第十八話 いよいよ地下一階を探索
パーティ四人は地下一階へと到達。いよいよこの階の本格的な探索を始めた。レベルも上がり、戦闘経験も十分。やる気十分でダンジョンに入ったのだった。
「何か、道が結構複雑になってきたわね」
シーフのカーラが地図を描きながら愚痴をこぼした。あちこちがつながっていて、一回りして元の場所だったり、先に進めそうなのに行き止まりだったりと、複雑な構造をしていたのだった。
「悪いな、カーラ。面倒な仕事、押し付けてるみたいで」
リーダーで戦士のジョルダンが謝罪した。他の二人も、地図に関してはカーラにお任せだから、申し訳ないと思っていた。
「しかし、確かに面倒な作りよね。まあ、地道に地図を埋めましょ」
メイジのマリサがそう言って慰めた。
「うん。慌てなくても、いつかは地図も完成するだろうし」
ヒーラーのセインが相変わらずのんびりした口調で言う。
カーラとしても、仲間に負担感を与えるつもりではないので、その気楽さに救われる気がしていた。
「そうね。面倒だけど、その分やりがいもあるから、頑張るわ。みんな、お付き合いよろしく」
「任せとけって」
そんな具合で、パーティは進んでは止まり、地図を描き、また進んでと探索を続けていた。ダンジョンの壁面は相変わらず、人工的な物と自然の洞窟とが入り混じった感じで、とても不思議な雰囲気である。
「やっぱり、誰がどうやってこんなダンジョン作ったのか、不思議よね」
「そうだね。噂の通り、人間界に侵略を仕掛けてきた魔族と呼ばれる連中が、前線基地として作ったというのが本当なのかも」
マリサとセインはそんな会話をしていた。王都の冒険者ギルドの偉い人なら、真相を知っているのだろうか。いろいろと想像が膨らむ。
しかし、探索ばかりではもちろん済まない。
「気配がする。間違いなく魔物」
カーラが地図を描く手を止めて、警告してきた。そのまま地図をしまい込み、魔物の様子を窺う体勢に入る。
そっと通路を進み、魔物の姿が見える場所まで移動する。
「コボルド、のアンデッドみたい。三体もいる」
さすがは地下一階。複数の魔物と戦うのは、このパーティにとって初めての経験だ。アンデッドコボルドは人間よりやや小さく、武器を使うこともないので、魔物としては最弱の部類に属する。生きているコボルドに比べ、知性がなく本能で攻撃してくるので、防ぐのも避けるのも容易だ。しかし、両腕の先には鋭い爪があり、その攻撃を受けると大きな傷を負うことになる。ただ、このパーティには回復魔法の使えるセインがいるので、彼さえ無事なら回復は問題ない。
「よし、一体は俺がやる。もう一体はカーラとマリサ、で、残り一体をセインがシールドで押さえる。それぞれが一体倒したら、セインを援護して一気に片付けよう」
ジョルダンが作戦を指示して、戦闘開始である。
「ホーリーシールド!」
まずはセインが魔法の楯を発動させて突進、中央の一体を引き付けた。そのセインに左右からアンデッドコボルドが襲い掛かってきたのを、左はジョルダンが、右はカーラが引き受け、剣と短剣で攻撃を弾き返した。
セインはいつもと同じ守り一辺倒である。仲間達が他の個体を倒して、援護に来るまで持ちこたえるのが仕事だ。
ジョルダンは敵の攻撃をしっかり見切り、隙を見つけては斬撃を放つ。軽く手ごたえがあって、アンデッドコボルドの傷を増やしていく。痛みも感じないだろうが、斬撃の勢いに押されてアンデッドコボルドが大きくのけぞった拍子に、ジョルダンは一気に間合いを詰め、渾身の斬撃を放った。ざっくりと深い手ごたえがして、敵が真っ二つになった。そのまま霧状になって消えていく。
それと同じ頃、カーラは一撃離脱を繰り返し、細かな傷を少しずつアンデッドコボルドに与えていった。アンデッドだけあって、突発的な行動も知性的な行動もなく、ただ爪で斬り裂くのを繰り返すだけだったので、避けるのも容易だった。
繰り返し攻撃を加えていくうちに、アンデッドコボルドが大きく振りかぶり、はっきりとした隙ができた。背後に控えていたマリサが、魔法を放つ。
「ここ! ファイアボール!」
火球が胸の中央部に直撃し、その高温で体を焼いていく。アンデッドコボルドは、今まで戦ってきた虫類より耐久度が低い。あっという間に焼き尽くされ、霧状になって消滅した。
二体を特に苦労もなく倒した三人は、最後にセインの援護に回った。セインに攻撃を集中するあまり、この敵は背後ががら空きだった。ジョルダンが後ろから回り込み、渾身の斬撃を見舞うと、見事に真っ二つとなり、アンデッドコボルドが霧状になって消えていった。これで三体、討伐完了である。
リーダーのジョルダンがいつものように無事を確認する。
「全員無事か。俺は問題なし」
「私も大丈夫」
「あたしも無事」
「僕も問題ないよ」
「よし、じゃあ、小休止だな」
アンデッドコボルドの魔石を回収し、四人はその場に座り込んだ。
カーラとマリサが少し難しい顔をして言った。
「さすがに深く潜ると、敵も厄介になるね」
「そうね。今回は固くはなかったけど、複数なのが面倒だったわね」
水筒を使いながら、今の戦闘を振り返る。数が三体だったから良かったが、これが五体とか増えてきたら、対処が難しいかもしれない。
