僕と紫陽花一家の、塩っぱくて湿っぽい戦い
※ 短編四話をひとまとめにしています。
※ 良い子はブラウザバッグをお願いします。
◇ 青い紫陽花は、辛抱強くひまわりの種を待ち続ける ◇
六月になると僕は憂鬱になる。じめじめした湿った空気があたりを覆い始め、梅雨と呼ばれる季節に入るからだ。
憂鬱なのは梅雨のせいだけじゃない。ヌメヌメした蛞蝓のようなヌル光した、紫陽花が美しく咲き乱れるからだ。これは僕は町に住む紫陽花一家に、碌な思い出がないせいだろう。
紫陽花の花言葉を見れば、僕の気持ちがわかってもらえるのではないかな。
紫陽花の咲かせる色はいくつかある。例えば「青」 だ。辛抱強い愛情とか冷酷、冷淡とある。言葉の由来は、昔スパイだった何とかさんが愛した女性から来たと言われてる。誰が決めたのかわからないから、決めたものがちな気もする。
でも⋯⋯紫陽花一家の「青」 は別の意味で辛抱強いんだ。 春先に似たような変質者が現れるけれど、紫陽花一家の「青は ゴリッゴリと、水分の抜けた固めな人参がすりおろせるくらいの青髭な上に、僕の倍はある⋯⋯くらいデカい。変質者というより変態ビッグリマッチョだ。
最悪なのはまさに紫陽花が咲き誇るこの時期に活動が活発になるからなんだよね。学校の帰り道。冷たい雨が降りしきる中で、紫陽花一家の「青」 の青髭が、青いレインコート姿で立っている。
外気温は24度と晴れていると少し暑い、本来ならば活動しやすい温度。それなのにジメジメと鬱陶しいこの季節に、密閉性の高い安いレインコートを羽織ると、レインコートの内部は地獄に変わると思う。
雨に濡れた方がマシなくらいに汗が滲む。湿度の高さが致命的で蒸し風状態。低温サウナに入って汗を流している⋯⋯そう思えば安上がりかもしれない。でも漂う汗の発酵臭と、塩っぱそうな湯気がもわぁ〜と立ち込め、見るものに怖気を与える。
梅雨のレインコートの中は不快指数百%だ。自慢のマグナムが錆びつくとか、自慢のキノコにカビの生えるんじゃないかとブツブツ呟く声がする。恐ろしいのは身長1メートル弱の僕の目の前に「青」 がやって来た時だ。
ニヤァ〜〜〜と「青」 が濃い青髭の口元を綻ばせる。不快な雨のせいで人通りも少なく、逃げ場もない。僕は傘を差して顔は見えないのに、いつも見つかる。この男はこうして常に僕の通学路に辛抱強く張り込んでいる。交通安全のボランティアのじっちゃんたちはとっくに逃げ出していた。
「────こんにちは、お嬢ちゃん」
そういって「青」 が僕に近づいて来た。青いレインコートのファスナーをフルオープンして、雨天の下に鍛え上げられた肉体美を晒す。2メートル近い男から解放された臭気は雨に少しくらい打たれた所で浄化しない。
なにより醜い物体が目の前に突き出てきて、僕に迫ろうとするのだ。僕は叫び声をあげるのを我慢した。拒絶反応を見せるほど喜ぶ類の人間がいるのだと、僕は「青」 によって教えられた。
トレーニングのジョギング中、たまたまレインコートを脱いだだけ⋯⋯そう言われてしまえば罪に問えないそうだ。パンツは一応履いているから⋯⋯。
僕の勇気が試される。だいたい僕は男の子だ。憧れの黒いコスモスさんを守れる男になるために⋯⋯男の娘を卒業したんだ。黒いグロテスクな臭体に負けていられない。
「ボスから習った必殺技をくらえ!!」
────ヒュッ! ドシュッ!ベシッ!
