第三十九話 本当に強盗が現れました
冒険者ギルドで商人の護衛を頼まれたパーティ一行。商人は好人物で、一緒の旅は楽しいものでした。行きは問題もなく快適に過ごし、町での売り買いも無事に終わりました。
「それじゃあ出発しようか」
翌朝、朝食や身支度を終え、一行は宿屋を出て村への帰路についた。行きと同様、商人のカークスが御者を務め、パーティ四人は徒歩である。
「いつもは一人旅だからな。こうして連れがいるのは楽しいもんだ」
カークスはご機嫌だった。若い四人を気に入ったこともあるが、実際に話をして相当楽しかったらしい。
「こちらこそ。カークスさんとご一緒できて楽しかったですよ」
本音でジョルダンが答えると、カークスはますます機嫌が良くなった。
「ありがとよ。いやあ若い者とこれだけたくさん話したのは久しぶり……って、うん? 何か通りに人がいるな」
四人も不自然な人の集団に気付いていた。いたのは男ばかり十人、道を通さないように塞いでいるようにも見える。まだ町を出て三十分ほど歩いたばかりの頃合いだった。正直、通行の邪魔である。
馬車が近づいたところで、カークスは男達に呼びかけた。
「おーい、すまないが、そこを通してくれ」
すると男達から笑い声が返ってきた。まさか跳ね飛ばすわけにもいかず、カークスが馬車を停めた。
「お前さん達、どういうつもりだね。通行の邪魔だろう」
すると、一番筋骨逞しい男が前に出て、笑いながら言った。
「そうだよ、邪魔してるんだ。ここは今から俺達の土地だ。通りたければ馬車を丸ごと、それに有り金全部置いて行ってもらおうか」
「ふざけなさんな。天下の往来で、そんな無法が通るわけないだろ」
「別に嫌なら腕ずくで置いていってもらうだけだ。まあ、その方が早そうだけどな」
酷薄な笑みを浮かべながら、十人の男が馬車に近づいてくる。
本当に強盗が現れるとは。半ば呆れながら、ジョルダンは仲間に目線で合図をして、その前に立ち塞がった。
「待てよ。そんな無法は俺達が許さない」
「そうそう。親切で言うんだけど、こんな悪事は止めた方がいいよ」
セインも穏やかに言う。間違いなく本音なのだが、挑発しているようにしか聞こえない。傍らにいたマリサとカーラが、思わず頭に手をやっていた。
「セインは言い方がちょっとねえ」
「間違いなく親切のつもりなのは分かるんだけどねえ」
まだ少女と呼べる年代の女の子が二人もいるのを見て、男達が余計に盛り上がった。
「いいねえ、かわいいお嬢ちゃんたちもいるのか」
「積み荷のついでに、もらっといてやるよ」
さすがは悪党、言いたい放題である。ここまでくると、最初は穏便に済まそうかとも考えていたジョルダン達も、この嫌な表情をした連中を叩きのめそうと腹を括った。一瞬目を閉じ、大きく息を吐く。そして目を開いてニヤリと笑った。
「あんた達、腕ずくが何とかって言ってたけど、どうやってやるのか教えてくれないか」
完全な挑発だった。さすがに腹に据えかねていたのである。
「そうかい、知りたいか。こうやるんだよ!」
男の一人がジョルダンに殴り掛かった。それなりに威力のありそうな拳だったが、魔物の攻撃に比べれば大したことはない。ジョルダンはひょいと軽くそれを避けると、ついでに拳で男の顎先を打った。脳が揺らされ、殴り掛かってきた男が足をよろめかせ、地面に膝をつく。
「なるほど、こうやるわけか。さて、あんたらはどうする?」
「何しやがった、てめえ。ガキのくせに生意気な」
「構わねえ、やっちまえ」
「女だ。女を人質にしろ」
男達が口々にわめき散らし、一斉に襲い掛かってきた。
ここで意外な働きを見せたのがマリサである。掴み掛ってきた男を軽く避けると、鋭い手刀の一撃をその首筋に見舞った。メイジではあっても体術の訓練も積んでいるし、何よりレベルアップしたのが大きい。その一撃で男はあっさりと地に倒れていた。
