第二話 初めてのパーティ
元々セインは冒険者になるつもりはなかった。治癒魔法を身に付け、その能力で自活してのんびりと暮らすつもりだった。しかし、偶然の出会いによって、パーティに参加して冒険者になったのであった。
オルクレイド王国の王都オルクレイド。ここには様々な人が住み、工房や商店などがあり、そして冒険者となるための学院もここにはあった。
セインは十二才で故郷の村タルストを離れ、魔法学院で魔法を学んだ。小さい頃から治癒魔法の素質があったので、両親や周囲の者達の勧めもあり、学院に入ることに決めたのだった。友人も何人かできて、互いに切磋琢磨しながら魔法について学んでいった。
三年ほどの修練の末、知識や使える魔法も十分に身に付いた。学院の教師に勧められ、まずは冒険者として、冒険者ギルドに登録することとなった。
冒険者ギルドとは、その名の通り、冒険者を支援する団体である。魔物の襲撃から人々を守ったり、ダンジョンを探索したりする冒険者の存在は、どこの国でも必要不可欠であった。そこで国が資金を出して、ギルドの運営を支援しているのである。
ギルドに登録することで、冒険者の証をもらうことができ、それにより国のどこでもギルドからの援助を受けられる。また冒険者の証には魔石が組み込まれ、本人のレベルやステータスを知らせる機能もあった。剣や魔法を使う者にとって、これほど便利な物はない。それゆえ、冒険者を希望する者に限らず、特殊な能力の持ち主なら登録するのはほぼ必須であった。
セインはギルド本部の扉をくぐると、受付で声を掛けた。
「ごめんください」
「はい。今日は何のご用事ですか」
この日、ギルドの受付はまだ年若い女性であった。魔法などの特殊能力はないが、事務能力に優れた者が事務員などになって受付にいることが多いという話だった。何せギルドは王国の資金支援を受け、加えて魔石などを買い取って魔法具を作成する工房に提供することで、財政的に余裕があるのが常なのである。優秀な者を高給で雇えるのだ。
「あの、初めてギルドに登録するのですが、どうすれば良いのでしょう」
「あら、今日は初登録の人が多いわね。ちょっと待ってて」
受付嬢が一旦奥に入っていく。しばらくして、薄い長方形の何かを持って戻ってきた。そのカード状の表面には何も書かれていない。
「まずはこれに手をかざしてみて」
「こうですか」
言われるままにセインはカードに手をかざす。すると、どんな仕組みなのか、表面に文字や数字が表れてきた。それを受付嬢が帳面に記録する。
「名前はセイン、十五才の男の子ね。職業ヒーラー、レベルは当然一と。へえ、あなたすごいわね。ヒール、シールド、それに筋力強化、毒消しまで使えるのね。使用回数も八回もあるし、初心者にしては素質あると思うわよ」
「そうですか。ありがとうございます」
不思議な道具だと思いつつ、セインはとりあえず返事をした。すると、受付嬢が表情を改めて、セインに続きを話した。
「では、これが冒険者の証です。大事な物なので大切にしてね。もし万一紛失したら、再発行もできるけど手数料がかかるわよ。じゃあセイン君、手続きはこれで終わりです」
「はい。分かりました。ありがとうございます」
「それでね、さっき、初登録の人が多いって話したでしょ。その子達が今、パーティのメンバーを探してるの。良かったら声を掛けてみて。ほら、そこにいる三人がそうだから」
この一階の隅にあるテーブルに、三人の男女が腰掛けていた。どうやらセインと同年代らしい。まあ、初めて冒険者登録したと言っていたから、年齢が近いのも当然なのであるが。
セインは近づいていって声を掛けた。生来のお人好しで、初対面の相手にも率直に話をするのが彼の良さだった。
「こんにちは。今受付で言われて、みなさんのところに来ました。今日冒険者登録したばかりの、ヒーラーのセインと言います。どうぞよろしく」
すると、一人の少年と二人の少女がセインをまじまじと眺めた。その表情は好意的で、偶然良い物でも見つけたような風にも見えた。
「そいつは奇遇だ。ちょうど職業の違う四人が、たまたま同じ日に冒険者登録をしたってことだな。ちなみに俺はジョルダン。戦士で十五才。武器はまだ量産品のロングソードだけどな」
革製の防具で身を包んだ少年が答えた。短い金髪と少し高めの身長に、活発な表情が印象的だ。その彼が、一緒にいた二人の少女にも、自己紹介するように促した。
最初に赤毛を二つ結わえにした、魔法使い用のローブを着込んだ少女が、次に言葉を発した。
「私はマリサ。ご覧の通りメイジで、十五才。使える魔法は簡単な炎と水、風の魔法と、一部の補助魔法くらいね。どうぞよろしく」
続いて肩までの亜麻色髪をした少女が名乗った。
「あたしはカーラね。シーフの十五才。簡単な探知系の魔法が使えて、一応鍵開けや地図作成の技能ももってる。よろしくね」
そこでジョルダンが事情を説明した。
「それでさ、俺達ちょうど同じくらいのタイミングで、冒険者登録をしたんだよ。で、受付のお姉さんが、こんな偶然滅多にないから、とりあえず知り合いになってみたらって勧めてくれてさ。出身地とかどんなことができるかとか、今、話をしていたところなんだ」
その話に、セインはなるほどとうなずいた。確かに登録したばかりの初心者が同じ日、同じ時間に重なるのは運命的な偶然に思える。
