第十九話 たまには村でのんびりしよう
複数の敵の襲撃を撃退し、ダンジョンで回転床の罠を見事突破したパーティ四人。さすがに緊張感のある探索が連続していたことで、疲れも溜まっていたのだった。
「たまには探索を休みにしないか」
朝食時、リーダーで戦士のジョルダンが言った。いつもやる気に満ちていて、率先して仲間を引っ張る彼にしては珍しいことだった。
「まあ、気持ちは分かるけど。もう何日も休みなしで探索してるしね」
メイジのマリサも珍しく同意した。彼女もまた、普段は何事もとりあえずやってみようと言うことが多く、休みたいなどとはあまり言わない。
「どうしたの、二人共。あたしは構わないけど」
そう言ったのはシーフのカーラだ。前回の探索では、回転床を見事に突破し、探索を成功させた功労者だ。
「そうだなあ。いつもはダンジョンばかりだから、たまには探索を休んで、村の様子をのんびり見て回るのもいいかもしれないなあ」
のんびりするのが好きなヒーラーのセインは、休むことに何の抵抗もなかった。むしろ、良い事とばかり賛成していた。
その言葉に、ジョルダンがぽんと手を叩いた。
「そうなんだよ。この村で世話になってるのに、俺達、村の事ほとんど知らないだろ。セインの言う通り、村の様子を見てみようと思ってさ。探索続きだったから、たまには休みも必要だと思うし」
なるほど、そういうことかと三人もうなずく。
「私は賛成。というか、ダンジョンに潜る前に、村の様子は見ておいた方が良かったかもね」
「あたしも賛成。セインも良いこと言うわね。今日はのんびりしましょ」
「よし、じゃあ決まりだ。今日は村の見物をしよう」
かくして、この日の探索は休みになったのだった。
「あら、珍しい。今日は探索はしないのね」
ギルド長の妻ナタリアが、昼食のサンドイッチを四人に渡しながら、そう言った。今日は四人が冒険者の装備ではなく、普通の私服だったからだ。
「はい。まだ村の様子を見てなかったので、この機会に一度見ておこうと思いまして」
「そう。何もない村だけど、のどかでいいところよ。楽しんでらっしゃい」
「はい。ではいってきます」
挨拶して、四人はギルドを出た。
「まずは、一通り回ってみよう」
村の人口はそう多くないが、意外と広さはある。農業主体で地産地消の村なので、あちこちに畑や牧場があるからだ。当然だが、農作物や家畜、加工肉、乳製品などを他の町で売っている。その売り上げで、服や道具などの生活必需品を仕入れているのである。
「そう言えば、二人共、私服が似合うな。きれいだ」
ジョルダンがマリサとカーラの服装を褒めた。こういうところで案外そつのないリーダーである。
マリサが軽く笑った。
「褒めるの遅いって。それに、おだてても何も出ないわよ」
「いや、そういうわけじゃなくて。ホントに思ったから言っただけだよ」
「ありがと。そういうことにしておくわ」
セインがそこで言葉を付け足した。
「僕も似合ってると思うよ。せっかくかわいらしい服を着てるんだから、褒めるのも大事だよね。さすがジョルダンだよ」
「ありがと、セイン。せっかくの褒め言葉だし、素直に受け取っておくわ」
「あたしもかわいく見えるって、ふーん、そうなんだ。こんなことで褒められるなんて、考えもしなかったわ」
カーラが変なことを言い出し、四人はつい笑ってしまった。
道に沿って歩いていると、左右に見事な畑が広がっている。探索に行く時は何気に通り過ぎているが、どの畑もよく手入れされていて、作物がしっかりと育っている。
「立派な畑だね。持ち主が良く世話をしてる証拠だよ」
田舎育ちのセインには畑の良し悪しが分かる。子供の頃は良く家の畑で手伝いをしたものである。
「俺、都会育ちだから、畑を見ても何とも思わなかったけど、そうなんだ、世話の良し悪しがあるんだな」
「それはそうよ。私の家も農家だったから分かるわ。世話も大変だけど、その前の畑作りも大変なの。その他にも、時期を考えて苗を植えたり種を蒔いたり、考えることもすることもたくさんあるんだから」
「そうなんだ。あたしの家は道具屋だったから、その辺のことは分からないな。でも、買い物に行って、いい野菜があるとうれしくなるよね」
話をしながら歩いていると、通り道に、ちょうど畑仕事をしている農家の夫婦がいた。
「こんにちは。君達、最近来た冒険者の人達だね。初めまして」
「初めまして。こんにちは。精が出ますね。ご苦労様です」
「いやなに、いつもの仕事だよ。君達、名前を教えてくれるかな」
「俺はジョルダン。こっちがセイン、マリサにカーラです。しばらく村のギルドに滞在しますので、どうぞよろしく」
「ああ、こちらこそ。魔物とか出たら、退治をよろしくな」
「はい。それじゃあ、これで」
農家の人達も、やはりいい人が多いようだ。気さくに話し掛けてくる。見知らぬ人間であっても、今は同じ村の仲間なのだ。そんな風に受け入れてもらっているのを感じた。
「良い村だね。僕の故郷に似てるかな。温かい人ばかりで、過ごしやすい村なんだ」
セインが感想を言うと、マリサもカーラもうなずいた。
「うん、都会にはない良さがあるな。さて、あちこち見てみようか」
ジョルダンが仲間を促し、先へと進んでいく。
