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第二十七話 面倒な輩に絡まれました

 まずは工房街を観光し、魔石を使った動力を用いた生産技術に感心した四人。おいしく昼食を取り、王城を観光し、その建築物のあまりの規模や美しさに圧倒され、驚きと共に眺めていただった。

 四人は王城を見終えた後、再び商店街の方へと戻っていった。

「小腹が空いてきたな。何か食べようぜ」

 というジョルダンの希望を聞き入れた形である。

 途中、大広場に露店が立っていて、ちょうどいいとばかりに立ち寄る。

 大広場は閲兵式など、王家が権勢を市民に見せる行事の他、定期的に行われる祭事等にも用いられる。文字通りの大きな広場である。普段は市民に解放され、植えられた樹木や周囲に点在する花壇などが安らぎを与える。人々の憩いの場になっていて、ここで一休みする人のために食べ物や飲み物の露店もあった。

 四人がそれぞれ好きな物を買う。ジョルダンとセインはフライドポテト、マリサがドーナツ、カーラはチュロスを買っていた。大広場のあちこちにある長椅子の中から、一つを選んで四人で腰掛ける。

「やっぱ買い食いっていいよな。学生時代に戻ったみたいだ」

 ジョルダンらしい言い草だった。

「そうだね。普段できない分、余計に新鮮だし、おいしく感じるよ」

 セインがそれに同意した。たかがポテトでも、こういう場にあっては確かにおいしいのである。そんな二人を見て、マリサとカーラが苦笑しながら、自分達の分を口にしていた。

「ここで食べてて何だけどさ、商店街でも何か食べようぜ」

「それならあたし、ケーキがいいな。村じゃ食べられないでしょ」

「カーラ、それいい。私も賛成。セインもいいよね」

「そうだね。甘い物は、僕も好きな方だし、賛成するよ」

 相変わらず仲の良い四人である。のんびり景色を眺めつつ、買い食いもしつつ、そんな会話をしていた。


 食べ終えて、商店街に戻ってみると、結構な数の人が道を歩いていた。日が傾いてきた頃合いで、買い物をする客が増えてきたのである。

 通り過ぎる客達を眺めながら、四人も商店街を歩いていく。人々はそれぞれに目的地があり、方々からやって来てはあちこちに散らばっていく。そんな人々の様子を眺めるのも悪くはなかった。

 すると、四人組の男達が、セイン達四人に近づいてきた。気のせいかとも思ったが、明らかに自分達を狙っている感じだ。四人が足を止めると、その男達は目の前にまでやって来て、立ちはだかった。まだ年の頃は若く、二十才になるかならないかくらいの男達だった。

「よお、そこの兄ちゃん達、女の子連れで楽しそうじゃねえか」

「こんなかわいい女の子二人も連れて、何だい、集団でデートしてるってわけかい。うらやましいねえ」

 ああ、これはめんどくさいヤツらだ。セインが天を仰いだ。治安の良い王都でも、この種の輩はいるものだ。

「俺達にもおすそ分けしてくれよ」

「兄ちゃん達、楽しい思いしてきたんだろ。俺達にそこのかわいい子達、譲ってくれよ。な」

 ふうとジョルダンが息を一つ吐いた。

「お言葉ですが、みな大切な仲間なんです。それに俺達、この後も用事がありますので、失礼させてもらいます」

 丁寧な口調で、それでもきっぱりと断るあたりはさすがである。しかし、そういうのを聞かないから絡んでくるのがこの種の連中だった。

「何だよ、その生意気な口の利き方はよ。気に入らねえな」

「痛い目見ないと分からねえのかよ。女の子置いて、さっさと失せろ」

 ああ、やっぱりそうなるか。セインは諦めと共にため息を一つついた。対応していたジョルダンも同じだろう。

 そしてセインは割って入って、余計な一言を放つのだった。

「あの、すみませんが、僕達、素人さんを痛めつけて喜ぶ趣味はないんですよ。悪いことは言いませんから、この辺で引き取ってもらえませんか」

「素人って、俺達の事かよ。何を言うかと思えば、人を馬鹿にし過ぎだ。これでも俺達、荷運びの仕事で体を鍛えてるんだ。お前みたいなお坊ちゃんなんぞに、素人呼ばわりされる筋合いはねえ」

 男達がいきり立った。セインが珍しく冷たく言い放つ。

「でも、僕達、これでも冒険者なんです。あなた方は、魔物と戦ったことはないでしょ。僕達、これでも二十体くらい魔物を倒してるんですよ。悪いけど、あなた達じゃ相手になりませんね」

