第三話 ボルクス村はのどかでいいところです
ヒーラーのセイン、戦士のジョルダン、メイジのマリサ、シーフのカーラの四人は、王都オルクレイドで初心者ばかりのパーティを組んだ。そしてギルドの受付嬢の勧めで、ボルクス村にやってきた。この村の西にあるダンジョン、通称『ボルクス西のダンジョン』が初心者に向いていると言う。
季節は春。何をするにも快適な気候だ。
生まれて初めて冒険者登録をした四人は、そこで偶然の出会いをした。そして互いに協力できそうだと分かり、パーティを組むことにした。ヒーラーのセイン、戦士のジョルダン、メイジのマリサ、シーフのカーラの四人である。彼らは日雇いの仕事で旅費を貯め、一週間の旅路を経て、目的地であるボルクス村へと向かっていた。
ボルクス村はオルクレイド王国でも辺境にあり、主要な街道からも外れている。なので、人口も少なく、精々五百人程度しかいない。主産物も穀物や果物、チーズ、加工肉程度で、そうした農産物を細々と他の町へと売ってわずかな財貨を得ていた。基本は村内での自給自足なのである。
パーティの四人は森を抜け、草原を通り過ぎ、馬車がやっと通れる程度の細い道を歩いていた。やがて、視線の先にそのボルクス村が見えてきた。話に聞いた通り、のどかでのんびりした感じの村だった。
「いいなあ。こういう村でのんびり暮らしてみたいなあ」
セインがそんなことをつぶやいた。半ば本気である。お人好しで温厚な性格の彼は、基本争いごとは好まない。自活してのんびり暮らしたいという希望をもっていた。
「セインらしいな。悪いけど、ここにはダンジョンに挑戦するために来たんだ。魔物と戦うことになるから、頑張ってくれよ」
ジョルダンが苦笑未満の表情でそう答えた。セインがそれもそうだと、頭をかいた。
「とりあえず、まずは冒険者ギルドへ行って、いろいろ話を聞いてみましょうよ。カーラ、場所分かる?」
「村の人に聞くのが早いわよ、マリサ。とにかく行ってみましょう」
女の子二人も、ようやく目的地に到着したことで、気分が高揚しているようだった。元気に話しながら歩いていた。
「こっちの方が村の中心部かな」
四人は村の中心と思われる方へと歩いて行った。周囲は畑や牧場ばかりだったのが、段々と建物も増えてきて、商店なども見られるようになった。この辺が村でも市街地に当たる場所なのだろう。通行人も何人か見られた。一人のおばさんを呼び止めて、冒険者ギルドの場所を聞く。
「こっちだって。行ってみよう」
リーダーのジョルダンの言葉に三人がうなずく。
しばらく行くと、三階建ての大きな建物に出た。部屋数もかなり多いように見える。建物の看板に、冒険者ギルドと記してあった。
四人はうなずき合うと、扉を開いた。
「ごめんください」
中に入ると、広い部屋が一つ。いくつかのテーブルに、正面には受付のカウンターが見られる。右の脇には階段があり、上へとつながっている。奥の方に扉があり、そちらにも部屋があるようだった。
しかし、人気が全くない。
四人はカウンターまで行って、もう一度奥の方に向かって大声で呼びかけた。
「ごめんください。どなたかいませんか」
すると、奥の扉から人が出てきた。三十代半ばくらいの女性だった。
「あら、ごめんなさいね。こんな辺境の冒険者ギルドに用事がある人なんて、ここ最近いなかったものだから。家の仕事してたのよ」
王都オルクレイドの賑やかなギルドとは全く異なり、閑古鳥が鳴いているのがここボルクスの冒険者ギルドだった。肩透かしを食らって、四人が思い切り呆れた顔になる。
「それで何、四人は西のダンジョンに挑戦したいのかしら」
一応はギルドの受付をしているだけあって、話はとても早かった。リーダーのジョルダンが受け答えに回ってくれた。
「そうです。王都のギルドで、ここを紹介されてやってきました」
「なるほどね。ところで、何日くらいいるつもり?」
「分かりません。とりあえず、レベルを上げてみて考えようと思ってます」
「そう。初心者パーティでのレベル上げならまあ、ここのダンジョンが妥当な所ね。そしたら、宿とかはどうするつもりだったの?」
