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第四十八話 ダンジョンの一番奥にあった物

 地下三階に到達し、最初の部屋でアースジャイアントと激戦を繰り広げたパーティ四人。持久戦の末、何とかこれを倒したものの、さすがに疲れ切って、その場で休んでいたのでした。

「それにしても、探知魔法に反応がないって、どういうことなんだ?」

 ジョルダンが疑問を投げかける。魔法を使った当のカーラも、首を傾げている。

「分からない。でも、魔物とかはいない、ということなんだと思う」

「しかも行き止まりなんでしょう。まあ、考えるより、行ってみた方が早いわね」

「うん、そうしよう。そろそろ僕も大丈夫そうだ」

 セインがマリサに続いてそう言うと、ジョルダンが立ち上がった。

「じゃあ、行こうか。何が出るかは、行ってのお楽しみだ」

 他の三人も立ち上がり、次の場所を目指して出発した。


 確かにカーラの言う通りだった。アースジャイアントと戦った部屋を出ると、通路が一本伸びているだけである。通路の奥には大きな扉がある。そして、探知魔法の通りなら、扉の向こうに魔物はいないことになる。

「念のため、扉や部屋に罠とかないか、魔法探知を使ってみるね」

 カーラが魔法を発動させた。魔法で動作する罠などがあれば、反応が返ってくるはずだ。すると、かなり盛大な反応が返ってきた。

「何かあるみたい。でも、罠っていう感じではなさそう。魔法を使った大きな何か、としか言えないわね」

 カーラの言葉にみなが首を傾げる。探知を使ったカーラ自身、一体何事かと思っているのだ。他の三人にとっても、あまりに謎の探知結果に、不可解さを覚えるのは当然だった。

「罠なら即座に撤収だ。気を付けて中に入ろう」

「それしかないわね。分かったわ。とにかく行ってみましょう」

「何かあったら、僕がすぐシールド張るよ」

「それじゃあ開けるわよ」

 カーラが扉を開く。少し開いた隙間から、四人が中を覗き込む。確かに危険な何かは見られない。

 そして四人は思い切って扉を開き、中へと入っていった。

 すると、部屋の中央部に何やら不思議な物体があった。とても大きな円柱だった。直径は四メートル、高さは六メートル以上はあるだろうか。その柱は透明な物質でできていた。下はその円柱を支える台座になっていて、何やら文字のようなものが刻まれている。

 四人は警戒しながら、遠巻きにその円柱を眺めた。これといって異常はない。安全確認のため、まずは部屋を隅々まで見て回った。特に危険そうな場所も物もなく、問題はなさそうだった。

 となると、この円柱は何なのだろう。魔法探知に反応があったのは恐らくこれだろう。何かの仕掛けのようだが、皆目見当もつかない。

「そこにある文字読めるか?」

 四人で台座の文字らしきものに視線を送る。まじまじと見てみたが、全く読むことはできず、文字だということ以外分からない。

「なんだろうこの仕掛け」

「あ、何か動き出した」

「ちょっと離れよう」

 透明な円柱の内部に何かが出現し始めた。最初は小さな球だったが、少しずつ形を作っていって、やがて魔物の姿になった。円柱の中に、今はガーゴイルがいる。

「まさか、この仕掛け……」

「魔物を生み出すものなわけ?」

「そんな、こんな物があるなんて……」

「あ、ガーゴイルが消える」

 形作られたガーゴイルは、少しずつ透き通っていき、やがてその姿が消え失せた。後に残ったのは透明の円柱だけである。

 四人は茫然とその光景を見送った。想像以上に恐ろしい仕掛けである。こんなものがダンジョンの一番奥にあるとは、あまりの驚きに声も出ない。

 しばらく呆然としていた四人だったが、とりあえずその場を離れ、部屋の出入り口に戻った。何かあった時でも、すぐに脱出できるようにである。

「そう言えば、タイロンさんが妙なことを言ってたな」

 四人が昨日の出来事を振り返った。タイロンは、確かこんなことを言っていた。

「もうすぐみんなもダンジョンの秘密を知ることになるだろう。その時、驚きと迷いが湧いてくるに違いない。だけど、ダンジョンはダンジョンとして存続させるべきなのだということを、心の片隅に置いてくれ」

「確かに驚きだったわね。迷いっていうのはどういうことかしら」

 マリサの疑問に、カーラが答えた。

「きっと、魔物を生み出すこの仕掛け、危険だから壊すべきじゃないかって考えるっていう意味だと思う。壊せるのか、壊していいものなのか、それに迷うって意味じゃないかな」

 なるほどと他の三人がうなずく。これが本当に魔物の発生源なのだとしたら、これを壊せば、この先新たな魔物が発生することはなくなる。村が魔物の脅威に怯えずに済む。良い事のように思える。

 しかし、だ。

「魔物を倒して魔石を得ることで、俺達冒険者は報酬を得られるし、魔石はいろいろな産業を支える動力にも使われている。魔物が発生しなくなったら、逆に困るんじゃないのか?」

 ジョルダンが率直な疑問を口にした。

「確かにそうだね。僕達冒険者もお払い箱になっちゃうし、何より今の生活に魔石は欠かせない。魔石を得る方法がなくなると困るのは自分達なんだ」

 セインもその意見に同感だった。

 それを聞いて、マリサが思い出したように言った。

「ダンジョンはダンジョンとして存続させるべきって、タイロンさんは言ってたよね。それってつまり、ダンジョンには魔物が出ることが当たり前というか、むしろ魔物が出るべきってことなんじゃないかな。今のままのダンジョンであるためには、この仕掛けに手を出すべきじゃないって、タイロンさんはそう言ってたんだわ」

