第15話 イヅノちゃんは山ガール?
イヅノは働き者だ。アルバイトなどで働いている若者とは比較にならないほどの熱心さがあるのは、人里での暮らしを学んでいる最中だからだと思う。
見知らぬ土地で暮らすことになったとき、そこで生きるための知識や知恵を得るのであれば、誰でもがむしゃらに頑張ることだろう。
掃除、洗濯、家事、育児……はまだ先か。ともかく、お布団を干したり洗濯機などの機器をピッピッと操作したりと、田舎に住む人間としての暮らしにも慣れてきたように思う。
そんな風に忙しくぱたぱた走り回っているイヅノが、なんとも古風な着物姿なのだから面白い。最近のオーク族は変わったなと思いはするが、それはイヅノだからできることだろう。
そんなことを考えていた俺に、布団を両手に持つイヅノがくるんと振り返ってきた。
「あなた、鉈など持ってどうしたのです?」
「ん? ああ、まあ、そろそろ鶏をだな……」
ごにょごにょと俺はいつになく口ごもる。これから鶏をさばく予定だったのだが、さすがにそれを女性に見せるわけにはいかんだろう。
などと思っていた俺の目の前で、すうっと鉈が持ち上がる。その手は褐色の肌であり、ひと呼吸の間も置かずに振り下ろされて……。
――コケ、だんッ!
うおおお、この娘、まったく躊躇しないで首を落としおったぁぁぁ!
しかも血抜きや毛抜きまでテキパキこなすなんて! うわっ、臓物をゴソッと抜きおったぞ!
「どうして驚いているのです? 熊の解体に比べたらずっと楽ですが」
「あー、そうだった。そういう着物姿だと、ついついイヅノが普通の女の子みたいに思えてしまうな」
「むっ! 知らないのですか、総一郎さん。やれやれですね。最近の女子は野性的な動物の肉を楽しむジビエなどのブームがあり、山ガールや森ガールといった熟練者も実は存在しているのですよ」
そいつらは間違っても鶏を絞め殺したりしねーよ。あとなんたらガールってのは単なるファッションだから。
ただ、ここはドのつく田舎だし、先ほどのような行為も生きていく上で必要なことではある。綺麗好きではやっていけないんだよね。特にうちみたいに自給自足な生活をしている家ではさ。
ほどよく処理した鶏を天井に吊るしていたときも、イヅノは怖がることなくじっと見つめてくる。そのときふと疑問に思ったことがあり、彼女に問いかけてみることにした。
「なあ、イヅノは何歳なんだ?」
「今年で16歳です」
「はっ! えっ!? 若くねえ!?」
「なぜ驚くのです。16歳といえば立派な成人したオークです。身ごもることもできますし、こうして嫁ぐことだって許されるのですよ。そう言う誠一郎さんは何歳なのですか?」
「え? 16歳だけど」
「はあ~~っ!? まったく、しらじらしい嘘はやめてください。さすがにそれは若すぎます」
おいおい、なんでそっちまで驚くんだよ。
確かに年齢制限のある車や銃を持っているけどさ、それは狩猟家である親の功績のおかげで特例的に認められているんだよ。俺以外の誰がこの荒仕事をこなせるんだっていう話だ。
しかしイヅノはまったく納得いかないらしく、じいーっと赤い瞳で見つめてきた。やや不機嫌そうな目つきで。
「嘘だと白状するならいまのうちですよ」
「なんで嘘つかないといけないんだよ。若作りするような歳じゃないって」
「だって私よりもたくさんのことを知っています。毎日教わってばかりで、その、頼れるなって思っていたのです。なのに私と同い歳だなんてまったく信じられません」
あー、そういう感じで見られていたのか。俺はぜんぜんガキだし、世間でいうところの未成年にあたる。彼女のようなオーク族の常識はまったくないし、普通なら学校に通っている年齢だ。もちろんエロサイトを観るのも禁じられているが、ネット通信のおかげ……おほんっ! この話は危ないからやめよう!
そういうわけで俺は中卒程度の教育しか受けていないけれど、それはまあ別にいいかなと思っている。中学までは生活に役立つ知識が中心であり、高校以降は覚えなくても平気なことを学ぶわけだしさ。
逆に俺から見たイヅノはというと、まったく年齢が読めなかった。背丈や肉づきには大人っぽさがあり、また言動はというと子供っぽい。だから年上でも年下でも気にすることなく狩りにおける優秀な生徒という位置づけで考えていた。
まだ納得いかないのか、じいーっとイヅノから見つめられた。
「だから、てっきり年上だと思ってました」
「だったら敬語はやめてもいいぞ」
「……うーん、嫌ですね。私はこのままがいいです。教わって、立派になって、たまーに褒められると嬉しくなる。そういう関係が実は気に入っているのです」
にこっといつも通りの笑みを浮かべてくれると、まあ悪い気はぜんぜんしない。むしろ嬉しいというか、もっとたくさんのことを教えてあげたいなって思う。
「なるほど。じゃあたくさんイヅノに教えるとしよう」
「はい、お願いします。たまーに褒めることがコツですよ。自分でも信じられないほど嬉しくなりますから」
などと一般人であれば悲鳴を上げそうな解体場で、爽やかに笑いあう俺たちであった。
確かに彼女に教えることはたくさんある。そのなかで優先すべきは、言うまでもなく生き残るための技術だろう。ここは大都会などではなく、魔物たちが牙を剥いている恐ろしい土地なのだから。
ふっ、ふっ、ふっ、と白い息を吐きながら彼女は斜面を登る。イヅノの背後にうっすらと見える山には雪模様がなされており、そう遠くないうちにこの村も雪で閉ざされてしまうだろうと予感する。
敏捷性はともかく、筋力と持久力がイヅノはやや低いため、約25キロもの重装備で山間部をひたすら歩く訓練はかなりこたえるはずだ。もちろん俺も彼女と同じどころかプラス15キロという超重量だぞ。
いやー、前からやりたかったんだ。自衛隊の最強精鋭「レンジャー」の称号を受けるのと同じ訓練をさ。
「この先に湖があってさ、だいたい2日ほど歩いたら辿りつける。そこでキャンプでもしようぜ。釣り道具もあるからきっと楽しいぞ。いやー、冬のハイキングって楽しいよな。あれ、イヅノちゃん鼻水出てる?」
「…………」
あらら、怒鳴る気力さえ尽きちゃったかぁ。
動きやすいように黒髪を後ろにまとめているし、たらたら流れ続ける汗や表情はどこか普段と異なる。なんというか殺気まで感じてしまうけど、背負い鞄のストラップに挟まれたおっぱいが窮屈そうですねとしか俺は思わない。
「あっ、あなたのっ……」
「え、なんだって?」
「そういうところは大っ嫌いですッ!!」
ふんっとものすごい勢いの鼻息を吐き、イヅノはずんずんと馬のように力強く坂道を登って行った。
あーあ、お願いされたから山のサバイバルを教えようと思ったのに。鉄は熱いうちに打てと言うし、だったら本格的な訓練をしてもいいなって考えるに決まってるじゃんね。
ちなみにこのあと「イヅノちゃん可愛いね」と話しかけたら「体力お化けのバカ!」って怒鳴られたぞ。たまに褒めるのがコツとかなんとか言ってなかったっけ?