第四話 「槍と使命」
今日は、扉を叩く者がいませんでした。
アナタはきっと仕事が忙しいのでしょう――と、大通りを駆け抜ける姿を見かけたアラクネーは、鮮やかに彩られた窓を見つめて思いました。
偶然の出会いで、ほんの数回ばかり言葉を交わしただけなのに、目を輝かせている姿が隣にいないことが「足りない」と感じてしまう……。
アラクネーの不思議な織り物やソロモンのお絵描き、素晴らしい依頼品たちを目を真ん丸にして驚くアナタの姿が自然な形であると、側で見ていてくれることがアラクネーの胸を温かくさせているのかもしません。
師匠の元から巣立ち、不安な気持ちの中にいたアラクネーとソロモンではありますが、アナタの存在で変わろうとし始めている――そうアラクネーは思い、ふわりと心が爽やかな風に撫ぜられたようで、ソロモンへの掛ける声も何だか軽やかでありました。
「こたかんさんからいただいた依頼を仕上げましょう。込められた想いにどれだけ応えることが出来きるのか……私の布と貴方の絵の具で頑張りましょう」
◎依頼書◎
●商人名◉ 行商人・こたかん
●アイテム名◉ 白い槍。
●アイテムの形◉
素槍と言われる一番シンプルな形の長槍。投擲にも使える。
●アイテムの見た目・細かな点◉
多くの人骨を貼り合わせ、継ぎ合わせて、形にした白い槍。草を編んだような緑色の帯が、白い穂と白い柄のあいだの口金部分を隠すように密に巻かれている。きゅっと固く結んだあと、帯の両端は長く余らせてだらりと垂らしてある。
●アイテムについての備考欄◉
禍々しさは全くないものの、素材が素材だけに趣味が良いとはいいがたい。
●アイテムにまつわる一頁◉
風の女神の神器“慈悲深き槍”を模した宝物。戦争で死んだ仲間の骨を使って職人が作り上げたものだが、彼が願ったのは鎮魂ではなく、復讐だったのかもしれない。
戦争の原因は大寒波による不作だった。仲間たちが二度と飢えに苦しまないよう、食べられる野草「スベリヒユ」の種が口金部分に納められている。
店主とはいえど、まだまだ修行中の身であります。アラクネーもそうですが、相棒のソロモンもまた必死であります。
たまに来るアナタへは余裕を見せる二人でありますが、苦手なこともそう、好きなこともそう、一本一本丁寧に、一筆一筆じっくりと二人三脚でやっていかなければなりません。
しんと静まり返った店内に、ソロモンの筆に合わせて魔力を込めるアラクネー。
どれほど時間が経ったでしょうか、二人は詰めていた息を吐き出し、ほっとするのでありました。
『白い槍』
アラクネーは少し震える手を出して、小さな蜘蛛を喚びます。
「よろしくね」
託された蜘蛛が消え行く瞬間、ふわりと風が流れて来ました。「まだやっていますか」と小声が聞こえ、扉の向こうからひょっこりとここ最近見慣れた顔が覗いています。
アラクネーはにこりと微笑み、「どうぞ」と招き入れたのでした。
◎創造主◎
・こたかんさん
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