カーラも負けていない。一人の男が突進してくるところに自ら前に出て、男の一撃を避けると同時にみぞおちにきつい一撃をお見舞いした。魔物を短剣で斬り裂く力のあるシーフである。その一撃は並の男を上回り、こちらもあっさりと地に倒していた。
かくして、女を人質に取ろうなどという甘い目論見はあっさり破られていた。か弱そうな少女二人の強さに、男達は怖れ、足を止めていた。
セインもヒーラーとは言え、体術の訓練も積んでいるし、何より普段はみんなの楯として魔物の攻撃を防ぐ体力の持ち主だ。殴り掛かってきた男の攻撃を簡単に避け、カウンターの一撃をあごに当てた。手加減した一撃だったが、それでも脳を揺らされたことで、男はよろめき、地に倒れていた。
戦士の本領を発揮したのはジョルダンだった。腕力に物を言わせた攻撃など怖くもなんともない。避けてはカウンターを叩き込み、自ら突っ込んでは急所に一撃を与えと、次々に男達を倒していく。
そうこうしている間に、十人の男達の内、立っているのは最初に声を掛けてきた一番体格のいい男だけになっていた。
「で、あんたはどうするんだ。まさか仲間を置き去りにして、逃げたりしないよな」
「ふ、ふざけやがって。何なんだ、お前らは」
「護衛を頼まれた者さ。で、どうするって?」
ジョルダンも悪者相手には結構遠慮がない。セインとマリサとカーラは、そんなジョルダンの様子に苦笑を浮かべていた。
「まあ、いいや。これは俺からのサービスだ」
ジョルダンは容赦なく間合いを詰めると、男のみぞおちを鋭く強打した。うめき声一つ上げることもできず、男がそのまま地に倒れる。
「これで全員片付いたな」
「ジョルダン、お疲れ様。さすがの大活躍だったね」
「私達をみくびったのが運の尽きだったわね」
「さて、あたし達が面倒なのはこれからよ。カークスさん、ロープ頂戴」
カーラの言葉で我に返ったカークスが、笑顔を浮かべて答えた。
「いやあ、強いとは聞いていたけど、まさかこれほどとは。さすが毎日魔物と戦ってるだけのことはあるなあ。で、ロープだな。ちょっと待ってくれ」
カークスからロープを預かると、四人は倒れている男達を拘束し始めた。両腕を体に括り付け、自由に腕が使えないようにする。
「それじゃ役場に連行だ。……おい、起きろ」
四人は手分けして男達を起こし、その場に立たせると、ロープでつないで数珠つなぎにした。
「これも悪事の報いだ。容赦なく連行させてもらうぞ」
そして強盗未遂の集団を町の役場へと引っ立てていった。
役場に着くと、拘束された男達が数珠つなぎになっているのを見て驚いた職員が、慌てて騎士を呼んできた。王都から派遣されてきた騎士の内、大半は町周辺の警備に当たっていたが、三人が役場で待機していたのだ。
ここは年長者の役割とばかり、カークスが事情を説明した。それを聞いた騎士は、それを調書として記録し、十人の悪党を牢に放り込んだ。
「ご苦労様でした。冒険者のみなさんの協力に感謝します」
「いえ、任務として引き受けただけです。騎士様方、後の処置の方、よろしく頼みます」
「もちろんです。余罪もありそうですので、厳しく取り調べを行い、しかるべき罰を与えますので、どうぞご安心を」
「捕えてくれたみなさんにはお手数をおかけしました。褒賞金も出せなくて申し訳ない限りです」
さすがは王国を支える騎士達である。実に立派な態度だった。ジョルダンはかつてのライバルのことを思い出していた。彼女もこうした騎士の一員として、どこかで頑張っているのだろうか。
物思いにふけるジョルダンに代わって、セインが騎士達に答えた。
「僕達も、こういう悪党は許せないと思ってます。ですから、こうしてとっ捕まえるのも当然のこと、お礼なんて不要です」
