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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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93 ベアボア料理をしよう 結果発表

 料理は完成した。

 厨房に置いてある綺麗な皿に調理した料理を盛り付けていく。

 燻製にしたベアボア肉は、綺麗なキツネ色をしているが中はまだ火が通っていないので、軽く鉄フライパンで焼いてから皿に乗せて、トマトソースを少し掛けた。その脇に半分に切ったスモークエッグとスモークチーズを乗せる。スモークエッグは半熟とまではいかないが、少しドロリとした綺麗な黄身になっていた。

 ワイン煮の肋骨肉を真っ白の皿に乗せて、脇にバターの香るマッシュポテトを添えて、ワイン煮のタレを少し掛けた。

 正式な料理コースを提供する依頼ではないが、おまけで『カボチャの馬車亭』のパンも付けてあげる。

 クロージク男爵に食べてもらう前に毒見が必要との事で、トーマス用に少量ずつ料理を盛り付けていく。


「トーマスさん、用意が出来ました。確認をお願いします」


 壁の染みと化していたトーマスは、私の呼びかけに答えるように近づき、料理の前にくる。

 トーマスは、小皿に入れられた料理をじっくりと観察し、お皿を手に取り匂いを嗅いでから、フォークとナイフで肋骨肉を少し切り、ゆっくりと口に入れた。

 痩せこけたトーマスの顔に変化はない。

 毒見役のトーマスであるが、料理の味が不味い段階でクロージク男爵が食する前に提供拒否を受ける。

 つまり、これは前哨戦。執事のトーマスに「不味い」と言われたら、その場で依頼未達成になってしまうのだ。

 その事を知っているので、私だけでなく、エーリカたちも黙ってトーマスの動向を見守っている。

 そんな私たちの視線に気にする事もなく、トーマスはゆっくりとした動作で料理を食べ進める。最後にパンの端を千切り、口に入れてから赤ワインで口を潤した。


「問題ないでしょう」


 そう言うなり、トーマスは立ち上がり、キッチンカートにクロージク男爵用の料理を乗せていく。

 

 問題ないという事は、最低限、貴族に食べさせても問題ないレベルと思われるが、もう少し美味しいとか不味いとかの感想を聞かせてくれても良いのに。

 最低限の行動しかしないトーマスの所為で、胸の中がやきもきしてくる。


「では、私は旦那様に料理を提供してきます。皆さまは、しばらくここで休憩をしていて下さい」


 そう言い残し、トーマスはキッチンカートと共に厨房を出て行った。

 昼の軽食の為、料理の量は少ない。パクパクと食べれば、あっという間に完食だ。エーリカなら秒殺だろう。

 つまり、結果発表はすぐにくる。

 私たちは厨房の椅子に座り、ドキドキしながら待つことにした。



 ………………

 …………

 ……



 待っているのだが、一向に連絡がこない。

 焦らして、焦らして、私たちがやきもきしているのを楽しんでいるのか?

