第四十六話 ここら辺でまた一休み
地下三階まで到達したパーティ四人。これまでの努力の甲斐もあり、地下二階の地図は完璧に描くことができました。強敵や難敵にも負けず、レベルも四になっています。
地下三階まで到達した日の夕食時。
「明日、久々に休みを取らないか」
そうジョルダンが切り出した。前回休みを取ったのは六日前。ジョルダンが負傷し、回復魔法で治ったものの、念のため探索を休みにしたのだ。その日以来、連続で探索を行っていたことになる。
しかし、マリサは首を傾げ、尋ね返した。
「どうしたの? せっかくここまで来たんだから、この勢いで地下三階も制覇しようっていうなら分かるけど。何か気になることでもあるの?」
「ああ。俺達、ずいぶん頑張ってきたよな。そしてこの先も頑張っていくつもりだろ。そうやって前ばかり見てると、足元が留守にならないかと思ってさ。知らないうちに疲れが溜まってないか心配になっったんだよ。特にセインはずいぶん無理してるからな。一休みした方がいいかなって」
「え、僕の心配してくれたのか。何か悪いなあ」
「確かに。あたし達、セインにはずいぶん負担掛けてるしね」
「ありがとう、カーラ。でも僕なら大丈夫だよ。負担って言っても、魔法の楯で攻撃防ぐのを繰り返してるだけだし」
「ちょっとセイン、それが相当負担だって気付いてないの? 私も言われて気付いたけど、確かにセインには休みがあった方がいいわね」
「マリサまで、そんな心配してくれるんだ。ありがとう。そうか、それならみんなのためを考えて、休みを取った方がいいのかな」
「俺はそう思うよ。みんなも同じ意見のようだし、たまには一休みするのもいいんじゃないか」
セインがあごに手を当てて考え込んだ。疲れ具合はみんなが心配するほどではないと、自分では思っていた。しかし、気付かないところで疲れが溜まっている可能性も否定はできない。
「分かった。じゃあ、せっかく考えてくれたんだし、休みを取ろう。みんなもそれでいいかな」
「ええ、そうしましょう」
マリサを始め、ジョルダンもカーラもセインの言葉にうなずいていた。
「ありがとう、みんな。心配してくれて。休みかあ。せっかくだから、のんびり出かけようかなあ」
セインがつぶやくと、ギルド長の娘アイナが割り込んできた。
「セインさん、前回森の探検させてくれましたよね。あれすごく楽しかったから、みなさんが休みになったら、学舎のみんながまた一緒に遊びたいって言うと思うんです。なのでもし良かったら、明日の午後、また私達学舎の子供達と一緒に遊んでくれませんか?」
四人が顔を見合わせた。前回もそうだったが、子供達は冒険者たちと遊ぶのを相当楽しみにしていた。村のギルドで世話になっているのだから、恩返しの意味も含め、ここは一つ頼みを聞き入れるのがいいだろうと思った。
「分かった。せっかくだし、一緒に遊ぼうか。みんなそれでいい?」
「もちろんだ。気分転換には丁度いい」
「そうね。私達も子供心に戻って、一緒に楽しみましょう」
「あたしも賛成。これも村のみんなのためになるもんね」
「やった! ありがとうみなさん」
「ぼくもうれしい。いつもありがとう。またよろしくね」
アイナと弟のポルタが礼を返してきた。喜んでもらえて何よりだと思う。四人がここボルクス村の冒険者ギルドで世話になって一月半ほど。もはや家族も同然の存在になっていた。
翌朝、久しぶりにセインは寝坊をした。と言っても、ほんの三十分ばかりのことである。休みだと決まっていたので、緊張感がほぐれ、よく眠れたらしい。確かに休みにして正解だったようだと、自分でも思った。
顔を洗いに井戸へ行くと、他の三人もほぼ同じタイミングで現れた。
「おはようセイン。今日はちょっと遅かったのね」
そう言うマリサも少し遅めである。みんな、知らないうちに疲れが溜まっていて、休みが取れる安心感から少し寝過ごしたのは同じだったらしい。
「うん、すごくよく眠れた。それだけでも休みにした意味があったね」
「そうみたいだな。俺も久々によく眠れた気がする」
ジョルダンが顔を洗ってから答えた。
「良かったわ。あたしもぐっすりだったし、やっぱり疲れてたのね」
カーラもそう言ってきた。
四人は顔を見合わせて笑うと、朝食を取りに戻っていった。
四人は朝食を取りながら、午前中何をするか相談した。タイロンもナタリアも微笑を浮かべてその様子を眺めていた。たまには冒険者も休みを取ることは必要だ。何をするかを考えるだけでも楽しいだろうと、そんな風に思っていたのだった。
「することがないなら、また村の中を巡って、みなに挨拶して回るといい。村の人達も、冒険者のみんなのことを気に掛けてるからな。顔を見せるだけでも喜んでもらえるぞ」
タイロンがそう言うと、なるほどと四人がうなずいた。
「じゃあ、そうします。いつもありがとうございます」
ジョルダンが返事をして、午前中は村巡りと決まった。
その後、アイナとポルタが学舎に勉強しに出かけるのを見送って、四人も出かけることとなった。七日ぶりにみな私服である。
道を歩いていくと、用事で出かけている人や、畑の世話をしている人と出会う。その都度挨拶をして、通り過ぎていく。
「冒険者のみなさんじゃないか。元気そうで何よりだなあ」
「ダンジョンの方は順調かえ。そっか、そりゃ良かった」
