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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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94 新しき依頼 その1

「そなたたちの実力を測る為に、今回の依頼を受けさせた。その依頼を見事達成したそなたたちに、別の依頼を渡す。今回のように見事依頼を達成してくれ」


 男爵の話を聞く限り、ベアボア肉料理の依頼は、私たちの力を試すものだったみたいだ。

 その依頼を達成した私たちは、本命の依頼を受ける事になる。

 依頼料を貰ったとはいえ、面倒臭い事をしてくれる。

 ベアボア肉がテスト依頼だとすると、本命はもっと面倒臭い内容なのだろう。

 借金を背負っている身であるが、是非とも拒否したい。

 私はただの鉄等級冒険者の元女子高生だ。ハゲで中年の姿をしているが、中身は変わらない。自分の能力は自分が良く知っている。

 身分相応というし、下手に受けて失敗するよりかは、今すぐ断った方が良さそうだ。

 だが……。


「依頼料は期待して良い」


 口角を上げた男爵が私の顔色を見て言った。


 あっ、このおっさん、私たちが借金を背負っているのを知っている。


 ベアボア肉の依頼料が適正価格以上で金払いが良いと思わせると同時に、本命の依頼を受けさせる為にわざと借金返済に届かない金額にしたんだと感づいた。

 そして、貴族の指名をただの鉄等級冒険者が断れないと分かっているので、依頼を受ける前提で話が進んでしまう。

 何て世知辛い。世知辛すぎて、泣けてくる。


「依頼内容を話す前にまず見てほしい物がある」


 クロージク男爵は執事のトーマスに目線を送ると、コクリと頷いたトーマスは私たちにある物を見せてくれた。


「これは?」

「これは、この街から馬車で何か月も掛かる南西の方にある国の国民食だ」


 トーマスの手に乗っているのは、きしめんの様な平らな形をした乾麺の束である。

 つまり、パスタだ。


「これはマローニと呼ばれる物で、ある商人に無理を言って買い付けた食材だ。道中、盗賊に盗まれる面倒が起きたが、無事に私の手元まで辿りついた代物だ」


 男爵とはいえ、貴族の物を盗む命知らずの盗賊がいるものだ。


「ただ、困った事に調理法が分からないのだ。遠路はるばる取り寄せたにも関わらず、食べ方が分からない。取り寄せた商人に現地で食べた感想を聞いても、「魚と一緒に茹でてあった」とか、「オイルで炒めてあった」ぐらいしか言えん。私の料理人に任せても、大した成果は出来なかった」


 ふむ、新しい依頼は、この乾麺で美味しい料理を作れって事かな?

 それなら簡単そうだ。

 フィットチーネと呼ばれる平たいパスタにそっくりだ。クリームソースやトマトソース系に合うパスタで、先程作ったトマトソースをアレンジすれば、すぐに食べられるだろう。

 今日中に依頼達成が出来そうだ。

 そう考えた私は、男爵から「そなた、作り方は知っているか?」と問うてきたのを、「私の知っている料理なら出来ます」と自信ありげに答えてしまった。


「さすが、私の見込んだ冒険者だ」


 男爵が、ちょび髭をコチョコチョとしながら嬉しそうに笑う。

 いつの間にか、男爵に見込まれてしまった。

 自分の言動を鑑みて、少し迂闊(うかつ)だったかもしれない。どんどんドツボに(はま)って行く気がする。抜け出せなくなる前に逃げ出したい。


「では、本題に入る」


 クロージク男爵の灰色の瞳がキラリと光った。

 ヤバイ、パスタ料理を作って終わりという簡単な流れではない。

 分かりませんと答えていれば良かった。


「私と懇意にしてもらっている子爵がいる。名前はゲルハルト・ビューロウ子爵」


 子爵といえば、男爵の一つ上の貴族である。

 そのビューロウ子爵は、クロージク男爵が珍しい食材を手に入れたと聞き付け、ぜひ食べたいと願い出たそうだ。

 男爵と子爵の間柄、ただ二人でマローニを食べるだけなら、調理法が分からないのを理由に、若干不味くても笑って済む問題であった。

 だが、子爵はただの食事会では面白味がないとして……。


「ビューロウ子爵は、自分の子供の生誕月の祝いに出す料理一式を私に任せてしまったのだ」

「えっ、誕生の祝いって事は、誕生日会って事ですよね。それに提供する料理ですか?」


 「そういう事だ」とクロージク男爵は、眉を八の字にして情けなく俯いた。

 食道楽男爵として名を広めているクロージク男爵であるが、決して、美食家と呼べる程の舌の持ち主ではない。さらに贅沢な資金もない。東西南北、色々な場所に赴いて料理を食べたり、食材を取り寄せているだけの食い意地の張った人物なのである。

 貴族とはいえ、一番下の位であるクロージク男爵では、子爵家の大事なイベントに合う料理を提供する程の力がないのだ。

 そんな状況にも関わらず、料理の一品に調理法が分からないマローニを出すようにと条件まで付けられてしまい、困り果てていたらしい。


「そなたには、ビューロウ子爵家の祝いの席に合う料理を提供してもらう」


 すでに決定事項のように言うクロージク男爵。

 いやいや、無理だって!

