99 エビを求めて
明るい陽射しと小鳥の囀りで目が覚めた。
太陽の位置からして、まだ朝の鐘は鳴っていない。
布団の中で微睡んでいると、いつもより体が軽い事に気が付いた。
一つ依頼が片付いたとか、牛乳風呂に入って体がスベスベして気分が良いとか、太陽の日差しが暖かくて気持ちが良いという心理的な意味合いではない。
物理的に軽いのである。
それもその筈、いつも私の体にへばり付いて眠っているエーリカの姿が見えないのだ。
朝の鐘が鳴るまで、私から離れないエーリカの姿がどこにもない。
トイレにでも行っているのかと思い、私はゆっくりとベッドから起き出し、食堂へと向かった。
食堂の食卓にエーリカはいた。
厨房の方からは、アナとティアの声が聞こえるので、朝食の準備をしているのだろう。
エーリカは椅子に座り、机の上で書き物をしている。
「おはよう、エーリカ。早起きとは珍しいね」
私の声に気が付いたエーリカは、筆ペンを机に置き、木札をススッとずらしてから「おはようございます」と返事をした。
「エーリカが書き物? 何を書いているの?」
「ちょっとした覚え書きです」
エーリカは私よりも頭が良い。ちょっとした会話も全て覚えているぐらいだ。
そんなエーリカが覚え書きとは、非常に気になる。
気になるので木札に視線を寄せると、エーリカは私に見えないように木札を裏返し、袖口の収納魔術へしまった。
もしかして、日記でも書いているのかもしれない。
エーリカの日記。
凄く気になるが、さすがに人様の日記を見せてとは言えず、ひじょーに気になるが、見せてとは言わないでおこう。
身支度を整え、食堂に戻ったら朝食が並んでいた。
本日の朝食は、チーズの入ったオムレツ、パン、スープ、リンゴである。
今日の朝食は静かで、会話する事もなく黙々と食べている。
それもその筈、目の前にいるティアは一人しかおらず、自分と同じサイズのオムレツに立ち向かっているからだ。
「今日のティアは、分身体を作っていないの? 魔力がなかったり、体調が悪かったりする?」
「んー、別にそういう訳じゃないわー。たまたまよー」
話しかけた私には目もくれず、ティアはチーズオムレツをガツガツと食べている。
「ティアねえさん、食べるのに夢中で適当に答えないでください」
「んー、そうねー」
エーリカの言葉に生返事をするティアは、スープをズビズビと啜る。
そんなティアの様子を見て、「まったく……」とエーリカは首を振り、目の前の料理に集中する。
ティアもエーリカも説明する気がないのを確認した私は、アナに視線を向けると代わりに説明してくれた。
「ティアさんは、すでに四人の分身体を作っていますよ。他の人たちは、クロとシロの世話をしています」
一人は食事担当、残りの三人はクロたちの世話担当と分担しているらしい。
今頃、三人のティアがクロとシロに餌を与え、厩舎の掃除をして、寝藁を整えているみたいだ。
「ティアさんは、家の掃除も洗濯もしてくれるんです。私の仕事が無くなってしまいました」
嬉しいような悲しいような複雑な顔をするアナがティアの仕事ぶりを教えてくれた。
ティアは、私たちの依頼の手伝い、自分の依頼、クロたちの世話、アナの家の家事を分身体を使って働いている。
分身で何人も同時に動かせるティアであるが、元は一人なのだ。一人で切り盛りする仕事量ではない。
過労で倒れるんじゃないかと心配になるが、どれも本人が率先してやっている事らしい。凄く働く妖精型自動人形である。
まぁ、体を動かさず、じっとしていられないだけかもしれないが……。
「今後、家庭菜園を復活させて、野菜や薬草を育てようとも言っていました」
「ティア、頑張り過ぎて倒れないようにね」
「んー、そうだねー」
私の心配をティアは大口を空けてパンを齧りながら、生返事をするのであった。
朝食を終えて、食後のお茶を飲みながらまったりとする。
窓から差し込む暖かい日差しを顔に当てながら誕生日会の依頼の事を考える。
誕生日会の主役は六歳の双子の子供。
子供が好きそうな料理を提供すれば、依頼は達成できると確信している。
今の所、ナポリタンとハンバーグは料理候補として決まった。
さて、それ以外に子供が好きな料理は何かな?
