97 依頼報告とハンバーグ祭り
クロージク男爵の館を後にした私たちは、その足で冒険者ギルドへ向かった。
依頼の完了と新しい依頼の受注、それと依頼料を貰わなければいけない。
お昼過ぎという事で、冒険者ギルド内は閑散としている。
レナの姿が見当たらなかったので、受付にいた筋肉質の青年にレナの所在を聞いたら、すぐに呼んでくれた。奥の部屋で書類整理をしていたみたいだ。
「レナさん、こんにちは。クロージク男爵の依頼完了の手続きをお願いします」
「無事に達成できたんですね。良かったです」
レナがとても嬉しそうに微笑んでくれる。
貴族の依頼という事で、私たちの担当であるレナも無事に達成できるのか不安の日々を送っていたみたいだ。
無事に依頼を達成したけど、また新しい依頼を引き受ける事になったけどね。
安心しているレナに依頼完了の木札を渡し、依頼内容に沿って報告していく。ただ、今回は料理ばかりなので詳しくは知らせない。
エーリカ曰く、レシピには価値があるので、例え依頼の完了報告でも教える事は出来ない。
その為、依頼を受けた三日間の出来事を簡潔に報告した。
「ベアボアの肉料理を美味しく出来たんですね。アケミさんは料理人か何かだったんですか?」
「いえ、違います。趣味で少しやっていただけです」
「ワイン煮っていうのが気になりますね。料理名だけでお腹が鳴りそうです」
以前、『カボチャの馬車亭』でレナがグビグビと赤ワインを飲んでいたのを思い出す。レナはお酒が好きなのかもしれない。
「良かったら、今度、食べてみます? ベアボアの肉が結構余っていますので作りますよ」
レナには、いつも親身に対応してくれるので純粋な気持ちで誘ってみたのだが、すぐに自分の姿が中年のおっさんだったと思い出し、冷や汗が出てきた。
傍から見たら、これはナンパに近いかもしれない。
レナは男性冒険者のマドンナ的存在だ。そんなレナに、指に毛の生えたおっさんの手料理を食べてもらおうとすれば、いらぬ誤解が生じてしまう。また壁際に呼ばれて、いちゃもん付けられるかもしれない。まぁ、今は誰もいないんだけどね。
私がすぐに訂正しようとしたら、レナが「魔物肉はちょっと……」と引きつった笑顔できっぱりと断ってくれた。
危ない、危ない。
その後、レナから依頼料の入った袋を渡してくれた。
銀貨三十枚が入った袋はパンパンで、ズシリとした重みについ口元が上がってしまう。
「貴族からの依頼は、心身共に疲れると思いますが、それに見合った依頼料があります。ただアケミさんたちは、ついこの間、冒険者になった鉄等級冒険者ですので、身の丈に合った依頼をこなしていってほしいです」
お金に目が眩んで、貴族ばかりの依頼や高額依頼ばかり狙うのでなく、能力相応で地道に依頼をこなして、経験と成果を上げてほしいと助言された。
私も全面的に賛成なのだが……。
「実はレナさん……その……新しい依頼がありまして……」
そう言って、誕生日会の料理を提供する依頼が書かれた木札を恐る恐る渡す。
それを見たレナの笑顔が凍り付く。
「こ、断ろうと思ったのですが、相手は貴族ですし……受ける前提で説明してくるしで……」
レナに怒られると思い、私は嫌な汗を掻きながら懸命に言い訳をする。
昨日の今日で、また怒られたくない。
怒るなら依頼を受けたエーリカにお願いします。そう思って後ろを振り返ると、昨日と同じようにエーリカとアナは既に奥の長椅子に移動していた。ティアもアナの胸元の定位置に避難済みらしい。
逃げ遅れた私が矢面に立つしかないのか……。
「い、いえ、別に怒っている訳ではありません。その……この依頼、大丈夫なのですか?」
「大丈夫とは?」
