第十五話 ようやくレベルアップ
繰り返しダンジョン探索に挑むパーティ四人。戦闘でもうまく連携して、無事に魔物を倒せています。一階の地図もついに埋まり、順調に探索が進んでいるところです。
「とうとう下り階段見つけたね」
シーフのカーラが感慨深そうに言った。
ここボルクス西のダンジョンを探索し始めて一週間。その間、一日を除いて毎日探索に時間を費やし、その間、何度も魔物と戦闘し、それに勝利してきた。そしてついに、地下への階段を発見したのだった。
階段は広く、一段ごとの幅も広い。大きな魔物が上がったり下がったりできるほどの余裕があった。そして長く、先の様子は見えない。
「今日のところはどうしようか」
四人がそれぞれ顔を見合わせた。まだ魔法の回数は残っている。体力も十分、時間的にも昼過ぎくらいで余裕がある。しかし、さすがにいきなり下層に下りるかと言われると、やはり自信はない。
かと言って、このまま引き返すのも、もったいない気がする。せっかくここまで来たのだから、少しくらい先を見てみたいという気持ちも強い。
「せっかくだから、覗いてみようよ。敵が強そうなら、退却すればいいんだしさ。僕は進むのに賛成」
珍しく、のんびり屋でヒーラーのセインが真っ先に下りることを主張した。他の三人が驚いた顔になり、セインをじっと見つめる。確かに本気で言っているようだと分かり、はあと三人が大きな息を吐いた。
「全く、セインにかかると、重い決断も軽くなるよな」
リーダーで戦士のジョルダンがため息混じりに言った。
「でもまあ、セインらしいわね。無理な戦闘を避けて、退路の確保ができるなら、私も進むのに賛成」
メイジのマリサも、結局セインの意見に乗った。今まで、敵に大きなダメージを与えたりとどめを刺したりしてきたのは、彼女の魔法である。それが通じない場合、何としてでも逃げ帰る必要があった。
カーラとジョルダンがマリサを見た。確かに言うことはもっともだ。二人もやはり先を見てみたい気持ちはあった。
「分かった。なら、先に進もう。いつもの順番で、慎重に進もう」
先頭は探索要員のカーラ。次に壁役のセイン。火力のマリサ、後方警戒にジョルダンと、いつもの順番で出発する。
「緊張するね。でも、がんばろう、みんな」
カーラに従って、パーティは階段をゆっくりと下りていった。
地下一階も外壁の造りなどは大きな変化はない。人工物の壁に天然の洞窟が混じったような、相変わらず不思議な作りをしている。壁面が発光しているので、松明などが不要な点も同じだった。相変わらず便利な作りだと感心しながら、四人は進んでいった。
時折、カーラが立ち止まって地図を描く。分岐もいくつかあって、今は右手に沿って少しずつ探索を進めていた。いくつかの広場を経由して、再び最初の分岐点に戻ってきていた。
「ここの道はつながってるわけね。じゃあ、次に行ってみるわ」
右から三番目の分岐に入る。来た道からは真っ直ぐに近い方向だ。こちらが本命かも知れない。
しばらく進んで、やはり開けた場所が見えてきた。そして、予測通り、ここにも魔物がいた。退路はちゃんと確保されている。戦うかどうか、慎重に選択すべきだった。
「相手は何だろう。虫型に見えるけど」
「もう少し近づいて見よう。危ないと分かったら、退却だ」
気配を消すようにして、静かに四人は広い場所へと近づく。
やがて、魔物の輪郭がはっきりしてきた。
「ビートルだわ。多分ボーリングビートルって奴ね。また面倒なのが出たものね。コモドドラゴン以上に固いわよ、あれ」
カーラが魔物の正体を告げると、マリサがそれに続いた。
「聞いたことあるわ。何でも口から毒液を吐くとか。セインのシールドって、そういうのも防げるの?」
セインがうなずいて答える。
「攻撃は一通り防ぐことができるよ。毒と体当たりだけ気を付ければ、何とかなるのかな」
「狙い目はやっぱり頭ね。最初のうちに足を斬り飛ばして動きを封じて、その後、頭部に攻撃を集中すれば、多分何とかなるわ」
マリサが冷静に作戦を説明する。ジョルダンがそれに納得し、全員に同意を求めた。
「じゃあ、戦うってことで、決まりでいいかな」
三人が黙ってうなずく。
「よし、じゃあいつも通り行こう」
順番を並び替え、セイン、ジョルダン、カーラ、マリサの順になる。
「ストレングス!」
そしてセインが強化魔法をジョルダンにかけて、交戦開始である。四人が魔物に向かって突撃する。
先程のマリサの情報通り、まずは毒液が飛んできた。
「ホーリーシールド!」
セインの防御魔法が発動し、毒液を防ぐ。そのままセインはビートルの頭部に楯ごと体当たりをかける。大したダメージにはならないが、完全に注意を引き付けることに成功した。
その隙にジョルダンとカーラが背後に回る。ボーリングビートルの足は六本。そのうち左右の後足をそれぞれ二人が攻撃していく。関節を狙い、繰り返し斬りつけてダメージを与えていく。
二度目の毒液が吐かれた。セインがそれを必死に防ぐ。そのままビートルが体当たりをしてきて、セインの体勢が少し崩れた。それでも何とか持ち直し、シールドで身を守り続ける。
しばらくして、ジョルダンが左の後足を一本切り落とした。そのまま中足への攻撃に移る。カーラの方は威力不足で、まだ一本目で手こずっていた。
