表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/50

第三十二話 初めての退却

 地下二階に到達したパーティ四人。そこには大きな扉があり、中には魔物もいるのでした。突入すべきかどうか、判断の難しい場面になりました。

「戦力的には問題ないよな。魔法の回数も十分残っているし、体力も気力も十分だし」

 戦士でリーダーのジョルダンが一番に口を開いた。積極的な性格だけに、ここは突入すべきだろうと思っていた。

「相手が分かればそれもいいけど、さすがに魔物の正体が分からないのは不安だわ」

 慎重論はメイジのマリサだ。火、水、風の三属性の基本的な魔法を使えるが、裏を返せば武器がそれしかない。それが通用しなかった場合、みなの足を引っ張るだけになってしまう。

「こめんね。あたしの探知魔法、魔物がいることしか分からないから。正体まで分かると良かったんだけど」

 シーフのカーラはそう言ったが、それには三人が首を振った。魔物がいると分かるだけでも、十分に意味がある。

「僕のシールドが役に立つ相手なら、どんな相手でも勝機もあるとは思うんだけどね」

 ヒーラーのセインも積極派だった。せっかくここまで来た以上、魔物の正体くらいは見ておきたいというのが、偽りのない本音だった。

「マリサ、ここは行くだけ行ってみて、歯が立たないようなら撤退ということでどうだろう」

 マリサとしても悩みどころである。地下二階は階段からここまで一本道だった。ダンジョンでこの先に進むには、必ずここを突破しなければならない。避けては通れない場所である。

「うーん、不安だけど、分かったわ。行ってみましょう」

 彼女も最終的には賛成に回った。尻込みしていては先に進めない。

「よし。じゃあカーラ、扉を開けよう」

 そして扉を開いて、四人は中へと突入した。


 そこは比較的広い空間になっていた。壁面の材質はこれまでと同じで、発光を伴う人工的な材質で作られている。部屋の向こうには扉があり、ここの魔物を倒せば先に進めるようだった。

「魔物、正体分かるか」

「えっと、岩の塊みたいだけど」

 部屋の中央には、岩の塊が一つ置かれているだけだった。しかし、それが魔物なのは間違いない。

 やがて、その岩の塊が動き出した。上に伸び、手が生え、足が生えと形を変えていく。しばらくして、岩でできた人型になった。身長は二メートル半くらいか。それほど大きくはない。

「ロックゴーレムよ。とにかく力だけはすごいわ。その分動きは遅いはずだけど。硬さは岩の質次第ね」

 マリサがそう解説してくれた。確かに見た目通りの特徴をもっているらしい。しかし、さほど大した相手ではないように思える。

「いつも通り行こう。セイン、頼む」

「分かった。じゃあ突撃する」

 セインを先頭に、ゴーレム相手に接近していく。

 ゴーレムが右腕を振り上げ、振り下ろそうとした瞬間、セインが魔法を発動させる。

「ホーリーシールド!」

 光の楯がゴーレムの拳とぶつかり、派手な音を立てた。そして、セインには予想外だったことに、その威力が大きく、後ろに押し込まれてしまったのである。

「なんて馬鹿力だよ」

 ゴーレムが左の腕を振り上げる。押し込まれるとまずいと思い、セインが自分に強化魔法を発動させた。

「ストレングス!」

 そして左の拳が楯に当たる。またもや派手な音がして、強い衝撃がセインに加わった。だが、強化魔法のおかげで、押し込まれるほどではなかった。

 ゴーレムの大振りが二回。その分、動きは隙だらけである。

 ジョルダンとカーラが、がら空きになったゴーレムの体に繰り返し斬りつける。ゴーレムの材質のせいだろうか。やはり岩が削れるような派手な音が響く。しかし、音がする割にはゴーレムの傷は小さく、わずかに表面が削れた程度に留まっていた。

「硬すぎる。この剣でもこれしか傷がつかないのか」

 ジョルダンが驚きと嘆きを混ぜたような表情で言った。ジョルダンの剣もカーラの短剣も、いわゆるプラス一のランクの品であり、並の剣より威力で勝る品である。それでもわずかな傷しかつかないという事実は、このゴーレムが半端ではない硬さをもっているということだった。

