03 東湾岸署
聞き込みをしよう。国会図書館を出たミツルは真っ先にそう思った。
ゴシップ紙や週刊誌の記事は大半が憶測にまみれ、事実としてはどれも似たような情報しか書かれていなかった。どんなことでもいい。手がかりが欲しかった。
翌日。大学帰りのミツルが向かったのは警察だった。昔読んだ推理小説を参考にしただけなのだが、他に良案が思いつかなかった。
新聞記事に載っていた東湾岸署は、終点の新大海駅から歩いて十五分という中途半端な場所にある。
警察署に行くのは初めてだった。近づくにつれミツルは何度か足を止め、深呼吸をした。三〇分近くかけてようやくたどり着く。署内に入ったミツルは、早々に戸惑った。
総合案内のような窓口はない。どうやら用件がある課を直接尋ねるようで、入ってすぐの案内板には課とフロアの一覧だけが書かれていた。いったい何課を尋ねればよいのだろうか。案内板の前で立ち往生していると、通りかかった若い女性警官がミツルに声をかけた。
「どうかしましたか?」
「あ、いや。その……」
急に話しかけられ、ミツルはすぐには言葉が出てこなかった。推理小説では警察に行けばうまい具合に話が進んでいた。自分もなんとかなるくらいにしか考えていなかったのだ。女性警官はその場でミツルの返答を待ってくれていた。
「一〇年前、父が、遠海駅で死んだんです。そのときは子どもで、事件のこと誰も教えてくれなくて」
ミツルは半分片言のように、思い浮かんだ言葉を繋いだ。女性警官は真剣な顔でそれを聞くと、ミツルを廊下のソファへ座るよう促した。
「こちらでお待ちください」
言われるがまま、ミツルは待った。悪いことをしているわけではないのに、鼓動はうるさいくらいに早鐘を打っている。何分待っただろうか。体感時間では数十分と待ったようにも思う。
一人の男がミツルの前に立った。私服の男性警官だった。見た目は四十か五十か。白髪混じりの短髪で、目の下にうっすらクマが見える。身長はそこまで高くないが、がっちりとした肩幅と引き締まった体躯が印象的だった。
「地域課の三橋です。一〇年前の遠海駅のことできているというのは、君で間違いないかい?」
ミツルは立ち上がり、うやうやしく頭を下げた。
「朝霞ミツルです」
三橋刑事は、ミツルの顔をまじまじと見て、
「ああ……そうか」
と、ため息をつき、ミツルを二階の会議室へ通した。簡素な長机と椅子が並んでいる部屋で、二人は後ろのあたりに向かい合って座った。
「朝霞ミツルくん。いまは一八歳か」
「はい」
「当時、お父さんの事件を担当していた刑事は、みんな別の署に異動したり、定年になったりでね。もういないんだ」
「そう、ですか」
ミツルは俯き気味にそう言った。一〇年も前だ。そういうこともあるかもしれないとは思っていた。
「君は何を知りたいんだい?」
三橋に尋ねられ、ミツルはやはり言葉に詰まった。
「何が、あったのか……知りたいです」
悩んだ末に出たのはその一言だった。三橋はしばしミツルを観察するようにしてから、かぶりを振った。
「捜査資料は簡単に見せられないものだから。申し訳ないけど」
それも予想はしていた。だが予想していたのと、実際に面と向かって言われるのはまったく違っていた。情報を手に入れるために何か質問をしなければ。冷静さよりも、焦燥感がぐいぐいと前に出てくる。
「父は……本当に自殺だったんですか?」
ミツルの喉から、押し出されるようにでた問いはそれだった。三橋は即答した。
「発表された通りだ。あれは間違いなく自殺だよ」
「そう、ですか」
話はそこで終わってしまった。
ミツルは、三橋から名刺を受け取り、携帯番号を聞かれたので教えた。念のための連絡先の確認ということだった。