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07 身勝手な大人たち

 七月二十五日。遠海駅のホームには一人の男が座っていた。

 むせかえるような潮の匂いのなか、ミツルは男の前に立った。

 筋肉質な背中を丸めるようにして座る男。白髪混じりの短髪を見下ろし、ミツルは男を呼んだ。


「渡したいものってなんですか、三橋さん」


 昨晩、ミツルが受け取ったメッセージは三橋からのものだった。


『渡したいものがある。明日の五時。遠海駅のホームで待つ』


 メッセージにはそれだけ書かれていた。


「やあ、ミツルくん。おはよう」


 三橋は顔を上げ、にこやかに挨拶をした。相変わらず目の下にはクマがあったが、表情はどこか晴れやかだった。


「これを君に渡そうと思ってね」


 三橋が差し出したのは一通の封筒だった。ミツルは特に警戒することもなくそれを受け取った。

 古びた茶封筒には消印や切手はなく、ただ『三橋へ』とだけ書かれていた。


「タカシの遺書だよ」


「え!?」


 ミツルは心臓が止まったかと思った。少なくとも数秒は息をすることを忘れていた。三橋はやはりニコニコと、ミツルを見ていた。


「タカシとは幼馴染でね。実は赤ん坊の頃の君と会ったこともある」


 穏やかな顔で昔を懐かしむように、三橋は目を細めた。


「なんで……」


 さまざまな疑問が一気に噴出していた。疑問が多過ぎて、何を聞いた言葉だったのか、ミツル本人もわかっていなかった。そんなミツルを見て、三橋はクツクツとおかしそうに笑った。


「君に渡すべきか、悩んだんだけどね。そこには君の知りたがっていたことが書かれているよ。読んでみたらいい」


 ミツルは、震える指で、封筒を開けた。中には便箋が一枚だけ入っていた。折り畳まれたそれを開く。指が躊躇い、広げるまでには時間がかかった。

 ようやく全貌を現した紙の上には、書き殴ったような筆跡が踊っていた。


『三橋へ。これは遺書だ。ミナコは結婚前から入間の野郎とできてやがった。ミツルだって誰の子だかわかったもんじゃない。だから俺は全員を困らせてやることにする。お前にはひとつ頼みたいことがある。七月二十五日の朝に俺は遠海駅で死ぬ。死んだ後、俺の死を事件にしてほしい。それで完璧だ。ざまあみろだ』


 それは遺書と呼ぶには、あまりに身勝手で稚拙で、怨嗟に満ちていた。


「なんですか、これは」


「遺書だよ」


 三橋はニコニコとしていた。


「本当に、勝手なやつだよな。人の迷惑なんて微塵も気にしないやつだったよ」


 三橋は笑顔で話を続けた。


「俺の父さんはさ、運転手だったんだよ。東武臨海線のね。七月二十五日、父さんの電車は一人の男を轢いた。ひどい事故だったよ。そのショックで父さんは心を病んでね。何かにずっと怯えてたよ。仕事も辞めて、酒に溺れて、体を壊して入院してたんだ」


 三橋はそこまで言うと立ち上がり、ミツルと顔を付き合わせた。


「俺は父子家庭でね。どんなに壊れていても父さんは父さんだったよ。見捨てることなんてできないさ。俺は毎日病院に通ったよ。結婚も諦めた。結婚する相手に、こんな父さんを見せたくなかったからね」


 ミツルは三橋の笑みが、ぐにゃりと歪んだ顔に見えた。


「それがね、ようやくだ。ようやく昨日、逝ったよ。最後まで怯えたまま。怖い、怖いって言ってた。死んだら怖くなくなったんだろうね。静かになったよ。そしたらなんだかスッキリしてさ。急にこれを君に渡す気分になったんだよ。本当はこんな酷い手紙、見せるつもりはなかったんだぜ。でも君は知りたかったんだろう? 真実ってやつを。ああ、あいつは疑っていたけどね、君は間違いなくあいつの息子だ。奥さんがそう言ってたよ。ああ、そうさ。君はあいつの息子なんだ」


 三橋は興奮気味にまくしたて、しばらく高笑いをしていた。

 ホームにアナウンスが流れる。大海行の急行列車通過を知らせるアナウンスだった。


「おめでとう! 君は知りたがっていた真実にたどり着いたんだ!」


 三橋はそう言って、ミツルの右手を掴んだ。


「握手だ!」


 三橋は力強くミツルの右手を握り、そのまま抱きしめた。ミツルは訳も分からず、目を白黒させるばかりだった。もがこうとしても筋肉質な体はびくともしない。


「大きくなったなあ」


 三橋の声は高揚していた。何がそんなに嬉しいのか、ミツルにはさっぱりわからなかった。

 ホームに電車が入ってくるのが音で分かった。ミツルの身体が反射的に跳ね、強張った。三橋がクスリと笑った。

 次の瞬間、ミツルの耳元で三橋が囁いた。


「じゃあな。朝霞。『ざまあみろ』だ」


 その声を聴いた途端、ミツルの視界がぐるりと回った。

 電車が甲高い悲鳴のような音を出して通過していく。


 ミツルはひとり、ホームに転がっていた。抱きしめられていた感触が、熱が全身に残っている。呆けた顔でミツルが見上げた先には時計があった。


 七月二十五日。天井から吊られた時計は午前五時二〇分を指した。

氷川です。


初めてのミステリー作品でした。

イヤミスのイメージは「そして誰もいなくなった」とか「オリエント急行」とかだったんですが、最近はもっとイヤな気分になる作品がそう呼ばれているのかも? と思ったりです。


書き終えて、割とこの作品気に入ってるなぁというのが作者の感想です。


友人からは、「一番アウトローな人が一番マトモだね」と言われ、ああ、ホントだと思ったり。


プロットブレイカーを自覚しているので、しばらくはミステリージャンルは手を出さないかなぁと思っています。


コレ書いたのを機に、ほんの少しネタ帳の書き方が変わったかも。

最後までご覧いただき、ありがとうございました!

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