているように見える。年の頃は三十過ぎくらいか。とても強そうな人物だった。
「ふざけんじゃねえ。邪魔すんなら、痛い目見るのはお前の方だ」
そう言って、悪者達が戦士に殴り掛かった。戦士は腰に帯びた一本の棒を取り出すと、悪者達のみぞおちを一撃ずつ突いていった。戦いはほんの一瞬で終わり、悪者達は気絶して地に倒れた。
戦士は悪者達を拘束すると、ジョルダンを解放して声を掛けた。
「無事みたいだな。こんなに小さいのに、大人相手に抵抗できたのは立派だったぞ。よく頑張ったな」
その言葉を聞いて、ジョルダンは喜ぶと共に、この戦士のように強くなりたいと切に思った。どんな悪者が相手でも、それに打ち勝つ力と技が欲しいと、心から思ったのである。
やがて、警備隊員が駆けつけ、戦士から事情を聞き取って、悪者達を連行して行った。これでお役御免とばかり、戦士もその場を立ち去ろうとした。
ジョルダンは思わず叫んでいた。
「名前を教えて下さい!」
戦士が振り向いて、にこりと笑った。
「俺の名前はクリストフ。しがない冒険者だ。戦士をやってる」
「クリストフさん、ありがとうございました!」
「おう。お前も立派だったぞ。一人前になるのが楽しみだな」
そうして二人は握手をして別れた。ジョルダンには、その時のクリストフの手のごつさが忘れられない思い出となった。
「俺、剣術道場に通いたい」
その日のうちに、ジョルダンはそんな希望を家族に話していた。自分もクリストフのように強くなるんだという固い決意を抱いたのだ。
家族達はみな、やんちゃだがかわいいジョルダンを大事にしていたので、かなりの難色を示した。剣術など習ってどうする気なのか、商売の役には立たないではないかと説得を試みた。
「俺は冒険者になりたい。強い戦士になりたいんだ」
それは、ヒーローに憧れる少年の姿そのものだった。口々に家族は止めようとしたが、ジョルダンは何を言われても引かなかった。
仕方なく、家族はジョルダンが剣術道場に通うことを許した。
道場では、最初のうちぱっとしなかったジョルダンだったが、しばらく通い続けるうちに、持ち前の運動神経の良さを発揮し、めきめきと上達するようになった。一つ、二つ年上の相手とも互角に戦えるようになり、十二才を迎える。ここが進路の大きな分かれ道だった。
商売は兄や姉が継いでくれる。自分は好きな道にこのまま進みたい。かつて出会った戦士クリストフのように、強く逞しく、そして人に優しい戦士になりたいと、強く希望していた。
繰り返し家族と話し合い、最終的には家族が折れた。冒険者は時に命を落とすこともある危険な職業である。心底から、大事なジョルダンをそんな道に進ませたくはなかったのだ。しかし、ジョルダンの強い意志を尊重し、彼の好きにさせることに決めたのだった。
ジョルダンは、こうして戦士を育成する武術学院へと進学した。
武術学院では、ジョルダンは優秀な成績を収めていた。目標がはっきりしたことで、地道な努力を常に重ねていたのである。学問も武芸も突出して高い能力を示し、教師からの信頼も厚かった。同学年では友人も多く、かつてガキ大将だった頃と同じように、みなに好かれて一目置かれていた。
だが、出来すぎる存在は、一部の者の反感を生む。ジョルダンは上級生達から睨まれていた。
異学年で合同の実技の際は、特にそれが顕著に表れた。ジョルダンを気に入らない連中が、代わる代わる訓練と称して勝負を挑んできたのである。さすがに少年時代にあっては、一年の成長や経験の差は大きい。ジョルダンは毎回、上級生達に負かされていたのだった。
「なあ、ジョルダン、上級生の申し出を断ればいいじゃないか」
学友達はそう言ってくれたが、ジョルダンには別の考えがあった。
「強い相手と戦うのは、自分が強くなるための早道だ。俺は何度負けようとも、勝負から逃げない。そして、いずれは互角に、いや勝てるくらいになってみせるさ」
心配する学友に、ジョルダンはそんな返事をしていた。
