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第七話 ヒーラーのセイン

 初ダンジョン探索、初クエストを無事に乗り越え、次のダンジョン探索に備える四人。その中で、ヒーラーのセインは、そもそも気の優しい、戦いには向かない少年だった。

 セインはオルクレイド辺境のタルストという小さな村の出身である。

 短めの茶髪に穏やかな表情が良く似合う、気の優しそうな少年である。年は十五才。同じように穏やかな人柄の両親の元に生まれ、妹と弟が一人ずついる。セインの意志の強さは長男だからというのもあるだろう。

 ここオルクレイド王国では、よほど家庭環境が厳しくない限り、子供を学舎に通わせて読み書きなどを学ばせる。七才から十一才までの五年間通うのが普通だ。セインも村の学舎で学び、読み書きを一通り覚えた。

 学舎でも、セインは穏やかな性質で友達に好かれていた。遊びにもよく誘われたが、自分から誘うことは少なかった。遊びではかくれんぼを得意としていて、セインが隠れると気配が感じられなくて、友達が見つけるのに苦労していた、などという逸話が残されたくらいだ。

 学舎の魔法学の授業で最初の時間だった。セインは当時七才。学舎で同学年の子達が、その授業で魔法の適性をいろいろ試された。もし適性が見つかれば、その後はそれに応じた授業も受けることになる。そこでセインは、回復魔法ヒールが使えることが明らかになった。以後、読み書きに加え、回復や筋力強化、魔法の楯などの基本の魔法を学んだ。かなり素質に恵まれていたようで、それらの魔法を卒業までに習得できたのである。

 卒業後は、両親と相談して、セインは王都にある魔法学院への進学を決めた。進学以外には、就職の道もある。どこかで見習いとして雇ってもらい、働きながら仕事のやり方を身に付けて一人前になるのである。十二才になる際に、そうやって進路を決めていくのが、王国では普通のあり方だった。

 魔法学院は王国直営であり、予算も王国が出すので学費は無料である。学生寮もあって、格安で学生が寝泊まりできるが、無料ではない。セインは家からの仕送りの他、王国から奨学金をもらい、滞在費を賄っていた。自分の小遣いは治療院での下働きをして稼いでいた。

 また学院では、それぞれ適性に応じてクラスが編成される。回復魔法、攻撃魔法、鑑定・探知魔法、付与魔法など、系統に応じて編成されたクラスごとに魔法を実際に学んでいくのである。セインは回復魔法のクラスで、学友達と一緒に着実にその力を付けていった。


「よお、セイン。ここは一つ、勝負しようぜ」

 ある日、ホーリーシールドの魔法の強度や持続時間を高めるための授業があった。その時に、そんな言葉を掛けてきたクラスメイトがいた。

 このクラスには、セインをライバル視しているタントという名の学生がいた。何でも名家の出で、負けず嫌いで有名な男だった。奨学金がもらえるほどの実力があるセインに嫉妬もしていた。しかし、タントも実力はあるので、何人かの取り巻きがいて、彼を盛り立てていた。その彼がセインに勝負を申し込んできたのである。

「負けたら一つ相手の言うことを聞く。条件はそれでどうだ」

 どうだと言われても、セインはそんなことにあまり興味はなかった。

「僕は別に君と争うつもりはないよ」

 そう答えたが、タントは納得しなかった。

「何だよ、びびって逃げるのか。軟弱なセインらしいな」

 そう言って挑発してくる。セインはため息をついた。周囲にいた友人達も、後難を怖れて介入してこなかった。自分で対処するしかなかった。

「分かったよ。じゃあ、一勝負付き合うよ」

「そう来なくちゃな。じゃあ、ホーリーシールドを互いにぶつけ合って、持ちこたえられなくなった方の負けだ。それでいいな」

 授業中での出来事である。当然、教師もその様子を見ていたのだが、止めるどころか、かえってその勝負にはっぱをかけていた。

「互いに切磋琢磨して腕を磨くのは良い事だ。この勝負、私が判定しよう。心置きなく魔法を使うといい」

 教師のお墨付きである。当然クラスの仲間も面白がって、その勝負の成り行きを見守り始めた。

「やるからには本気を出せよ、セイン。いくぞ、ホーリーシールド!」

 セインは再びため息をつくと、タントと同じ魔法を発動させた。

「ホーリーシールド!」

 二人の魔法がぶつかり合った。威力は五分と五分。互いに力と魔法力を高めて相手を押し込もうとした。しかし、全く動かない。こうなると、後は耐久力の勝負である。

 三分ほど経過した。セインの魔法は揺るぎもしなかったが、タントの魔法がわずかに乱れてきた。集中力がもたなかったようで、次第にシールドの輪郭がぼやけていく。

「そんな、俺が負けるはずがない!」

 タントは気合を振るって、魔法の強度を上げようと試みた。しかし、それは返って魔法の発動を乱すことになった。タントのシールドは光の粒の群れとなって空中に消えていった。

「お見事! 勝者セイン!」

 教師が高らかに宣言した。セインもほっと息をついて、シールドの魔法を消去させた。

「素晴らしい魔法の耐久力でした。もし君達が将来魔物戦うようなことがあるなら、ホーリーシールドの耐久性は命に関わります。出来るだけ高い強度で、長時間発動できるのが望ましいのです。みなさんも、今後出来るだけの修練を積んでおいて下さいね」

