95 新しき依頼 その2
「わたくしは料理人を呼んできます。その間に料理を温めておいて下さい」
厨房まで案内した執事のトーマスは、そのまま通路の奥まで行ってしまった。
クロージク男爵がベアボア肉料理のお代わりをご所望したので、竈に火を点けて温め直す。
私たちの昼食も兼ねて沢山作ったので、男爵がお代わりをしても余裕はある。
クツクツとワイン煮が煮込まれ始めた頃、トーマスと一緒に二人の料理人が厨房に現れた。
「やってるね。トーマスさんから話は聞いたよ。私は料理長のハンネ。こっちがエッポ。よろしく」
ハンネと名乗る料理人が気さくに挨拶をする。
ハンネは、色あせた赤いざんばら髪を後ろで適当に結んだ長身の女性だ。年齢は二十台後半。下町の酒場で給仕をして、たまに客相手にお酒対決をしていそうな雰囲気である。決して、貴族の専属料理人には見えなかった。
一方、エッポと呼ばれた料理人は、二十代前半の男性で、前髪が長く、表情がよく分からない。特に特徴らしい特徴がなく、ハンネの紹介でも「どうも」と短く答えただけで終わった。
私たちは軽く挨拶を交わす。妖精のティアを紹介した時は、軽く目を見開いただけで、特に言及される事はなかった。
一通りの話は聞いているとはいえ、自分の職場を勝手に使われたハンネであるが、別段、気を悪くする気配もない、気さくな感じで私たちと接してくれる。
貴族の専属料理人でプライドが高く傲慢な人だったらどうしようかと不安に思っていたが、面倒見の良さそうな姉御肌でホッとした。
これなら気軽に誕生日会の相談が出来そうである。
「じゃあ、さっそく料理の腕を見せてもらおうか。詳しい話はその後で」
ハンネは、興味津々で煮込まれているワイン煮の鍋を見る。
私たちの昼食も含め、各皿に料理を盛り付ける。
トーマスに男爵用の料理を運んでもらった後、私たちは席に座り、食べ始めた。
ワイン煮の肉を一口食べたハンネは、矢継ぎ早に色々と聞いてくる。
「どうやって作った?」「どうしてこんなに肉が柔らかい?」「苦味はどうした?」「臭み取りは何をした?」「燻製の木は何を使った?」と、私が料理に手を出す暇も与えない程であった。
エーリカたちは、そんな質問攻めのハンネに見向きもせず、黙々と肉を平らげている。ハンネの同僚であるエッポも黙々と食べている。
仕方が無いので、私がハンネの相手をする事になった。
作り方自体、クロージク男爵に教えてしまっているので、今更隠したり、情報料を取ったりはしない。これも依頼料の上乗せ分だと思えばいい。
「へー、そうかそうか……」と軽い返事で、スモークチーズを食べながら赤ワインを飲むハンネは、生粋の料理人に見えなかった。
「ハンネさん、失礼ですが男爵の料理人をする前は何をしていたんですか?」
「ハンネで良いよ。年上の男性に敬称を付けられるとむず痒い」
本当は十歳ぐらい年下なんですけどね。まぁ、本当の事も言えず、私は本人の希望通りハンネと呼ぶ。代わりに、私の事はクズノハの旦那と呼ばれる事になった。
「私は、元狩人だ」
「狩人!? 料理人でなくて?」
「正確に言えば、半分狩人で、半分料理人」
ハンネは、このダムルブールから北に行った町の出身で、料理屋の娘として生まれた。祖父が狩人で、父と母が料理人という事で、祖父から狩りを、父と母から料理を習ったそうだ。
「じいちゃんと私が狩ってきた獲物を調理して客に出す店でね。まぁ、田舎の寂れた飯屋であったが、そこそこ人気の店だったんだぜ」
ハンネは結婚もせず、家族で飯屋を切り盛りしていたが、六年前に祖父は老衰、父と母は流行り病でバタバタと連続で亡くなってしまい、途方にくれていた所をクロージク男爵に拾われたそうだ。
男爵は、食道楽男爵の名の通り、時間があれば、東西南北、身分に関係なくお忍びで色々な食事処を回るのが趣味である。その男爵の行きつけの一つがハンネのお店であった。
「店を畳もうとしていた時、パウル様が現れてね。狩りも出来て、魔物肉の料理が出来る私に専属の話がきた訳さ」
ふむふむとハンネの話を聞きながら私は、燻製肉を口に入れる。
うーむ、牛乳に漬けてから燻製で香り付けしたとはいえ、まだ獣臭が強い。私にとってベアボアの燻製は美味しいとは思えない一品である。