「そうですか。ありがとうございました。では、道中お気を付けて」
「こちらこそ、ありがとうございます。では失礼します」
役場でのやり取りが終わると、一行は馬車と共に、再び村への帰路についたのだった。
「悪党共も無事牢屋に放り込んだし、もう大丈夫だな。いや、本当にありがとう。四人のおかげで助かった。何度でも礼を言うよ」
その後、カークスはまたまたご機嫌であった。彼らを村自慢の冒険者と紹介したのは間違いではなかったと、改めて思っていた。
「いえ。それより、帰りが遅くなると、村のみなさんも心配するのでは」
「そうだな。なら、少しだけ急ごうか。あまり速くすると馬がばててしまうんでな。ほんの少しだけ速くしよう」
帰りの方が荷は軽い。馬も元気に歩いてくれていた。それについていく四人も速足になるわけだが、やはりレベルの上がった冒険者だけあって、体力的には余裕であった。
途中で休憩を二度ほど取り、馬を休ませた。もちろん人間も一緒に休んでいる。馬の休憩は重要で、無理をさせると体調を崩してしまうのだ。
そして、まだ日の高いうちに、ボルクス村へと戻れたのだった。
村に戻ってからも仕事は続く。仕入れてきた荷を商店に下ろしていくのである。四人もことのついでとばかり、その仕事を手伝った。
「カークスさん、毎度ありがとう。いつも助かるよ」
「いえいえ、これも仕事ですから。こちらこそ毎度ごひいきに」
カークスがそんなやり取りをしている。なるほど、荷を運ぶ仕事というのも大事な物だと、四人は感心しながら仕事を手伝っていた。
荷を全て下ろすと、今度は村の役場へと足を運ぶ。護衛をつけてもらったので、事の顛末を報告するためである。村長に向かって、カークスは冒険者四人の活躍を聞かせ、悪党共は騎士達に引き渡したと説明した。
「そうか、護衛をつけて正解だったな。無事に戻れて何よりだ。タイロンが紹介してくれた冒険者達は、ダンジョンに挑むだけあって、大した腕の持ち主なんだな。ともあれご苦労だった」
村長が相変わらず鷹揚な口調で言う。カークスと四人は軽く会釈をしてそれに応えた。
そして、カークスは最後にギルドに立ち寄り、タイロンとナタリアに厚く礼を言ったのだった。
「本当にありがとうな、タイロン、ナタリア。二人の勧めを聞いて、四人に来てもらえて本当に助かった。いやはや、この四人の強いこと強いこと、十人もいた悪党共を、あっという間に叩き伏せちまうんだ。本当に凄かった」
カークスが熱を入れて語る。聞いていた四人は、ここまで褒められて何やらくすぐったいような表情になっていた。魔物に比べれば大した相手ではない。冒険者として、人助けができて十分だとも思っていた。
「お褒めの言葉、うれしく思います。うちとしても、この四人が活躍してくれて、うれしい限りです」
「今回も無事に商品を運ばれて、カークスさんこそご苦労様でした」
タイロンとナタリアも軽くそう返して、カークスを労った。
そしてカークスは、最後に四人に改めて礼を言った。
「ジョルダン、セイン、マリサ、カーラ、本当にありがとう。今回の事は一生忘れない。でもな、もしまた護衛が必要になった時は、よろしく頼むな」
「カークスさんこそ、ご苦労様でした」
「僕達にできることなら、またお手伝いしますよ」
「私達も商売の旅、ご一緒できて楽しかったです」
「これからも元気でご活躍下さいね」
「ああ、ありがとう。それじゃあ、またの機会によろしくな」
そう言って、カークスは馬車と共に去っていったのだった。
またも人間相手の戦闘です。というか、一方的に叩きのめしてますね。さすがはレベル三の冒険者、素手でも強いです。悪者はやっつけて終わりでなく、連行して牢に入れところまで描きました。




