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恋愛小説

はじめての バレンタイン

作者: はやはや

 二月十四日はバレンタイン。小学生五年生の私、柏谷瑠奈かしわやるなにとって、今年は人生で本当のバレンタインを迎える。



 もちろん去年までも、二月十四日はあったし、その日がバレンタインだということも知っていた。

 チョコレートもあげていた。幼稚園の頃からのおささなじみのゆう君に。

 でも、それはお母さんが「バレンタインの日は、男の子にチョコレートをあげるのよ。だから由君に」と言ってチョコレートを買ってくるので、そうなんだな、と思ってあげていただけだ。



 なぜ、今年が本当なのかというと、チョコレートをあげたい相手が私の好きな人だからだ。藤田公輔ふじたこうすけ君。目鼻立ちがはっきりしていて、サッカークラブに入っていて、頭もいい。

 噂では私立の中学を受験するらしい。それならチャンスは、今年と来年しかない。

 友達の理美さとみことサトに

「バレンタイン、好きな子にチョコ渡そうよー」

 と誘われて、この間の日曜日に二人で買いに行った。



 私が住んでいるのは、市内でも田舎の方で、町の中心部に出るため、片道三十分ほどバスに乗って出かけた。

 そして、商店街の中に、かわいい雰囲気のお店を見つけた。

 入り口のドアは白色で、絵本の中の家のドアのように木でできている。

 シャッターを下ろしたままの店や、昔ながらの洋品店や和菓子屋なんかが入っている商店街で、そのお店は別世界のように見えた。

 サトと二人で、おそるおそるドアを開く。ぎぃぃという軋む音が微かにしてドアが開いた。



 店内はまるで外国のお店のようだった。アメリカン風とかカントリー調とかとはまた別の、とにかく日本の雰囲気はなかった。ポプリなのか何なのか、かいだことのない不思議な香りもした。ぬいぐるみやおかしや、ちょっとした文房具や、そのお店にあるもの全てが洗練されて見えた。



「いらっしゃい」

 と声がして、そちらに目をやると髭を生やした年配の男の人がいた。おじいちゃん、というには若いような……でも、お父さんという感じでもない。このかわいいお店とは、あまりにもギャップがある。

 でも、

「ゆっくり見ていってね」

 と言われ、安心してサトと一緒に店内を回った。



 壁際の一角にバレンタインのコーナーがあった。二人でそこに足を止めると、店のおじさんが「男の子にチョコあげるのかい?」と訊いた。

 サトが「そうです」と答える。物怖じしないサトは、かっこいいし私の憧れだ。

「この辺がおすすめかなぁ」

 とおじさんは言って、バラで買えるピンクや青や黄色のアルミ箔で包まれた、小さなハート型のチョコレートと、大きなハートの上に、アーモンドが細かくちりばめられたチョコレートを指差した。

 どちらも確かに、お小遣いの範囲内で買える物だった。



 サトと私は時間をかけて、どちらにするか考えた。だって好きな子にあげるんだもん。

 そしてサトは大きなハートのチョコレートを、私は色とりどりの小さなハートのチョコレートを十個買った。

 会計の時、おじさんは「喜んでくれるといいね」と言って、包装紙に貼ってくれたリボンにハサミを当て一工夫し、リボンの下に垂れている部分をくるんっとカールにしてくれた。



 宝物を持つようにして、バスに乗り二人で帰ってきたのだった。



 家に帰ると自分の部屋で、もう一度チョコレートの包装紙をじっくり見た。ピンクの細いリボンは、かわいくカールしたままだ。

 どうやって渡す? そう考えると急に恥ずかしくなった。公輔君の前では、きっと何も話せない。それなら手紙を書こうと思った。

 でも、何を書いたらいいんだろう。伝えたいのは好きという気持ちと、公輔君が私のことをどう思っているのか聞けたらいいな。

 ふと、あることを思いつき、私は机の引き出しに入れているとっておきのレターセットを出し、思いを綴った。



 そして今日は二月十四日。時間割の教科書より先に、チョコレートと手紙をランドセルに入れた。ものすごく大切な物が入っているランドセルを背負うと、いつもより体になじまないような重たいような気がした。



 サトと相談して、放課後にチョコレートを渡すことにした。行動派のサトは、自分がチョコレートを渡す丘田おかだ君と、私がチョコレートを渡す藤田君を別々の場所に呼び出してくれた。

 神様だ! と思った。そこまでしてくれたのだから、きちんと渡そう。



 普段から授業中は、ぼんやりしている私だけど、今日はさらにぼんやりし、給食もなかなか喉を通らなかった。そして放課後。



 サトは藤田君を家庭科室や図工室がある校舎の、三階に呼び出してくれていた。

 心臓が口から出そうなほど、激しくドキドキする。階段を上りきったところに藤田君が立っていた。

 教室にいる時より怖く見える。眉毛が太くてくっきりした二重で、日に焼けている藤田君。

「あの、これ!」

 と言って手紙とチョコレートをぐいっと押し付けるように渡した。その後は逃げるように階段を駆け降りた。

 靴箱のところにきた時、現実に戻ってきたような気がした。



 サトも丘田君に無事、チョコレートを渡せたようだった。それからは前と何も変わりなく日々が過ぎた。



 ある土曜日。その日は特別授業があって午前中だけ登校しなければならなかった。

 ようやく授業が終わり帰る用意をし、くつ箱に向かおうとした時だった。

「柏谷さん」と呼び止められた。振り返ると藤田くんがいた。何だろうと思いつつ立ち止まると

「この前はありがとう」

 そう言って四角い箱と、四つ折りにした用紙を渡された。その四角い箱は、最近おいしいと話題になっているトリュフチョコのお菓子だった。

 藤田君はそれを渡すと、自分の靴箱からスニーカーを出し履き替えて、校門の方へ走って行った。


――え? え? え?


 頭が混乱している。落ち着いて考えると今日は三月十四日。ホワイトデーだった。

びっくりした。お返しをくれるなんて、思ってもいなかったから。

 あわててランドセルにそれを入れる。今までで一番大切な物を入れた。



 家に帰るとすぐ、自分の部屋でランドセルを開けて、トリュフチョコの箱と四つ折りの用紙を出した。

 用紙をそぉっと開く。そこには、こう書かれていた。


〈チョコレートおいしかったです。ありがとう。

 チョコレートは、全部食べました。〉


「うそぉっ!!」驚きすぎて、間抜けな声が出た。藤田君、全部食べてくれたんだ!


 私は手紙にこう書いた。


〈藤田君のことが好きです。もし、迷惑ならこのチョコレートは捨てて下さい。

 友達でもいいかなって思ったら半分食べて、半分捨てて下さい。

 好きって思ってもらえるなら、全部食べて下さい〉


 まさか、こんな手紙にきちんと返事をくれるなんて思っていなかった。

 もし、藤田君が好きって思ってくれているなら月曜日「おはよう」って一番に声をかけよう、それから今までよりいっぱい話しかけよう。

 トリュフの箱をきゅっと優しく抱きしめてから、机の一番見えるところに置いた。

 読んで頂きありがとうございました。

 いろんな人の大切な気持ちが、大切な相手に届きますように……

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