「あ、はい。その辺のこともお聞きしたくて。お教え下さいませんか」
女性がにっこり笑って答えた。
「うん、正直でよろしい。自己紹介が遅れたわね。私はナタリア。これでもレベル十のメイジよ。結婚を機会に冒険者を引退して、このギルドに配属されたの。もう十二年になるわね。夫がタイロンと言って、ここのギルド長で戦士のレベル十一。普段は私と夫で、ダンジョンから外に出てきた魔物とかを討伐してるのよ」
「元冒険者の方なんですね。それは心強い。こちらも自己紹介しますね。俺はジョルダン、戦士で十五才。お察しの通り、レベル一です。仲間のみんなも、つい一週間くらい前に冒険者登録したばかりなんですよ」
ジョルダンがそう答えると、仲間にも自己紹介するよう促した。
「僕はセイン。ヒーラーで十五才です」
「私はマリサ。メイジで十五才です」
「あたしはシーフで十五才のカーラと言います」
「ジョルダンにセイン、マリサ、カーラね。立ち話も何だから、落ち着いて話をしましょう。中に入ってきて」
ナタリアが奥の扉へと四人を誘った。その後に四人が続いて、入ってすぐの部屋へと入る。安物のソファーが置かれた応接室だった。
「お茶くらいご馳走するわね」
ナタリアが五人分のお茶を用意して振る舞ってくれた。パーティの四人がありがたくご馳走になる。久しぶりの茶は香り高く、すっきりしながらもほのかな旨味があっておいしかった。
一息入れたところで、ナタリアが説明する。
「ここボルクスはね。ご覧の通り辺境で人も少なくて、確かに西にダンジョンはあるんだけど、魔物もそう多くはないし、稼ぎ場所としては人気がないの。多くの冒険者は、強い冒険者に手引きしてもらって、もっと割のいいダンジョンに潜るものなの。初心者ばかりのパーティなら、確かに適正レベルでお勧めできるんだけどね。本当にここに挑戦するの?」
「はい。せっかく四人でパーティも組んだし、この四人で頑張ろうと思っていたので、ちょうどいいかなと思います」
「分かったわ。なら次に泊まる場所ね。村にも宿屋はあるけど、さすがに連日泊まると、すぐに手持ちが尽きるわよ。初心者でまだ稼ぎもないだろうから、うちのギルドに寝泊まりするといいわ。他に誰もいないから、遠慮しなくていいわよ。ちなみに狭いけど個室ね。しかも、宿代は王国からの援助金があるから無料なの。食事代はもらうし、洗濯はもちろん自前だけどね。それから、風呂もないから、村の公衆浴場を使うことになるわ」
何と、宿泊費無料とは気前の良い話だと、セインは思った。他の三人にしても、渡りに船だという顔をしている。
「それで、食事代はいくらなんですか?」
ジョルダンが気を利かせて聞いてくれた。
「一日銅貨十枚。格安でしょ」
確かに破格の値段と言って良かった。料理屋で食事をすれば、一食で同じ値段が飛ぶ。公衆浴場代は半分の銅貨五枚が相場だ。ちなみに銅貨五十枚で銀貨一枚。銀貨二十枚で金貨一枚というのが両替のレートである。四人は日雇いの仕事で、一日に銀貨二、三枚、合計で三十枚程度稼いでいたので、当分の間、食費には困らない。
「とても助かります。なら、レベルが上がるまでの間、お世話になりたいと思います。レベルが上がったら、またどうするか考えますね」
「うんうん、じゃあ決まりね。ようこそボルクスの冒険者ギルドへ。私達が面倒見るから安心してね。魔物討伐のクエストとかあったら紹介するから、よろしく頼むわね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして寝泊まりする場所が決まったところで、ちょうどいいタイミングでギルド長が帰ってきた。扉が開いて、逞しい男性が姿を現した。
「お、何だ、こんなところに冒険者とは珍しい。俺はここのギルド長でタイロンという。話はもうナタリアに聞いたよな。よろしく頼む」
男の足元には女の子が一人、男の子が一人ついていた。
「こんにちは、お兄さん、お姉さん達。私はアイナ、十一才。お父さん、お母さんの娘で、ギルドの手伝いもやってます」
「僕はポルタ、八才。よろしく」