「みなさんが村に来て、結構経ったのう。村にも慣れたようで何より」
村人達はそんな風に温かく声を掛けてくれる。
牧場の前を通ると、以前牛乳をご馳走してくれた牧場主が、今回も同じように声を掛けてくれた。
「よく来たの。せっかくだし、今日も牛乳飲んでいくといい」
好意を謝して、四人はまた牛乳を一杯ずつもらった。やはり、搾りたてで新鮮な牛乳はおいしい。
「今日は休みかい。冒険者のみなさん、お若くてかっこいいから、姿を見るだけでも元気が出るようだよ」
「ありがとうございます」
「またいつでも立ち寄っておくれな。それじゃあまた。頑張って下されよ」
こんなちょっとした歓迎が嬉しい。田舎の村ならではの出来事である。
畑でもイチゴを貰ったり、茹でた野菜をご馳走になったりして、四人はいろいろともてなしを受けながら村の中を巡っていった。
「温かな人達ばかりで、いい村よね、ここ」
「そうだな。俺都会の出身だから、こんな風に見知らぬ相手に挨拶するのってすごく新鮮だ。それにのんびりした感じがいいと思う」
「僕のいた村もこんな感じだったよ。村中顔見知りだったし」
「そうなんだ。あたし、この村好きだなあ。ほっこりするよ」
タイロンの話通り、どこへ行っても歓迎され、四人がみな温かな気分に浸っていた。
昼食をギルドの家族と一緒に取った後は、アイナやポルタと約束した通り、子供達の遊びに付き合うことになっていた。
前回、森の中を探検したのが好評で、今回もまた探検したいという意見が多かったそうである。
子供達は全部で八人。男女半々である。一番上はアイナで十一才、一番下は七才である。この全員を連れて、今回もまた森の中へと入っていった。
「またキノコ見つけた。食べられるのかな」
「あ、リスがいた」
「大きな花が咲いてる。何の木だろう」
子供達は森で見かけるものに興味津々、何かを見つけてはうれしそうにしていた。
「蜂の巣があるね。刺されないよう、静かに通ってね」
「そこ、枝が飛び出てるからぶつからないように」
「足元に気を付けて。根っこが出っ張ってるから」
セイン達も、子供達がケガしないように何かと気を配り、声を掛けていた。しかし、そういう難所を通ることこそ、探検の醍醐味である。注意される度に、子供達は余計にわくわくしていたものだった。
そんな風に、安全にのんびりと探検していたが、ここでカーラが注意を発した。探知魔法に反応があったのである。
「動物の反応がある。大きさから見て、多分熊だと思う」
子供達が一瞬静かになった。さすがに熊と聞いて、怖くなったのである。大人でも並外れた強さがなければ熊は倒せない。襲われたらケガをするのは人間の方である。
しかし、この場には、熊より強い魔物を何体も倒してきた、冒険者の四人がいる。その気になれば余裕で退治できるはずだった。
「でもまあ、勝手に森に入ってきたのは僕達の方だから、ここは熊を追い払うだけにしよう」
そう言ったのはもちろんセインだ。
「じゃあ、みんなで歌を歌おうか。大きな声を聞いたら、熊も人間が来たって分かるから、離れていくはずだよ。もし気が立っていて、逆に近づいてくるようなら追い払うから、心配しないでいいからね」
子供達が真剣にうなずく。そして少し話し合って、学舎で歌っている歌から一曲を選んで、みんなで歌い出した。『楽しいまきば』という歌だった。
子供達の声が森の中に吸い込まれていく。本当に効果があるのか疑問に思いながらも、子供達は三番まで歌い切っていた。
やがて、気配を探っていたカーラが、熊が立ち去ったことを感知した。
「もう大丈夫。どこかへ行ったみたい」
それを聞いて、子供達がどっとどよめいた。
「うわーびっくりした。出会ってたら、やっぱり襲われてたのかな」
「お兄さん、お姉さん達がいるから大丈夫だろ」
「でも、セインさんの言う通り、熊の邪魔してるの私達だもんね」
「そうだよ。どこかに行ってくれて良かった」
そんな具合で怖さ半分、興奮半分といった具合で盛り上がっていた。これもまた探検の一ページ、きっと家に戻ったら、家族に事のあらましを話して聞かせることだろう。
「それじゃあ、またおやつを頂いて、森から出ることにしようか」
前回キイチゴを見つけた場所をセインはしっかり覚えていた。先頭に立って歩いていくと、子供達が喜んでついてくる。どの子も期待感に満ちた表情をしていた。
「熊がいたとはねえ。まあ、森の中だから、当然と言えば当然なんだが」
「まあ、もし出会っても、私の魔法で一発だけどね。確かにセインの言う通り、こっちが勝手に森に入っておいて、退治するのも変な話よね」
「カーラが事前に探知してくれて良かった。無益な殺生は良くないから」
「あたしの探知魔法も十三回に増えたからね。回数に余裕あるし、念のため使ってみたら、見事に当たったのよ。良かったわ。子供達を危ない目に遭わせずに済んで」
のどかな探検ごっこも、一歩間違えれば大きな危険があったわけだ。それを未然に回避でき、四人はほっと胸を撫で下ろしていた。
そして、子供達と一緒にキイチゴを味わい、楽しい気分と共に村へと戻っていくのだった。
休息編です。またもや子供達の遊びに付き合うあたり、みなお人好しでしたね。お人好しはヒーラーだけじゃなかったです。村人達も親切で温かく、のんびりした休日が過ごせました。