 居ても立ってもいられず、私は厨房の中をウロウロと歩き回っる。

 高校受験の合格発表以来のソワソワ感だ。合格通知書が速達で届くの為、バイクの音が聞こえる度に外を確認した記憶は新しい。


「おじ様、少し落ち着いてはどうですか? 先輩やティアさんは落ち着いていますよ」


 鬱陶(うっとう)しすぎてアナにまで注意されてしまった。

 なお、エーリカとティアが大人しいのは、多く作って余っているベアボアのワイン煮と燻製肉を食べたそうに眺めているからだ。


「ご主人さま、ここまで待たされているのです。わたしたちも残った料理を食べてしまいましょう」


 私が「良し」と言えば、すぐに食べれるようにエーリカとティアの目の前に空いた皿が置いてある。ナイフとフォークも設置済みだ。

 そんなエーリカとティアに首を振る。

 さすがに依頼主であるクロージク男爵の結果待ち中に食事は不味い。

 そもそも食べたところで緊張で喉が通らない。どうせ食べるなら合格祝いで美味しく食べたい。

 仕方なく椅子に座ってしばらく待っていると、トーマスとは別の使い古されたクラシカルメイド服に身を包んだ中年の女性が厨房に現れた。


「旦那様がお呼びです。ご案内を致しますので、付いて来て下さい」


 ようやくきた。

 緊張で足が震えながら、私たちは中年のメイドさんの後を追う。

 行先は、以前男爵と面談した右側通路の奥。クロージク男爵の執務室である。

 メイドさんが扉をノックし、入室の許可を取ると扉を開けてくれた。

 私たちはゾロゾロと室内に入ると、狭い部屋は料理の匂いで充満している。

 以前と同じように、部屋の奥の執務机にクロージク男爵が椅子に座り、その隣に執事のトーマスが立ち、私たちを観察していた。

 代表である私が一歩前を歩き、執務机の前で立ち止まる。その左右後ろにエーリカとアナが立ち止まる。ティアは、貴族に見られたくないとの事で、アナのローブの中に隠れていた。

 ちなみに執務机の上に私たちが作った料理が並んでいるが、書類の陰でどのくらい食べたのか見えない。完食していたら、少しは緊張もほぐれるのだが……。


 私たちが聞く体勢になったのを確認したトーマスが口を開こうとした時、クロージク男爵が片手を上げて遮る。


「そなたたちに聞きたい事がある。正直に答えなさい」


 丸々と太ったクロージク男爵が直接話をするようだ。

 その声色は低く、重たい。眼光も鋭い。嘘を言ってもすぐに見破るぞと語り掛けているようだ。

 私は唾を飲み込み、男爵の言葉を待つ。


「まず先に確認をするが、そなたたちが持ち込んだ肉は、間違いなくベアボア肉で間違いないか? 私の貯蔵室に用意してあったベアボア肉を使わず、事前に用意した肉を使ったとトーマスから聞いている。その理由を聞きたい」


 うう、何か圧迫面接を受けているみたいだ。やった事ないけど……。

 

「ベアボア肉には下処理が必要ですので、私たちが事前に用意したベアボア肉を使いました。下処理には時間が掛かりますので、男爵のベアボア肉を使う訳にいきません。ただ、他の食材は使わせて貰いました」


 特に隠す事でもないので、素直に答える。

 クロージク男爵は「なるほど」と呟き、鼻の下に生えているちょび髭を触り出す。


「では、その下処理について教えてもらおう。何をして、どう変わるのかが知りたい」


 下処理の仕方が知りたい?

 別段変わった事はしていない。牛乳に漬けたり、ソミュール液に漬けたりしただけだ。

 あっ、いや、変わった事はしたな。


 魔力抜き。


 これは通常の料理では行わない工程だ。まぁ、そもそも魔物を食べようと思わないので、そもそも魔力抜きという考えは起きないだろう。


「下処理についてですが、まず行ったのは魔力抜きです」

「魔力抜き?」


 男爵の眉毛が釣り上がる。

 依頼の合否に響くかどうか分からないが、ここはあえて素直に答えていこう。私たちがどれだけ、この無茶苦茶な依頼で苦労をしたかを伝えたい。


「色々な食材を食べてきた男爵ならご存じだと思いますが、魔物肉は舌が痺れる苦味があります。これは魔物特有で、痺れる原因は魔力です。魔物の魔力が肉に染み込むのが原因ですので、まず魔力抜きをしました」


 男爵が「ほう」と感心したような顔で頷く。

 これは良い手応えだ。ここから畳みかけよう。


「その後、牛乳に漬けて臭みを取りました」

「牛乳に漬けるだと?」

「はい、牛乳の成分で獣臭が和らぐのです。牛乳の他には、お酒や果物の汁に漬け込んだり、薬草を付けたり、一度お湯を掛けたりする事でも取り除けます。色々と調べた結果、ベアボア肉は牛乳が一番臭みが取れたので、今回は牛乳で獣臭を取りました」


 調子こいてペラペラと説明しているのを、男爵は黙って聞いている。


「燻製肉については、牛乳に漬けた後、ソミュール液……塩水に半日ほど漬けていました。下処理はこのぐらいです」


「なるほど……では、調理の方法はどうなのだ? ワインで煮た肉は肋骨の肉であろう。普通、肋骨の肉は硬くて食べ難いのだが、そなたが作った肉は苦労する事も無く剥がれて食べやすい。何か工夫があるのかな?」


 ここで少し考える。

 調理方法を教えても良いのだろうか?