 ジョルダンとマリサとカーラが頭を抱えた。よりにもよって、普段温厚なセインが火に油を注ぐようなことを言うとは思わなかったのだ。それくらいセインも頭にきていたということである。

「そこまで言うなら試してやらあ」

 男の一人がセインに殴り掛かってきた。その拳を、横からジョルダンが打ち払った。

「おい、セイン。お前がケンカ売ってどうするんだよ」

「いやあ、ちょっと言い過ぎたかな。でも、人の迷惑を考えないこんな人達は、嫌いだったもんだから、ついつい」

「街中で魔法を使うわけにもいかないだろうが。どうするんだよ」

「僕なら大丈夫だよ。こんな連中の攻撃、魔物に比べればどうということもないし」

 二人の余裕のある態度が、男達の怒りをさらに買っていた。

「ふざけんなよ、お前ら」

「この際だ、二人まとめてやっちまえ」

 そして男達が本格的に殴り掛かってきた。二人の攻撃をジョルダンが、残る二人の攻撃をセインが引き受ける。男達の拳は威力だけはありそうだが、速度にも切れ味にも欠ける。二人はごく簡単に、拳を打ち払って軌道を変え、相手の攻撃を防いでいた。

 十数発殴り掛かっても、全く状況が変わらないことに苛立った男の一人が、目標を女性陣へと切り替えた。

「こうなりゃ女を人質に取って、抵抗できなくしてやる」

 そこに立ち塞がったのはカーラである。男がつかみかかってきたのを、ひょいと避けて、笑って見せる。馬鹿にされたと感じた男が、繰り返し手を伸ばしてくるが、カーラはいとも簡単にそれを避けていた。

 この殴り合いの騒ぎが、通行人達の目に留まった。日常生活にそれほど娯楽のない住民達は、ケンカという珍しい見世物を喜んでいた。通りかかった人々が次から次へと足を止めて、野次馬となってこのケンカを楽しそうに眺め始めた。

「あーあ。大騒ぎになっちゃったわね」

 一人見ているだけのマリサがぽつんとつぶやいた。彼女が本気を出せば、こんな連中は一人で片付けることも可能だ。それだけに、呆れ具合も相当だった。

「戦闘の実戦訓練みたいなものだと思えば、まあいいんじゃない」

 カーラまでがそんなことを言う始末だ。確かに回避の練習くらいにはなるだろうが、魔物の攻撃はもっと厄介なはずだ。あまり意味のあることとも思えない。

「僕達の心配ならいらないよ。こんな攻撃、シールド使うまでもないし」

「だからって、ケンカ売るなよ、全く」

 セインもジョルダンも余裕で相手をしているが、冒険者が素人相手にこんなことをしていても良いものかと、苦笑するしかないマリサだった。

 そうこうしている間に、人混みをかき分けて、騎士が二名割り込んできた。厳しく双方に問い質す。

「この有様は何事だ。騒乱罪で全員連行するぞ」

 やっと騎士達が来てくれたかと、マリサがほっとした。一人取り残されていたので、一早く騎士達の元に駆け寄り、事情を説明した。

「これは騎士様方、お越し下さりありがとうございます。実は、私の友人達が、こちらの男性方四人に難癖を付けられたのです。女の子を置いてさっさと失せろとか言われまして。それを止めるよう説得したのにも耳を貸さず、果ては殴りかかってきたのでございます」

 騎士達が渋い顔をした。若い男達が暇と時間を持て余して弱そうな相手に難癖をつけるという、その種のゴタゴタは日常茶飯事なのだ。

「だそうだが、そこの男達、それに間違いはないか」

「そ、そんな、俺達はただ、こいつらがケンカを売ってきたんで、相手をしていただけで」

「そうだそうだ。自分達が冒険者で、素人なんか相手にできるかって、挑発してきたのはそっちの方だろ」

 弱い者相手に乱暴を働くような卑怯な輩ほど、権勢には弱い。相手が騎士だからと卑屈になり、自分達を正当化しようとしてきた。

 すると、野次馬の方から声が上がった。

「何言ってるんだ。一方的に殴り掛かってたのは、お前らの方だろ」

「少年達も女の子達も、お前達に一切手を出してないじゃないか」

 その声を聞いて、男達が明らかに怯んだ。方やジョルダンやセインは涼しい顔をしている。どちらが悪いかは、一目で明らかだった。

「本来なら調書を取って、お前達を牢にぶち込むところだが、どうやら被害も全くないようだしな。名前だけ控えて、今回は大目に見よう」

 騎士達は男四人の名前を帳面に書き記すと、言葉を付け加えた。

「まだ何か不満はあるか。本来なら暴行罪で捕まるところを、罪に問わないのだから、あるはずもないな」

「はい。申し訳ございません」

「ならば立ち去るがいい。次は容赦しないぞ。心しておけ」

 男達がそそくさと逃げ出す。騎士は注意はしてくれたが、さて彼らは改心するのだろうか。ほとぼりが冷めた頃にはまた繰り返すだろうなと、珍しくセインは皮肉っぽく考えていた。