その間、マリサは頭部に魔法を打ち込む隙を窺っていた。しかし、なかなかこれといったチャンスはなく、セインの楯の後ろで待機していた。じりじりと気は焦るが、一撃で決めなくては魔法の回数がもたない。
そして少しの時間の後、ジョルダンが左の中足を斬り落とした。強化魔法が功を奏した形である。それから少しして、カーラも右の後足を斬り落とすことに成功した。ボーリングビートルがバランスを崩し、腹を地面にこする体勢となった。ここまでは作戦通りである。
動きを封じられて、ボーリングビートルが身もだえした。もはや満足に動くことはできない。がら空きとなった頭部に、マリサが魔法を放つ。
「ファイアボール!」
高熱の火球がビートルの頭部を焼く。目や口を始めとして、頭部の全体にダメージが入り、動きが一気に鈍くなった。
「よし、ここだ!」
ジョルダンが鋭い突きをビートルに放った。焼かれた頭部の奥深くまで突き刺さる。ここまでくればあと一息である。
「とどめ! ファイアボール!」
二発目の火球がビートルの頭部から体内に入り込み、体を内側から焼いていく。ビートルの動きが止まり、やがて霧状になって体が消滅していく。魔物の最後は死骸を残さない。魔石のみを残して消えるのである。
四人がふうと大きな息を吐いた。地下一階でも何とか戦えることが分かったことと、無事に勝てたこととで安心したのだった。
そして、冒険者の証に異変が起こった。
「お、これ、ちょっと何か起きてるぞ」
全員が冒険者の証を取り出す。王都の冒険者ギルドで登録した時にもらったカード状の証明書なのだが、それが今淡い光を発している。魔石の力を使って、表面には簡単なプロフィールが書かれるようになっているのだが、その数値に変化が起きていた。
筋力や敏捷性、体力、知力、魔力、運などの数値が、少しずつだが上昇していた。何より、レベル表示の欄が、一から二へと変化していた。
「これ、もしかして、レベルアップしたんじゃないか」
ジョルダンが興奮を抑えるように言った。どう考えてもそうとしか思えないが、事態が確定するまで冷静でいようと思い、仲間に確認してきた。
マリサが相変わらず落ち着いた口調で、事実を指摘した。
「間違いないわよ。さっきの戦闘で、私達、レベルアップしたってことね。ずいぶん戦ってきたけど、なかなかレベルって上がらないから、ずっとこのままかと思ってたのよ。だから、良かったわ。やっと一レベルだけど、上がることができて」
以前マリサは、とりあえずレベルが上がってから、冒険者を続けるかどうか考えてみると話していた。その目標が一段階だが達成できて、心から喜んでいたのだった。
カーラも感慨深そうに、自分の冒険者証を眺めていた。
「本当にレベルって上がるものなんだね。これまで頑張って来た甲斐があったんだけど、何かあっさりしてて、実感が湧かない。けど、本当の事なんだもんね。喜んでいいんだよね」
安堵とうれしさの混じった表情だった。それは他の三人も同じだった。
セインが珍しくのんびりとした感じを捨てて、ここで大真面目に提案してきた。
「そうと分かったら、今日のところは撤退しようよ。それでタイロンさんやナタリアさんに報告して、レベルが上がるとどうなるのか、きちんと説明を聞いた方がいいと思うんだ。それでこの先どうするか、ちゃんとみんなで話し合いをしよう」
なるほどと他の三人がうなずく。
「良いこと言うな。それで決まりだ。じゃあ、ギルドに戻ろう」
こうして初のレベルアップを果たした四人は、帰路についたのだった。
ギルドではしばらく待つ羽目になった。冒険者ギルド長のタイロンもその妻ナタリアも、村の仕事を手伝いに行っていて、留守だったのである。
例によって、自由に飲めるように用意してあった麦茶を飲みながら、二人の帰りを待つ。待ちながらも、四人はみな、ついうれしさに表情が崩れがちになるのだった。
日も傾いてきた頃、まずはナタリアが、しばらくしてタイロンがギルドに戻ってきた。四人の様子を見てピンと来たらしい。
「もしかして、ついにレベルが上がったか?」
タイロンの問いかけに、四人がうれしそうにうなずいた。
「そうか、そうか。四人共、よく頑張ってたもんな。やっと実を結んだって感じだな。良かった、良かった」
「それじゃあ、この日の分の魔石です」
「あいよ。確かに受け取った。銀貨八枚分だな」
ジョルダンが魔石を換金して、代金を受け取る。そして、タイロンに改まってお願いをした。
「俺達、今日無事にレベルが上がったわけですが、それについて詳しく話を聞きたいんです。レベルアップで何が変わるとか、この先はどうすればいいのかとか、いろいろ知りたいので、どうか教えて下さい」
タイロンが破顔した。まあ当然の疑問だろうな、とそんな表情だった。
「あい分かった。それじゃあ、早速だがこの場で話をしようか。ナタリアも一緒に頼む。それでいいか」
「はい、どうかよろしくお願いします」
四人は二人から大切なことを教わろうと、姿勢を正して話を聞く体勢になった。
タイロンとナタリアがその姿を見て笑みを浮かべた。この初々しい姿は、二十年ほど前の自分達と同じだと、微笑ましく思ったのだ。
「それじゃあ、レベルアップについてだが──」
説明が始まった。四人はじっと話に聞き入るのだった。
やっとレベルが上がりました。何度も戦闘を重ねた末、ようやくというところです。初心者ばかりだった四人の、地道な努力が実って何よりです。さて、この先どうなるか、今後にご期待下さい。




