第三十二話 初めての退却
地下二階に到達したパーティ四人。そこには大きな扉があり、中には魔物もいるのでした。突入すべきかどうか、判断の難しい場面になりました。
「戦力的には問題ないよな。魔法の回数も十分残っているし、体力も気力も十分だし」
戦士でリーダーのジョルダンが一番に口を開いた。積極的な性格だけに、ここは突入すべきだろうと思っていた。
「相手が分かればそれもいいけど、さすがに魔物の正体が分からないのは不安だわ」
慎重論はメイジのマリサだ。火、水、風の三属性の基本的な魔法を使えるが、裏を返せば武器がそれしかない。それが通用しなかった場合、みなの足を引っ張るだけになってしまう。
「こめんね。あたしの探知魔法、魔物がいることしか分からないから。正体まで分かると良かったんだけど」
シーフのカーラはそう言ったが、それには三人が首を振った。魔物がいると分かるだけでも、十分に意味がある。
「僕のシールドが役に立つ相手なら、どんな相手でも勝機もあるとは思うんだけどね」
ヒーラーのセインも積極派だった。せっかくここまで来た以上、魔物の正体くらいは見ておきたいというのが、偽りのない本音だった。
「マリサ、ここは行くだけ行ってみて、歯が立たないようなら撤退ということでどうだろう」
マリサとしても悩みどころである。地下二階は階段からここまで一本道だった。ダンジョンでこの先に進むには、必ずここを突破しなければならない。避けては通れない場所である。
「うーん、不安だけど、分かったわ。行ってみましょう」
彼女も最終的には賛成に回った。尻込みしていては先に進めない。
「よし。じゃあカーラ、扉を開けよう」
そして扉を開いて、四人は中へと突入した。
そこは比較的広い空間になっていた。壁面の材質はこれまでと同じで、発光を伴う人工的な材質で作られている。部屋の向こうには扉があり、ここの魔物を倒せば先に進めるようだった。
「魔物、正体分かるか」
「えっと、岩の塊みたいだけど」
部屋の中央には、岩の塊が一つ置かれているだけだった。しかし、それが魔物なのは間違いない。
やがて、その岩の塊が動き出した。上に伸び、手が生え、足が生えと形を変えていく。しばらくして、岩でできた人型になった。身長は二メートル半くらいか。それほど大きくはない。
「ロックゴーレムよ。とにかく力だけはすごいわ。その分動きは遅いはずだけど。硬さは岩の質次第ね」
マリサがそう解説してくれた。確かに見た目通りの特徴をもっているらしい。しかし、さほど大した相手ではないように思える。
「いつも通り行こう。セイン、頼む」
「分かった。じゃあ突撃する」
セインを先頭に、ゴーレム相手に接近していく。
ゴーレムが右腕を振り上げ、振り下ろそうとした瞬間、セインが魔法を発動させる。
「ホーリーシールド!」
光の楯がゴーレムの拳とぶつかり、派手な音を立てた。そして、セインには予想外だったことに、その威力が大きく、後ろに押し込まれてしまったのである。
「なんて馬鹿力だよ」
ゴーレムが左の腕を振り上げる。押し込まれるとまずいと思い、セインが自分に強化魔法を発動させた。
「ストレングス!」
そして左の拳が楯に当たる。またもや派手な音がして、強い衝撃がセインに加わった。だが、強化魔法のおかげで、押し込まれるほどではなかった。
ゴーレムの大振りが二回。その分、動きは隙だらけである。
ジョルダンとカーラが、がら空きになったゴーレムの体に繰り返し斬りつける。ゴーレムの材質のせいだろうか。やはり岩が削れるような派手な音が響く。しかし、音がする割にはゴーレムの傷は小さく、わずかに表面が削れた程度に留まっていた。
「硬すぎる。この剣でもこれしか傷がつかないのか」
ジョルダンが驚きと嘆きを混ぜたような表情で言った。ジョルダンの剣もカーラの短剣も、いわゆるプラス一のランクの品であり、並の剣より威力で勝る品である。それでもわずかな傷しかつかないという事実は、このゴーレムが半端ではない硬さをもっているということだった。
「それなら魔法で!」
