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恋愛小説短編集

陰キャだけど無駄に運動神経だけはいい僕の話

 事の始まりは高校の体育の授業中、男女混合で1500m走のタイムを計ったときのことだ。

 まず女子が先にスタートし、時間を空けて男子も走り出す。

 ところがその中距離走でとんでもないことが起こった。


 僕は全員を抜き去り、独走状態になってしまった。


 ゴールした時は清々しい気持ちになった。

 僕は陰キャだけど体を動かすことだけは好きだし、それなりに得意だと思っていた。

 だが『それなり』という部分は僕の勘違いだったようで――


「1500mが4分丁度!?」


 タイムを計っていた先生が大声で驚きを示していた。

 4分で走り切るのってそんなに変なことなんだろうか?

 だが悲しいかな、僕は陰キャだ。先生に質問などできるわけがなかった。


 しかし先生は全員がゴールしたところでストップウォッチを片手にこちらへ駆け寄ってきた。


「鈴木! お前、陸上部に入ってみないか!? 冗談抜きに日本記録を狙えるぞ!」


 僕の性格を理解しているのだろうか、この先生は。

 入部届を手渡されたら断れるわけがない。

 思い返せば運動関連で問題を起こしているのは前々から実感していた。



 だいぶ前の事。

 バスケットボールの体育の授業中、僕はダンクシュートを決めた。

 だってそうしないといけなかった。バスケ部の人がファールしてでも僕のことを止めようとしてきたんだ。

 だから絶対にボールは手放さず、体の接触が起こる前に跳び上がった。


 正直跳び過ぎた。


 本当はレイアップシュートをするつもりだった。

 だけどこの跳躍距離だとゴールに接触してしまうし、勢いがつきすぎていた。

 だから体をうまく動かして、仕方なくダンクシュートに切り替えた。


 その時、黄色い歓声が聞こえた。


 女子たちの声だ。

 誰かが何か格好がいいことでもやらかしたんだろうか。

 多分僕と一緒に試合していた、バスケ部のエースの彼が原因だな。

 陽キャはそれだけで格好が良いものだ。

 そんな彼らがスポーツに打ち込む姿はとても素敵だ。

 陰キャの僕にはない魅力がある。

 彼らのことを見ているだけで眩しかった。


 その後もサッカーでオーバーヘッドキックを決めたら歓声が上がった。

 体操の授業中にバック宙返りをした時もそうだ。


 だからある程度気づき始めていた。

 僕の運動神経はきっとおかしいんだ。



 時は戻り1500m走が終わって休憩していると、一人の女子が話しかけてきた。


「鈴木くん。君って本当に凄いね。ねぇ、なんでそんなに運動神経がいいの?」


 僕はまごつきながら、時間が結構経ってから答えた。


「……生まれつきかも。昔から、運動、得意だった」


「――なんで片言? もしかして緊張してる?」


「うん」


 恥ずかしいけど、正直に答えた。

 人と話すだけでも緊張するけど、彼女、西村さんはとてもかわいらしい子だ。

 ショートボブの髪型をしているだけで活発な子だということが分かる。

 性格は明るく、男女分け隔てなく接する子。

 僕も何度か話しかけられたことがある。

 でも陰キャの性かな、彼女を楽しませられる話題は持っていない。


「なにそれー? 緊張してるのこっちのほうだから。 ほら、鈴木くん目当ての子一杯いるし」


 それこそなにそれ、だ。

 初耳だった。僕の何が――ってこの運動神経か。

 意外だった。神様はこんな冴えない陰キャの僕に一つだけ、運動神経というギフトを授けてくれたらしい。


「――もしよかったら陸上部に入らない? うち、陸上部で800mやっているんだ。適性とか近いと思うから、アドバイスとかもできるし相談にも乗れるよ」


 このままだと本当に陸上部に入りそうだ。

 というか入った。

 あの後先生に入部届を渡された上に、西村さんに念を押されて入部届にサインをしてしまった。


「これで同じ部員だね! よろしく、鈴木くん?」


「よ、よろしくおねがいします」


 放課後、顧問の先生が新入部員としての僕の紹介をしてくれた。

 男子部員は俯き、女子たちは手を合わせて軽く飛び跳ねている。

 彼ら彼女らは一体どうしたというのか、コミュ力不足の僕は察することができなかった。


 先生は一言。


「あー、皆は分かっていると思うが、鈴木はやばい。多分次の新人戦で全国出場は確実だ。だが皆も先輩として、練習に励むように」


 その後、練習中に西村さんとタイムを縮める相談をした。


「鈴木くん、ストライド走法気味だから――あっ、ストライドって大股で走る走り方ね? だけど日本人の中長距離走者ってピッチ走法――小股で走る方がタイムを縮めやすいんだ。だからピッチ走法を試してみたらどうかな?」


