第六話 初めてのクエストは大蜘蛛退治
ギルド長の話では、村の近くの森に大型の蜘蛛の魔物、いわゆるヒュージスパイダーが出現したという。その討伐をクエストとして依頼され、四人はその討伐に向かうことになった。
翌朝。昨日のダンジョン探索に続き、今日も魔物討伐である。セインは起きてすぐ井戸端へ行き、顔を洗って水を飲むと、頬を叩いて気合を入れた。今日も自分の魔法、ホーリーシールドが鍵になるはずである。仲間のためにもしっかりしなければと、強く決意していた。
「あら、今日も早いわね、セイン」
「マリサこそ。一緒になるのも二日連続だね」
「いや、俺達もいるぞ」
「セインもマリサもおはよう。今日も頑張ろうね」
起きるタイミングもほぼ一緒、息の合ったパーティである。みな顔を洗って水分補給をして、寝ぼけた頭をすっきりさせていた。
「今日の相手のヒュージスパイダーだけどさ、ギルド長が、足の関節を狙って動きを封じて、高火力で止めを刺すって言ってたよな。そうすると、またセインが敵の攻撃を防いでる間に、俺とカーラで足を潰す。動きが鈍ったところにマリサの魔法でとどめ。この作戦でどうだろう」
ジョルダンが意見を述べた。リーダーらしく、昨日の話を聞いて、作戦を考えていたのだろう。もちろん他の三人も、似たようなことを考えていた。
「私の魔法でとどめっていうのがちょっとね。ファイアボールもウィンドカッターも威力はそれほど強力じゃないから、私が魔法でダメージ負わせたところで、ジョルダンかカーラでとどめっていうことも考えておいて」
「僕はひたすらシールドでみんなを守るよ。敵の狙いが逸れた時は、みんなすぐに僕の背後に逃げ込んでほしい」
「あたしの短剣、威力が小さいから、確実に関節に打ち込まないとね。足の一、二本壊せば、動きも鈍るだろうし、何とか頑張ってみるわ」
そんな具合で、三人も寝るまでの間に作戦を考えていた。
「ありがとう、みんな。これなら協力して、何とか倒せそうだな」
ジョルダンがほっとしたように言うと、マリサから厳しい突っ込みが入った。
「何とかじゃだめよ。絶対倒すの」
全くその通りだった。ギルド長のタイロンとその妻ナタリアの二人は、それぞれレベル十一の戦士とレベル十のメイジだ。その二人ならあっさり倒せるものを、わざわざ譲ってもらったのだ。ここは絶対に外せない。確実に倒す必要がある。
「そうだな。ありがとう。よし気合入れて行こう」
「おー!」
四人が拳を振り上げて、決意を新たにする。一つのパーティとしてのまとまりができてうれしくなり、四人はそのまま笑顔になった。
朝食後、昨日と同様に武器などの支度をして、四人はギルドを出発した。今日もナタリア手製の昼食をもらっている。至れり尽くせりのありがたいギルドである。
話に聞いた森の中まで真っ直ぐに向かう。並び順は昨日と同様、先頭がシーフのカーラ、二番手がヒーラーのセイン、三番手にメイジのマリサ、しんがりに戦士のジョルダンである。探索と安全確保の都合で、このパーティではどうしてもこの並びになる。
森は普段通り静かで、たまに鳥の鳴き声が聞こえてくる程度だった。クエストさえなければ、のんびり森の散歩を楽しんでいる感じだった。途中、猪や鹿などの動物に何度か遭遇したが、今回は関係ないので全部無視である。
カーラが地図を見ながら場所を確認し、やがて昨日出現したと思われる場所までやってきた。しかし、今は何もいない。
「まずは痕跡を探してみよう。大蜘蛛の通った跡とか、探せば見つかるだろうし」
四人で手分けをして、森の中を漁り始めた。さほど時間もかからず、いくつかの痕跡が見つかった。
「この地面の穴、蜘蛛の足跡じゃないかな」
「木の幹に、傷がついてるわ。蜘蛛が通った跡だと思う」
よくよく見ると、蜘蛛が通った痕跡があちこちにはっきりと見えた。
「こっちの方へ行ったのか。こっちから来たのか。ちょっと分からないな。カーラ、探知魔法使えるか」
ジョルダンが声を掛けると、そう来るだろうと思っていたようで、カーラがすぐにうなずいた。
「サーチ!」
カーラが早速とばかりの魔法を発動させる。探知できる範囲はそれほど広くはないが、それでも二百メートル周辺に何かがいるかどうかを探ることができる。ただ、何かがいるとだけしか分からず、野生動物でも探知してしまうのは不便でもある。
「また猪や鹿もいるわね。でも、この蜘蛛が通った跡のある方、あっちにも反応があるわ。多分、これが本命じゃないかな」
カーラが指差したのは、何本かの木に傷が残っている方向だった。
「よし、それじゃあ行ってみよう」
リーダーのジョルダンが、カーラの探知に従って、その方向へ向かうよう仲間に声を掛けた。また同じ並び順に戻り、四人が前進していく。