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
僕は傘を手放して、ポケットから取り出したパチンコに五円玉をセットして放つ。この間わずか2秒。近くまで迫る臭くて黒いむさいものに、5円玉とパチンコのゴムがクリティカルヒットして鈍い音を立てた。
汚いおっさんの嘆く悲鳴。紫陽花一家を倒すためにボスに相談しておいて正解だったよ。ボスは町一番の実力者、三日月組の僕のお父さんより偉くて強いんだ。
ボスに教わったスリングショット。子供はあまり持ってはいけないらしいけれど、緊急事態だ。「青」 のいる紫陽花一家は三日月組と抗争しているから、これは正当防衛。
「⋯⋯⋯⋯もっと」
「⋯⋯はいっ?」
「もっと刺激を寄越しなさい!!」
「青」 の黒い物体が何故か大きく力を増す。僕は恐怖と身の危険を感じて泣きながら逃げ出した。「青」 怖い、大人おかしい。
「あら、逃げるの? そんな事で黒いコスモスは守れないよ?」
逃げる僕を追いかけて来て、馬鹿にしたように黒い物体を蠢かせて笑う。「青」 はそうやって陰湿に責めるのだ。カラッと秋晴れのようなサッパリした黒いコスモスさんとは大違いだ。
赤いランプを滲ませたパトカーが通り過ぎる。でも雨の中で、泣きながら逃げる歩く僕と、青いレインコートを着て黒いブーメランパンツをみせつけるようにノシノシ歩く「青」 を見ても気づくことなく走り去ってしまった。
「ただ歩いてトレーニングしていただけで何の罪があるの?」
レスラーの「青」 のトレーニングは公認の服装だった。背が高くて怖いからと子供達が勝手に驚いて逃げるのに、一々逮捕されるのはおかしいと裁判になった。
結果は「青」 は勝った。普通の格好をしていても山のように大きな「青」 が突然現れればビックリして泣き出す子供達が多い。
「青」 を逮捕するのなら、世の中の高身長の男性みんな逮捕しないといけなくなる。だから「青」 は逮捕されない。僕が黒いコスモスさんを好きなのを知ってからは、ずっと黒いブーメランパンツを履いてスクワットしながら待ち伏せしているのだ⋯⋯。
誰も助けてくれない。僕のお父さんは三日月組の組長だから⋯⋯一般人は抗争に巻き込まれたくなくて傘で見えなかったふりをする。
紫陽花一家の「青」 は辛抱つよくしつこく粘っこい。泣きながら歩く僕の体力が尽きる様を、コサックステップしながらゆっくり翫び楽しんでいるんだ。
僕が力尽きた時、花を散らすように僕は「青」 に食べられてしまうんだ。
泣きつかれ⋯⋯歩き疲れて追い詰められた僕に迫る「青」 の黒い物体。
「もうおしまい? 最初の威勢はどうしたの?」
雨の中、僕が出来たのは町の片隅にある小さな居酒屋だった。その先にはビール工場しかないが、働く人たちがいっぱいいる。
「人が多ければ助けてもらえるなんて、お嬢ちゃんは甘いねぇ。紫陽花一家のこの『青』 は、法律で守られてるのをみんな知っているのよ」
だから誰も子供を助けようなんて思わない⋯⋯そう「青」 がニタリと笑った。お月様が黒い闇に汚されて三日月になるように、僕の顔に黒くて臭いブツが迫ろうとしたその時────
「法的に問題なくても、道徳的に問題なんだよ────この変態がぁ!!!!」
「ぎょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⋯⋯!!」
特別醸造酒「金魚姫の鯉」の一升瓶を片手に握り、黒いスーツ姿の女性が居酒屋から飛び出して来て「青」 の黒いブツごと蹴り上げぶっ飛ばした。
「大きなお〜きな身体をしたレスラーの『青』 さんが、まさか女のヤワな身体にぶつかったくらいでぶっとぶわけありませんよねぇ?」
酔っぱらった黒いコスモスさん、マジつえ〜〜〜カッコいい〜〜〜。
僕の憧れの黒里桜子さんが、酔っぱらって何かにぶつかった⋯⋯ただそれだけの事。この人を守れるような男になりたいのに、僕の貞操が先に守られた。
「三日月組の坊っちゃん、雨で傘もささないでずぶ濡れじゃない。大将ーッ、タオル持ってきて拭いてやって。わたしはお花摘みに行って来るわ」
雨に濡れてもヌルヌルしてそうな「青」 がブルブルと震えながら逃げ出す。紫陽花一家の「青」 の天敵は、理不尽極まりない身体能力を持つ、一輪のコスモスの花。