 レシピの情報はお金になる。

 ピザやジャム、リンゴパイのレシピで宿泊代を稼いだ。

 ここは秘密にするべきだろうか? と思ったが、別段、大した調理法をした訳ではない事に気が付く。

 ワイン煮は、軽く焼いてから赤ワインで煮ただけだ。燻製肉は、この世界でもベーコンやソーセージがあるので珍しくない。

 それならと、包み隠さず伝えた方が依頼達成の為に良いだろうと素直に教えた。


「肉の柔らかさについては、特別、変わった事はしていません。骨と肉に切れ込みを入れて、玉ねぎと一緒に時間を掛けて、弱火でコトコトと煮込んだだけです」

「玉ねぎと一緒に煮込むと柔らかくなるのか?」

「はい、玉ねぎの成分は肉を柔らかくする事が出来ます。硬い肉は、下処理の段階で、おろした玉ねぎや果物に漬けておくと柔らかくなります。蜂蜜も有名ですね」

「うーむ……では、燻製肉に使った煙は何だね? 甘い香りがするのだが?」

「リンゴの木です」

「ほう、リンゴか……言われてみれば、僅かにリンゴの香りがする」

「以前、冒険者の依頼で訪れた村からお礼に頂いた事がありまして、今回、燻製用として使いました」

「なるほど、木にも色々な香りがあるのだな」


 独り言のように呟き、一人で感心したように頷く男爵。

 日本でもサクラ、リンゴ、クルミ、ブナと色々な燻製チップがある。

 この異世界で使われる燻製チップが何の木で使われているのか分からないが、男爵の反応を見ると、リンゴの木で作った燻製は珍しいのだろう。

 ちなみにリンゴチップは、鶏肉や白身魚のようなシンプルな味のする食材と相性が良い。癖の強いベアボア肉には合わないのだが、思い出した時には燻製中だったので、思い出した事を忘れる事にした。


「そなたの国では、卵やチーズも燻製にするのか?」


 男爵の反応から察するに、スモークエッグやスモークチーズは存在しないらしい。 


「ええ、お酒の肴として愛されています。他にも白身魚、ナッツも定番です」

「ほう、魚まで……確かにお酒に合いそうな組み合わせだ」


 そう言うなり、男爵は赤ワインを一口飲んだ。

 私は未成年の為、燻製のおつまみがお酒に合うかどうか分からないけど……。


「最後に一つ、ワインで煮た骨付き肉と一緒に盛られている物……たぶん、ジャガイモだと思われるが、どうして、ここまで柔らかくふっくらとしている?」


 何と言われても、ただバターと牛乳を混ぜただけなのだが……その事、伝えると男爵の細い目が見開く。


「ジャガイモを潰して、バターと牛乳を入れただけだと!?」

「最後に塩胡椒で味を整えました」


 そう付け加えると、男爵は目を瞑り、黙り込んでしまった。

 どうしたのだろうと、私たちはクロージク男爵を覗き込んで様子を見る。

 執事のトーマスも「旦那様?」と尋ねている。

 

 しばらく眉間に皺を寄せて、しばらく黙っていた男爵は、急に目を見開いて……。


「素晴らしい!」


 ……と椅子から立ち上がり、高い声を上げた。


「実に素晴らしい。話を聞く限り、特殊な方法で調理をした訳ではない。処理方法、材料の選定、組み合わせで、これほどまでに複雑で深い味わいのある料理に進化するとは……それも不味いで有名なベアボア肉を使って……私は大層感動した」


 今まで低く、重い声で話していた男爵の声が、丸々とした姿に似合わず高い声で話し続けている。この声が、素の声なのだろう。

 

「え、えーと……つまり、美味しかったという事で良いですか?」


 突然の代わり映えに、私は恐る恐る尋ねてみた。


「勿論だ! 実に美味しい二品であった。ベアボアの骨付き肉のワイン煮は、ただ赤ワインで煮ただけでなく、肉の旨味とトマトの旨味も合わさり、深い味わいが楽しめる。癖の強いベアボアの肉も長い時間赤ワインで煮込んだおかげで、臭みはなく、非常に柔らかく、口に入れれば、ほろほろと崩れる程。

