06 真相(2)
そう言い切った寄居の態度に、ミツルは違和感を覚えた。威圧感が揺らいだ気がしたのだ。何より、手元のファイルはまだページが残っている。ほとんど当てずっぽうで、ミツルは尋ねた。
「母は、どうして死んだんですか?」
すぐに答えは返ってこなかった。寄居は視線を逸らし、ガシガシと頭をかいた。そしてぎろりとミツルを睨みつけた。
「事件のあと、不倫が発覚するわ、会社は傾くわ、朝霞ミナコは人生のどん底を味わったんだよ」
「会社が傾いた?」
ミツルの知らない話だった。同時に、寄居は母の死についても知っていると確信した。
「JETていやお前、ITバブル期には世界でも有数の大企業だったろうが」
Japan Electronics Technologies の頭文字からJET。かつてあった大手電機メーカーの名前だ。いまは外資系の傘下となってブランド名だけが残っている。ミツルが知っているのはそれくらいだった。
「母はJETにいたんですか?」
寄居はそれを聞いた途端、苦虫を噛み潰したような顔をした。再びガシガシと頭をかき、肩を落とす。
「知らなかったのかよ、ちくしょう。そうだよ。お前の父親も同じ会社だ。社内結婚だよ」
ミツルは驚きを隠せなかった。まさか父と母が同じ会社に勤めていたとは夢にも思わなかったのだ。
「一〇年前の七月二十五日はJETの新商品発表と、海外大手との対等合併が予定されてたんだよ。立ち消えたがな」
「あ……」
ミツルは国会図書館でみた新聞を思い出した。確かにそんな内容の記事があった気がする。
「朝霞ミナコの不倫相手は、JETの役員で合併の責任者だったんだよ。JETにとっては悪夢みたいな日だったろうな。自社の社員が電車に飛び込んだその日に、商品発表会と記者会見なんてしてみろ。イメージダウンにしかならねえよ。発表は延期だ。ほとぼりが冷めるのをまって、仕切り直したかったんだろうが、そこで発覚したのが、自殺した社員の妻と役員の不倫だ」
話だけでもその悲惨さは理解できた。両親との繋がりが薄いせいかもしれないが、ミツルはJETという会社に同情すら覚えていた。
「結果、新商品発表はうやむやに。合併話は流れて、JETは株価が急落。対等合併どころか、外資に吸収されちまった。当の役員は解任。賠償責任でJETから訴訟されたよ。朝霞ミナコも会社にはいられなくなってな。連日マスコミに追い回されて、逃げるように姿を消しちまった」
寄居はファイルを閉じた。
「で、役員の裁判があった十二月二十四日、遠海のホテルでふたりは心中した」
「心中!?」
「ああ、そうだ。お前の母親は不倫相手と心中したんだよ」
寄居から突きつけられる事実はひとつひとつが鋭利な刃物のようだった。それらは容赦なくミツルの心に刺さり、えぐった。
ミツルは脱力し、完全に言葉を失っていた。
寄居はそんなミツルを放置して、席を立つ。ファイルを棚に戻してから、そのまま寄居は自分のデスクへ座った。
「気が済んだら適当に帰れ」
寄居はそれだけ告げて、仕事を始めた。カタカタとキーボードの音だけが響く。
しばらくして、ミツルはボソリと尋ねた。
「どうして、話してくれたんですか」
キーボードの音が止まった。寄居は黙ってデスクに向かっていたが、やがてひとりごとのように言った。
「まあ、俺も朝霞ミナコを追いかけ回した一人だからな。悪いなんて思っちゃいねえが、俺なりのケジメみたいなもんだ」
ミツルそれから礼も言わずに出版社を出た。
話を聞いても、ミツルには寄居を恨む気持ちはなかった。
ミツルの中に生まれたのは別の感情だった。
父の死の真相を調べよう。そう思った自分は一体なにを考えていたんだろうか。
知った先に、何を期待していたんだろうか。
ミツルには、父も母もひどく身勝手な人間に思えた。子どものことなど二人とも一切考えていないように思えてならなかった。
それからしばらくの間、ミツルは何もする気にならず、大学にもバイトにも行かないまま、一週間が過ぎ、二週間が過ぎた。
死んだように生きる日々が続き、迎えた七月二十四日。夜のことだった。
ミツルのスマホに一件のメッセージが届いた。