ボスのアドバイスは刺激を与えるだけで全く役に立たなかったけれど⋯⋯ボスの用意してくれた緊急避難場所は役に立ったよ。
紫陽花一家の「青」 は辛抱強く冷酷だ。紫陽花の花言葉に漏れず一途でひたむきな愛情を情欲の対象に注ぎまくる迷惑な存在でもある。
冷たい雨がシトシト降り注ぐ中で、青い衣を着た女性を想像すると、冷酷さよりも、美しさを感じるのは僕だけだろうか。
まとわりつくじっとりした雨を気にも止めず、青い衣⋯⋯青い肉の衣を担ぎ上げて、真っ赤な血の花を咲かせる女性を見てしまった僕は、憧れの存在を守る男になる夢の高さに嘆いた⋯⋯。
◇ 乙女なピンクもやはり筋肉 ◇
紫陽花一家は地元では有名な色物一家だ。濃い髭と筋肉の鎧を纏った大男の長兄、現役レスラー「青」 に次いで癖の強い「ピンク」 の長女がいる。
この兄妹血が繋がっているため趣味趣向が似通っている。通学途中の僕に向けて、とても強い愛情を向けて来るので迷惑をしているんだ。
「はぁ〜い、三日月の坊や。私があなたのママよぉ?」
「青」 は酔っぱらいの通り魔に遭って入院したおかげで「ピンク」 が活き活きしだした。でも雨が降っていて視界が悪いとはいえ、白昼堂々と攫って行くとは思わなかった。
紫陽花の花言葉には知的要素もあったから「青」 の失敗を糧にまなんだのかもしれない。見た目は脳筋っぽいのに「青」 は陰湿で冷酷だし、「ピンク」 は知的で無駄に行動的だ。
どこだかわからない寂れた倉庫。梅雨のじめじめした空気が肌に纏わりつく。猿轡の布越しでも、埃とカビ臭い匂いに混じり「ピンク」の強烈な香水と、汗の混じった臭いでめまで痺れて痛い気がする。
「三日月の坊や⋯⋯ここなら助けは来ないから、一皮一皮優しく剥いてあげるわね」
「ピンク」 の由来は女性だから⋯⋯ではない。「青」 が血で真っ赤な花を咲かせたように、「ピンク」 は、僕のピンクの肉塊を剥き出しにしようとしているのだ。
流石に犯罪だ────そう叫びたいのに、猿轡で話せない。知的なはずなのに、欲望で真っ赤に血走った目が怖い。
今なら監禁誘拐、子供虐待の罪で捕まえられるのに、寂れた倉庫のカビ臭さが絶望の臭いを想像させる。
「んぐっ! んぐぐぐぐぐぐんぐっ!!」
ボスから習った魔法の言葉、滅びの呪文ではないよ────を、僕は駄目もとで唱えてみる。
「急にどうしたんだい坊や。私に興奮したのかい?」
「青」 に負けず劣らず筋肉質な「ピンク」 が両腕をあげて頭の後ろで組み、しなりながら迫って来る。口裂け女のように口元を三角に歪ませながら、グルグル巻きで吊るし上げられた僕の唯一剥き出しの部分へ触れようとする。
「はい、ピンクさんアウトーーー!!」
寂れた倉庫の壁が一斉に剥がれ、大勢の人々が取り囲んでいた。楽しそうに声を上げたのは、ボスだ。
「拉致監禁、性的虐待⋯⋯色々とアウトな証拠をいただいたよ」
「ムググーーー」
「青」 の時に役立たずと思ってごめんなさい────僕は忍者の格好をしているのに、派手な登場の仕方をするボスに心の中で謝った。
「おのれ真守葉摘! 私の楽しみの邪魔するんじゃないよ!!」
怒り狂った「ピンク」 が、隙だらけのボスに踊りかかる。大人一人の頭を飛び越える跳躍力と、僕を花束を持つように軽々運ぶ筋力。兄の鋼のような筋肉と違い、瞬発力に溢れた靭やかで強力な筋肉。
持久力を兼ね備えたバランスの良い身体。それが「ピンク」 の強み。ボスの華奢な身体などひとたまりもなく引きちぎられそうだ。
「アバババババババババババ⋯⋯⋯⋯」
でも⋯⋯無駄だった。ボスは最強の超能力者だから。わざわざ可視化できる攻撃なんてしないで、人体に直接科学的現象を引き起こす事だって簡単に出来るんだ。
⋯⋯何でそんな現象が起きるのか、僕には難しくてわからないけどね。
「まったく、どうしてサウナばりにじめじめしだすと紫陽花一家は活動が盛んになるんだ。前世は蛞蝓一家に違いない」
全身に引き起こされた強力な電気ショックで「ピンク」 は失神し、失禁した。
「それにしても良く救難の合図を発声出来たね。もう少し様子を見たかったのご台無しだよ」
「えっ? ボス⋯⋯僕が拉致されたの知ってたの」