 彼女は『私もピッチ走法にしてから速くなったよ?』という。

 ということで僕も試しに小股で走るやり方を試してみた。

 するとタイムは縮まったのだが、今度は縮まり過ぎた。


 1500mを3分45秒で走るバケモノが誕生した。


 とは誰の言葉だっただろうか。

 それはそれはもう、とんでもないタイムを出したことだけは確からしい。


 そんなこんなで練習を続けているうちに、大会の日がやってきた。

 地方大会の準備時間中のこと。


「鈴木くん。もし全国大会に出られたら、一つだけ何でも言うことを聞いてあげる」


 思春期の男子になんてことを言うんだろう。

 でも咄嗟に思いつかなかった僕は、こう返事をした。


「じゃあ、保留で。大会が終わったら、すぐ約束を使うけど」


 彼女はあっけらかんと笑い、『約束ね!』と言う。

 とてもやさしい子だ。

 陰キャ相手にも区別なく接してくれる。


 そして大会は始まった。

 1500m走は僕がぶっちぎりで独走して1位をとった。


 その後の全県大会もそうだ。ほぼ独走状態だった。


 そして全国大会。

 女子800mの予選で敗退した西村さんが待機室で泣いていた。

 ここで慰めの言葉をかけられるなら僕は陰キャをやっていない。

 だけど何もしなかったわけじゃなく、そっとハンカチを彼女に手渡した。


「――ありがとう。鈴木くんはやさしいね。私が足をくじいた時もテーピング手伝ってくれたし」


 そういえば大会前の練習中にそんなことがあった。

 僕はテーピングの巻き方を彼女に教えてもらいながら、巻いてあげた記憶がある。


「――ほら。次、男子1500mでしょ? 頑張ってね! ……それで、約束も忘れないでね」


 僕は頷いて待機室を出てグラウンドへと向かった。

 そして予選スタート。

 皆レベルが高い。ただ単に足が速いだけではなく、位置取りや追い抜き。果ては前の人を風よけに使うというテクニックを駆使していく。

 最後の最後まで団子状態で走っていた。

 でも僕はラストスパートで皆を抜き去り、なんとか一位を取った。


 先生の言葉の意味が分かった。

 全国は狙えるレベルにあったが、優勝できるかどうかは怪しい。

 中長距離は一人一つのレーンで独走するわけではなく、全員がトラックという大きなレーンを使って一緒に走るのだ。

 一人で走る時とは違う。タイムが安定しない。


 いよいよ決勝戦。

 ベンチの方を見ると西村さんがタオルを振って僕のことを応援してくれているのが見えた。

 ここで頑張らなければいつ頑張るんだ。


『オンユアマークス』


 号令後、ピストルの破裂音がする。

 皆が一斉にスタートした。

 僕は集団の中間に位置するが、内側は走らないで外側を走る。

 ラストスパートで人の壁から抜け出せなくなったら困るからだ。


 ペースは順調、体調も良好。

 三週目に差し掛かったところで僕はラストスパートをかけた。

 次々と先行者を抜き去り、僕はトップに躍り出る。

 しかし僕を風よけにして、ついてくる男子が一人いた。

 ――彼に抜かれたら、僕は一位になれない。

 ここまで来てそんなのは嫌だ。逃げ切りたい

 その時観客席から、


「鈴木くん! がんばれー!」


 との西村さんの声が聞こえた。


 そして勝ったのはどちらかというと――


『一位は鈴木選手! タイムは3分39秒コンマ42! いやー期待の選手がぽっと出てきましたね』


『そうですねー。次回以降の大会も楽しみです――』


 どうやら一位をとれたらしい。

 正直最後は差されて二位どまりかと思った。けど逃げ切りに成功したらしい。

 体中に乳酸が溜まり、体は悲鳴を上げている。

 二位の選手が握手を求めてきたので、僕も手を差し出した。


 一時的にだが、そこには確かに友情の芽生えがあった。



「ねぇ、約束、覚えてる?」


「う、うん。――西村さんがなんでもいうことを聞いてくれるってあれ。……じゃあ、友達になってほしい」


 陰キャでも友達は欲しくなる時もある。

 なのでそう提案したのだが――


「だめでーす。もう友達なんでその約束は聞けませーん! ……はい! だから新しいお願い事、早く言って?」


 それじゃあ、僕はもっと西村さんと仲良くなりたい。

 僕はそう答えた。


「――了解! じゃあこれからもっと仲良くしようね? 鈴木く――(たかし)くん!」

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