第二十一話 二度目の地下一階の探索
一日休日を取り、村の中を見て回ったセイン、ジョルダン、マリサ、カーラのパーティ四人。疲れも癒し、やる気を充填して、本格的に地下一階の探索に向かうのだった。
セインが朝目覚めると、気分はいつになくすっきりしていた。久々にのんびりと眠っていた気がした。一日休んだおかげだろう。ヒーラーとして役に立てたことも、気分の良い理由かもしれない。
ここはボルクス村の冒険者ギルドである。一階はギルドの受付や待合室等の他、ギルド長の一家が住んでいる。二階は宿泊施設になっていた。
ベッドを出て、二階の自室から一階へと下り、茶髪の頭を揺らして井戸端へと向かう。顔を洗ったり水を飲んだりするためである。
井戸端には、戦士のジョルダンも、メイジのマリサも、シーフのカーラも揃っていた。用件はもちろんみんな同じだ。
「おはよう。みんなも昨日一休みして、元気良さそうだね」
「ええ、そうね。肩の力を抜いて過ごせると、ほっとするわね」
二つ結わえの髪を揺らしてマリサが答える。
「ほんと、良く寝たわ。おかげで目覚めもすっきり」
亜麻色髪を縦に揺らし、カーラが同感とばかりにうなずく。
「俺も同じくだ。たまに休むのって大事だな」
短い金髪のジョルダンも同意見だったようだ。同じことを思うあたり、やはりこのパーティは仲が良い。良いことだとセインは思う。
「今日は探索の続きね」
「ええ、あの回転床の先に進むわ」
「新しい魔物も出るかもしれないな。気を引き締めていこう」
「そうだね。無理せず、落ち着いて頑張ろう」
そんな会話をかわして、一旦部屋に戻る。探索用の服装や装備を準備するためである。
そして頃合いを図って、一階の食堂へと集まる。ギルド長の妻ナタリアが朝食を用意してくれている。夫のタイロンも、娘のアイナも、息子のポルタもちゃんとナタリアの手伝いをしていた。こちらも仲の良い家族で、とても温かな人達だ。
「いただきます」
挨拶が唱和し、みなが食事を始める。
「今日も探索か。確か回転床まで行ったんだったな」
タイロンが四人に尋ねてきた。ギルド長として、パーティの動向をきちんと把握していた。
「はい。今日はその先に進みます」
「頑張れよ。あと、無茶はするな」
「ありがとうございます。慎重に行きます」
「頑張って、でも無事に戻って来て下さいね」
「頑張れ、兄ちゃん、姉ちゃん達。ぼくも応援してる」
アイナとポルタも声を掛けてきた。昨日一緒に村を巡ったことで、親しみが増したらしい。心の籠った言葉だった。ありがたいことである。
「うん。僕がちゃんとみんなを守るよ」
ヒーラーのセインが珍しく積極的に答えた。パーティの楯役として、幾度も仲間を守ってきたことが自信になっていた。
しばらくして食事を終えると、ナタリアから、いつものように昼食のサンドイッチが渡された。
「それじゃあ気を付けて。良い知らせを待ってますよ」
「はい。ではいってきます」
四人は元気良くギルドを出発した。
道を進み、草原に入り、森を抜けて、いつもの切り立った崖に出る。このダンジョンに入るのも次で二桁だ。
「じゃあみんな、いつも通り行こう」
ジョルダンの合図で、ダンジョンへと入っていく。並び順は探知担当のカーラを先頭に、楯役のセイン、火力のマリサ、後方警戒のジョルダンの順である。これは初めてダンジョンに挑戦した時から変わらない。
一階の途中で、必ずラージウルフの出現する場所がある。今回もそれは同じだった。今回は魔法がもったいないということで、ジョルダンが先頭に立ち、見事一刀両断して片を付けていた。
そして奥まった場所に地下への階段がある。大型の魔物でさえ通れそうな広い階段だ。そこをゆっくりと下り、カーラの案内で回転床の場所へ出る。
突破が楽になるように、床にカーラが印を書いていた。その印と地図を見ながら進み、三つの回転床を抜ける。正解のルートはこの一つだけである。
「ここまでは問題なしね。いよいよ本格的に探索開始よ」
カーラが気合を入れ直した。探索の専門家として腕の見せ所である。
三人もうなずいて、カーラに従って進んでいった。
回転床の次は、同じような景色が続くという構造になっていた。一種の罠のようなものである。端から順に調べて地図を描いていくしかない。
「じゃあ、いつも通り、右から始めるね」
右手に進むと、また分岐がある。これも右手に進み、また分岐。そうかと思えば行き止まりになったりもする。かなりややこしい造りだ。それでも少しずつ着実に、カーラが地図に記していく。
何度目の分岐か、進んだ先の行き止まりに魔物の気配があった。
そっと近づいて正体を確かめる。
「ヒュージマンティス、ご覧の通りカマキリ型ね。スパイダーより攻撃力が高いけど、固さはそれほどでもないわ」
体高二メートルほどの昆虫型の魔物だった。腕に位置する場所にカマのようなものが生えている。確かにあれに斬られれば大ケガ間違いなしだ。