ちなみにエーリカたちは、すでに料理は食べ終わり、食後のお茶を楽しんでいた。
「口数の少ないエッポは、二年前に私が見つけた新人。上客に粗相をしてクビになった所を私が拾ってきた。今は私とエッポの二人で切り盛りしているよ」
ハンネが男爵に拾われた時は、まだ何人も料理人が居たそうだ。だが、男爵が魔物肉や変わった食材ばかり取り寄せ、料理の研究ばかりさせられるので、嫌になって辞めていってしまう。
貴族料理を覚えるまで下働きをしていたハンネであるが、徐々に先任の料理人が辞めていき、最終的にハンネとエッボの二人しか残らなくなり、自動的に料理長に成ってしまったとの事。
男爵と使用人数人の小世帯の為、二人でも何とかなっているとか。
「通常の貴族料理だけでなく、魔物肉を使って料理をしなければいけないからね。不味い魔物肉を何度も何度も試食して嫌になるそうだ。私は、魔物も狩って食べていたから慣れているから問題ないけど、普通の人は駄目みたいだね」
ベアボア肉も沢山食べたと豪語する逞しい姉御料理人である。
私は既にトラウマを植え付けられているので、今日でベアボアは卒業したい。
「だから、あんたらの作ったベアボア料理は凄く驚いたよ。魔力抜きだっけ? これだけでも凄い発見だ。今後の魔物料理が一変するんじゃないかな?」
はははっと笑ったハンネが、肋骨肉に豪快にかぶり付く。
魔物料理って、そんなジャンルの料理いらない。普通の豚、鳥、牛料理だけで十分です。
「それにしても、本当に参っていた所だったんだ。パウル様よりも上位の貴族であるビューロウ子爵の祝いの料理だろ。絶対に失敗は許されない。だけど、何を提供すれば良いのか、まったく分からなくて、こんなギリギリまできてしまった訳さ」
「何を悩んでいるか知らないけどー、貴族の料理なんて一つしかないじゃない」
今まで黙々と料理を食べていたティアが、小さな肋骨を口に咥えながら、私たちに声を掛けてきた。
「ティアには、何か考えがあるの?」
「おっちゃん、あたしがこの前言った事忘れたのー? 貴族が食べるのは肉よ、肉! 肉だけ出しとけば、問題ないわー。豚の丸焼きを出しとけば、満足するわよ」
さすがに豚の丸焼きだけでは、満足はしないと思うが……。
「確かに普通の貴族だったら、丸焼きとあと数種類の肉料理を出せば良いけど……」
ハンネがティアの言葉を肯定する。
貴族料理、そんなんで良いのか!? どんだけ、肉しか食べないんだ!?
「ただ、今回はパウル様の料理を望んでいるので、通常の貴族料理では駄目なんだ」
食道楽男爵の名の通り、普通じゃない料理を出さなければ名が地に落ちてしまう。
ちなみに案を却下されたティアは、特に気にする風もなく、エーリカが貯蔵室から持ってきたフルーツに飛んでいった。
「変わった料理と言えば魔物料理ですけど……今日作ったベアボア肉のワイン煮でも出します?」
「いや、確かに美味しいけど魔物料理は止めておこう。魔物というだけで拒否反応が出る。祝いの席に出すものじゃない」
「ですよねー」
「今までにない料理で、さらに美味しい料理を出せば大成功。そこであんたらの出番って訳さ」
「…………」
うーむ、無茶ぶりにも程がある。
今までにない料理なんか思い浮かばない。プロの料理人じゃない、ただの元女子高生が一から新しい料理を作れるはずがない。私はホームページに乗っているごく普通の簡単な料理しか知らないのだ。
申し訳なくその事を話すと、ウリのようなフルーツを食べているエーリカから声が飛んだ。
「ご主人さまは、少し勘違いをしています。ご主人さまは、自分の料理を普通の料理と思われていますが、この世界ではまったく新しい画期的な料理です。それも凄く美味です。わたしはご主人さまだけでなく、ご主人さまの料理にも虜です」
モテモテだねー、とハンネがニヤニヤしながら茶化してくる。
そんなハンネの反応を無視するとして……さすがに私の料理がこの世界で新しい料理というのは言い過ぎである。既存の料理法に少し手間を加えただけの料理だ。決して誇れるものではない。
「ご主人さまの知っている料理を作れば、今回の依頼はすでに達成したようなものです。試食を手伝いますので、わたしにご主人さまの料理を沢山食べさせてください」
ただ私の料理を食べたいだけじゃないのか、この娘は?