 特に私が気にいったのは、肉と一緒に盛られたジャガイモだ。口当たりのよい崩したジャガイモが、濃い味の肉料理によく合う。交互で食べても良いし、一緒に食べても尚良い。素晴らしい組み合わせである」


 うーん、絶賛してくれるのは嬉しいのだけど……特に変わった事もしていない普通のレシピで作っただけの料理をそこまで褒めてくれると、どう反応すれば良いのが困ってしまう。


「燻製肉は、長期保存の観点から見れば、塩気が足りず物足りない。だが、料理としては問題ない。ベアボアの癖が残っているが、ほのかに香るリンゴの風味と相まって、面白い味になっておる。特にトマトで作ったソースとの相性が素晴らしい」

「はぁー……」

「普段我々が使っている燻製の木はブーチェだけだ。それがリンゴの木で燻製する視点は衝撃であった。さらに肉や腸詰め以外に燻製にするとは、香りの種類、食材の種類の組み合わせを考えると、燻製の未来が開かれる一品である」

「そ、そうですか……」

「たった二品。それも無理難題のベアボア肉を使った料理。様々な場所に赴き、様々な食材や料理を食べてきた私であるが、自分の未熟さを思い知らされた気分である。料理とは、実に奥が深く、人生を掛ける価値のあるものだと改めて認識させてくれた。真に素晴らしき働きである」

「あ、有難う御座います」


 矢継ぎ早に論評をする男爵についていけず、ついつい生返事をしてしまう。


「そうそう、重要な事を聞き忘れていた。ベアボア肉の魔力を抜いたと言ったな。それは、どの様にすれば抜けるのか?」


 レイピアに魔力を流して、ブッ刺したとは言わず、ティアに聞いた話を簡潔に伝えた。


「プリーストによる神聖魔術か……うむ、何人か知り合いの神官がいるから頼んでみるか……」


 私たちを忘れて、ブツブツと自分の思考に入る男爵。

 どうしたら良いか分からず、執事のトーマスに視線を向けて無言でお願いする。


「旦那さま、考え事は後程に。話の続きをお願いします」

「ん? ああ、そうであったな。話を戻すが、ベアボア以外にも、色々な魔物で魔力抜きをすれば、本来の肉の味が楽しめると思う。これは調べる価値があるはずだが、そなたはどう思う?」


 男爵、本筋に戻ってない!?


「え、ええ、確かに、今まで魔力によって不味いと称されていた魔物肉ですが、苦味のある魔力を抜けば、凄く美味しい肉が見つかるかもしれません」

「そうだろ、そうだろ。さすが、分かっているね」


 わっはっはっと機嫌良さそうに笑う男爵に、「美味い料理を作る者に悪い奴はいない。これからも頼むぞ」と言われた。

 これからすぐ魔物肉の調査を頼まれそうだったので、強引に話を戻した。


「グロージク男爵、今回の依頼、達成という事で宜しいですか?」

「うむ、合格だ」


 ん? 合格?

 依頼完了って事だよね。

 何となく不安に駆られていると、執事のトーマスが木札を持って近づいてきた。


「こちらが、依頼達成を記した木札です。冒険者ギルドに提出すれば、依頼金を頂けます。ちなみに依頼料は銀貨三十枚です」


 ぎ、銀貨三十枚!? ……三十枚かぁー。

 底辺の鉄等級冒険者の依頼で、銀貨三十枚は破格である。

 破格であるのは分かるのだが、借金が金貨一枚なので、銀貨三十枚ではまだまだ届かない。

 貴族の依頼なので、もしかしたら金貨一枚が来るかな、と淡い期待をしていたので、ついがっかり感が出てしまう。

 そんな私の表情を読み取ったのか、丸々と肥えたクロージク男爵の口元が釣り上がった。


 この流れ、非常に不味い!


 その笑顔を見た私は、嫌な予感がひしひしと感じ、この場を逃げ出したくなる。

 依頼完了の木札を手に入れたし、すぐにお暇しようと口を開きかけたら、私の口よりも先に男爵の言葉が出てしまった。


「では、本題に入ろう」


 こうして、パウロ・クロージク男爵から新しい依頼が舞い込むのであった。


特に問題なく合格しました。

すぐに新しい依頼が入りました。

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