お子様ランチに入っていそうな料理を頭の中にピックアップしていく。
オムライス、ピラフ、から揚げ、フライドポテト、エビフライ、タコさんウインナー、カレーライス、グラタン、コロッケ、ミートボール。
ぱっと思いつくのはこんな感じ。
まず、お米を使った料理は除外。日本に似た国が近くにあれば、お米も味噌も醤油も手に入るかもしれないが……そう都合よく、日本に似た国はない。よって、オムライス、ピラフ、カレーライスといったお米を使った料理は諦める。
から揚げは出来そうだ。市場に出回っている鶏肉は、卵を産めなくなった老鶏で、味はいまいち。だが、ハンネが新鮮な若鶏を手配してくれるので、美味しいから揚げは出来そうだ。
フライドポテトは、ジャガイモを油で揚げるだけなので問題ない。同じように、コロッケもクリア。
タコさんウインナーは微妙。この街は海から遠く離れた場所にある為、タコの形を作っても肝心のタコを誰も知らない。タコの代わりに別の生き物を形作ってあげれば、喜ばれるかもしれない。ただ、そこまでする必要があるのか疑問なので保留。
グラタンは、マカロニの代わりに平麺のマローニを使えば、グラタンの形にはなる。マローニがグラタンに合うかどうかは不明なので保留。
エビフライは、海から遠い所為で材料のエビが手に入らず、作る事は無理そうだ。私自身、非常に食べたいので残念で仕方がない。
ミートボールは、ミンチ肉をこねて作るだけなので難しくはない。味付けもトマトソースで調整すればいけそうだ。ただ、ハンバーグと味が被ってしまうので、悩みどころである。
あと考えなければいけないのは、前菜、スープ、デザートである。
この辺は、おいおい考えよう。
本日の予定は、朝一で冒険者ギルドに行き、簡単な依頼を見つける。
次に、クロージク男爵の屋敷に向かい、ハンネとエッポにハンバーグと簡単に作れるフライドポテトを教えにいく。
ここまでは、午前中に終わるだろう。
昼過ぎからは、半日で終わりそうな依頼をこなす。
半日程度の簡単な依頼は、小銭稼ぎぐらいしか貰えないが、借金がある為、少しでもお金を増やしたり、冒険者としての経験と貢献度を上げていきたい。遊んでいるよりかはいいだろう。
予定が決まったので、早速、冒険者ギルドへ向かった。
四人に分身しているティアの内三人は、自分たちの依頼を受ける為、すぐにレナの元まで行ってしまった。
残った一人は私たちの手伝いで、アナの胸元の定位置にいる。
私たちは、冒険者で集まっている掲示板に近づき、半日で終わりそうな簡単な依頼を探す。とは言っても、探すのは文字の読めるエーリカとアナの二人だけど……。
「薬草採取、大ナメクジの駆除、エッヘン村の湖調査があります」
大ナメクジは絶対に嫌。気持ち悪いのは嫌。断じて嫌。
薬草採取は近場で良いが、以前、失敗した依頼なので気が進まない。
それなら……。
「エッヘン村って何処かな? 聞いた事がない」
「リーゲン村の隣にある村で、湖の周りにある村の一つです」
北にある大きな湖の畔には、リーゲン村を含め、三つの村が存在すると聞いた事がある。
リーゲン村の村長が、隣の村では、湖で取れる魚を捕って食べていると話していたのを思い出した。
もしかしたら、その村がエッヘン村かもしれない。
「あっ、もしかしたら、エビがいるかも!?」
今朝、誕生日会の献立を考えていた内容が頭を過る。
エビフライ用のエビが用意できないので、渋々諦めた所だ。
だが、別にエビなど海にしかいない生物ではない。
川にも湖にもエビはいる。
海のエビに比べてサイズは小さいだろう。だが、ここは異世界だ。もしかしたら、淡水のエビでも、エビフライに出来るエビがいるかもしれない。最悪、ザリガニでもいい。
これはぜひ行かなければ。
希望を見つけた今の私はエビフライが食べたいモードになってしまった。
「エビですか?」
私以外、エビを知らないみたいなので、私は事細かに説明をする。
殻に覆われ、指がハサミのようになっている水中にいる生き物である事。
肉はプリッとして弾力があり、見た目ピンク色で綺麗な身である事。
衣につけて、油で揚げると凄く美味しい事。
レモン汁とタルタルソースで食べる事。
ずらずらとエビの魅力を力説すると、皆の興味を引いたらしく、エビ探しの依頼……もとい、エッヘン村の湖調査の依頼を受ける流れになった。
掲示板に貼り付けてある依頼票を剥がし、レナの元へ向かうと三人のティアが待っていた。
「あたしたち、これから川掃除よー。おっちゃんたちは、何をするのー?」
私の頭の近くで飛び回るティアたちにエビについて説明すると、「あたしたちもそっちが良いー」と喚き始めた。
「こっちにはすでにティアねえさんが一人いるので、三人は必要ないです。さっさと川掃除でも化けネズミでも掃除しに行ってください」
私たちが川掃除した時、大きなネズミに襲われた事を思い出し、鳥肌が立ち始めた。
そもそも、ティアのサイズで川掃除が可能なのか? 水の中に入って、底のヘドロを取り除かなければいけない筈。水の中に潜れるのだろうか? 羽が付いている状態で泳げるのだろうか?
