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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者
96/323

96 新しき依頼 その3

「ご主人さま、お子様ランチとは何でしょうか?」

「な、名前から察するに、子供向けの料理ですかね?」

「お子様は分かるけど、『らんち』って何よー」

「子供が好きな食べ物……肉か?」

 

 各々、聞きなれない料理名を聞いて、予想を立てている。


「アナの言う通り、子供が好きな食べ物を、少量ずつ一つの皿にまとめた料理だよ」


 お子様ランチは、海外の子供たちも虜にする日本を代表する料理だ。

 そんなお子様ランチであるが、実は私、お子様ランチを食べた事がない。

 一度くらい食べてみたかったので、この機会に作って食べてみよう。


「クズノハの旦那、少量ずつって事は、いくつかの料理を作るんだよな。一つの皿にまとめる意味はあるのかい? 普段通り、前菜から順番に出したら駄目なのか?」


 ハンネは不可解な顔で聞いてきた。

 一つの皿に色々な料理を入れるのは、下町の料理だけで貴族料理ではしないそうだ。


「今回の主役は子供です。子供の視点から見ると、時間の掛かるコース料理……決められた料理を順番に出していくと時間が掛かります。子供の集中力では、途中で飽きてしまったり、お腹が一杯になってしまうでしょう」

「まぁ、確かに時間は掛かるね。会話しながらの食事だから話に混ざれないと飽きてしまうだろう」

「だから、一皿で全部出しちゃいます。好きな物から食べられるし、見た目も豪華で楽しいので子供には嬉しいと思うのです」


 それに食事が早く終われば、早く家に帰れるしね。

 たぶん、当日は私たちも裏方として参加しなければいけないだろう。長々と食事して、上手いのか不味いのか分からずに待たされるのは勘弁してほしい。

 さっさと帰りたい。これが本音。皆には言わないけど。


「子供が好きそうな料理については、いまいち私には分からないので料理内容はクズノハの旦那に任せるけど、一つの皿に全部乗せるとなると盛り付けが難しそうだな」

「大き目の皿に綺麗に盛り付けたり、仕切りのある皿を用意したりと、貴族料理を知っているハンネたちに任せます」


 「うーむ、どうするかね……」と顎に手を当ててハンネが悩みだす。同じ様にエッポも悩んでいるのだが、前髪が長い所為で思考しているのか眠っているのかわからない。


「もう一つ、問題がある」


 ハンネは顔を上げて、難しい顔をしながら私を見詰める。


「何種類出すか分からないけど、一皿にまとめて出すという事は、料理は一気に仕上げなければいけない。仕上げ、盛り付け、給仕と料理が冷める前に全てやらなければいけない。それも人数分。これは厳しい気がする」


 ああ、確かに厳しそうだ。毒見も必要で、余計に時間が掛かるだろう。

 ただ、何種類もの料理を一つの皿にまとめて盛り付け、どれから食べようか悩みながら食べるのがお子様ランチの醍醐味だと思う。これを無くして、通常のコース料理となると……。

 まぁ、早く帰れないだけで、別にコース料理でも問題ないのだが……。


「ご主人さま、料理の仕上げは後日決めれば良いと思います。先にやらなければいけないのは、料理の種類ではありませんか? これが決まらなければ、盛り付けも仕上げも考えられません。ご主人さまは、すでに案はあるのですか?」

「ああ、候補はいくつかあるよ。その中で実際に作れる料理を決めていく。ただ、今日すぐって訳にはいかないから、自分で作って試食して決めるつもり」

「祝いの日の前日に教えに来ても無理だからね。決まった料理からすぐ教えに来てほしい。練習も改良も材料の手配も必要だから、最低三日前までには、全ての料理を決めて欲しい」

「ええ、勿論です。ハンネたちの時間があれば、これから一品、教えようと思います」

「それは助かるよ」



 私たちは席を立ち、さっそく調理をする事にした。

 作るのはパスタ料理。

 誕生日会の料理には、遠い異国から取り寄せた食材であるマローニを使った料理を出さなければいけない。今まで失敗続きのマローニ料理は、男爵だけでなく、ハンネやエッポもすぐに取り掛かりたい料理だろう。

 そういう事で、マローニと呼ばれるパスタ料理をする事にした。

 さて、なんのパスタ料理を作ろうかなと考えた結果、今すぐに作れて手間暇が掛からないナポリタンに決めた。

 ひき肉と野菜をトマトで煮込んだミートソースやひき肉と野菜をワインで煮込んだボロネーゼも候補に考えたが、やはり子供が好きなパスタはナポリタンだろうと結論つけて採用した。

