1−2 モラトリアム
「ともかく、本日はお疲れでしょう。細かいことはまた後ほどということで、皆様を歓待する宴のご用意があります。少々お待ちくださいませ」
しばらくした後案内されたのは、映画の世界でしか見たことのないような大広間での立食パーティだった。
様々な工夫を施された料理が所狭しと並べられ、貴族の紳士淑女がワイングラスを片手に談笑している。
俺たちが広間に入ると一斉に視線が向けられる。
「皆様、彼らが此度召喚された勇者様方です。勇者様、ここにいるのは貴族を中心とした、我が国を運営する者達になります。今後の訓練や勇者契約をされる中で関わる方も多いかと思いますので、是非ともご歓談ください」
それをきっかけに生徒達も恐る恐る食事を始める。
どれもこれもが美味で、同級生たちと雑談しながら食事するうちに少しずつ笑顔や口数が増えていった。
生徒たちの緊張がほぐれてくると見るや、周囲の人々も少しずつ声を掛けてくるようになった。
俺たちのランクは事前に周知されていたのだろう。
まず注目を集めたのは、Sランクの2人。山下勇気と…女子の方はメグミと呼ばれていたか…の2人だった。
「この国の第一王子、レイルズと申します」
「ブラック公爵家の長女、アイリーンです。よろしくお願いしますわ」
金髪イケメン&美女の王子と大臣の孫娘が2人に声を掛けたのを皮切りに、身分の高そうな若者達が次々とS〜Aランクの生徒達に声を掛け始める。
俺と並んでいた愛歩はその様子を冷めた目で見つめている。
「高ランクは人気者って?現金だね〜、なんかヤな感じ」
「いやいや、お前だってBランクなんだからそろそろ声掛けられるんじゃないか?」
そんなことを言っていると1人の男性がこちらに歩み寄ってくる。
「アユミさんですね。私はカリオン、実家は商家を営んでおります」
「あ、ああ…よろしく」
「アユミさんは風属性と伺いました。様子を見ていて個人的興味が湧きまして、あちらで少しお話しませんか?」
「いや、アタシは…」
「話してこいよ。こんなパーティに参列してるってことはかなりの大店だ、必要なものとか色々用立ててもらえるかもしれんぞ」
カリオンと名乗った人物は冷めた目でちらりとこちらを一瞥すると、戸惑う愛歩に満面の笑顔を向ける。
「ええ、もちろんです。風は我ら商人が最も尊重する自由の象徴属性。ここでお会いできたのも何かの縁ですし、何かあれば気兼ねなくお申し付けください」
「じゃあ……悪いね、モグラさん。ちょっと話してくるよ。」
愛歩自身もこの世界の話に興味があったのだろう。連れ立って少し離れたテーブルに移動する。
この世界では恐らく人脈も大きな武器になる、こういう機会に色々と繋がっておくと後々メリットがあるだろう。
なんて考えながらもEランクの俺には誰も興味がないようで、誰からも注目されることなく、1人で料理を貪るハメになっている。
異世界まで来ても結局空気扱いってのは正直しんどいな。
ふと周りを見渡すと、俺と同じように誰からも声を掛けられない面々が数人存在する。
恐らくDランクと判別された奴らだろう。
何となく思い立ってワイングラスを二つ持つと、近くで青い顔をして立ち尽くしていた石狩先生のところに歩いていく。
「やあ、とんでもないことになりましたね」
「あ…用務員さん」
「小倉です。一杯どうです?」
「でも、生徒達が…」
「彼らは段々この世界に適応してきてますよ。騒いでどうなる訳でなし、少し肩の力を抜きませんか?」
「そう…ですね、ありがとうございます」
受け取ってグラスに少し口をつけると、力なさげに微笑む。
真面目な人なのだろう。俺からすれば全く他人の生徒達だが、担任として彼らの行く末に責任を感じているようだ。
そうでなければ教師など務まらないのかもしれない。
「石狩先生はこういったシチュエーションのファンタジー小説とか、創作物はご覧にならないんですか?」
「いえ、その手のものは全く…今だって何が何だか全然分からなくて…よくあることなんですか?こういうのって」
「いや…そういう物語がよくあるってだけで…本当に異世界来ちゃうなんてのはもちろん聞いたことないんですが」
そりゃそうだ、言ってて思わず笑ってしまう。
「ちょっと!笑わないでください!…フフッ」
「良かった、こっちに来てやっと先生の笑顔が見れました」
「えっ!?」
「ずっと思い詰めたような表情してたんで、大丈夫かなと思って」
先生はキョトンとして、またクスリと笑う。
さっきは随分と張り詰めていたが、こうして緩んだところを見ると年相応の若さがあるな。
「ありがとうございます、少し気が楽になりました」
「それは良かった」
「でも……やっぱりもう一回、先方と話し合ってみようと思います。
……私は、1人の生徒も失いたくないので」
「強いですね、先生は」
俺が40年生きてきてついに得ることができなかった強さを、この先生は持ってると思った。でも…
「でも、本当に気をつけてください。ここは異世界です。我々の常識は通用しないし、日常に命のやり取りをしている彼らはいざとなれば僕らを殺すことなんて何とも思わないでしょうから」
俺は一緒に抗議に行くことはできない。
流されるままに生きてきた俺は誰かに逆らって自分を通すだけの強さを持っていないから。
「ええ、その言葉だけですごく勇気をいただきました。ありがとうございます」
先生はそう言うと改めて意見を伝えるためにお偉いさんの方に向かって行った。
そんなこんなで宴も進み、お開きの時間となる。
「それでは、本日はこれで解散になります。皆様お部屋を取ってありますので、ゆっくりおくつろぎください」
当面の寝室としてそれぞれ個室をあてがわれ、そこで就寝。
翌日からは講師が付いてこの世界の常識を学ぶ座学や個々人の身体能力確認、剣の扱い方などの基礎的な講習が行われた。
そして、瞬く間に一週間が過ぎ去った…
俺たちは大広間に集められた。
目の前には主だった大臣や貴族達の他、騎士団の団長や魔術研究所の所長などがずらりと勢揃いしている。
「皆様もこの一週間で大分この世界に慣れたことと思います。明日からは各々の適正に合わせて各所に配属となり、しばらくはそちらで訓練を行なっていただきます」
これが俺の、俺たち転生勇者の長く数奇な物語の始まりだった…