「男爵様ではなく、子爵様の重要な席での料理提供ですよね。失敗なんかすれば、男爵様にも影響が出てしまいます。その……」
レナは、怒っている訳ではなく、凄く不安なのだろう。
まぁ、無理もない。男爵の依頼だけでも胃が痛くなるのに、その上の子爵に関わる依頼である。
もし失敗をすれば、依頼元の男爵に被害が起こる。
レナは、もし失敗をしたら、私たちだけでなく冒険者ギルドにも子爵と男爵の二人に責められる真っ黒な未来図が見えているのだろう。
「だ、大丈夫だと思います。ベアボア料理よりも先の見通しは良いです。私たちは情報を提供するだけで、主に動くのは男爵ですので……たぶん、大丈夫」
青くなっているレナに、マローニを使った料理を専属料理人に食べてもらい、手応えが良かった事を報告する。
「そうですか……本当にアケミさんは料理人じゃないんですか? もしかして王宮の料理長だったりします?」
「まさか」
私レベルが王宮の料理長だと言ったら、真面目に働いている料理人にタコ殴りされてしまう。ハゲ頭だけに……。
「話は変わりますけど、ティアはどうでした? 今頃ならすでに仕事は終わっているでしょう」
ティアの話に切り替わると、椅子に座っていたエーリカとアナがゆっくりと近づいてきた。
本当、ちゃっかりしている。
「最初、同じ姿のティアさんが四人も来てビックリしました。けど、真面目に馬糞回収の仕事をしてくれましたよ。ただ、ティアさんの姿があれですので、仕事中に色々あったみたいです」
二人のティアが荷車を牽いて、残りのティアが馬糞を回収していたそうだ。
そんな妖精の姿をしているティアが、馬糞回収をしながら街中を練り歩いて(飛んで)いるので、好奇心に駆られた街人の一部が、声を掛けたり、触ろうとしたそうだ。
二言三言なら軽く相手をしていたティアであったが、中にはしつこく迫ってくる人もいて……。
「あまりにも酷い人には、魔術を掛けたそうです」
ニコニコと笑い話をするようにレナが教えてくれた。
「まさか、幻影魔術で肥溜め風呂に入れられたんですか!?」
昨日、冒険者登録をした時のティアの言葉を思い出し、血の気が引いた。
「さすがにそこまではしなかったみたいです。何でも巨大ベアボアの幻を見せて、追い駆けさせたと言っていました」
今も街中では、死にもの狂いで一人鬼ごっこをしている人がいるのだろう。
他人が見たら、指を指され可哀想な人認定されてしまう。自業自得とはいえ、可哀想に……。
「それで、ティアねえさんはすでに帰っているのでしょうか?」
「ええ、入れ違いに帰りましたよ。本人はまだまだやる気で、新しい依頼を受けたかったみたいですが、一日一件が原則ですので、渋々納得してくれました」
やる気があるのは良い事であるが、ティアの事だから空回りして他人を困らせなければいいのだが……。
「終わったのなら待っていてくれても良いのにねー。依頼の話を聞きながら一緒に帰れたのに……」
アナの胸元にいるティアが、既に帰った四人のティアに向かってブツブツと文句を言っている。
どれも同じティアだろと思うが、あまり深く考えないでおこう。
「そうそう、アナスタージアさん、少し伝えたい事があったんです」
「えっ、私ですか?」
まさか自分に用事があるとは思っていなかったアナが、首を傾げながらレナの元まで近づく。
「ここ最近、野良ゴブリンの目撃情報が多く上がっています」
ゴブリンと言えば、ベアボア狩りで遭遇したのを思い出す。
「まだ遠くの地域での目撃ばかりですが、調査や討伐をしている冒険者の考えでは、徐々に街に近づいていると言っています」
「街に近づいているの? 大丈夫?」