 材料もすでに揃っているのも決め手だ。

 材料はフィットチーネのような平麺をしたマローニ。ナポリタンなら細麺のスパゲッティが合うのだが、男爵が取り寄せたパスタは平麺なので我慢する。

 野菜は貯蔵室にある。ウインナーやベーコンは、ベアボアの燻製肉で代用。ケチャップは、先程作ったトマトソースで問題なし。

 

 ナポリタンで使うトマトソースは、先程作ったトマトソースを使うつもりであったが、トマトソースの作り方から教えてくれとハンネに言われたので、一からトマトソースを作り始める。

 誕生日会の料理を実際に作るのはハンネとエッポなので、私は指示役に徹した。

 私の指示の通り、ハンネは野菜を刻み、炒め、煮込んでいく。エッポは、木札を持って調理工程をメモしている。

 さすが、現役料理人である。私の下手くそな説明でも、すぐに要点を掴み、手早く作業をしてくれる。

 本日二回目のトマトソース作りはあっという間に終わった。

 トマトソースをクツクツと煮込んでいる間に、マローニを茹で始める。


「鍋が湯だったら、塩を一つまみ入れて、麺を入れます」


 皮鎧を着た中年の私の指示を、ハンネは嫌な顔を一切せず素直に従う。


「麺同士がくっ付かないように、定期的にかき混ぜます。茹で加減はほんの少し芯が残るぐらいです。お湯から麺を取り出して、食べて調整してください」


 細麺のスパゲッティならいざ知らず、平麺でアルデンテが必要かどうかは正直分からない。その辺はプロに任せよう。


「この乾麺……マローニだっけ? 今までどうやって料理していたの?」


 マローニの調理方法が分からないと言っていたの思い出し、ハンネに聞いてみた。


「茹でて柔らかくする所までは分かっていた。その後、薄く切った肉に巻いてみたり、肉と一緒に炒めたり、スープに入れてみたりしたかな」


 パスタはソースに絡めて食べる物と思い込んでいる私は、ハンネが今まで作ったマローニ料理の数々を教えてもらい、逆に感心してしまう。

 「味はいまいちだった」と言うハンネであるが、この世界の味付けは塩胡椒ばかりなので、味付けの仕方さえ変えれば、どれも美味しそうになる予感がする。


「茹で上がったら、野菜と一緒に炒めるので、その準備をしましょう」


 エッポにパスタの茹で加減を見てもらい、ハンネには野菜を切ってもらう。

 玉ねぎは薄切り、ピーマンは細切り、ベアボアのなんちゃってベーコンは一センチ幅で薄切りにする。


 誕生日当日、実際に調理をしないエーリカとアナは、邪魔にならないよう離れた場所で見学している。

 ティアに至っては、自分の体積以上の赤ワインを飲んで、今は昼寝中であった。片手にスモークチーズを持ってクカークカーと(いびき)をかいている妖精を、メモ担当のエッボが鍋の様子を見ながらチラチラと見ている。

 プリーストのルカや冒険者ギルドのレナと同様、妖精が気になって仕方がないみたいだ。ティアは人気者だね。

 

「マローニ、茹で上がります」


 鍋を見ていたエッポから声が掛かる。

 私とハンネは、鍋から熱々の麺を取り出して、少しだけ食べる。


「もう気持ち分、茹でた方が良いと思うけど、どう?」


 ハンネが茹で加減を聞いてきたのだが、今のままでも良い気がするし、言われればもう少し茹でた方が良い気もする。

 茹で加減については、まったく自信がない。


「ええ、それでお願いしま……いや、この後、少し炒めるので、早めに取り出した方が良いかもしれません」


 私の思い付きで、すぐに鍋から麺を取り出し、麺同士が絡まないように上にバターを少し乗せた。


「では、仕上げをしましょう」


 ハンネに指示を出して、鉄フライパンで玉ねぎを炒める。その後、ピーマンとベーコンも入れていく。軽く炒めたら、バターを絡ませた麺を投入し、再度炒める。

 クツクツと煮込まれているトマトソースを掛けて、全体に馴染ませたら完成である。

 皿の盛り付けもハンネに任せた。さすが貴族様の専属料理人。ナポリタンを綺麗に盛り付けてくれる。私なら適当にドバッドバッと乗せるだけで終わっていただろう。

 エッポに指示を出して、盛り付けたナポリタンの上にチーズを削って掛けてもらった。

 