「君達も特にケガとかはないようだね。無事で何よりだ」

 騎士達が気遣ってくれた。弱い者を守り、悪事を働いた者を捕らえることは、彼らの仕事の一環である。今回はあえて見逃しているが。

「はい。おかげで何ともありません。ありがとうございました」

「では、気を付けて帰りなさい。私達はこれで失礼するよ」

 颯爽と騎士達が身をひるがえし、戻って行った。また巡回の仕事をするのだろう。剣を腰に帯び、姿勢良く歩いていく姿は格好が良かった。四人は深々と礼をしてから、その姿を見送った。

 そしてジョルダンがセインに向き直る。

「セイン、もうケンカ売るなよ」

「いやあ、あんな連中相手じゃ、何を言ってもこうなるよ、きっと。まあ騎士達も来てくれたし、無事に済んで良かったってことで」

 そのやり取りを聞いていたマリサとカーラが軽く吹いた。セインのあまりに調子の良い言い草に半ば呆れていた。

「言う時は言うのね。まあ、それもセインらしいのかもね」

「自分がお人好しな分、悪い奴のこと嫌いなんだね。セインって」

 はははと乾いた笑いをして、セインも仲間を巻き込んだことを少し反省したようだった。軽く頭を下げて謝った。

「悪かったよ、みんな。次はもうちょっと気を付ける」

「ちょっとなのね。あんまり反省してなさそうだけど、ま、いいか」

 四人は面倒な連中の事は忘れて、観光に戻ることにした。


 それから商店街を冷やかして回った。

 あちこちの店に立ち寄り、品揃えを眺めて楽しんでいた。豊富な物産がこの王都に集中しているのが分かり、大したものだと思う。

 商店街の中には喫茶店もある。菓子や茶を提供する商売が成立するほど、この王都の人間は余裕のある生活をしているのだ。

 一回りしたところで、そのうちの一軒に四人は立ち寄った。

 それぞれにケーキと紅茶を頼み、しばしおやつの時間を楽しむ。

「マリサのフルーツケーキ、おいしそう。あたしのチョコレートケーキと少し交換しない?」

「ええ、いいわよ。じゃあ取り替えっこ」

 女の子二人は仲良くケーキを共有していた。

「うーん、ケーキは村じゃ食べられないもんね。さすがは王都だわ」

「甘い物って人を幸せにするよね。うん、おいしい」

 マリサもカーラもそんな調子で甘い物を楽しんでいた。ジョルダンとセインももちろんおいしい物は好きである。甘くてもおいしい物はおいしい。じっくりと味わいながら、自分の分を食べていた。

「久々に王都に戻って、じっくり見て回ったけどさ。まだまだ回れる場所、いくらでもありそうだよね。さすがは王都だよ」

「そうだな。広いし、いろんな場所があるし、人も多いし、やっぱり王国の中心だって実感するよ」

「でも、楽しく観光できてよかったわ。村に戻ったら、また探索漬けの毎日になるし」

「そうよね。今回の旅で剣も手に入ったし、ゆっくり観光できたし、いい事ばかりで良かったと思う」

 他愛のない会話をしているうちに、のんびりとした時間が流れる。ケーキや紅茶もおいしいし、たくさんの人々が街を行き交う様子は眺めていて飽きない。これもまた観光の楽しみの一つだ。

 日はそろそろ傾いてきて、夕方になろうとしていた。

「そろそろ公衆浴場行って、洗濯済ませないと」

「うん。明日、村に戻るんだもんね。支度しないと」

 王都での休日をじっくりと楽しんだ四人は、冒険者ギルドへと戻っていくのだった。

 観光中に難癖をつけられる話です。治安の良い王都でも、面倒な輩はどこにでもいるのでした。一発もやり返さないのは、冒険者として実力差を自覚しているからです。その点は若いけど理性的なのです。

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