第一話 やっぱりダンジョンは遠慮したい
ダンジョン。それは魔物の巣窟であり、探索すれば貴重な財宝や魔法道具などが眠っているとされる地である。誰がどんな目的で作ったのか、それとも魔王の類が創造したものなのか、その由来は明らかにされていない。
魔物は魔石と呼ばれる魔力を帯びた宝石を核に持つ。魔石は魔法具の材料にもなり、物にもよるが良い値段で売れる事が多い。そうした魔物の盗伐による魔石の回収や奥に眠るだろう財宝を求める目的で、ダンジョンに挑戦する者が後を絶たない。
「ホーリーシールド!」
ヒーラーであるセインが魔法を発動させる。まだ十五才の少年で、短めの茶髪に穏やかな表情をもつ。そんな彼が、いつにない真剣な表情で魔法に集中している。
輝く楯が出現し、魔物の突進を食い止める。ラージウルフが楯に激突し、激しい衝撃がセインの全身に伝わった。ラージウルフは文字通り、大型の狼の魔物で、全長は二メートルほどもある。高さも一メートルを超え、野生の熊と同等の大きさだ。
とりあえず、魔物の動きを止めたことで、セインが仲間に声を掛けた。
「ジョルダン、今だ、斬りつけてくれ!」
「分かった。任せろ」
ジョルダンという男は戦士で十五才。このパーティのリーダーだ。短い金髪を安物の兜に押し込んでいる。顔立ちも凛々しく、背も高めで、もう少し成長すればさぞ女性に人気が出るだろう。体には革製の防具が装備されている。その彼が腰の剣を引き抜き、魔物へと突進する。
「喰らいやがれ!」
彼は両手に持った剣を大きく振りかざし、渾身の力で上段からラージウルフに切りつけた。剣は勢い良くウルフの背に吸い込まれそうになり──そして見事にかわされた。
「な、くそ、もう一度!」
ジョルダンは後ろに下がって態勢を立て直し、今度は突進しての突きに出た。鋭い切っ先が真っ直ぐに進み、ラージウルフに迫る。だが、魔物の反応が勝り、今度もまた避けられてしまった。
「私がやるわ。ファイアーボール!」
背後で控えていたマリサという女のメイジが、魔法を発動させた。肩までの長さの赤毛を二つ結わえにし、魔法使い用のローブをまとっている、そこそこの美人で、彼女も年は十五才。手に持った杖の先に拳大の火球が出現し、ラージウルフへと飛んでいく。その火球は体の近くをかすめ、わずかに毛皮を焦がした。
「もう一発!」
「あ、まずい、避けて」
マリサが意識を集中し、杖先に火球を生じさせた瞬間、ラージウルフがセインの楯から逃れ、方法を変えてマリサに襲い掛かろうと突進してきた。
「そうはさせないから!」
もう一人、背後に控えていた肩までの亜麻色髪をした女性が立ち塞がる。カーラという名のシーフである。他の三人と同じく十五才。盗賊と言っても冒険者の職業名で、実際に盗みを働く存在ではない。探索や鍵開けなどの専門家である。
カーラが短剣を抜き、ラージウルフに向かって突き進んだ。近くまで来たところでさっと横に避け、そのわき腹に切りつける。カキンと甲高い音がして、その短剣の一撃は弾き返されてしまった。威力が足りなかったのだ。
「この野郎!」
ジョルダンが追い付いてきて、背後からラージウルフに斬りつける。同時にマリサの火球が放たれ、ラージウルフの鼻先で炸裂した。
「やったか!?」
ラージウルフの背に切り傷が、頭に焦げた跡ができている。かなりのダメージなのは間違いない。
「今だ、止めを!」
もう倒せると思ったのだろう。三人がそれぞれ自分の得意な攻撃を叩き込もうと近づいた。その瞬間、ラージウルフは猛然と暴れ始め、三人の攻撃を避けたばかりか、体当たりで反撃してきた。
「うわっ」
「きゃあっ」
「いたっ」
三人がそれぞれ悲鳴を上げ、ダメージを負ってしまった。
「ホーリーシールド!」
三人の攻撃の間、手が出せなかったセインが割り込んだ。先程と同じ光の楯である。それを力一杯にラージウルフへとぶつけた。突進した威力と相まって、かなりのダメージを叩き出す。
セインはその光の楯を押し込み、そのままラージウルフを押し潰そうと力を振るった。