「そうだね。僕のシールドで三体抱え込んだりできればいいけど、さすがに難しいだろうなあ」
「今回は相手が弱かったからな。固い虫が三匹だったら大変だったよな」
セインとジョルダンも、やはり危機感を覚えていたようだ。
「近づく前に強敵だと分かれば、無理せず逃走すればいいよ」
「敵に気付かれる前に正体が分かればってことね。なら、あたしの判別が重要ってことになるわね」
「うん、頼りにしてるよ、カーラ」
「まあ、そうなるな。じゃあ、もう一休みしたら、また慎重に行こう」
ジョルダンが話をまとめると、もうしばらく四人は休憩をとった。
それからしばらく進んで、また分岐があった。今度の分岐は左右正面の全てが似たような、というかほとんど同一の造りをしていて、区別がつきにくいようになっていた。
「ちょっと止まって。何か嫌な感じがする」
カーラが全員を止めた。分岐路の手前から、奥を覗き込んだり、左右の壁や床を調べたりし始める。
「何かありそうかい?」
ジョルダンが聞いたが、カーラは首を振った。
「うーん、特には何もないわ。気のせいなのかしら」
「とにかく、進んでみればわかるんじゃないかな」
セインがいつものように、のんびりとした口調で言った。しかし、カーラは珍しく首を横に振った。
「多分、ここ、罠がある。でも、どんな罠なのか分からない。魔物を呼び寄せる罠ではなさそうだし、石や矢が降ってくるような危害を加える罠でもなさそうだし……」
いろいろと考えているようだったが、さすがに分からないようだ。
他の三人は心配のし過ぎなのではとも思ったが、カーラの探索能力に間違いはないだろうと信頼もしているので、黙って見守るだけだった。
「なら、この場所を仮にAとしましょう。床にも書いておいて、地図にもそう記しておくわ。踏み込んで、罠の種類が分かったらまた書き足すから」
「分かった。じゃあ、進もう」
そして四人は分岐の中に入っていった。四人がその中央に達した時、床が急に大きな円状に光を発した。魔方陣が浮かび上がり、景色が回転した。
「やられた、回転床よ」
カーラが少し悔しそうに言った。罠の種類が特定できず、見事にはまってしまったのを悔いていた。しかも、ここは通路の景色が左右も正面も後方も同じで、全く判別が付かない。実害こそないが、何の対策もなしに踏み込めば、完全に道に迷ってしまう。ある意味凶悪な罠だった。
他の三人も不意の出来事に驚いていた。しかも、どう対処して良いか分からない。ここはカーラが頼みの綱である。
「一旦、地面にAと書いた場所に戻るわ」
その場所は、本来自分達の後方にあるはずだったが、右手の通路の床にAと書いてある場所があった。完全に方位を見失っている。もし、カーラが印を書いていなかったらと思うと、ぞっとする。初めての場所で道を見失うことほど恐ろしいこともない。
「発動条件と、発動の具合、それに他の罠がないかを確かめる。何度かここと回転床を往復するわ。みんなはここで待ってて」
カーラがそう言って、回転床に足を踏み入れる。再び魔方陣が発光し、カーラの体が床と一緒に回転していた。三人は驚きながらその光景を見つめていた。回転が収まると、今度はカーラは左側を向いていた。そこでもう一度三人のところに戻り、再び回転床へと立ち入る。そうやって何度か、カーラはわざと回転床を発動させた。
「回転はランダムね。罠を回避して別の通路に入ることもできないけど、代わりに他の罠がないのは確認できたわ。それじゃあ、探索再開ね。最初は分岐の右側から調べるわ」
頼もしいことに、カーラはもう罠の仕掛けを見切っていた。
四人が回転床に入り、Aと書いた場所から右手の方の通路へと入る。カーラが地図に回転床と右の通路とを書き足す。
しばらく行くと、また同じような分岐があった。
「ここもきっと回転床よ。Bと書いておくわ」
床と地図にBと書く。そして分岐へ足を踏み入れると、先程と同じように魔方陣が発光し、景色が回転した。
「これは探索に時間かかるわね。とにかく右手から順に、一つずつ地図に書いていくわね」
かくして四人は、回転床の周辺の探索に時間を割いた。結局、回転床は四つしかなく、回転した先もほとんどが行き止まりで、正しい道につながっているのは一か所だけだった。しかし、その一か所に行くためには、回転床を三つは踏む必要があったので、実に面倒な罠であった。
結局、その探索にかなりの時間を費やす羽目になった。これ以上の探索は止めておこうと、四人は正しい道が分かったところで引き返すことにした。
「今回はカーラに助けられたね。僕だったら間違いなくずっと迷い続けてたと思うよ。さすがカーラだね」
セインが率直にカーラの功績を称えた。ジョルダンもマリサも同じ気持ちだったようで、これが戦闘職ばかりのパーティだったら大変なことになっていたと、改めてシーフのありがたみを嚙み締めていた。
カーラも回転床という罠を無事に突破できて、また仲間の役に立てて、とてもうれしかったようだ。
「ありがとう、みんな。また何かあったら、あたしが何とかするから。これからも一緒に探索頑張ろうね」
複数の敵との交戦と、ダンジョンの罠を描きました。さすがにフロアが変わると、探索も一筋縄ではいかないのです。それでも各自がきちんと役割をこなし、頑張って突破していく四人なのでした。




