後編 大陸
大陸視点の動画編集時のお話です。
PCの画面から俺の「カメラの準備は大丈夫か?」という声が聞こえ、耀大が構えたカメラは視点が定まらずゆらゆらと動いている。
車は施錠せず、鍵は右ポケットの中。と確認していたのを思い出す。
嫌がる耀大をカメラマンにして心霊スポット巡りを始めて半年ほどが立つ。
今まで特に何も起こらず、だだダラダラとした廃墟を映し出すだけの映像でも少数だがファンも付いていた。
今日はこの間行ったサナトリウムの映像を編集するために俺の部屋に耀大を呼んだ。
置き去りにしたことを根に持っているのか、耀大の機嫌はずっと悪いままだ。
「この画像は編集せず、そのまま流したらいいんじゃない?」
そう言われてみて、そうかも知れないと思った。
「取り敢えず見ておかないと」
「俺は見たくないよ」
「コンビニで態々(わざわざ)車を撮ってたやつの言うことかね?」
「撮っては見たけど、手形が映ってるとは限らないだろ?」
「・・・そうだな」
往々にして目で見えているのにカメラでは映らない。目には見えないけどカメラには映る。
なんてことはよく聞くことだ。
カメラの中の俺が、ビビっている顔をしている。
建物の中に入った途端に、ここは駄目なところだと思った。
嫌な感じがして、頭の中で警報がずっと鳴っていた。
耀大の表情から、機嫌が悪いことも伺いしれた。
なぜ引き返さなかったのかという思いと、ちゃんと映像に撮れていることを願うのとが半々だ。
あれだけ怖い思いをしたんだから、再生回数をどんどん上げて欲しい。
来月はコンパや学費などの入用が多いのだ。
ちゃんと撮れていたら、再生回数がとんでもないことになるかもしれないとワクワクする。
PCの画面を二人で覗き込む。
「俺、懐中電灯こんなに動かしていたのか?」
「そうだよ!」
耀大の怒りの沸点がかなり低くなっている。
「スローで再生したらなにか映ってるかもしれいよ」
「なんで?」
「何かが蠢いているのを何度も見たんだ」
「そうなのか?」
スローで再生すると、俺が懐中電灯を向け、過ぎ去った場所は闇が動いているとしかいいようのない映像が映し出されていた。
「なんだ・・・これ」
「俺はこの段階で怖くて仕方なかったよ。大陸は何かを感じて懐中電灯を動かしていたみたいだったし・・・」
「そんなつもりは無かった」
懐中電灯を向けた後、次に動かす瞬間に闇の中に何かがいて動いている。
明かりが照らされている場所も、それ以外もなんともないのに、明かりが過ぎ去った後だけが闇か濃くなりウゴウゴと蠢いているように見える。
「予告でここのシーン出してみれば?」
「それいいなっ!!」
映像を切っては繋げを何度も繰り返し、5分程度の予告映像を作り、早速UPした。
1時間もしないうちに再生回数はどんどん上がり、過去にない記録を打ち出した。
その間も編集作業をすすめていると画面全体にうっすらとなにかの線が走っているような気がした。
「耀大、ちょっと見て」
「なに?」
俺は画面の上を指でなぞっていく。
「画面いっぱいに男の顔じゃないか?」
耀大はじっと見て、画面から一歩下がる。
「顔、に、見えるね」
五〜六十代のやつれた感じのする男に見える。
PCからは「なぁ、なんか雰囲気やばくねえか?」と耀大が喋っている。
画面いっぱいの男の顔は消えずにそこに居る。
映像の中の俺は呑気に「今まで行ったことのある心霊スポットとひと味もふた味も違う感じがするな」なんて呑気に言っている。
部屋の押し入れから『ピシッ』と音が鳴った。
俺と耀大はその音に振り返る。
「映像、止めたほうがよくないか?」
耀大の言葉に慌てて映像を止める。
今度はガラスが『ピシッ』と鳴る。
音の大きさからいったらガラスが割れていてもおかしくない程大きな音だ。
「大陸、このまま映像の編集し続けたら、この家に住めなくなるんじゃないか?」
「冗談は止めてくれよ」
笑って耀大を見たら、耀大は真顔だった。
その耀大の顔を見た俺の声は震えていた。
「PCが使えるレンタルルーム借りるか?」
「お金使ってまで編集するの?」
「だよな・・・」
耀大が少し考える仕草をする。
「でもこのまま編集してたらPCクラッシュするかもよ?」