「あたしもそう思う。あと、念のため、この仕掛けが本当に魔物を生み出す物なのかどうか、確認してみよう」

 カーラの提案で、四人はまた透明の円柱の下に戻り、じっとそれを眺めてみた。

「何も起こらないね」

「そんなにすぐに次の魔物が出るわけじゃないのよ、きっと」

 そんな話をしながら十数分待っただろうか。円柱の内部のまた小さな球が生まれ、段々と大きくなって魔物の形になっていった。さっきはガーゴイルだったが、今度はジャイアントワームだった。そして、それがはっきりと魔物の形になった後、段々透き通って姿を消すところまで同じだった。

「消えちゃった。どうして消えるんだろう」

 セインの疑問にはマリサが答えた。

「きっと、ダンジョンのどこかの部屋に、魔法で転移したのよ。一瞬で違う場所に移動できる特殊な魔法があるって、教わったことがあるわ。今の冒険者の中で、それが使えるのはごく限られた人だけみたいだけど」

「なるほど。こうやって転移してきた魔物と、俺達は戦ってきたわけか。ダンジョンのあちこちに魔物が出るのも納得いったよ」

 ジョルダンがため息をつきながら言った。全く、ダンジョンでは不可解な出来事が多く、不思議な存在だらけである。

「魔物を生み出す仕掛けなのは間違いないみたいだし、それを見つけたってことをタイロンさん達に相談してみようよ。あたし達だけで判断するのはちょっと荷が重いっていうか、このことをタイロンさん達は知ってたはずだから、話を聞いてみたいっていうか」

 カーラがそう言うと、それもそうだと三人がうなずく。

「よし、それなら撤退しよう。それでタイロンさん達に話してみよう」

 そうと決まればあとは行動あるのみだ。

 四人は来た道を戻り始めた。


 帰り道で交戦は二回あった。ジャイアントスネーク二体とヒュージスパイダー三体。マリサが魔法を節約気味に使って少し時間がかかったが、どちらも問題なく片付けている。

 そしてダンジョンを出て地上へと戻った。良く晴れた空がまぶしい。先ほど見た、魔物が生み出されるという不思議な光景が夢のように思える。

 しかし、事実なのは間違いない。二回魔物の発生を目撃し、しっかりと確認している。

 しばらく歩いてギルドに戻ると、あいにくとタイロンとナタリアは共に不在だった。どうやら村の仕事を手伝いに行っているらしい。

 四人は日が傾くまで、冒険者ギルドのロビーで一休みするのだった。


「よお、戻ったのか。今日はどうだった?」

「無事にアースジャイアントを倒して、一番奥にまで進みました」

 ジョルダンの返答にタイロンが目を丸くした。

「本当か。あのアースジャイアント、レベル四かそこらで勝てる相手じゃないはずなんだがなあ」

 そこまで言うのも納得だ。マリサの魔法をかなり消費して、ようやく倒したのである。それほどの強敵だった。

「本当にあなた達の成長には驚かされますね。あのアースジャイアントを無事に倒して戻ってくるなんて、とても素晴らしいですよ」

 ナタリアがそう褒めてくれた。それはありがたいが、今聞きたいことはそれではない。

「ああ、みんなの言いたいことは分かってる。一番奥に行けたってことは、あれを見たんだな」

 タイロンが先んじて言いたいことを代弁してくれた。

「そうです。あれは一体、何なのでしょうか」

「それはお前さん達が見た通りだよ」

「じゃあ、魔物を生み出す仕掛けなんですね」

「そうだ。大きな台座の上に、大きく透明な円柱があっただろ。あそこで魔物は生み出される。で、みんなはあれを見てどう思った?」

 タイロンに問われ、四人は正直に答えた。

「恐ろしい仕掛けだと思いました」

「最初は壊すべきかと思ったくらいです」

「でも、魔物がいなくなると困るのは僕達だから」

「それでタイロンさん達に相談しようと、何も手をつけずに戻りました」

 その返答を聞いて、タイロンはうなずいた。

「いい判断だ。仮に壊す必要があるとしても、自分達だけで勝手に決めず、相談しようとしたのはいいことだ。大体、もし本当に壊す必要があるなら、俺とナタリアでとっくの昔に壊しているからな」

 言われてみて、確かにそうだと四人は思った。タイロンとナタリアはそれぞれレベル十一の戦士と十のメイジだ。二人で不足なら、他の冒険者ギルドから人を借りればいい。あの仕掛けを壊すことなど、簡単にできるに違いない。それをそのままにしているということは、つまり残すべき物だったということだ。

 まずは相談しようとした判断に間違いがないと分かり、四人は安堵の息をついた。手出ししなかったのは正解だったわけである。

「もうすぐ子供達も帰ってくる。さすがにこんな話を聞かせるわけにはいかないからな。話の続きは今晩、二人が寝てからってことでいいか」

「はい。分かりました」

 四人が揃って返事をした。

 こうして話はその日の夜に続くのだった。

 ダンジョンが魔物を生み出すという設定は最初から考えていました。ありがちと言えばありがちな設定ですがご容赦を。しかし、レベル一だった初心者からすれば、驚きの新事実です。何も手をつけずに戻る判断も、彼らとしては最善の選択だったわけです。

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