色々と心配する私をよそに、当のティアたちは腕まくりしながら……
「川にもエビはいるわー」
「ゴミもエビも取りまくってやるー」
「エビを沢山捕まえて、エーちゃんに自慢してやるー」
……と、意気込みながら、冒険者ギルドを出て行った。
「頼もしいですね」
私たちの会話を聞いていたレナが、ニコニコしながらティアたちの後ろ姿を見送っている。
本人のやる気だけは、頼もしいのだが……。
「新しい依頼ですね。しばらく、お待ちください」
私は依頼の書かれた木札をレナに渡すと、細かい内容が書かれた木札を持ってきてくれた。
「依頼主はエッヘン村の村長です。名も無き湖の調査ですね。湖の周りで魚が採れなくなったので、その原因の調査が目的です」
名前の無い可哀想な湖だと思っていたら、『名も無き湖』が正式名称みたいだ。何でも「名前の無い湖」「名前が付いてない湖」と呼び続けていたら、『名も無き湖』が正式に成ったとか……。
その名も無き湖で細々と魚を捕まえて生活をしているエッヘン村であるが、ここ最近、魚がまったく捕れず困っているので、原因究明をしたいそうだ。
「魚、捕れないんですか……」
私は不満そうに呟く。
本来の目的は、エビの確保である。魚やエビが捕れなければ行く意味がない、とキャンセルしようと思ったが、そんな理由で断ったら怒られそうなので黙っている事にした。
「冒険者ギルドでは、原因は何だと思っていますか?」
「魔物、水質変化、魚自体の減少と色々と考えられますが、冒険者ギルドは報告を受けただけですので、今の段階では分かりません。その為の現地調査です」
「基本、調査は何をすればいいんですか?」
「まずは村長や村人から話を聞いてください。それから現場に行って、異変が無いかを見て来てください。大きな湖ですので、たまたまエッヘン村の近くだけで捕れないだけで、他の村では捕れているかもしれません」
一目で原因が分からなければ、ぐるりと湖を一周して確認しろって事ね。
「素人の私たちが受けても良いんですかね。普段の湖との違いなんか分かりませんよ」
「ええ、大丈夫です。何も分からなかったというのが分かるのも調査の結果です。ちょっとした変化などは、村人たちで分かると思いますから、第三者の意見が必要なんです」
そういうもんですか、と話を聞いているとレナがニコリと口元を上げた。ただし、目は笑っていない。
そんな器用な顔をするレナは、私に人差し指を突き出す。
「アケミさん、くれぐれも……く、れ、ぐ、れ、も、現地調査ですので、調査以外はしないでください。正式に原因を対処するのは調査をした後です。原因が魔物だと分かっても、くれぐれも討伐しようとは思わないように。い、い、で、す、ね!」
口元は笑っているが、言葉の端々から圧を感じる。
私自身も魔物討伐はしたくない。だけど、レナが念を押すように言い続けると、それがフラグになりそうで怖い。
私はコクコクと頷くと、レナは正式に依頼の授受をしてくれた。
こうして、私たちはエビを求めて、エッヘン村に行く事が決まったのであった。
エビフライを食べる為に、新しい依頼を受けました。