「それは困る。買い換える金が無い」
「ネットカフェに行くか・・・」
「レンタルルームよりは安いね」
俺はデーターを3つとって、その内の2つを持って近くにあるネットカフェに行くことにした。
2人用の仕切りに囲まれた部屋を借りて早速作業にかかる。
PCに読み込ませる段階でものすごく時間が掛かる。
俺も耀大もおかしいと思っても口にはしない。
やっと再生が始まってただダラダラとした部分をカットしていく。
大顔面の所に線を書き足し、下に『大きな顔に見えないだろうか?』とアオリを入れる。
現実の俺たちの背後でピシっとまた音が鳴ったが、ネットカフェだと思うと怖さは感じなかったが、ただ嫌だなとは思った。
不意に大きな音が鳴ってビックリした。みたいな感じだ。
PCの中の俺が耀大にしっかり撮影しろと言っているが、この時の俺は全身鳥肌が立ってビビりまくっていたと思い出した。
PCからはヒュォーーと風が通り抜ける音がしてその後になにか囁くような声が聞こえる。
「今なんか聞こえたよな?」
耀大にも聞こえたようで、その部分だけを何度もリピートした。
『ヒュォーーかえれ・・・コホン・・コホン」
「かえれと咳の音だよな?」
寒気がした。耀大を見ると二の腕を擦っている。
「もしかしてまた気温下がってきてないか?」
「まさか・・・」
流石に空調設備が整ったネットカフェで気温が下がるなんて考えたくない。
音声の『かえれ』と咳の『コホン』の部分を誇張してアオリ文句も入れてこの部分の編集を終わらせる。
蠢く闇は変わらず画面に映り続け、そこにもアオリ文句を入れていく。
俺たちが踏みしめる砂利の音の後で、他の誰かが歩いている砂利の音と、風の音が聞こえる。
「他にも人がいるよな?」
「居る感じがするな・・・」
耀大が寒いと言い出し、カメラの中の俺の息が白いのが画面越しに見える。
「なぁ、ここも寒くないか?」
息が白くなるほどではないが、確かに気温が下がっている気がする。
耀大の二の腕には鳥肌が立っていた。
お気楽な声で俺は、何か起こるんじゃないかと喜んでいる。
今の俺は喜ぶような余裕はない。
「この時、先に進む度に寒さが増していったよね?」
「そうだな」
「なぁ、今も寒さ増してきてない?」
俺も耀大も震えるほどになってきている。
レジがある方向で「寒い」と文句を言っている声がかすかに聞こえる。
囲われた狭い空間がガタガタと振動している。
耀大が四方を囲んでいる囲いをそっと手で押さえる。
押さえたその囲いだけが音が鳴らなくなり、それに反してガタガタという音が大きくなっていく。
「大陸・・・」
俺は壁から手を離して、編集作業を続ける。
今が昼間というのもあるし、沢山の人がここにいることにも安心感がある。
無駄に良いサウンドシステムを付けているせいで、ヘッドフォンから画面の左前方で砂利が踏まれる音がしたことに気がつく。
ジャリという音と同時にアオリを入れる。
カラーン・・・コツン・コツンという音にもアオリを入れ、俺たちが立てた音以外の音にどんどんアオリを入れる。
複数のジャリ、ジャリと砂利を踏みしめる音がPCから流れている時、ドンっ!!っと、カフェの内部から大きな音がしてあちらこちらから悲鳴が上がる。
俺と耀大は一瞬顔を見合わせるだけでさっさと編集作業を終えたい一心だった。
何かが倒れたのか、従業員が「すいません」と謝っている声が聞こえる。
俺と耀大は画面から目が離せない。
「大陸!逃げるよっ!」と言ってこの時、耀大は俺の手を掴んだはずだが、PC画面が映し出すのは無数の人影だった。
不規則にゆらゆらと揺れ、俺たちを取り囲んでいる。
耀大が震えているのかカメラも小刻みに震えている。
かふぇの隔たりの向こうから「なんか臭くない?」と1人が言い出すと「うん。くさいよね・・・なんか腐った匂い?溝の臭いみたいな・・・?」
俺の鼻も溝臭い匂いを感じだした。
いきなり『そんなに・・・こわいか?』男の低く聞き取りにくい濁った声がして、あまりのタイミングの良さに俺は飛び上がった。
何度かリピートさせ、ここにもアオリを入れる。