しばらく進むと、遠くに何かの物陰が見えた。四人は足音を立てないよう気を付けながら、少しずつ接近していった。そして、うずくまっている大きな蜘蛛を発見した。目標のヒュージスパーダ―だった。
魔物は森の中で、生き物を食べるわけではない。だが、足元には狼の死骸が横たわっていた。たまたま遭遇した狼が、この大蜘蛛を敵と認識して攻撃し、返り討ちに遭ったものと思われた。
「よし、作戦通りいくぞ。セイン、頼む」
「分かった。よし、行こう、みんな」
ここで隊列を並び替え、セインを先頭に、ジョルダン、カーラ、マリサの順になった。セインは慎重に近づき、大蜘蛛の反応を伺った。だが、かなり接近しても何の反応もない。
あと少しで間合いに入るという頃合いで、ヒュージスパイダ―がむくりと起き上がった。人間の接近を感知したらしい。立ち上がると、牛より一回り大きいくらいで迫力がある。セインは構わず接近し、蜘蛛の間合いに入った。蜘蛛が前足を振り上げ、殴り掛かってきた。
「ホーリーシールド!」
セインの魔法が発動した。大きな光の楯がセインを守る。ガキっと音がして、蜘蛛の前足の攻撃を受け止めた。
「今だ。俺は右から行く」
「じゃあ、あたしは左ね」
ジョルダンとカーラが二手に分かれて蜘蛛の左右に回り込む。その間も前足の攻撃は続き、セインが必死にそれを食い止める。マリサはそんなセインの背後に控え、来るべき時に備えて身構えていた。
「うおりゃああ!」
「せいっ!」
ジョルダンとカーラの攻撃が蜘蛛の後足に加えられた。作戦通り、関節部に集中して斬りかかっている。一撃、二撃と繰り返し攻撃し、三撃目で見事に後足を一本ずつ斬り飛ばすことに成功した。
大蜘蛛がその攻撃を嫌がり、体の向きを変えようと動いた。だが、セインはそれを許さない。シールドを力一杯蜘蛛の顔面に叩きつけ、ダメージを与える。それを嫌がり、蜘蛛が前足を繰り返し振るってきた。
その間に、ジョルダンとカーラは二本目の足に取り掛かっていた。正確な攻撃が足の関節にダメージを与えていく。そう長くかからず、二人は二本目の足を見事に斬り飛ばしていた。
ヒュージスパイダーがバランスを崩し、尻もちをつくように腹を地面にこすっていた。それでもまだセインのシールドに前足を叩きつけている。しかし動きは鈍り、空振りも増え、何より顔面ががら空きになった。
「ここ! ファイアボール!」
マリサが魔法を発動させた。拳大の火球が放たれ、真っ直ぐにヒュージスパイダーの顔面を捉える。高熱で焼かれ、顔が爛れていく。
「ウィンドカッター!」
続けてマリサの魔法が発動した。圧縮された空気の層で物体を斬り裂く小さな刃である。蜘蛛の顔面を焼いた火球が消滅する寸前、同じ位置に魔法が当たり、大きく頭部を斬り裂いた。
さすがの魔物も、頭部を失っては活動できない。残っていた前足が折りたたまれ、胴体が地に伏した。そして体が霧状になって消えていく。魔物というのは不思議な存在で、倒されると核である魔石を残して消滅してしまう。体を構成していた物はどこかへ消え去ってしまうのだ。生命を持たず、魔法によって生み出された存在だと言われるゆえんである。
「やった、私の魔法で倒せた」
マリサがつぶやいた。前回の戦いではあまりいいところのなかった彼女としては、今回とどめを刺せたことが本当にうれしかったのだ。
「やったな、みんなのおかげだ」
リーダーのジョルダンもうれしそうだ。作戦通りに戦いが進み、見事に魔物を倒せたのだ。喜びも一塩であった。
セインとカーラもハイタッチをして、互いの健闘を称え合った。
かくして、パーティ四人は見事な連携で、無事にヒュージスパイダーを討伐出来たのであった。
ギルドに戻った四人は、経過と結末について、ギルド長のタイロンとその妻ナタリアに報告した。二人共、作戦の進め方を褒めてくれて、四人も頑張った甲斐があったものだと、喜んでいた。
娘のアイナと息子のポルタも、討伐の様子を聞きたがり、四人は子供二人にもその様子を話してやった。初心者四人の拙い戦いでも、子供達には冒険心をくすぐられるようで、興味深く目を輝かせて聞いてくれたものだった。
ギルドからは、クエスト報酬として銀貨二枚、またヒュージスパイダーの魔石が銀貨二枚、合計四枚をもらうことができた。一度の戦闘での稼ぎとしては十分な額である。とは言え、冒険者として身を立てるつもりなら、最低でもこの四倍は一日に稼ぐ必要があるだろう。
この先に続く道は果てしなく遠い。そう思いつつも、こうして一歩ずつ前進できていることに、安心感と満足感を覚えた四人であった。
戦闘編その2です。今回はきちんと戦い方を研究し、作戦通りに見事な勝利を収めます。こういう戦術が使えても、冒険者のレベルは上がらないのは仕方ないとは言え、惜しい話ではあります。四人の頑張りが見せ場です。