「謙遜しなくて良いよ。このワイン煮も下町で流行っているピザも凄く美味しいし、今までになかった料理だ。こういうのを出せば問題ない」
クロージク男爵にピザを教えたのはハンネだそうだ。
休日、下町の富豪地区に足を運んだら、変わった料理に人が集まっていたので、試しに食べたら衝撃を受けた。それで自分の雇い主である男爵にお土産として持って帰ったら凄く気にいり、今も定期的に食べているとの事。
「今回の件で、私やパウル様も悩みに悩んで諦めかけていた時、思い出したのがピザだったのさ。ピザを考えた人物なら何とかしてくれるかもと思い、今に至る訳」
回り回って今ここに私が居る訳か……自分で自分の首を絞めてしまったという事か……。
「そういう訳で、ぜひ力を貸してほしい。このままでは、最悪、既存の貴族料理を出す事になる。すでに豚も一頭仕入れているが、妖精ちゃんの言う通り、豚の丸焼きを出さない方向で進めたい」
背筋を伸ばしたハンネが真面目な顔でお願いさせれた。
まぁ、すでに男爵から正式な依頼を受けてしまっているので、協力は惜しまないけど……。
「こちらも依頼は受けているので、協力はしますけど……誕生日会の料理ってだけで、何を出せば良いのか、漠然とし過ぎて思い浮かびません」
たしか、子爵の子供の誕生日会という話だった。
貴族の子供という事は、どうせ碌でもない我が儘な子供なのだろう。
ジェット団やシャーク団みたいに取り巻きに囲まれて、子供同士の派閥争いでもしていそうだ。
そんな腕白小僧ならハンバーガーとコーラといったジャンクフードでもあげれば喜ぶかな? まぁ、コーラはないので、エールで良いか。
そんな偏見塗れの事を考えていたら、ハンネが誕生日を迎える子供の情報を教えてくれた。
「今回祝うビューロウ子爵の子供は、六歳になる双子の兄妹だ。節目の歳ではないので、盛大に祝う事はせず、身内だけで行うらしい。そこだけは救いだね」
日本の七五三のように、この世界でも三歳、五歳、七歳、十歳の時は繋がりのある貴族を集めて盛大に祝うそうだ。
魔法や魔術があるとはいえ、この世界の子供たちの死亡率は非常に高い。歳の節目に合わせて、生き延びた喜びと死の精霊から守ってくれた女神に感謝と礼を含めて盛大に行うらしい。
それよりも、六歳の子供の誕生日だったとは……。
なぜか、ティーンエイジャーの貴族の息子の誕生日だと思い込んでしまった。異世界転移させられる前に、モンタギュー家とキャピュレット家のいざこざ映画を見た影響だろう。
「ビューロウ子爵の子供は、一五になる息子、一二になる娘がいて、家族そろって一番下の双子を可愛がっている。どうしても成功させなければいけない」
成功という重圧と解決策のない困った状況にも関わらず、ハンネの目はキラキラと輝いていた。そんな目を私にまっすぐ向けられている。
期待されているのは分かるが、能力以上に期待されていて胃がシクシクしてくる。
または、苦労を分かち合える仲間が出来て、楽しいだけなのかもしれない。
「ま、まぁ……誕生日の主役が六歳の子供と聞いて、目指す料理は思いつきました」
「本当か!? さすがパウル様が見込んだ冒険者だ!」
冒険者なんだから、専属料理人が料理に関して、丸投げしないで欲しい。
「さすが、ご主人さまです。ご主人さまに任せれば問題ありません」
「おっちゃん、何を作るつもり? 王宮料理を知っているあたしが、しっかりと味見してやるぞー」
「おじ様の作る料理はどれも美味しいので、期待できます」
各々好き勝手言って、私にプレッシャーを与えてくる。
今回は六歳の双子が主役である。
顔も名前も知らないが、子供が喜ぶ料理を提供すれば良い。
貴族だろうが、誕生日会だろうが、関係ない。
子供が好きなのはただ一つ。
それは……。
「お子様ランチを作ろう」
私は皆に向かって宣言した。
そんな私の言葉に皆は「お子様ランチ?」と首を傾けるのであった。
料理人のハンネとエッポが登場。
エッポは存在感ないです。




