04 戸籍
ミツルはいきなりつまずいた気分だった。
自宅のベッドに寝転がりながら情報を整理する。
事件に直接関係しているのは三人しかいない。
父、朝霞タカシ。母、朝霞ミナコ。あとは母の不倫相手だ。不倫相手は母と同じ会社の上司ということしかわからない。
ミツルには選択肢がなかった。
母に会う。いまできることは、これしかない。
母を最後に見たのは父の葬儀のとき。以来、声すら聞いていない。
探そうにも手がかりはゼロ。当時の会社すらミツルは知らなかった。なにせ当時まだ八歳だ。共働きの家庭だったというくらいしか認識がない。
ふと田舎の祖父母なら何か知っているかもしれないと思ったが、その案は即座に却下した。田舎を出た時点で、ミツルは祖父母にはもう会わないつもりでいた。連絡を取る気もない。まして両親のことを聞くなどもってのほかだ。
小説であるなら、都合よく名探偵が登場してくれてもいい頃合いだ。だが、現実はそんなに甘くないし、ミツルにはそんな縁も金もない。何か手段がないかインターネットで調べて、ミツルは母の戸籍を取ってみることにした。直系親族であれば、親の戸籍でも取ることができるらしい。
翌月曜日、大学をサボり、ミツルは本籍地の区役所へ向かった。
本籍地は引っ越しの時に取った住民票に書かれていた。そこはミツルが昔住んでいた町で、現住所から三〇分とかからない場所だった。
ミツルも戸籍だけで母の居所がわかるとは思っていなかった。なにせ一〇年間、連絡ひとつない母だ。何かひとつでもいい、手かがりくらいは掴めれば。そう、思っていたのだが--。
「え……!?」
窓口と机を何度も往復し、面倒な手続きを経て、ようやくミツルの手元に一枚の紙が渡される。内容の確認を促されたミツルは、思わずその場で声を出していた。
「あ、あの、これって……」
震える声で、窓口の女性に尋ねる。女性は、声に負けず震える戸籍を覗き見てからミツルの顔色を伺い、静かな声で告げた。
「こちらの方は既にお亡くなりになってますね」
『宮原ミナコ 【死亡日】平成二十五年十二月二十四日 【死亡時分】午後二十三時三十八分 【死亡地】東京都臨海区』
父が死んだ年の年末だった。ミツルは何が何だかわからず、その場で立ち尽くしていた。祖父母からは隠されていたのだろうか。はたまた祖父母も知らなかったのだろうか。まさか自分が知らぬ間に母が死んでいたなど、思いもよらなかった。
「あの、大丈夫ですか?」
窓口の女性が立ち上がり声をかけると、ミツルはかろうじてうなずいた。
「母、なんですが。なんで、死んだのかってわかるんでしょうか……」
消え入るような声で尋ねると、窓口の女性は「少々お待ちください」と一度奥に行き、すぐに戻ってきた。
「一〇年前なので確実にとは言えませんが、法務局で死亡診断書を取り寄せることができますよ」
礼を言い、ミツルは窓口を後にする。