「というわけだ。うちの一家でここのギルドを運営してる。でも冒険者は滅多に来なくてな。今日も森に出た魔物を討伐しに、俺が出かけてたってわけだ。ほら、魔石も取ってきた。これ一つで銀貨が何枚かにはなるから、たくさん取れればいい稼ぎになるぞ」
そう言ってタイロンが紫がかった色合いの結晶を取り出して見せてきた。なるほど、学院で教わったのと同じ品物だった。魔物を倒せばこれが手に入るということだ。これは本気で頑張らないといけないなと、セインはひそかに決意を新たにした。
一方、ジョルダンは魔石を見て、うずうずしたようだった。早く自分も魔物を倒してみたい、そんな風に見えた。逆に女の子二人は冷静で、自分達の力で魔物が倒せるか心配な風に見える。
「さて、話は済んだかな。じゃあ、四人共荷物片づけて、公衆浴場に行こうぜ。久々の魔物討伐で早く風呂に入りたい気分なんだ」
タイロンの言葉に、他の全員が笑みを浮かべた。何とものどかなギルド長である。人柄もさっぱりしていて、気分のいいおっさんだと思った。
かくして、四人はタイロン一家と同行して、村の公衆浴場で一風呂浴びることになった。風呂はもちろん男女別だ。
セインたちが入っていると、村人達が寄ってきた。久々の冒険者に興味があるのだろう。遠慮もなく話し掛けてくる。
「おお、久々の冒険者じゃな。頑張れや、若いの」
「うむ、いい面構えをしとる。これは立派な冒険者になるぞ」
などと好き放題に言ってくる。セインはこういう人々が好きなので、きちんと返事をしていた。ジョルダンは適当に相槌を打つだけだったが。
風呂から出てくると、マリサとカーラも微妙な表情をしていた。こちらもいろいろ村人に話し掛けられたらしい。
「こんなかわいい娘さんが冒険者なのね。大したものね。ケガとかしないように頑張るのよ。とか言われちゃった。たはは」
とはマリサの談である。励ましてくれるのはうれしいが、初心者で実績もなく、何とも答え辛くて、返事もあいまいになってしまったそうだ。
それから四人は洗濯を済ませて、部屋の中に干しておいた。旅の間に洗い物も溜まっていたので、これですっきりである。
そして夕食。ナタリアを中心に、タイロンとアイナ、ポルタが手伝って準備をしていた。さすがに四人も働いていると、かえって邪魔になるのでここはお任せするしかなかった。
シチューと肉と野菜のソテー、パンとチーズという定番のメニューだが、ナタリアの腕前は確かなようで、匂いだけでもおいしそうだった。この一家四人にパーティ四人も加わって、八人で食事となった。
「いただきます」
挨拶が唱和し、それぞれが自分の分に手を伸ばす。
「あ、おいしい」
セインもジョルダンもマリサもカーラも、みな目を見張った。素朴だがとてもおいしい夕食だった。専門の宿屋にも負けていない。
「おいしいでしょ。私も皮むきや下ごしらえを手伝ったのよ」
とは二人の娘アイナの言葉である。もう十分働けるところをアピールしたかったようだ。何とも微笑ましいことだと、四人も顔をほころばせた。
「ボルクス村はのどかでいいところですね。僕達も、ダンジョンに頑張って挑戦しようって気分になりました」
一番気乗りのしていなかったセインが、そんなことを言った。魔物を倒すのは村人達のためにもなると思えば、一つ頑張ってみようという気分になったのだった。
そんなセインの肩を、ジョルダンがうれしそうに叩いた。
「そう来なくっちゃ。で、どうする。早速明日、覗きに行ってみるか」
「いいわね。時間を無駄にするのも何だし、ちょっと探索してみるのはいいかも。そしたら、カーラが地図を書けるしね」
マリサの言葉にカーラもうなずく。
「任せて。初ダンジョンだし、あたしもしっかり頑張るわ」
そんな具合で、四人も乗り気だった。
かくして四人は、到着翌日に、いよいよダンジョンに挑戦することになったのである。
辺境の村なので他に冒険者がいません。しかもギルドは宿泊無料に食事も大幅割引と行き届いてます。こののどかなギルド一家四人は、この先もパーティ四人を支える大事な役割を果たす予定。しかし、レベルはいつ上がるのでしょう。筆者も大丈夫か心配です。