リピートを止めても『そんなに・・・こわいか?』と声が聞こえ、俺は耀大を見る。耀大も俺を見ていて、声のする場所を探す。
俺達の前の部屋にいるらしきカップルが「なんか気持ち悪いし、寒いしもう出よう」と女が小さな声で言っているのが聞こえる。
耀大が画面を指差し、画面に視線をやると俺が1人で逃げ出し、カメラのライトがプツ、プツと点いたり消えたりして、闇になった。
こんな中に耀大は1人で居たのか・・・。
機嫌が悪くなって当たり前だと思った。
ネットカフェの中の匂いもキツくなっていく。
触れていないのに部屋の囲いがグラグラ揺れる。
今度は触っても揺れは止まらない。
砂利を踏みしめるたくさんの音がPCから流れる。
『くるな・・・』
『でていけ・・・』
『しに、たくな、い・・・』
『にくい・・・』
バンッっとこの山を揺るがすほどの大きな扉が閉まる音がする。
「こんな中に1人で居たのか?」
「大陸に置いていかれたからな!」
ヘッドフォンを外して耀大にもう一度謝ろうとしたら、耳元で『にどとくるな・・・」と聞こえた。
彼方此方から悲鳴や怒声が上がり、部屋から飛び出す人もいるようだ。
俺は飛び上がり「二度と行かないよ」とその声に返答する。
カフェの中で「耳元で声がした。・にどとくるなって言われた」などの声が聞こえる。
ざわめきは大きくなり、ガタガタと物音がして、精算をすませる音が幾つも聞こえる。
恐怖を感じたのが自分だけじゃなくて俺は逆に安心した。
「編集するのは諦めよう」
耀大のその言葉に、編集した物と編集していないものを繋げてそのままアップロードした。
アップロードしたものを再生すると、現象は消えること無く映し出されていた。
『〇〇時〇〇分からは編集作業が出来ていない。
編集中に匂いがしたり、気温が下がったためである』と説明文を加えた。
映し出される映像は俺達が車に乗り込んだところだった。
セルを回してもエンジンがかからず焦っている俺が映されている。
「カメラ止めずにずっと撮ってたんだな」
「止める余裕がなかったんだよ」
やっと掛かったエンジンに俺はアクセルをベタブミしたことを思い出す。
「この時、耀大に事故を起こすって言われてなかったら本当に事故起こしていたかもしれないな」
「怖かったもんね」
エンジンがスンと切れ、速度が落ちる。
カメラはブレることなく俺を映し出している。
「よくカメラ構えていたな」
「カメラ持ってる意識はしてなかったんだよ」
「この当たりからだったんじゃないかな?ハンドルがいうこと効かなくなってきたの・・・」
画面に映る俺は誰かと二重写しのように映っていた。
「ひろむ・・・」
画面の中の俺が耀大を見てニィーっと笑う。
この時、俺は絶対こんな顔をしていなかった!!
急ブレーキが踏まれ、俺と耀大の体が前につんのめり、シートに倒れる。
二重写しになっていた俺は、俺1人になっていたけれど、離れていったのか、同化したのか分からなかった。
画面が一度プツンと切れ、また再生が始まる。
コンビニの駐車場で車には無数の手形が付いているのが映し出され、今度は本当に再生が終わった。
カフェの気温は下がったまま、またピシッとどこかで音がした。
俺達は急いでネットカフェの精算を済ませ、陽の光の中に身を晒して、異常な世界から脱出できた気がした。
耀大はこのまま帰ると言って駅近くで別れた。
このまま部屋に帰るのが嫌だったので、牛丼屋に足を運び腹いっぱい食べて自分の部屋へと帰った。
ディスクに編集済みと編集前と記載し、〇〇県山奥のサナトリウムと書いて、ディスクのことを忘れることにした。
今までのUP動画のディスクに紛れ込ませた。
シャワーを浴びてさっぱりした俺は上半身裸のまま洗面所で歯磨きをしていた。
時折鏡に映る俺を見て、もうちょっと筋肉つけないと駄目だ。なんて思いながら自分の顔を見たら、昼間の車中の映像と同じように知らない誰かと二重写しになっていた。
手にしていた歯ブラシを放り出し、背後に下がるがたったの一歩で壁に背をぶつける。
鏡の中の俺は二重写しのままだ。
俺の表情は驚愕しているのに、もうひとりの顔は満足そうに笑っていた。
耀大に電話しなくちゃ・・・!
そう思ったのが最後だった。
Fin
いかがでしたでしょうか?