「当たり前じゃないか。忍びは紫陽花より辛抱強く忍ぶものだよ。君の映像を収めておけば確たる証拠になるし、弱みも握る事が出来るからね」
ペラペラと大事な情報を話しまくる忍び。つまりボスは知っていて「ピンク」 の好きにさせていたのだ。酷いのは弱みは「ピンク」 に対してではなくて、僕や三日月組の組長⋯⋯お父さんに対して使うつもりだった、
「こんな僻地のカビ臭い倉庫まで助けに来たんだ。君の性質が男女どちらによるのか興味もあったからね。見返りは身体で払ってもらうしかないだろう」
ニヤリと笑うボス。紫陽花一家を利用したのでは⋯⋯そう思ったけどダマおいた。
「ピンク」 は二度と僕に近づかない事を誓わされ「青」 と同じ病院に仲良く入院することになった────。
◇ 紫は教室にカビのように潜んでいた ◇
紫陽花一家の中でも活動エネルギーに満ちた「青」「ピンク」 の二人が病院送りになった事で、ようやく僕も静かな学生ライフを送る事が出来るかと思っていた。
まさか「紫」 が僕の教室に直接乗り込んで来るなんて考えてなかった。ボスの忍者の忍んでいない変装も酷かったけれど、「紫」 の小学生は無理がある。
ムキムキ細マッチョでしっとりテカテカな小学生⋯⋯そんな暑苦しい男が隣の席にいたらどう思う?
元々ぼっちな坊っちゃんな僕の回りがさらにもう一回り席が離れた気がする。とりあえず「青」 より細く背も低めだけど、小学生ではない大人の「紫」 は邪魔だ。
後ろの席の雨野君や宇都宮きんが別の席へ机ごと逃げていたのも、僕と「紫」 の教室内隔離の原因だ。黒板が見えないので戻れなんて言えない。
救難信号を発声してみたけれど、猿轡をされた時と違って音が悪いのか⋯⋯助けは来なかった。
「おはよう、三日月君。今日の三日月君の運勢はね⋯⋯なんと、私と同じ紫何だよ? 嬉しくて思わず来ちゃったよ、テヘッ」
「どういう事? 何で僕の学校、不審者を教室に入れたの?」
紫陽花の「紫」 が、神秘や謙虚って誰が決めたの? 妄想MAXな不思議ちゃんは、神秘とは言わない。僕にはただのサイコパスな狂人にしか見えないよ。
「私と三日月君の仲じゃない。そんな連れない事言わないでよ〜もぉプンプン」
あぁ⋯⋯黒いコスモスさんの十分のイチの力で良いから、この『紫』 の頭を穿つ力を⋯⋯。
僕は天を仰ぐように天井を見た。赤いランプの点灯した隠しカメラと目が合った⋯⋯。これ絶対ボスの仕業だ。本当に危険な時は助けに来てくれるのかな。それまではしっとりアロマオイル臭い「紫」 といなければいけないのか⋯⋯。
僕は泣きそうになった。黒いコスモスに憧れて強くなりたかった事もあったのに、情けなくて余計に涙が出ちゃう。
「三日月君、悲しいの? 慰めてあげようか?」
優しいアピールするけど、半裸のマッチョな不審者に慰められたくない。
「⋯⋯帰って下さい」
震えながら僕は「紫」 と戦う決意をする。「紫」 が花言葉通り謙虚で控えめなら大人しく帰ってくれるはず。
「⋯⋯⋯⋯」
「────帰って下さい」
「紫、耳が兎さんだから聞こえなーい」
耳が兎なら、もっと良く聞こえているはずだよ。謙虚じゃなくてふてぶてしい。
駄目だ⋯⋯僕では頭のおかしい紫陽花一家と渡り合うには力不足だ。
「謙虚さが身についたようだね、三日月君」
教室には、担任の先生のかわりに爽やかな笑顔で、忍者の格好をしたままのボスが入って来た。学級崩壊は生徒が起こすものだけど、まさか先生の側から学級崩壊を仕掛けるなんてあり得ないよ。
「不慮の事態は起こるものです。というわけで今日は防災訓練をします」
意味がわからないし、横暴過ぎて謙虚さの欠片もない代理の先生。でも僕にはわかる。ボスがただの訓練で済ますはずがないのだ。
────ジリリリリリリ⋯⋯⋯⋯
警報のベルが急に教室内へ鳴り響いた。避難訓練の時にしか聞かない緊急事態を知らせるベルの音。
「頭上から物が落ちて来ます。皆さん机の下に隠れて下さい」
落ち着き払ったボスの指示に、教室内の級友達は素直に従う。「紫」 の登場から今日は何かおかしいって、言わなくても伝わっているようだ。
「どうやって机に入れば良いの!?」
「紫」 の小学生離れした身体──実際は大人だから大きい。兄姉に比べて細くても、筋肉質なマッチョ。丸まって頭を隠すのすら難しい様子だった。
────ドドドッ⋯⋯ドゴッ!!