「なら、僕もその仲間に入れてくれてもらえるかな」
せっかくなので、この機会に知り合いを増やしたいと、セインも考えた。それは好意的に受け止められ、三人が口々にもちろんだと言ってくれた。
「というかさ、いっそ俺達でパーティ組んで、冒険者デビューしないか。どこか初心者でも大丈夫な場所を教えてもらってさ。それで魔物とか一緒に討伐してみようぜ」
そう言い出したのはもちろんジョルダンだ。前向きというか、思い込んだら一直線というか、単純な感じもするが、率直さがあっていい人物に思えた。
「そうね。悪くないかも。とりあえず、少しレベル上げてみて、このまま冒険者を続けるか、考えてみるつもりだったから」
とは、マリサの談である。
「私は戦闘は不向きな職業だから。戦士やメイジと一緒なのは心強いな」
と、カーラももちろん賛成だった。
そこでしまったという顔をしたのがセインだった。彼はどこかこじんまりとした家の片隅でいいから、治療院などを開いてのんびり暮らしたいという希望をもっていたのだった。冒険者になって、無理に危険な所に飛び込んでいくつもりはなかった。
しかし、お人好しのセインは、自分が反対することで、三人に水を差したら悪いと思っていた。三人も自分が加わってくれることを期待しているはずだ。それを断るのは申し訳ない気がする。
しばらく黙って考え込んでいたが、前向きに考え直して口を開いた。
「そうだね。まずはレベルを上げるのが大事かもしれないね。だとすると、僕も一緒の方が、みんなの都合がいいのかな」
「そりゃあもちろん。ヒーラーがいれば、いざって時、助かるからな」
ジョルダンが笑みを浮かべて賛同した。マリサとカーラも、それぞれセインの加入に対して、同じように賛成した。
「セインって親切みたいだし、ぜひ一緒にパーティ組みたいわね」
「あたしもそう思う。守りの要って感じで、すごく助かるわ」
二人とも笑顔でセインを見てきた。気分の良い三人の姿に、セインも肩の力を抜いて答えた。
「そう言ってくれてうれしいよ。じゃあ、僕も参加させてもらうね」
「そうと決まれば、案内のお姉さんにパーティの組み方を聞こう」
そうして四人でまた受付で話を聞いたのだった。
「そっか、パーティって特に制限や手続きはないんだ」
受付の女性が言うには、パーティとは、あくまで人と人との関係性で便宜上組むものであって、特に制限や決まりはない。全員の合意で行動を共にして、報酬なども合意の元に分配する。戦いの時の連携なども、話し合って決めていくものなのだという。
「でもね、レベルや職業などが違うメンバーでパーティ組むわけでしょ。だから、人同士の相性が悪いと最悪ね。命懸けの戦闘中に仲違いして、それで全滅したなんて例もあるの。だから、お互いのことを大事にできないなら、パーティなんて組まない方がいいわよ」
「肝に銘じます」
こういう場合、ジョルダンが率先して返事をしていた。彼は真面目だし、積極的だし、人前でも臆さない。セインも含めて、三人共ジョルダンがパーティのリーダーになれば良いかと考えていた。
セインがそれを言うと、ジョルダンは大真面目に考え込み、そしてその表情のまま答えた。
「みんなの気持ちは分かった。リーダー、やらせてもらうよ。でも、受付のお姉さんが言うように、互いを大事にできないと、魔物とかと戦う時危険だと思うんだ。だから、みんな対等の立場でパーティを組もうな」
なかなかにいい男だとセインは思った。こういう仲間と一緒なら、魔物との戦いは危険で恐ろしいが、頑張ってみてもいいかと思った。
受付の女性の言葉には続きがあった。
「あなた達四人でパーティ組むのね。うーん、そしたらまだ初心者なわけだし、戦闘力も低いから、大きなダンジョンに挑むのは危険ね」
そうして少し考えこんでから、提案をしてくれた。
「そしたら、ここから西に一週間ほど行った所に、ボルクスっていう村があるの。そこからさらに西に少し行くと、小型のダンジョンがあるわ。弱目の魔物しか出ないから、稼ぎが悪いっていうことで、初級の冒険者しか出入りしないんだけど、まずはそこに挑戦してみるのがいいと思うわ」
なるほど、そういう場所があるのかと、四人がうなずきながら聞いていた。今の状況で挑むには最善の選択だろう。
「ありがとうございます。そうします」
ジョルダンはそう答えると、またみなに相談を持ちかけた。
「そしたら、一週間分の旅費と、そのボルクスって村での滞在費を、まずは稼がないといけないな。それからいろいろ相談もしたいし、四人で一緒の宿屋に泊まりたいところだな。みんな、どうだろう」
三人に異存はなかった。
かくして、四人はオルクレイドの城下町でも格安の宿屋に泊まり、日雇いの仕事に精を出し、旅費を稼ぐのだった。夜になって合流してからは、それぞれの状況を伝え合い、同時に仲も深めていった。
一週間ほど仕事に精を出した末、旅の装備も整い、旅費も十分に貯めることができた。
こうして彼らは、初めてのダンジョンに挑むべく、ボルクス村へと旅立っていったのだった。
パーティの出会いです。冒険者やギルド、パーティなどの設定はこの種の物語の定番そのままですが、どうかご容赦を。苦労していく中で、主人公たちが頑張っていく姿を描いていければと考えています。そんな彼らの様子を楽しんで頂ければ幸いです。