「ストレングス!」
そして筋力強化の補助魔法を発動させる。セインの体がほんのりと赤い光を帯び、強まった力でラージウルフを壁に押し付けた。
「押し、潰せっ!」
セインが唸るような声を上げながら、魔法の楯を押し付けたまま、強化した力でラージウルフを押し潰していく。
「今度こそ止めだ!」
ジョルダンが剣を構えて真っ直ぐ突っ込んできた。セインの横からラージウルフの体に剣を突き刺す。さすがの魔物も剣に貫かれ倒れた。
ラージウルフの体が霧状になって消えていく。魔物というのは不思議な存在で、倒されると核である魔石を残して消滅してしまう。体を構成していた物はどこかへ消え去ってしまうのだ。生命を持たず、魔法によって生み出された存在だと言われる所以である。
ふうと大きなため息を一つつくと、ジョルダンが魔石を回収し、仲間に声を掛けた。
「みんな、大丈夫か。俺は軽い打ち身くらいだ」
最初にヒーラーのセインが返事をした。
「無事だよ。僕は何ともない」
「私も打ち身とかすり傷くらいね」
魔法使いのマリサも答える。
続いて盗賊のカーラも両肩をすくめながら答えた。
「少し足を挫いたみたい。他は無事だけど」
「良かった。じゃあ、みんなに回復魔法を掛けるよ」
セインが安堵し、三人の元へと向かう。
「ヒール!」
一人ずつに回復魔法を発動させる。魔法を掛けられた者の体が温かな光に包まれ、傷が癒されていく。とても便利な力だが、乱用はできない。
三人の治療を終えると、セインは申し訳なさそうに言った。
「ごめん、悪いけど、これで魔法もあと二回しか使えない」
ここまで使った魔法は、シールド二回、ストレングス一回、ヒール三回の計六回。それでも、まだ冒険初心者のセインが、これだけの魔法の回数を使えるのは大したものなのである。訓練や経験によって能力を高めれば、使用回数も種類も増えるのだが、まだそんな段階ではなかった。
「まあ、仕方ない。まだ俺達、初心者だしな。今日はこれで引き上げるしかないか」
ジョルダンがため息とともにその事実を受け入れた。彼もまたこれが初陣なのである。それは女性二人も同じだった。
マリサが仕方ないとばかり、肩をすくめた。
「私はまだ四回魔法を残してるけどね。まあ、帰りに何かに出くわしたら、それも使い切ってしまうかも知れないし。安全をとって、ここで引き返すのが良さそうね」
カーラも同意見のようだった。
「そうね、引き上げた方が良さそう。それにあたしの短剣、全然歯が立たなかったし。みんなの足を引っ張ったみたいで、悪かったわ」
そして四人で盛大なため息をついた。
「四人がかりでラージウルフ一匹倒すのがやっとかよ。しかも、セインがいなかったら、全滅確定だったな。うお、そう考えるとおっかねえや。悪かったな、みんなを危険な目に遭わせてしまって」
ジョルダンが謝ってきた。だが、マリサもカーラも首を振った。
「でも、せっかく冒険者になれたんだし、経験を積んで強くなりたいわよ」
「そうそう。面倒でも繰り返し頑張れば、いつか強くなれるって」
セインはそんな三人の様子を見て、これは次もあるのかなと考えていた。そうなると放ってはおけず、ついて行くことになる。しかし、それも仕方ないと考えるような、お人好しな性分だった。
「僕はやっぱりダンジョンは遠慮したい、かな。したいんだけど、みんなの役に立ちたいから、もちろん僕もついて行くよ」
ここはオルクレイド王国の辺境にあるボルクス村から、西に少し離れたところにある、村の名を取って『ボルクス西のダンジョン』と呼ばれている場所である。この日、冒険者になり立ての四人が、初めてダンジョンに挑み、散々な目に遭って引き上げる羽目になったのであった。
前回作とがらりと変わって、魔法ありの冒険者物の話です。設定は定番通りのどこかで見たような感じですが、ご容赦下さい。いきなり戦闘場面からですが、これがまた苦戦からのスタートで、果たして彼らは無事に強くなれるのでしょうか。前途多難な物語、開幕です。