「ええ、今の所、一匹や二匹の野良ゴブリンしかおらず、発見次第、退治しています。ただ、頻繁に目撃されていますので、どこかで大規模なゴブリンの巣ができたのかもしれません。まだ調査中ですのではっきりとは言えません」
「えーと、それで……私に用とは?」
「確か、アナスタージアさんのお家は街の外でしたよね。街のすぐ近くでゴブリンが目撃された訳ではありませんが、十分気を付けてください。ゴブリンの中には、非常に厄介なのもいますので」
冒険者のプライベートまで心配し忠告をしてくれるレナは、受付窓口の鑑である。
怒ると怖いけど、担当がレナで本当に良かった。
「アナちゃんの家はあたしに任せてよー。しっかりと警備しているんだからー。おっちゃんたちの依頼も、あたしの依頼も、アナちゃんの家も、同時にあたしが面倒を見てあげるわー」
アナの胸元に入っているティアが無い胸を叩いて、自信満々に宣言している。
「それは頼もしいです」
そんなティアにアナが嬉しそうに答えたが、状況を理解していないレナは首を傾げていた。
存在自体、意味不明なティアの発言は無視をして、私たちはレナに挨拶を済ませてから、冒険者ギルドを後にした。
新しい依頼を受けており色々と考えなければいけないが、ベアボア肉という心身共に疲れる依頼を無事に終えた後で、気分はオフモードになっている。
今日は、アナの家でゆっくりとしたい。
新しい依頼については、明日から頑張ろう。
こんな気分は私だけでなく、アナたちも同じだったようで、特に反対意見もなく、私たちはゆっくりとアナの家へとたどり着いた。
家に到着すると、冒険者デビューを果たした四人のティアがお茶を淹れてまったりしていた。
私たちもティアたちの淹れたお茶を飲みながら、馬糞回収の報告を四人のティアから聞いている。
馬糞の形状や臭い、量について、四人のティアから一斉に話し始めるので耳を覆いたくなった。
「あたしたちは、こーんくらいの沢山の馬糞を回収したんだからねー。凄いでしょう、凄いでしょう!」
四人のティアが両手を広げて、回収した馬糞の量を教えてくれる。
私たちと一緒に行動していたティアが、「ほー、凄いー」と感心していた。
傍から見れば、四人のティアと一人のティアが会話をしているのだが、実際は独り言である。一人コミュニケーション。便利なのか、寂しいのか判断に難しい。
「わたしとご主人さまは、二人でこんなにも回収しました。さらに恐喝犯付きです」
エーリカも両手を広げて、ティアに対抗している。
ただの馬糞回収に張り合わないでほしい。
本日の夕食は、ハンバーグ。子供が好きな料理だ。
今日は依頼について考えたくなかったが、夕飯を作らなければいけないので、どうしても誕生日会の依頼と結びつけてしまう。
材料はベアボア肉。
もうベアボアには関わりたくないのだが、仔ベアボアの肉が沢山余っているので、死蔵するよりは使った方がいいとの判断だ。
皆で仲良く、ベアボアの肉をミンチにする。
今、目の前にいるティアは五人。他にもどこかに隠れているかもしれないが、探すのが面倒臭いので探さないでおく。
私、エーリカ、アナ、そして五人のティアが包丁でトントンとしているので、ベアボアのミンチ肉は苦労する事もなく出来上がった。
ミンチ肉に塩胡椒、赤ワイン、卵、トマトソース、そしてナツメグのような臭い消しの香辛料を入れて、混ぜ込む。
アナにみじん切りにした人参、玉ねぎをバターで炒めてもらう。
カチカチのパンを削り、牛乳に漬けて柔らかくしてから、人参や玉ねぎと一緒にミンチ肉に入れて、粘り気が出るまで混ぜていく。
そして、皆で仲良くベアボアのミンチ肉をペタペタと空気を抜きつつ固める。
お互い手のサイズが違うので、ハンバーグの大きさはバラバラなのが面白い。