セインがゴーレムの一撃に耐えた直後、がら空きになった胸部めがけてマリサが魔法を発動させる。
「ファイアボール!」
拳大の高熱の炎の玉がゴーレムに直撃する。しばらくの間、ゴーレムの体をその高熱で焼き、ダメージを与えていく。じりじりと焼けていく感じに見えるが、炎が消え去ってみると、わずかに表面が溶けただけであった。
その間にもゴーレムは動きを止めることなく、セインのシールドを殴り続けている。さすがのセインも、繰り返される攻撃に疲れが増してきていた。
「休む暇もないな。でも、攻撃を受けないと、みんなが攻撃を受けてしまうし。これは困ったな」
セインが危機に陥っていることは、仲間達にも見えていた。さすがにこれ以上、無理はさせられない。
「セイン、一度下がれ! その間、カーラと俺が敵を引き付ける!」
「分かった。無理しないで」
セインが大きく下がり、楯の魔法を解除する。さすがに全力で何発もの攻撃を防いだ後だけに、全身に疲労感があった。
ジョルダンとカーラが攻撃をしつつ、ゴーレムの攻撃をかわしていた。左右の腕による殴りつけだけなので、避けるのは容易だった。しかし、こちらからの攻撃は、わずかな傷がつく程度にしかならない。
「弱点はないの? このままじゃ、らちが明かないわ」
「多分、胸の中央部分だと思う。魔石もその場所にあるはずよ」
カーラとマリサが攻撃を避けながら、何か打つ手はないかと必死で模索していた。しかし、交戦中なだけに、良い手が思いつかずにいた。
「せめて一撃、アイシクルランス!」
マリサが魔法を発動させる。大きな氷の槍が、見事にゴーレムの胸元に直撃した。そして、いくばくかの傷はついたものの、全く動きには影響がなく、マリサに向かって反撃を加えようとゴーレムが近寄っていく。
「この野郎!」
ジョルダンがゴーレムの背後から、突進しながら渾身の突きを放った。その衝撃にゴーレムが揺らぐほどの一撃だった。それでもわずかに剣先がゴーレムに食い込んだだけで、大きなダメージにはならなかった。
「もう一撃!」
同じ場所を正確にジョルダンの突きが刺さる。わずかに傷が広がったが、それでも大した傷にならない。ゴーレムがゆっくり振り向き、拳を振り上げる。振り下ろされた拳を、ジョルダンが大きく下がって避けた。
「何て奴だ。どうすりゃいいんだよ」
ジョルダンが吐き捨てるように言った。このままでは勝ち目がないと思っているのは、他の三人も同じだった。
「無理は止めましょう。ジョルダン、ここは退却するべきよ」
マリサがついにその言葉を口にした。このボルクス西のダンジョンに入ってから、魔物相手に退却したことは一度もない。しかし、そうするべきだときっぱりと言ったのである。
「だけど、マリサ」
「セインも限界だし、出直して勝つ方法を考えた方がいいわ。幸いなことにゴーレムは動きが遅いから、逃げるのは簡単なはずよ」
マリサの意見にカーラも同意した。
「そうね、マリサの言う通りだと思う。無理は禁物、退却しようよ」
「ごめん、僕がもっとしっかりしてれば、まだ戦えるのに」
セインが謝ったが、マリサは首を振った。
「セインのせいじゃない。相手が頑丈過ぎるのよ。何かいい方法を考えて、それで再挑戦しましょう。大丈夫、勝つ方法はきっと見つかるから」
ゴーレムの攻撃を避けていたジョルダンも、ついに決心した。
「分かった。ここは一度引き上げよう。カーラ、頼む」
ジョルダンが走って仲間達の元へと向かった。
四人が一か所に集まる。そこへゴーレムが迫ってくる。
「ハイド!」
カーラが潜伏魔法を発動させた。自分達の存在を相手に感知させない魔法である。その魔法が発動したことで、ゴーレムの動きが止まった。敵を感知する方法がどうなっているのかは不思議だが、人と同じように視覚や聴覚に頼っているようだった。もしかすると温度を感知できるのかもしれない。
「いまのうちに退却しましょう」
四人はひと固まりになって、入ってきた扉の方に移動した。ゴーレムは動きを止めたまま、何の反応も示さない。
やがて、パーティ四人は扉から出て、来たばかりの道を戻っていった。