「麺の上に目玉焼きを乗せると、子供が喜ぶかもしれません。また、炒める時に唐辛子を少し入れると大人は喜ぶでしょう」


 私が助言をすると、チーズを削っていたエッポが急いで木札にメモをする様子が目に入った。メモ係は大変である。

 いつの間にか、トーマスや他の使用人も席に着いていた。この館の主である男爵よりも先に食べても良いのかと思ったが、「毒見です」と口数少なくトーマスが言ったので、私たちの分を減らし、彼らの分も用意した。


 皆にナポリタンが行き渡った所で、試食会が始まった。

 麺料理に慣れていない為、どうやって食べていいか分からない皆は、フォークを持って戸惑っている。

 私は皆に教えるように、赤く染まったナポリタンにフォークを刺して、クルクルと巻き、口へと持っていく。

 うん、なんちゃってナポリタンだ。

 甘みが少なく、酸味が強い。

 ベアボア肉のベーコンは、トマトの酸味で臭みが薄らぎ、食べやすくなっていた。

 この世界のピーマンは、日本に比べ、青臭く、苦味が強い。これはこれで美味しいのだが、子供には嫌がられるかもしれない。特に貴族の子供だ。肉ばかりで、野菜を食べないだろう。ピーマンの代わりになる物を入れた方が良いかもしれない。

 そんな助言を、モリモリとナポリタンを食べているハンネに伝えた。


 つい先程も、肋骨肉のワイン煮と燻製肉を食べたにも関わらず、みんな口元を汚しながら黙々とナポリタンを食べている。

 エーリカは、優雅な動作で素早くフォークを動かして、黙々と食べている。それなのに口元は一切汚れていない。流石である。

 アナは、一口食べるごとに、パンを使って口元を拭っている。

 ティアは、さすがにフォークで絡めてから食べる事ができず、麺を一本ずつバクバクと食べていて、口の周りはトマトソースで汚れている。エーリカが見かねて「ティアねえさん、汚い」と言うと、「食べる度に汚れるんだから、食べ終わったらまとめて洗うわよー」と返答していた。

 トーマス率いる使用人たちは、会話する事もなくフォークを動かしている。フォークの動きが止まらないので、味は問題ないみたいだ。


「マローニ料理は、トマトを使ったソースが基本なのかい?」


 パンでお口直しをしたハンネが尋ねてきた。

 イタリアンと言えば、トマトソース。オリーブオイルとトマトを使えば、大体、イタリアンである。などと言うと、イタリア人に怒られそうだ。


「トマトソースだけではないですよ」


 ミートソース、ボロネーゼから始め、唐辛子とニンニクを利かせたアラビアータ、魚介類を使ったペスカトーレ、卵とチーズのカルボナーラ、ニンニクとベーコンのペペロンチーノ、バジルを使ったジェノベーゼと思い付くパスタを語っていく。

 そんな私の言葉を聞いて、エッボが急いで木札にメモをしていた。


「色々と聞きなれない材料があったけど、材料を変えるだけで、作り方は基本同じだね。色んな種類が作れそうだ」


 「今日にでも男爵に食べてもらおう」と本日の夕飯のメニューを決めたハンネは、プレッシャーから解放されて生き生きとしている。


 ベアボア料理に続いて、ナポリタンまで食べたので、お腹はパンパンである。

 これからの事を考え、ハンネに新鮮な鶏肉と牛肉を取り寄せてもらう算段をつけた。

 そして、私たちは、マローニを少しだけお土産に貰って帰る事にした。



 これから七日後の誕生日に向けて、料理の献立を考えなければいけない。

 ハンネたちの準備の為、期限は今日を含めて四日後。

 ベアボア料理の時とは違い、私はハンネたちに教えるだけなので、気持ち的には楽であった。

 男爵に丸投げされていたら、今頃、胃がキリキリしていただろう。

 本当、エーリカが居てくれて助かった。

 いや、エーリカだけではない。アナもティアも手を貸してくれたので、今まで上手くやってこれたのだ。

 私は一人ではない。仲間がいる。

 仲間となら、新しく受けた依頼も上手くいくはずだ。

 依頼達成の為、借金返済の為に、明日から頑張ろう。


異世界での料理は、材料が違うので、飯テロには成りません。

アケミおじさん、不満たらたらです。

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