「それなら魔法で!」

 セインがゴーレムの一撃に耐えた直後、がら空きになった胸部めがけてマリサが魔法を発動させる。

「ファイアボール!」

 拳大の高熱の炎の玉がゴーレムに直撃する。しばらくの間、ゴーレムの体をその高熱で焼き、ダメージを与えていく。じりじりと焼けていく感じに見えるが、炎が消え去ってみると、わずかに表面が溶けただけであった。

 その間にもゴーレムは動きを止めることなく、セインのシールドを殴り続けている。さすがのセインも、繰り返される攻撃に疲れが増してきていた。

「休む暇もないな。でも、攻撃を受けないと、みんなが攻撃を受けてしまうし。これは困ったな」

 セインが危機に陥っていることは、仲間達にも見えていた。さすがにこれ以上、無理はさせられない。

「セイン、一度下がれ! その間、カーラと俺が敵を引き付ける!」

「分かった。無理しないで」

 セインが大きく下がり、楯の魔法を解除する。さすがに全力で何発もの攻撃を防いだ後だけに、全身に疲労感があった。

 ジョルダンとカーラが攻撃をしつつ、ゴーレムの攻撃をかわしていた。左右の腕による殴りつけだけなので、避けるのは容易だった。しかし、こちらからの攻撃は、わずかな傷がつく程度にしかならない。

「弱点はないの? このままじゃ、らちが明かないわ」

「多分、胸の中央部分だと思う。魔石もその場所にあるはずよ」

 カーラとマリサが攻撃を避けながら、何か打つ手はないかと必死で模索していた。しかし、交戦中なだけに、良い手が思いつかずにいた。

「せめて一撃、アイシクルランス!」

 マリサが魔法を発動させる。大きな氷の槍が、見事にゴーレムの胸元に直撃した。そして、いくばくかの傷はついたものの、全く動きには影響がなく、マリサに向かって反撃を加えようとゴーレムが近寄っていく。

「この野郎!」

 ジョルダンがゴーレムの背後から、突進しながら渾身の突きを放った。その衝撃にゴーレムが揺らぐほどの一撃だった。それでもわずかに剣先がゴーレムに食い込んだだけで、大きなダメージにはならなかった。

「もう一撃!」

 同じ場所を正確にジョルダンの突きが刺さる。わずかに傷が広がったが、それでも大した傷にならない。ゴーレムがゆっくり振り向き、拳を振り上げる。振り下ろされた拳を、ジョルダンが大きく下がって避けた。

「何て奴だ。どうすりゃいいんだよ」

 ジョルダンが吐き捨てるように言った。このままでは勝ち目がないと思っているのは、他の三人も同じだった。

「無理は止めましょう。ジョルダン、ここは退却するべきよ」

 マリサがついにその言葉を口にした。このボルクス西のダンジョンに入ってから、魔物相手に退却したことは一度もない。しかし、そうするべきだときっぱりと言ったのである。

「だけど、マリサ」

「セインも限界だし、出直して勝つ方法を考えた方がいいわ。幸いなことにゴーレムは動きが遅いから、逃げるのは簡単なはずよ」

 マリサの意見にカーラも同意した。

「そうね、マリサの言う通りだと思う。無理は禁物、退却しようよ」

「ごめん、僕がもっとしっかりしてれば、まだ戦えるのに」

 セインが謝ったが、マリサは首を振った。

「セインのせいじゃない。相手が頑丈過ぎるのよ。何かいい方法を考えて、それで再挑戦しましょう。大丈夫、勝つ方法はきっと見つかるから」

 ゴーレムの攻撃を避けていたジョルダンも、ついに決心した。

「分かった。ここは一度引き上げよう。カーラ、頼む」

 ジョルダンが走って仲間達の元へと向かった。

 四人が一か所に集まる。そこへゴーレムが迫ってくる。

「ハイド!」

 カーラが潜伏魔法を発動させた。自分達の存在を相手に感知させない魔法である。その魔法が発動したことで、ゴーレムの動きが止まった。敵を感知する方法がどうなっているのかは不思議だが、人と同じように視覚や聴覚に頼っているようだった。もしかすると温度を感知できるのかもしれない。