「ゴハッ!!」
ドドドッと、隠れた生徒の机の上に何か落ちる音と共に、すぐ隣で一際大きな鈍い音がした。僕は「紫」 の後頭部にアポーなシルエットをした、金のG・ババ像がヒットするのを見た。
「痛ッ────我が家の家宝が何故ここに⋯⋯⋯⋯」
教室内の机に落ちて来たのは象の金メッキ玉なのに、「紫」 のはリアルサイズのG・ババ像だった。
「はい、特別授業はここまで。皆さんまたね」
ボスは気絶した「紫」 と、G・ババ像を回収班を呼んで撤収させると、楽しかったと呟いて帰っていった。ボス、やりたい放題かよ⋯⋯そう思ったけれど、紫陽花一家の変態がまた一人病院送りになった。
始めからボスが出てくれれば片付く問題だったよ。
「それでは成長しないから駄目なのさ」
「わかるよ⋯⋯言ってることはわかるけれど、教室に入りこませるのはみんなの迷惑になるから今後はやめて下さいね」
「⋯⋯はい」
借りてきた猫のように、ボスが大人しく言う事を聞いてくれた。あれっ、なんか僕の周りってろくでもない大人ばかりいる??
◇ 腹黒い白と、緑のおばさん ◇
筋肉おばけな紫陽花一家四兄妹の中で、唯一「白」 だけは普通の女の子⋯⋯に見えた。
「おかえりなさい、坊っちゃん」
だから⋯⋯何で教室や僕の部屋に紫陽花一家がいるの?
「お父さまが普通に入れてくれましたわ」
「白」 は甘え上手でおっさんたらし。だからってライバル会社のスパイを家に入れるのは不味いと思う。とくに僕のプライバシーがバレバレだ。
昔は女性モデル雑誌はかり溜めていたけれど、今は「黒いコスモス」 さんこと、黒里桜子さんのブロマイド写真でいっぱいの引き出しが開放されていた。
写真は、たまごの探偵が月イチでファンに向けて送ってくる。一枚三百円で購入しているのでやましくはない。でも机の上に広げられるのは、隠していたものが見つかったみたいで嫌だ。
「坊っちゃんさあ、私達紫陽花一家の事を変態呼ばわりするけれど、同類だよ。高嶺の花を追いかけるよりも、婚約者の私を何とかしなさいよ」
「白」 は、寛容とか一途な愛だったっけ。親同士の決めた許婚で、「青」 や「ピンク」 や「紫」 より僕と歳が近い中学生のお姉さんだ。僕は認めてないから無効なわけ。
「────誰か来て! 白が既成事実を作ろうとしている!!」
言っている事はまともでも、やってあおる事は紫陽花一家の兄姉達と同じだ。マッチョではないけれど、中学生らしからぬ派手でエッチで危ない水着を着て、僕に迫って来たのだ。どうしてこの格好で着たい露出狂を通したの!
「坊っちゃん、また勝手に紫陽花一家の白が入り込んで⋯⋯って、坊っちゃん!!」
世話役の鮫島が僕の危機に気づき「白」 を止めてくれた。通したのではなく、潜り抜けて来たんだね。見かけ以上にパワーとスピードがあって、大人の鮫島と手と手を組んで互角の押し合いを繰り広げている。
最近鮫を撃退するアラームが流行っていて、身体のあちらこちらに蕁麻疹が出て本業は休んでいたのだ。異星人でも魚人でもない人間なのに、鮫島にとって、あのアラーム音は不快らしい。
「使用人ごときがこの『白』 に敵うはずがないでしょう」
どこかで聞いたようなセリフで、鮫島と手と手を合わせながら押し倒した。負けじとブリッジで耐える鮫島。頑張って鮫島! 僕の貞操を奪わせないで!