アナが、ティアの作った小さいハンバーグを見て「可愛い」と言うと、エーリカが「後輩はティアねえさんが作ったのを食べてください。わたしはご主人さまが作った大きなハンバーグを食べます」と言って、アナを半泣きさせていた。
中央に窪みを作り、鉄フライパンで焼いていく。ハンバーグのサイズがバラバラなので、焼き時間が難しい。そこで、食材を焼く事に関して拘りのあるエーリカに焼く工程を一任した。
ジュウジュウと美味しそうな音を立てながらハンバーグが焼かれているのを見て、大事な事を思い出す。
ハンバーグソースについて、何も考えていなかった。
この世界にウスターソースや中濃ソースはない。これらのソースがなければ、デミグラスソースが作れない。
醤油があれば和風ソースが作れるが、それもない。
ないない尽くしである。
トマトソースでも掛けるか? それともソースなしのプレーンハンバーグとして食べるか? または私はあまり好きではないが、トマトソースで煮込みハンバーグにしてしまうか? ただ、私の作ったトマトソースは、甘みが少なく酸味が強い。正直、ソースや煮込みに合うか怪しい。
うーん、もしかしたら、ハンバーグから出た肉汁を絡ませたトマトソースなら合うかもしれないな。
試しに作ってみるか……トマトソース風味のグレイビーソース。
エーリカが丁寧にハンバーグを焼いている間、玉ねぎをみじん切りにする。
綺麗に焼きあがったハンバーグをお皿に乗せて、肉汁が溜まったフライパンに玉ねぎを入れて炒める。
しっとりと炒めたら、赤ワインとバターを入れ、軽く煮立たせてからトマトソースを入れた。最後に塩胡椒で味を整えて、ハンバーグに掛ける。
ベアボアハンバーグ、トマト味グレイビーソース掛けの完成である。
すぐ横で、アナが作ってくれていた簡単塩胡椒スープも出来上がった。
早速、食卓に皿を並べ、いただきますをする。
本日の献立は、ベアボアハンバーグ、塩胡椒風味の野菜スープ、パンである。
メインのハンバーグを食べる。
うん、野性味溢れるハンバーグ。ソースも微妙。子供が大好きな代表料理のハンバーグであるが、これを誕生日会に出して良いのだろうかと凄く悩む。
だが、そもそも肉にベアボアを使ったのが問題で、ちゃんとした牛と豚の合い挽き肉を使えば問題ないだろう。
問題はソースであるが、私ではこれ以上考えられないので、ハンネとエッポに丸投げだ。
そんな事を考えながらスープとパンでお口直しをしていると、黙々と食べているエーリカたちから絶賛の声が聞こえてくた。
「今まで食べたご主人さまの料理の中で、一、二を争うほどの美味しさです」
「こんなふわふわのお肉、初めてで美味しいです、おじ様」
「「「「「うまー、うまー」」」」」
各々、幸せそうな顔をしながらハンバーグを平らげている。
私が極端に肉臭さや獣臭を嫌っているだけで、エーリカたちはあまり臭いに抵抗がないみたいだ。
ソースも特に不満の声は聞こえない。
日本のハンバーグに慣れ過ぎて、つい比較してしまい不味いと思ってしまう。だがエーリカが言うように、不完全な形でも、この世界では美味しい料理になっているようだ。
誕生日会にハンバーグを出すべきかと悩んでいたが、エーリカたちの反応を見て決断する。
こうして、ナポリタンに続いて、ハンバーグを誕生日会に出す事に決まった。
皆が幸せそうな顔をしながら料理を食べているのを見ると、私も幸せな気分になる。
胸が暖かくなる光景を眺めながら、私は野性味溢れるベアボアハンバーグをエーリカたちに差し上げるのであった。
タイトルにハンバーグ祭りと書きましたが、祭り成分ゼロです。
何となくつけてしまいました。