「いまのうちに退却しましょう」

 四人はひと固まりになって、入ってきた扉の方に移動した。ゴーレムは動きを止めたまま、何の反応も示さない。

 やがて、パーティ四人は扉から出て、来たばかりの道を戻っていった。


「悔しいなあ。ここまで来て退却かよ」

 ジョルダンが本当に無念だという表情で言う。その気持ちは三人の仲間も同じである。

「分かるよ。せっかく地下二階にまで来られたのに。最初の一戦で引き上げるなんて、悔しいに決まってるよ」

 セインは普段のんびり屋で、滅多に悔しさなどは顔にも口にも出さない。しかし、今日ばかりはさすがに相当悔しいようだった。

「でも、マリサの判断は正しいわ。あたし達の体力が尽きて、攻撃が避けられなくなったら、大ケガ間違いなしだったわ」

 カーラが正論を唱えた。確かにその通りである。そう思ったから、全員退却することに賛成したのだ。

「とにかく、今は無事に戻ることだけ考えましょう。無事に帰りつくまで、まだ気を抜くわけにはいかないでしょう」

 マリサの言葉に他の三人がうなずく。

 しばらく四人は来た道をたどり、地下一階の階段へと到着した。

「カーラ、疲れてるとこ悪いけど、いつも通り案内頼むな」

 ジョルダンも気持ちを切り替えて、無事に戻るための行動をすべきと思い直し、声を掛けた。カーラがうなずき、地図を取り出す。

「もう大丈夫だと思うけど、気を付けて進むね」

 地下一階にも一方通行、回転床と面倒な罠がある。きちんと地図を見ながら戻らないと、道に迷うことになる。カーラは現在位置を確認しながら丁寧に道を進み、着実に地上への階段へと向かっていった。

 途中、魔物が出現した。何度も戦ったヒュージスパイダーだった。

 四人は消耗していたが、いつも通りシールドで相手の攻撃を抑え、ジョルダンとカーラが魔物の足を斬り落とし、マリサの魔法でとどめを刺すといった手順で、あっさりとスパイダーを倒していた。

「この程度の相手なら、もう怖くないわね」

「うん。連携すれば、問題全くなしよね」

「それでもゴーレムには歯が立たなかったな」

「ほんとだよ。あのゴーレム、強すぎる」

 魔石を回収しながら、四人は愚痴をこぼした。帰還途中で、周囲の警戒に神経を集中すべきと分かっているが、それでもちょっとしたことで、先程の悔しさが蘇ってくるのだった。

「まあ、とにかく戻ろう。後のことは後で考えようぜ」

 ジョルダンがリーダーらしく話をまとめ、一行は再び帰り道をたどっていくのだった。


 その後は魔物も出ず、無事にダンジョンの出口にまで到達した。

 さすがにみな疲れが出ていて、ここで小休止となった。

「はあ、戻れたねえ。みんな無事で何よりだったね。タイロンさん達も、いつも無事が一番って言ってくれるもんね」

 セインが安堵の息を吐く。三人は、彼の相変わらずのどかな様子に、思わず苦笑していた。

「そうね。いつでも無事が、私達の取り柄だもんね」

 マリサが苦笑したままそう答えた。しかし、退却せざるを得なかったことは相当に悔しいらしく、言葉の後に大きなため息がついてきた。

「まあ、いつまでにダンジョン攻略って期限もないし、焦らず攻略方法考えようぜ。それにしても、潜伏魔法って凄いんだな。ゴーレムの奴、完全に俺達を見失ってたもんな」

 ジョルダンの言葉に、カーラが真面目に答えた。

「それこそ無事に退却するための最後の手段だからね。学院でも頑張って修行して、習得したものなのよ」

「おかげで無事に戻れた。罠の回避といい、今回の魔法といい、やっぱりカーラは頼りになるな。ありがとう」

「うん、僕もそう思った。やっぱりこの四人がいいんだよね。だからさ、ギルドに戻ってまた相談しようよ。何かあのゴーレムを突破する方法、思いつくかもしれないし」

「そうだな。あーあ、ついにタイロンさん達に、負けましたって報告か。やっぱり悔しいなあ」

 悔しい気持ちというのはなかなか切り替わらないものだ。無事にダンジョンを出られたことで、それはかえって膨らんでいるようだった。

「ま、仕方ない。とにかく戻ろう」

 そうしてパーティ四人は、冒険者ギルドに戻っていくのだった。

 初の退却です。順調に進んでいましたが、ついに初の挫折です。頑丈過ぎる相手ではありますが、全く刃が立たない感じでもないので、近いうちに再挑戦しようと、四人も固く思っているところです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