 シールドの魔法で重要な点はそこにあると、教師が教えたかった内容が目の前で行われたおかげで、話にも説得力があった。学生達もなるほど、確かにそうだと、素直にうなずいていた。

 一方、勝負に負けたタントは、セインに約束の履行を迫った。

「俺の負けだ。何でも一ついうことを聞く。言ってみろ」

 改めて言われて、セインは考え込んだ。正直、タントが絡んでくるのは面倒ではあるが、勝負することに不満があるわけではない。もし負けたら、それは自分の修練不足が分かることにもなるから、むしろ良い事だろうと思っていたほどだ。だから、タントに要求することは特にない。

 そう思っていたのだが、ふと閃いたことがあった。

「今まで通り、僕達はライバルだ。だから、これからも正々堂々と勝負をしよう。卑怯なまねは一切なしだ。それでどうかな」

 そう、卑怯なことさえなければ、これまで通りでいいと思ったのだ。タントの嫉妬心までどうこうしようとは思わない。学生の頃には、すでにお人好しで知られたセインらしいことであった。

 言われたタントの方が目を丸くした。何か恥ずかしいことをさせられると思っていたからだ。プライドの高い彼にとって、負けただけでも屈辱だったのだが、その矢先の言葉がこれである。そもそも彼も、卑怯なまねをするつもりはなかった。セインの申し出は、今まで通りライバルでいようという宣言に他ならない。それはタントとしてもありがたい話には違いなかった。

 タントが表情を改め、真面目な顔でうなずいた。

「今度は負けない。また正々堂々、勝負をしよう」

 そう言って右手を差し出してきた。セインは笑顔でその手を取り、固く握手を交わすのだった。

 以後、二人は卒業まで好敵手の関係を保ち、互いに実力を高め合っていった。仲は良くないが、互いを認め合う奇妙な関係だった。


 セインは小遣い稼ぎをしていた治療院でも人気があった。治療院での治療は症状に応じて金額が変わるが、安ければ銅貨十枚程度、高くても銀貨数枚なので、金銭に余裕があれば誰でも治療を受けられたのである。

 治療院にやってくるのは具合を悪くした人、それも高齢の人が多く、お人好しで人当たりの良いセインは話し掛けやすかった。

「全く、家の孫は言うことを全然聞かなくてねえ。セインみたいにいい子にしてくれると助かるんだけどねえ」

「いやあ、わたしもさ、年を取ってから、ずいぶんもうろくしたもんでね。こないだも、家の鍵が見当たらなくて探し回ったものさ。そしたら、鞄の中にちゃんと入っててね。あの時は自分が情けなくてしょうがなかったよ」

 などといった愚痴の聞き役を、セインは務めることが多かった。そんな時でも面倒がらず、親身になって話を聞いてやり、それは大変ですね、そういうこともありますよなどと、慰めることが多かった。

 患者の誘導や物品の整理整頓、院の掃除などが主な仕事だったが、回復魔法も使えるということで、時々は魔法の使い手としても役立っていた。症状が軽い場合は、修行中のセインの魔法でも治療可能なことも多々あった。

「見習いさんなのに、大したもんだねえ」

 そんな風に褒められることも多く、セインのお人好しはそういったことでも磨かれてきたのであった。


 そんな魔法学院時代を三年間送って、セインは卒業を迎えた。もちろん卒業には試験が伴う。魔法に関する知識や基礎学力を測る筆記試験、そして使える魔法がどの程度のものかを判定する実技試験とがあった。

 お人好しのセインは生真面目でもあったから、学問に関しては申し分がなかった。筆記試験でもほぼ満点という好成績で合格していた。ライバルのタントも似たような成績で、最後まで決着が付かなかったことを半ば残念に、半ばはうれしそうに話していたものである。

 実技に関しては、ヒール、ホーリーシールド、キュア、ストレングスと四種類の魔法を使いこなし、十分な実力があると認められた。効果も持続時間も使用回数も文句なしであった。それゆえに、学院の教師から冒険者になることを勧められたのである。

 この時代、この王国での冒険者は、魔物討伐やダンジョン探索に欠かせない存在だった。特にダンジョンは、定期的に探索し、魔物を討伐する必要があった。放置すれば、中から魔物が外に出てしまうのである。また、ダンジョンによっては最奥部に強力な魔物、もしくは別の世界の覇者である魔族が潜み、時にはそういった強力な相手を討伐する必要もあったのだ。

「どうかね、セイン君。君くらい優秀なヒーラーなら、きっと優秀な冒険者になれると思うよ。どの道、治療院などで働くにも、証明書として冒険者ギルドの冒険者証が役立つから、まずは登録してみるといい」

 教師にそう勧められ、セインも素直にそれを受け入れた。

「分かりました。そうしてみます。助言、ありがとうございます」

 そんなことがあって、セインは王都オルクレイドの冒険者ギルドを訪れることになったのである。それは彼にとって、将来を左右する大きな転機となったのであった。

登場人物紹介、主人公のセイン編です。飛び抜けてではないけど、優秀だったセイン。お年寄りに愚痴をこぼされるのが一番らしさの出ているところです。お人好しで実直な彼の、今後の成長に期待です。

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