「白」 に両手をロックされたままのしかかられ、抑え込まれ、鮫島は奮闘虚しく鼻血の雨を噴き出して敗れ去った。鮫島の罪深い一面が知られて良かったのかもしれない。
「邪魔者はいなくなったわよ。白い結婚でもいいの。坊っちゃんの力が必要なのよ」
僕が黒里桜子さんに惚れる理由は、この白々しい「白」 の胡散臭い謙虚さが嫌いだからだ。桜子さんは真っすぐで、黒さを隠さない。
「はんっ! なら、黒いコスモスから散らしてやるわよ」
「や、やめろ! 僕の宝を破くなぁぁぁ」
流石の「白」 も兄の「青」 を一撃で沈める桜子さんには敵わないと理解しているようだ。悔しまぎれに僕の大事にしているプロマイド写真がビリビリと破られ散らかってゆく⋯⋯。
ごめんなさい黒いコスモスさん⋯⋯僕はあなたを守れなかった。
たとえ写真一枚でも、桜子さんが破られ敗れたようで許せない。不甲斐ない僕のせいだ⋯⋯。花の散るようにヒラヒラとプロマイド写真が鼻血を吹いて倒れる鮫島の上に舞い落ちる。
「綺麗ね。まるで桜子がゴミのよう⋯⋯」
最悪のセンスだ。桜子さんがこの二人によって汚されたようだ。
ピッ────
────────
────グゥエ〜〜〜グゥエ〜〜♪
僕は非常警報ベルがわりに持たされた、鮫の嫌がる音を発する非常識ベルを鳴らした。悶える鮫島。なぜか頭を抱える「白」 がいた。
「まぁ〜た、白! あんたって子は、ひまちゃんに絡んで泣かせたのね。鮫島まで鼻血塗れで何してるの!」
非常識な事態に駆けつけたのは僕のお母さんの「緑」 おばさんだ。紫陽花一家の四兄妹にとって叔母に当たる。紫陽花一家のライバル会社に嫁いだ「緑」 おばさんは裏切りもの。
三人の変態はともかく、「白」 は腹黒いので、僕のお母さん「緑」 おばさんと僕を利用して三日月組の乗っ取りを企んでいた。やり方は滅茶苦茶だけど。
それに僕は⋯⋯認めたくない。認めたくはないけれど、僕には紫陽花一家の血が流れている。男の娘に目覚めたのも、血の成せる業。
「いいのよ、ひま君の好きに生きて。お母さんはひまわり君がすくすく育って、お月様を照らす太陽のようになってもらいたいの」
梅雨の時期の湿っぽい空気は嫌い。その時期に咲き乱れる紫陽花も、紫陽花一家のせいで嫌いだ。でもお母さんは好き。変態だけれど、迷惑ばかりかけられるけれど、紫陽花一家も僕の身内だ。
「白⋯⋯わかってるよね。兄妹仲良くいっでごいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
紫陽花一家で最強なのは、「青」 でも「ピンク」 でも「紫」 でも「白」でもない。僕のお母さんである「緑」 おばさんこそ最強だった。
脱兎の如く逃げ出す「白」 の背中を両腕でガシッと掴むと、そのまま僕のベッドへ投げっぱなしジャーマンで頭から投げ捨てられた。
「白!?」
しぶとい「白」 はベッドに激突寸前頭を腕で守り、ダメージを減らしていた。それでも衝撃に耐えられず、僕のベッドはぐしゃぐしゃに砕けた。
「その子はヤワな鍛え方していないから、そんなに心配しなくてもいいわよひまわ君」
僕の部屋の惨状にお母さんとしては、もう少し心配して下さい⋯⋯。
「それよりもひま君に朗報よ。書家の先生の娘────菖蒲、あやめ、杜若の三姉妹、誰か一人貰ってやってくれと相談されたわ」
「緑」おばさんのとどめの一言に、「白」が今日一番ダメージを受け沈んだ。大好きだけど紫陽花一家のお母さんは、やっぱり僕にとっては迷惑系なのだと思った。
お読みいただきありがとうございました。筋肉キャラクターを書きたかっただけです。