その言葉通り、一年ほどして最上級生が卒業する頃には、ジョルダンは二つ上の学年の学生相手でも、簡単には負けないくらい強くなっていたのだった。彼らの卒業と同時に、ジョルダンの強さを熟知した一つ上の学年の学生達は、彼への嫌がらせをぱったりと止めたのだった。
学院での武術はやりがいがあった。剣、短剣、槍、斧、弓、どの武器もジョルダンは見事に使いこなしていた。だが、一番得意だったのはやはり剣だった。剣の腕では学院でも一、二を争う実力があった。
ジョルダンにもライバルと呼べる存在がいた。グレイスという名の同学年の女子だった。剣を使わせると変幻自在、見事な剣捌きで相手を翻弄する。基本に忠実で剛剣を使うジョルダンとは対照的だった。
彼女とは何度も対戦し、その度に勝ったり負けたりを繰り返した。学問の成績もいい勝負で、上位グループに名を連ねていた。ジョルダンはこの異性のライバルをとても気に入っていて、二人は良く話をする間柄でもあった。
「ねえ、ジョルダンはやっぱり冒険者になりたいの?」
「もちろん。あの日のクリストフさんみたいに、強く立派な冒険者の戦士に、俺はなるって決めたんだ」
「私は騎士見習いかな。で、将来は騎士団入りを目指すんだ」
「ああ。グレイスなら立派な騎士になれるさ。楽しみだな」
そんな風に、将来の夢を語り合ったものである。
仲が良いものだから、学生仲間の間では、二人が良い仲なのではないかと冷やかす者もいたが、当人達はどこ吹く風で、ライバルならではの友情を築き上げていた。
「ジョルダン、今日は調子が良さそうね。訓練、思い切りいくわよ」
「いつも通り遠慮は無用さ。じゃあ、一勝負といこう、グレイス」
という感じで、互いに遠慮のいらない好敵手だった。
卒業試験の時、学問は筆記試験だったが、実技は模擬試合だった。この時も、教師達は二人がライバルであることを十分承知していて、二人の対戦を決めていた。
これが最後だと思うと、仲良く技を競い合った好敵手として、出し惜しみなく戦い、後悔のないようにしたいと二人共思っていた。あくまで卒業試験の一環だが、そんなことは関係なしに、二人は本気で戦っていた。
攻撃は技が多彩なグレイスが勝る。防御は基本に忠実なジョルダンが勝る。どちらも互いの技を知り尽くしていて、試験とは思えないほどに勝負は白熱した。百合ほども打ち合って、試験官の教師が引き分けを宣言するまで、戦いは続いたのだった。
「結局引き分けだったわね。さすがジョルダン」
「そちらこそ。さすがグレイス、見事な強さだったよ」
一生の記念になるくらいの激闘の後で、互いを褒め称えながら、二人は固く握手を交わしたのだった。
卒業後、冒険者になるに当たり、ジョルダンはまず装備を整えること、そして王都オルクレイドに上って、そこの冒険者ギルドに行くことを考えた。そこで、実家の商売を手伝って、旅費と装備品のための小金を稼いだ。
家族達は、ジョルダンが仕事を熱心に頑張る様子を見て、やはり冒険者にはなって欲しくないという思いを強めていた。しかし、これも大事な息子との大切な約束である。ジョルダンが自分の信念を貫く強さをもっていることも十分承知している。なので、黙って見守るだけだった。
二週間ほどして、剣を一本と皮の装備一式を入手したジョルダンは、家族にこれまでの礼と、自分の希望を改めて伝えた。
「今まで俺を育ててくれてありがとう。おかげで俺は夢をかなえることができる。かつて憧れた戦士クリストフのように、強くて優しい戦士に、これからなってみせる。時々は連絡もするし、無謀なことは絶対しない。必ず一人前になってみせるよ。その時はまた、ここにも帰ってくるから」
家族が涙を浮かべながら、この大事な息子を案じつつ、励ましながら送り出したことは言うまでもない。
そして、王都では運命の出会いが待っていた。一人前への第一歩を、彼は新たな仲間と共に歩み出したのだった。
戦士ジョルダンの紹介です。名家の出であることは初めから考えていて、なのに騎士でなく戦士に憧れるという、ちょっと毛色が変わった人物です。でも真っ直ぐに自分の信念を貫く、生真面目な男です。