「いつもの作戦でいけそうだな。やるか」
ジョルダンがそう言うと、他の三人もうなずいた。それほどの強敵でもないはずなので、勝算は高い。
「ストレングスは?」
「なくてもいけるだろう。いつも通り、シールド頼む」
ここで順番を並び替え、セインを先頭に、ジョルダン、カーラ、マリサの順になる。
「よし、行くぞ。ホーリーシールド!」
魔法を発動させてセインが突っ込む。魔物がその動きに反応し、カマを振り下ろしてきた。セインがシールドでそれをしっかり受け止める。
「カーラは右足、俺が左足をやる」
ジョルダンとカーラが二手に分かれて回り込み、足の関節に斬りつける。確かにスパイダーと比べても固さは変わらない。二人は着実にマンティスの足にダメージを与えていた。
セインがその二人に攻撃がいかないよう、必死に楯で体当たりを掛ける。カマの攻撃は鋭く、ちょっとでも外せば大ケガを受ける。体を張っての楯役はなかなかに大変だが、攻撃速度がそれほど速くはないので、降り下ろそうとする瞬間に合わせれば十分に間に合う。
そうやって十数回の攻撃にセインが耐えている間に、ジョルダンとカーラの二人が見事に足の関節を斬り落としていた。バランスを崩し、マンティスが地面に倒れ、カマと中足で体を支える格好になった。
「がら空き! ファイアボール!」
動きの止まったマンティスの頭部に、マリサが火球の魔法を放つ。頭部に直撃し、首の辺りまでを一気に焼き尽くしていく。それでもマンティスの攻撃は止まず、マリサをかばってセインがシールドで受け止める。
「案外しぶといな。これでどうだ!」
ジョルダンが腹部に繰り返し斬りつける。それほど固くはなく、一撃ごとに大きな傷ができていく。
「あたしも、ここで追撃!」
マリサが焼いた頭部に、カーラが一撃離脱で攻撃を加えていく。首を切り落とし、なおも首から下へと傷を広げていく。
ジョルダンとカーラが繰り返し攻撃を加え、ついにはダメージが限界を超えた。ヒュージマンティスは完全に倒され、霧状になって消えていった。
「よし、やった。みんな無事か。俺は問題ない」
「私も無事」
「あたしも大丈夫」
「僕も問題ないよ」
ジョルダンが全員の無事を確認する。問題ないと分かったところで、魔物にも勝利したことで、小休止となった。
休憩後も、地道な探索は続く。
「どうやらマス目状になっているみたい」
三人がカーラの描いた地図を見ると、言う通り、同じような道と分岐の繰り返しで、広がった奥が行き止まりということになっていた。確かにマス目状と呼ぶのがピッタリである。
それが判別できるまでの間、二回魔物との戦闘があった。アンデッドコボルド四体、レッサースコーピオンと対戦済みの相手で、いずれも特に問題なく倒している。
「ちょうど三列分、地図も埋まったことだし、そろそろ引き上げ所かも」
強い魔物が相手でなければ、まだ十分に戦える余力は残っている。しかし、引き上げにも気力と体力は使うのだ。無理するべきではないだろう。
「僕は賛成。探索は安全第一だよね」
真っ先にセインが賛意を示した。パーティの守りの要だけあって、余力のあるうちに引き上げるべきだと、はっきりと言っていた。
「同感。無理しても良いことないもんね」
「そうだな。今日のところは引き上げるか」
全員が賛同し、カーラの地図を頼りに撤収に移った。
マス目状の道を戻り、回転床を抜け、一階への上り階段へと進む。
ところが、そう簡単に物事は運ばなかった。階段て前の開けた場所で、魔物が出現していたのである。探索を始めた時にはいなかった魔物だ。さすがにここを通らずにはダンジョンからは出られない。戦うしかない。
「敵はジャイアントワーム。攻撃は嚙みつきと巻き付きだけだから大したことはないけど、固さはスコーピオン並で、動きも不規則だから厄介だわ」
いつものようにカーラが魔物の正体を告げる。それにしてもさすがはダンジョン、まだまだ初見の敵が出てくる。
「私は回避に専念して気を引くわ。ジョルダンに強化魔法をかけて、セインが楯で防ぐ。傷を負わせたらマリサの魔法を叩き込む。ジョルダンがどれだけ早く手傷を追わせられるかにかかってるから、よろしく」
カーラが作戦を告げると、ジョルダンが力強くうなずいて答えた。
「分かった。できるだけのことはする。セインにはまた負担掛けるけど、よろしくな」
「分かった。いつものことだし、任せといて。マリサもよろしく」
「ええ。セイン、隙ができるまで、任せたわよ」
作戦は決まり、いよいよ攻撃開始である。
ダンジョンの帰りに敵と遭遇するのは初めてだ。突破しなければ無事に戻れない。
四人は緊張感を高め、戦闘に備えるのだった。
ダンジョンの探索はなかなか進みません。毎度の如く、面倒なことがいろいろ待ち構えています。そして無事に帰るためにもう一戦。まだまだ試練は続きます。