 誕生日会の料理なんて、何を出せば良いか分からない。それも貴族の誕生日会だ。日本のクリスマスみたいに、ローストチキンを焼いて、最後にケーキを食べてお終いとはいかないだろう。

 嫌な汗を掻きながら、回転の遅い脳みそをフル回転させながら、お断りの言い訳を必死に考えていると、今まで黙っていたエーリカが一歩前に進み出て、私の代わりに口を開いた。


「ご主人さまの代わりに、わたしがお話しても宜しいですか?」


 おお、エーリカ。

 きっぱりと断る事が出来ない情けない私の代わりに、貴族である男爵に物申すらしい。お互い納得いくように断ってくれ。

 そんなエーリカの言葉を聞いたクロージク男爵は、姿勢を正し、真剣な瞳でエーリカを眺めながら、「ぜひ、聞かせて頂きたい」と低い声で返答した。


「ご存じの通り、ご主人さまやわたしたちは、しがない鉄等級冒険者です。貴族でもなければ、富豪の平民でもありません」


 大貴族のご令嬢のような姿をしているエーリカであるが、言っている事は間違いない。ただ、何も知らないクロージク男爵が信じてくれるかは別である。

 まぁ、私の場合、外見だけなら犯罪常習者と間違えられそうだが……。


「ただの冒険者であるわたしたちは、貴族の料理や常識を知りません。それも重要な場の料理ともなれば、失敗は許されません」


 そうだ、そうだ、言ってやれ、エーリカ!

 

「何も知らない貴族の習慣を一から学んで料理を提供するには、素晴らしいご主人さまと言えど、負担は計り知れません。それを丸投げするような形の依頼はお受け出来ないと判断します」


 うんうん、その通りだ。さすが、エーリカ。チキンの私が言えない事をきっぱりと言ってくれた。

 平坦な声で語るエーリカの言葉を聞いたクロージク男爵は、眉間に皺を寄せる。そして、「なるほど……」と低く重い声で呟いた。


「だから、条件を出させて頂きます」


 ん? 条件?

 何やら、私が期待した未来図から外れる予感がする。

 難しい顔をしていたクロージク男爵がくわっと顔を上げて「条件とは?」と聞き返した。


「祝いの席に提供する料理の情報を渡します。それを元に男爵の専属料理人に貴族向けに調理をしていただきます。そうすれば、ご主人さまの負担も減りますし、祝いの席の料理も完成するし、わたしもご主人さまの美味しい料理が食べられます」


 この娘、まったく断る気がなかった。

 それも本音が混じっている。

 エーリカの案は、私が誕生日会の料理を考えて、料理人に教えて、男爵に運営をしてもらう。私に丸投げするよりも、子爵に頼まれた男爵が矢面に立てば、面子も保たれる算段だ。


「ほう、それは私の料理人に料理の方法を教えてくれるという事かな、お嬢さん?」

「はい、ただし料理とはいえ、情報には価値があります。情報料として依頼料の上乗せを頂きます」


 おお、レシピの売買も行ってしまった。借金を背負っている私たちにとっては、嬉しい流れである。

 さて、クロージク男爵の決断はいかに?


「はっはっはっ、良いだろう。そなたたちに全て任せるのでなく、私に出来る事はさせてもらおう。それが本来の姿だな。美味い料理の方法も手に入るし、依頼料は期待していてくれ。互いに協力し、成功させよう」


 嬉しそうに席を立ったクロージク男爵は私たちの元まで来て、太り気味の右手をエーリカに差し出した。

 エーリカは自分の仕事は済んだという姿勢で、一歩後ろに下がる。

 クロージク男爵は、行き場を失った右手を少し見つめ、スススっと私の前に移動すた。

 仕方が無いので、私が代わりにクロージク男爵の手を握る。

 エーリカと握手をするつもりだったクロージク男爵は、複雑な顔をしながら私と握手を交わす。

 貴族の誕生日会に相応しい料理など、まったく思いつかないのだが、全てを丸投げされるよりかはマシか……。

 嫌だけど、頑張るしかない。

 それにしても、また、料理か……。

 大火傷で目を覚ましてから、ずーっと料理をしている気がする。

 私、料理人ではなく、冒険者なんだけど……。


「私の料理人に会わせよう。料理人と相談し、料理内容を決めてくれ。それと私の厨房や食材は好きに使って構わない。トーマス、その事をハンネに伝えるように」

 

 気分を良くしたクロージク男爵は席に着くなり、トーマスに指示を出す。

 私は重要な事を聞くために、申し訳なさそうに話の腰を折る。


「そ、それで男爵……」

「ん、何かな?」

「その肝心の誕生日会は、いつ開催されるのですか?」

「言ってなかったか? 今日を含めて七日後。『女神の日』の翌日だ」


 七日!?

 全然、時間が無いじゃない!

 ベアボア肉でテストしている暇ないでしょう。今まで何をやっていたの!?


「ご主人さま、ご主人さま」


 私の腕を触りながら、エーリカが小声で私を呼ぶ。


「さすが、ご主人さま。幸運の持ち主です。女神さまに愛されています」

「えっ、どういう事?」

「八日後が借金返済の最終日です。無事に依頼を達成すれば、借金を返せるかもしれません」


 ただの偶然か、それともエーリカの言う通り、存在するのか分からない女神のお導きか……。

 ただ分かる事は、八日後の借金返済の為に、七日後の誕生日会は絶対に成功しなければいけないという事だ。


またまた料理です。

第二部は、貴族の繋がりと料理なので仕方ありません。

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