いくつもの畑を抜けて、今度は牧場が集まっている場所に出た。牧場によって飼っている動物が違っている。牛、豚、羊、鶏が主である。
そのうちの一つの草場に行ってみる。ここでは牛が放牧されていた。そのうち一頭の牛が柵の近くにまで来て、柵の下に生えている草を食べていた。
「愛嬌のある牛だね」
セインが牛の頭を撫でた。久々に温かみのある動物に触れると、気分も温かくなる。田舎出身なので動物との付き合い方もよく心得ていた。
「みんなも触ってみる?」
「そうね。初めまして。よろしくね」
マリサが一番に牛を撫でてみた。体温が感じられて、生き物を触っている実感がする。案外良い気分である。
「それじゃあ、あたしも」
「俺も」
カーラとジョルダンもそれぞれ牛に触ってみた。確かに気分がいい。
「おや、最近この村に来た冒険者さん達だね」
牧場のらしい中年の男性が、牛と仲良くしている四人に近づいてきた。
「はい、そうです。俺はジョルダン。こっちはセイン、それとマリサ、カーラです」
「そうかいそうかい。よく来たね。せっかくだから、ミルクでも飲んでいきなよ。ご馳走するぞ」
「いいんですか?」
「ああ、遠慮せんでええ。こっちにおいで」
四人は牧場の人に続いて、母屋へと向かった。
そこで今朝搾りたてだという牛乳を、カップに一杯ずつ分けてもらった。念のため、一度火を通してあるという。村育ちのセインには懐かしい味だったが、他の三人には初体験だった。牛乳は鮮度の関係で、産地でもなければ生で飲むことはあまりない。料理の材料として使うことがほとんどである。飲んでみると、甘く、コクがあっておいしい。
「どうじゃ、うまいだろう。わしらは毎日これを飲んでるから、いつでも元気なんだよ」
「はい。初めてだけど、おいしいです」
「そうだろう。また飲みたくなったらおいで。いつでもご馳走するでな」
「ありがとうございます。またの機会によろしくお願いします」
牧場の人の親切を受けて、四人は礼を言って牧場を後にした。
「良かったわね。本当に親切な人ばかり」
そして四人は村の中心へと戻って行った。
次に訪れたのは学舎である。オルクレイド王国では、七才から十一才までの子供が読み書きなど基本的なことをここで学ぶ。都会や大きな町では学舎はいくつもあるが、この村にはここ一か所しかない。
「アイナやポルタもちゃんと勉強してるのかな」
敷地の外から建物を覗いてみる。さすがに遠くて、一人一人の様子は分からない。それでも大勢の子供達が頑張っている様子は見えた。
「懐かしいね。僕達も学舎時代は、こんな風に勉強してたんだね」
「そうね。今考えると、いろいろと大事なことを教わった、大切な場所だったわね」
「あたし、物作りでは、学舎で一番だったのよ」
「俺は運動が得意だったな。だから道場にも通って、戦士になったんだ」
四人がそれぞれの思い出を語り合う。学舎を出て、三年間それぞれの学院に通って現在に至る。だから、まだ学舎時代もそれほど昔ではない。思い起こせば、いろいろな出来事が思い出として出てくる。
四人が昔話をしている間に、ベルの音がした。終業の合図だ。学舎での勉強は昼食前で終わりなのである。
建物から一斉に子供達が出てきた。もちろん、その中にはギルド長タイロンの娘のアイナと、息子のポルタもいた。二人は四人の姿を見て、近くに駆け寄ってきた。
「今日はどうしたんですか。ダンジョンはお休みですか」
アイナが尋ねてきた。四人がうなずき、ジョルダンが代表して答える。
「たまには休みも必要だからね。それで、まだこの村の中を良く知らないから、一度見て回ろうって話になったんだよ」
「そうですか。名所とかはないけど、いい村でしょう」
「そうだね。村の人もみんな親切だし」
するとアイナが笑みを浮かべて、うれしそうに言った。
「そうなんです。村のみなさんに親切にしてもらうから、恩返しと同じだと言って、お父さんもお母さんも村の人の仕事を良く手伝うんです。そうすると、村の人達も気前が良いから、時々野菜とかたくさんくれるんです。お互い恩返しの繰り返しですね。もらった野菜やチーズとかは、みなさんの食事にも何度も出てますよ」
「そうなんだ。なるほど、いつも食事がおいしいわけだね」
アイナがそこで表情を改め、提案してきた。
「ところで、もし良かったら、午後は村の案内、私にさせて下さい。せっかくだから、川とか湖とか、見に行きませんか」
「いいのかい? 友達と遊ぶ時間、なくなっちゃうよ」
「一日くらい構いません。みなさんのお役に立てることなんて滅多にないですから、ぜひ案内させて下さい」
「分かった。じゃあ、頼もうかな」
「それは良かったです。では家に戻って昼食にしましょう」
アイナが言うと、ポルタが口を尖らせた。
「お姉ちゃんばっかりずるい。ぼくも一緒に行く」
「いいわよ。ちゃんとついてきてね」
そんな成り行きで、アイナとポルタに村の案内をしてもらうことになったのであった。
言わば戦士の休息編ですね。のんびり村の中を見て回り、村人達とも交流しています。火を通した牛乳を飲む場面がありますが、消毒、殺菌などがしっかりしていれば、本当は火を通さない生乳の方が圧倒的においしいです。本当です。