「悔しいなあ。ここまで来て退却かよ」
ジョルダンが本当に無念だという表情で言う。その気持ちは三人の仲間も同じである。
「分かるよ。せっかく地下二階にまで来られたのに。最初の一戦で引き上げるなんて、悔しいに決まってるよ」
セインは普段のんびり屋で、滅多に悔しさなどは顔にも口にも出さない。しかし、今日ばかりはさすがに相当悔しいようだった。
「でも、マリサの判断は正しいわ。あたし達の体力が尽きて、攻撃が避けられなくなったら、大ケガ間違いなしだったわ」
カーラが正論を唱えた。確かにその通りである。そう思ったから、全員退却することに賛成したのだ。
「とにかく、今は無事に戻ることだけ考えましょう。無事に帰りつくまで、まだ気を抜くわけにはいかないでしょう」
マリサの言葉に他の三人がうなずく。
しばらく四人は来た道をたどり、地下一階の階段へと到着した。
「カーラ、疲れてるとこ悪いけど、いつも通り案内頼むな」
ジョルダンも気持ちを切り替えて、無事に戻るための行動をすべきと思い直し、声を掛けた。カーラがうなずき、地図を取り出す。
「もう大丈夫だと思うけど、気を付けて進むね」
地下一階にも一方通行、回転床と面倒な罠がある。きちんと地図を見ながら戻らないと、道に迷うことになる。カーラは現在位置を確認しながら丁寧に道を進み、着実に地上への階段へと向かっていった。
途中、魔物が出現した。何度も戦ったヒュージスパイダーだった。
四人は消耗していたが、いつも通りシールドで相手の攻撃を抑え、ジョルダンとカーラが魔物の足を斬り落とし、マリサの魔法でとどめを刺すといった手順で、あっさりとスパイダーを倒していた。
「この程度の相手なら、もう怖くないわね」
「うん。連携すれば、問題全くなしよね」
「それでもゴーレムには歯が立たなかったな」
「ほんとだよ。あのゴーレム、強すぎる」
魔石を回収しながら、四人は愚痴をこぼした。帰還途中で、周囲の警戒に神経を集中すべきと分かっているが、それでもちょっとしたことで、先程の悔しさが蘇ってくるのだった。
「まあ、とにかく戻ろう。後のことは後で考えようぜ」
ジョルダンがリーダーらしく話をまとめ、一行は再び帰り道をたどっていくのだった。
その後は魔物も出ず、無事にダンジョンの出口にまで到達した。
さすがにみな疲れが出ていて、ここで小休止となった。
「はあ、戻れたねえ。みんな無事で何よりだったね。タイロンさん達も、いつも無事が一番って言ってくれるもんね」
セインが安堵の息を吐く。三人は、彼の相変わらずのどかな様子に、思わず苦笑していた。
「そうね。いつでも無事が、私達の取り柄だもんね」
マリサが苦笑したままそう答えた。しかし、退却せざるを得なかったことは相当に悔しいらしく、言葉の後に大きなため息がついてきた。
「まあ、いつまでにダンジョン攻略って期限もないし、焦らず攻略方法考えようぜ。それにしても、潜伏魔法って凄いんだな。ゴーレムの奴、完全に俺達を見失ってたもんな」
ジョルダンの言葉に、カーラが真面目に答えた。
「それこそ無事に退却するための最後の手段だからね。学院でも頑張って修行して、習得したものなのよ」
「おかげで無事に戻れた。罠の回避といい、今回の魔法といい、やっぱりカーラは頼りになるな。ありがとう」
「うん、僕もそう思った。やっぱりこの四人がいいんだよね。だからさ、ギルドに戻ってまた相談しようよ。何かあのゴーレムを突破する方法、思いつくかもしれないし」
「そうだな。あーあ、ついにタイロンさん達に、負けましたって報告か。やっぱり悔しいなあ」
悔しい気持ちというのはなかなか切り替わらないものだ。無事にダンジョンを出られたことで、それはかえって膨らんでいるようだった。
「ま、仕方ない。とにかく戻ろう」
そうしてパーティ四人は、冒険者ギルドに戻っていくのだった。
初の退却です。順調に進んでいましたが、ついに初の挫折です。頑丈過ぎる相手ではありますが、全く刃が立たない感じでもないので、近いうちに再挑戦しようと、四人も固く思っているところです。




